10話︰大人の余裕
案内されたのは、街の喧騒から少し離れたところにある落ち着いた雰囲気のレストランだった。
外観は控えめだが、ガラス越しに見える店内は明るく、木目を基調とした温かみのある内装が見える。
「ここ、静かで好きなの」
「……大人の人が来るお店ですね」
そう言うと、すずさんは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「“大人の人”か。ふふ、そう見える?」
「見えます。というか……初めて会った時からすずさんは素敵な女性って感じです」
自分で言っておいて、少し気恥ずかしくなる。
「ありがと」
すずは昨夜調べた情報を精査し、実践しているのだがそれが今のところ上手くいっていて、思わず顔が綻びそうになるのを誤魔化すために先に店へ入っていった。
席に案内されると向かい合って座る。
高速道路でのスーパーカーサウンドの余韻がまだ体に残っているせいか、静かな空間が何だかくすぐったい。
「ひょっとして緊張、戻ってきた?」
「……はい。さっきより」
さっきは憧れのスーパーカーにテンションをあげていたが今は憧れの人が目の前にいるのだ。
緊張しないわけがない。
「正直ね」
そう言って、すずさんはメニューを閉じた。
「私もさっきの高速より、今のほうが緊張するわ」
「えっ?」
「だってね……これってちゃんと“デート”してるでしょう?」
その言葉に自分と同じ感情なのかと胸の奥がまた緊張できゅっと締め付けられる。
確かにさっきまでは車とスピードに意識を預けていられたし、俺の趣味でもあったから興奮して忘れてたけど……。
でも今は違う。逃げ場がない。そんな俺の戸惑いを感じたのか、すずさんは会話でもリードしてくれる。
「智也君、さっき少し迷ってたでしょう」
「……守られる側になること、ですか?」
すずさんは一瞬だけ驚いた顔をして、それからゆっくり頷いた。
「やっぱり、気づくわよね」
「嫌とかじゃないです。ただ……女性に守られるのって慣れてなくて」
この世界では、それが普通なのだと頭ではわかっている。
それでも、どこかで自分の居場所を探してしまう。
「無理に慣れなくていいのよ」
すずさんは、優しくそう言った。
「私は“守る側”を選んだだけ。でも、智也君が自分を失う必要はないわ」
その言葉は思っていたよりもずっとまっすぐで強くって、気付けば惹かれていた。
「……じゃあ」
だから俺は少しだけ勇気を出す。
「今日は、すずさんにエスコートしてもらいます。
でも、たまには……俺にも守らせて下さいね」
一瞬の沈黙。
俺は自分が告白と捉えられても仕方がない言葉を放ったことに気付かなかったが俺の言葉を聞いた、すずさんはふっと笑った。
「そういうところ、ほんと可愛い」
「だからその“可愛い”は……」
「ごめんごめん」
そう言いながらも、すずさんはどこか嬉しそうだ。
料理が運ばれてきて、いただくために前を向けば、すずさんとバッチリ目が合う。
高速道路の時とは違う、ゆっくりとした時間。
でも、こっちの方が大人のデートっぽくって、ずっと心臓にくる。
初デートは、まだ始まったばかりだった。
緊張が入り混じるランチを終えた俺達は再び、すずさんの車に乗り込み、本日の目的であるアウトドアショップへと向かった。
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アウトドアショップの自動ドアが開いた瞬間、独特の匂いが鼻をくすぐった。
個人的には本屋に次いで好きな匂いだったりする。
「ここが今日の目的地ね」
「はい、正直に言って見るだけでも楽しいので来たかったです」
俺の声がヲタクのように少しだけ弾む。
「ソロキャンプするくらいだものね。でも今日は……」
「はい、ちゃんと分かってますよ。すずさんのアドバイザーです」
すずは小さく頷きながら、初めて訪れたアウトドアショップの店内を見回した。
昨夜、ネットの店舗案内で事前に何度も見たはずの配置。でも実物を見るのは初めてだ。
「じゃあ、まずテントコーナーから行きましょう」
脳内の情報と実際の情報を擦り合わせたところで予定通りのコースへと誘い、歩き出す。
「……あ、でもテントならうちに2人用のやつが……」
テントコーナーに着いたところでポロッと口を滑らせた俺は失言だったと気付く。
「ふ、2人用……」
すずは智也の発言を聞き逃さなかった、ここまで完璧に近かった、すずの仮面が崩れる寸前にまで追い込まれて……。
一瞬、空気が止まった。
テント売り場のざわめきも、店内BGMも、全部が遠のいたように感じる。
「……2人用、って」
すずの声は低く、けれど柔らかい。責める色はない。
ただ、絶対に逃がさないと言わんばかりの声音だった。
俺は喉を鳴らし、観念したように小さく息を吐く。
「い、いえ、その……いつも親父と使ってるやつがあって。昨日のソロキャンプでも俺一人で使ってて……」
言い訳としては正しい。けれど、“2人用”という事実は消えない。
すずは一拍置いてから、ふっと視線を逸らした。
「……そっか」
それだけ言って、テントの展示を指でなぞる。
「2人用って、一人で使っても快適そうね」
「はい。荷物も邪魔にならないし、雨の日もスペースに余裕が出来ますね」
会話は成立している。すずの飛びかけた理性も戻っている。
――それなのに。
並んで立つ二人の間に、さっきまではなかった“想像の余白”が生まれてしまっていた。
「智也君」
すずはテントから目を離さないまま言う。
「さっきのレストランで言ってくれたこと、覚えてる?」
「……ど、どれですか?」
「“たまには守らせて下さい”ってやつ」
心臓が一度、大きく跳ねた。
「……覚えてます」
「ふふ。じゃあ今日はね」
すずはようやく智也の方を見て、にこりと笑う。
「テント選びは智也君に頼ってもいいかな。私、キャンプ初心者だし」
冗談めいているのに、その目は本気だった。
「……任せてください」
守らせてと言ったのは自分だ。逆手に取られた感はあるけど、ハッキリ言ってすずさんには初めて会った時から惹かれている。
「じゃあ条件があるわ」
「条件?」
「“2人用”かどうかは、今日は考えないこと」
一瞬、きょとんとしてから今日は嫌と言う程、大人の余裕というものを見せつけられる日だなと智也は苦笑する。
「それ、守る側に不利じゃないですか」
「大丈夫よ」
すずは軽くウインクした。
「考えるのは、また別の日にすればいいもの」
その言葉が何を指しているのか、あえて考えないことにする。
ただ、さっきまでとは違う確信があった。
このデートは、もう“ただの練習”じゃない。
テント売り場の奥へ歩き出す二人の距離は、気付けばほんの少しだけ近くなっていた。
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