13話︰余韻
店を出ると、夜風が柔らかく火照った顔に触れた。
すずさんは何も言わず、手を軽く胸の前で組んで歩き出す。
俺は入店時と同じように自然と横に並び、足並みを揃えるが心の距離感は縮まっている。
街灯の下、二人の影が長く伸びて、今日一日の余韻を現しているようだ。
車を停めた駐車場に向かう途中、すずさんは足を止めて俺の方を振り向く。
「……智也君、今日は楽しかった?」
身長差から見上げるように小さな声で尋ねられ、俺はつい笑みを返す。
「すごく……楽しかったです」
その答えに、すずさんは微かに目を細め、でもすぐに真っ直ぐ前を見て歩き出す。
「えっ……すずさんは楽しかったですか?」
俺にだけ聞いて、先に行ってしまうすずさんを呼び止める。
「とっても楽しかったわ」
感想を聞いて、俺は胸の鼓動が早まるのを落ち着けるように深呼吸をした。
帰り道の車内は静かだったが沈黙はもはや緊張ではなく、心地よい余韻に変わっていた。
信号で停まるたびにお互いの横顔をちらりと確認する。
すずさんの口元に浮かぶ微笑み、肩の力が抜けた仕草――どれも今日の記憶をそっと呼び戻す。
時間が遅いからと自宅の前に車を停めてもらう。
すずさんは助手席のドアを静かに開け、振り返って微笑む。
「それじゃあ、またね」
その言葉に俺は少しだけ名残惜しさを感じながらも、笑顔で頷いた。
門の前ですずさんの操る車が軽快に走り去るのを見送る。
遠くで、ブレーキランプは5回踏まれたとだけ言っておく。
自室に戻ると部屋の灯りは暖かく、さっきまでの非日常からいつも通りの空気が流れている。
でも俺の心はまだ、すずさんの香水の香りと声に包まれていた。
ベッドに腰を下ろし、今日の出来事を頭の中で反芻する。
公園での静かな時間。登場から圧倒された。
ランチでの暖かな空間。覚悟と勇気が見えた。
アウトドアショップでの自由な笑顔。大人な女性の強かさを思い知った。
夕陽に照らされたひと時。忘れない思い出になると思う。
そして、レストランでの計算された大人の魅力と、わずかに見え隠れした、ぎこちなさ。
思い返すだけで理想的で夢だったんじゃないかと頬をつねる。
笑顔の端に見えた小さな緊張――あれは俺のために頑張ってくれた証拠なんだ、きっと。
俺は枕に顔を埋め、足をバタバタして心の中で呟く。
「すずさん、凄すぎる……どんだけ惚れさせる気ですか」
その瞬間、今日の一日が単なるデートではなく、二人の距離を一歩縮める時間だったことを改めて実感する。
ベッドの中でデートの余韻に浸りながらも、どこか胸の奥に大きな期待が芽生えているのを感じた。
翌朝、目覚めるとまだ昨夜の余韻が残っていた。
余韻のせいか身支度もせずベッドに座り、スマホを手に取る。
昨日の公園の空気、ランチの空間、アウトドアショップの笑顔、そしてレストランで見せたあの大人の仕草――頭の中で順番にフラッシュバックする。
あの笑顔をもう一度見たい。
あの優しさと胸の高鳴りをもっと知りたい。
俺は少し手が震えながら、メッセージアプリを開く。
画面にはすずさんの名前があるだけで、心臓が跳ねるようだ。
智也︰おはようございます。昨日は本当にありがとう!すごく楽しかったです!
送信ボタンを押す指が止まる。でも、深呼吸してもう一度押す。
すぐに「既読」がついた。
そして、すずさんから返ってきたメッセージは短くても、温かさと計算された優しさが同居していた。
すず︰おはよう、智也君。こちらこそ楽しかったわ。今日も一日、頑張ってね!
その文字を読むと、自然と笑みがこぼれる。
昨日のデートを振り返りながら、俺は心の中で小さな約束をする。
画面を閉じ、窓の外を見る。
朝の光が部屋に差し込み、昨日の夕暮れとはまた違う柔らかさで世界を包む。
昨日と今日の距離はまだ小さいかもしれない。
でも、あの一日で二人の心の距離は確かに縮まった――そんな確信を胸に、俺は小さく息をつく。
次はいつ、すずさんに会えるかな。
ふと窓の外で小鳥が飛び立ち、軽やかな羽音が部屋に届く。
まるで昨日の余韻を祝福するかのようで、思わず笑みがこぼれた。
「次は俺がリードしたいな……でも、すずさんの魅力にはきっと勝てないや」
胸の奥で小さな期待が芽生え、心がじんわり温かくなる。
窓の外の光に背を押されるように俺は今日という一日をまた新しい気持ちで始めるのだった。
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