12話︰特別
車に戻ると、すずはナビをセットせずにアクセルを軽く踏む。
さっきの公園での時間が二人の間にほんの少しだけ静かな安心感を残していた。
「予約の時間まで、あと少しね」
「はい」
会話は少ないが、沈黙はもう重くない。
むしろ互いの呼吸や視線が自然に相手を意識させる。
信号待ちの間、俺はふと運転席のすずさんを見た。
夕陽に照らされて柔らかく光る髪、穏やかにハンドルに手を置く指先。
その横姿が綺麗で無意識に胸が高鳴る。
「……すずさん」
小さく声をかけると、すずさんは微かに笑った。
「ん?」
「さっきの公園での景色、忘れないと思う」
「ふふ、私も」
さりげない言葉だけど、互いに今日一日の“積み重ね”を感じている。
やがて街灯の明かりが増え、街中にオレンジ色の影が落ちる。
昼間とはまた違う表情を見せる街並みにデート感が増す。
さらに有名レストランの外観が見えてきたことですずさんの本気度が窺えた。
控えめで落ち着いた建物。
大きなガラス窓から、ほのかな灯りと木目のインテリアが覗く、レストランはランチに続き、大人の雰囲気だ。
「着いたわよ」
すずさんの声に俺は少し緊張する。
さっきのアウトドアショップの自由な空気とは違い、今度は“二人だけの空間”が待っているのだ。
駐車場に車を停めると、すずさんは静かにドアを開け、先に車外へ出た。
俺は開けてもらったドアから従うように車を降りると待ってくれているので隣に立つ。
さりげなく、すずさんの歩幅に合わせて歩くと、自然と背筋が伸びる。
店の入り口まで歩く間も、すずさんは俺の隣を歩きながら、さりげなく店内の様子を確認する。
控えめな笑みを浮かべたすずさんは俺の腰に手を軽く添えて、レストランのドアを押す。
まるで、「今日は任せて」という合図のようだった。
俺はただただ身を任せ、ついて行く。
だって!高級レストランなんて初めてなんだもん!
すずさんのエスコートで安心感と、少しだけ心臓がときめく感覚。
夕暮れから店内の柔らかい灯りに包まれるまで、時間がゆっくり二人を近づけた。
入店すると男の俺を見たウェイトレスさんが目を見開き、すずさんの手が僅かに力が入るのが分かった。
「2名で予約していた立花よ」
堂々としていながらも落ち着いた声音、正に有言実行を体現していた。
テーブルに案内されると、すずさんは静かに席に腰を下ろし、頬を少し染めながら俺の目を見て微笑む。
「今日は特別な夜にしたくて」
その言葉に俺の胸はぎゅっと締め付けられる。今日一で撃ち抜かれた瞬間でもあった。
すずは智也の表情や身体の硬直から確実に自分のセリフに効果があったことを確信する。
特別という響きには優しさだけでなく、どこか計算された大人の雰囲気があったが魅了されつつある俺に看破する余裕はない。
料理が運ばれるたび、俺はすずさんの仕草に目を奪われる。
指先の動き、食器の扱い方、微妙に間の取られた微笑み――全てが完璧に見える。
同年代の女子とは違う、その計算された「大人の女性らしさ」に俺の心臓は高鳴ってばかりだ。
しかし、ふとした瞬間に、指先がほんの少し震えていたり、フォークの持ち方がぎこちなくなるのを目にする。
すぐにすずさんはさりげなく直すが、その瞬間、俺は「あれ…?」と違和感を覚える。
その違和感の正体は自分がエスコートするという覚悟からくる緊張なのだが巧みに隠されている。
「……すずさん?」
「えっ、あ、何でもないわよ」
俺は問いかけてみるものの、すずさんの表情は以前と変わらず穏やかで、どこか自信に満ちて見える。
完璧に見えるのにどこか人間味がある――いや、俺の為に頑張っているのだ。
その事実に気付き、そのギャップについ目が離せなくなる。
言葉では上手く説明できないが今日、帰る頃には俺の心は完全に乙女にされているかもしれない。
「今日はリラックスしてね」
すずさんはそう言って微笑む。
声のトーンも完璧で、俺の心の機微を察したかのようなタイミングでのひと言に「この人、本当に出来る大人の女性なんだ」とぎこちなさを忘れて、再び錯覚する。
しかし、その笑顔の端に見えた微妙なぎこちなさが意識にわずかなひっかかりを残す。
俺は心の中で葛藤する。
完璧に見える、すずさんにどうしようもなく惹かれつつも、どこか違和感を覚える自分。
それはまだ守られる側という意識が欠けている感覚のズレなのだが俺はまだ正しく認識していない。
まるで、美しいけれど不安を孕む魔法にかけられたように、俺はすずさんの一挙手一投足に心を奪われていく。
その夜、レストランの柔らかい灯りの中で、俺にとって初めての大人な恋愛と心理の駆け引き……。
そして、微かな不自然さが交錯する世界が広がる。
俺はその魅力に抗えず、すずさんに導かれるまま身を委ねた――自分でも理由のわからない高揚と違和感に包まれながら。
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