引き延ばし事件
「そろそろ気付いてると思うけども、これは夢ではないのであーる」
「え、マジで?」
なんか眠くなってきたから取りあえず横になったら、夢の夢の中にゆで卵ズが出てきた。あ、でも夢じゃないって言ってるからコレはただの夢?
「諸注意で述べたように、キミはこの物語が終わらなければ元の世界には戻れない」
「えっ、そうなの?」
「聞いてなかったでごわすか!」
白卵が赤卵に……。って、今の話ホント?これ夢じゃないの?確かに妙にリアルで感覚もはっきりしてるなあとは思ってたけど。えー、でも信じ難いなあ。
「まだ信じられない?」
「うん」
「ふうむ、どうしたものか……」
「まあ、夢であるかどうか定かでなくてもイイんじゃないでごわすか?むしろ、そっちのが面白いかもしれないでごわす」
「そうなの?」
「ごわす」
なんだよごわすって。どうゆう感情なのか読み取れないよ。でもこう、どっちでもいいんじゃね?みたいに言われると逆にホントっぽいってゆうか……なんか胸がザワッとするな。
「……あのさ、もし、これが夢じゃなかったとしたらさ」
「おお!思考が前進した!」
「いや、あくまで仮定ね?もし夢じゃなかったとしたら……私の世界の私ってどうなってんの?」
「?、いないよ」
「え?」
「はっはっはっ!何を言うかと思えば。キミをこっちに連れて来ているのだから向こうの世界にキミがいるわけないだろう」
「まさに、キミの世界でいう“神隠し”でごわす!」
「「「あっはっはっはーっ!」」」
「……」
え、マジで?私いま行方不明になっちゃってるの!?……いやいや落ち着け。これはあくまで、ゆで卵ズの話が本当だったらの場合だ。たぶん嘘でしょ。ってゆうか全部ひっくるめて夢でしょ。あー、もういいよ。もう充分面白かったから起きようよ。
「ま、キミの言う通り夢でもいいけども、どっちにしても最終回にならないと醒めないよ?」
「ええー!」
「先は長いぞ」
「ち、ちなみにこれ何話まであるの?」
「「「51話」」」
「一年か!」
そっか!特撮って深夜アニメとかドラマと違って一年やってるんだ!!
「あの、もういいんですけど。目覚めたいんですけど」
「だから無理だって」
「話を進めるしかない」
「頑張るでごわす!」
「ええー……。じゃ、せめてさ、話が早く進む方法ってない?」
「ああっ、それならあーる!」
「ある?あーる?今のどっち??」
「キミがこの物語に慣れれば、話はトントン進むぞ」
「慣れる?」
「例えば……」
ぱちんっ
ブィンッ
ゆで卵Cが指を鳴らすと(指あったんだ)、空中に四角い映像が出てきた。そこには変な恰好をした女と赤、青、緑のヒーローたちが映っている。あ、これさっきの映像?
「キミはまだこの物語に慣れていないから、補助機能を使ったでごわす」
「は?そんなもの使って……」
「押したでしょ?スマホの画面」
!!、あれかっ
「補助機能はキミをあるべき姿に導いてくれる。使用を開始したことで口や体が勝手に動いたり、身に纏うものが変化したり、特殊な力を使えたりしただろう?」
「ああ……」
あのド〇ンジョはそのせいだったのか。マジでいらない機能だ。
「補助機能は便利だけれど、多くのエネルギーを必要とするでごわす。そしてエネルギーを使えば使うほど物語のスピードは遅くなる……俗にゆう“引き延ばし”が発生するでごわす!」
「!」
引き延ばし!?って、より作品を長く売るためにエピソードを入れ込んだりして残念な結果になりがちの、あの魔の引き延ばし!?いやいや、それは困る。ただでさえ長い話が更に長くなってしまう。しかも、つまんないっていう拷問付きで。
「……つまり、私がその機能の力を借りたりせずに、それっぽく振る舞えるようになれば話はポンポン進むわけね?」
「おお!その通りであーる!」
「ようやく通じた!」
「やったでごわす!」
「オッケー。じゃ、改めて確認させて?私は悪の親玉の手下で、さっきのレンジャー的な三人の敵になってればいいのね?そしたらスムーズに事は進むのね?」
「うーん、そうだけれども」
「こちらとしては何か違うことをやってみて欲しいな」
「じゃないと面白くならないでごわす」
「いや、面白いとかいいから。早く目覚めたいから」
