【30秒で読める怪談】奇妙なひいおじいさん
これは私の祖父から聞いた話です。
祖父は太平洋戦争が終わってからの生まれなのですが、祖父の父、つまり私のひいおじいさんに当たる人物は、戦争で軍艦に乗った人でした。
妻と、祖父の兄に当たる息子を残しての出征。
国に対して恨み言を言っても不思議はないのに、黙々と荷造りをし、前日の夜に妻が炊いた赤飯を食べ、粛々と戦争へ行ったそうです。
いつ、どのあたりで戦ったのか。
それはわかりませんが、いずれにしろ日本が全面降伏し、戦争が終わっても、ひいおじいさんはしばらく日本へ帰ってきませんでした。
終戦直後、1945年ごろの大混乱期ですから、生きているのか死んでいるのかもわかりません。
しかし2年後、みんながあきらめかけたころにひょっこり帰ってきました。
ひいおばあさんや、祖父の兄はうれしいやらびっくりするやらで、大騒ぎです。
歓迎会のひとつも開きたかったのですが、戦後の貧しい時期。
食料も酒もありません。
静かに、戦争前の暮らしが再開されました。
でも。
なにか様子が変なのです。
前はひいおばあさんが「あなた」と呼びかけると、「なんだい?」と答えていたのに、今はなぜか片手を上げ、「Hi!」と答えます。
前はひいおばあさんの身長より5寸ほど高いだけだったのに、今はひいおばあさんが手を伸ばしてもアゴにさえ届かない始末。
それだけではありません。
戦争に行く前は坊主頭で、髪は黒色でした。
でも今はリーゼントで、色もかなり黄色っぽくなっています。
光の加減によっては、金色に見えることも。
それに、ひいおじいさんがまったくしゃべらなくなったことも、戦争前と大きく変わった点です。
ひいおばあさんや祖父の兄が話しかけても、「Hi」か「Yes」のみ。
もしくは、ヘラヘラ笑っているだけ。
ほぼしゃべりません。
戦争へ行く前は、政治のことから文学のことまで、いろんなことを話してくれていたのに。
ひいおばあさんも、祖父の兄も途方にくれました。
以前とはまったく違うようだ。
外見もまるで異人のようだし、話し方もまったく違う。
はしの持ち方さえ、忘れてしまったようだ。
フォークはあんなに自然に使えているのに。
でも、生きて帰ってきたんです。
それだけでいいじゃありませんか。
地獄のような戦場だったに違いありません。
すぐ隣にいた友が、甲板に血をぶちまけて死ぬ。
そんな場面を、何度も見たに違いないのです。
見た目が変わって当然。
口数が少なくなって当然。
それに目の奥の優しそうな光は昔のまま、変わっていないように感じます。
ひいおばあさんも祖父の兄も、そんなふうに自分たちへ言い聞かせて、毎日を過ごしてしました。
しかし、ある日。
祖父の兄は見てしまいました。
自分の「父」であるひいおじいさんが、戦勝国アメリカの軍人に向かって、「Hi,Jack!」と大声で呼びかけているのを。
そのあと、二人は抱き合ってさえいました。
ついこの間まで敵国だった、アメリカの軍人と、です。
むろん戦争が終われば、敵も味方もありません。
日本人もアメリカ人も同じ人間です。
気の合う人もいれば、合わない人もいる。
友人になれる人もいれば、仲良くなれない人もいる。
だからひいおじいさんがアメリカ軍人と仲良くしてもかまわないのですが、その光景を当時8歳だった祖父が見て、「ヒッ!」と悲鳴をあげたとき、ひいおじいさんが振り返りました。
その顔に浮かんでいたのは、「マズい、見られた!」という表情ではありませんでした。
顔は無表情で、目には冷たい殺気が光っていました。
まだ8歳の「息子」へ向けられた、氷のような視線。
祖父の兄は「さっきの場面を母へ報告するのは、やめた方がいい」と本能的に感じたそうです。
「ひいおじいさん」は、何者だったのか?
祖父はこれ以上は話してくれませんでした。
ひいおじいさんもひいおばあさんも、私が生まれたころには亡くなっていたので、真実がどうだったかはわかりません。
でも英単語の発音がやたらいい祖父が、「コレイジョウハ、ハナサナイヨ」というのですから、私もこれ以上は追求しないことにします。