「うーん、まあ異分子が入り込んでることで、均衡は充分乱れてるはずだからヨシとするか。あ、ヨシとするであーる!」
「そうだな」
「ごわす」
その後、ゆで卵たちに改めて説明を聞いた。色々ややこしかったけど、まあ、まとめるとこんな感じだ。
・物語が終わらなければ目覚められない(帰れない)
・最終回を迎えるまで死ぬことはない=不死身
・補助機能を使うと話が長くなるので少しでも早くそれっぽい人物になれたほうがいい。また、ヤバイ状況になると本人の意志に関わらず補助機能は勝手に発動する。ので、そうならない為にもやっぱり早く慣れたほうがいい
これが夢なのか神隠し中なのかよく分からないけど、やるべきことは同じだ。一刻も早くこの話を終わらせること。よっしゃ、起きたら本気出すぞ!……と思いながら、私は夢(仮)の夢の中でもう少し眠ることにした。
十数時間後。
地球。
「じゃ、山本さん。さっそく今日から働いてもらっていいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
ファミレスのホールの面接を受けて見事合格した。イエイ。え?何でこんなことしてるのかって?それはあの悪の親玉が食事も小遣いも支給してくれないケチ野郎だからです。どうやら私が言った正論が癇に障ったみたいで、自分のことは自分でしろみたいな、機嫌悪い時のお母さんみたいなこと言いやがったんで仕方なく遥か宇宙から地球のファミレスに出稼ぎに来たわけですよ。ちなみに地球に行きたい!って思ったら目の前がパァァァってなって、またしても簡単に移動できました。ああ、ファンタジーってすごい。
「山本さん、こちら赤星くん。彼から色々教えてもらって」
「赤星ユウジですっ、どうぞよろしく……」
「あ」
「?なんスか」
「あ、いや、山本です。よろしくお願いします」
「よろしくッス!」
こいつアレだ……。レッドだ。え、レッドくんもバイトしてんの?ヒーローなのに??あ、そうしてる方が世を忍べるのか……?なんにせよ大変だな。戦う傍らバイトしてるのか。
「じゃ、まず卓番教えますね!」
「あ、はい」
「席は入口から1,2,3……」
なんか普通に教えてくれてるけど、たぶん私のことには気付いてないよね?あのいじめコスプレでマスクがついてたのがせめてもの救いだわ。ここで正体バレて、また他の店に面接に行くとか面倒だもんね。
その後もレッドくんは、ウッス、デッスみたいな体育会的なノリで明るく業務を教えてくれた。さすが特撮の主人公、うちの親玉とは違って万人に好かれるであろう性格だ。イケメンだし。等々感心していると、あっという間に時は経ち、もう退勤時間になった。
「山本さんお疲れッス!俺もあがりなんで、駅まで一緒に行きましょうっ」
「え?あ、はい」
え、一緒に帰るの?なんだこの展開。乙女ゲームみたいになってきたぞ(年の差あり過ぎだけど)。とりあえず帰り支度をしてレッドくんと店を出た――外はもうポンと月が昇っていて、スーツ姿のおじちゃんやOLたちがユラユラと歩いている。ちなみに隣の主人公は学ランだ。夕方まで高校行って放課後にバイトしてるらしい。学校行ってバイト行ってヒーローやって……なんてハードスケジュールだ。若さゆえ成し得る技だ。私だったら絶対すぐに体調崩すわ。
「山本さんって、どこ住んでるんスか?」
「あー(宇宙だけど)、二駅隣です。赤星さんは?」
「呼び捨てでいいッスよ!俺は隣ッス」
「へえ。ずっとそこに住んでるんですか?」
「え?」
「あ、いや、地元だったら安いスーパーとか教えて欲しいなあって思って」
「ああ!山本さん、最近こっち来たんスね!実は俺もこっち来てからまだあんま経ってなくて」
「あ、そうなんですねー。ちなみに前はどちらに?(やっぱ宇宙か?)」
「え゛。あっ、えっと~……それは~……」
あ、わかった。彼は後先考えずに突っ走る、ちょっとおバカなタイプの主人公だ。このリアクションを見れば分かる。嘘みたいに動揺してるじゃん(絶対心の中でヤッベー、ヤッベーって思ってるよ)。そういえばヘアスタイルもジャ〇プ漫画の主人公みたいにツンツンしてるし、喋り方もまさにそれだ。へえ~、ふ~ん、なんか面白いな。せっかくだから色々聞いてみよう。
「あ、言いにくかったらいいですよ、変なこと聞いちゃってすみません」
「あ!いや!そんな!」
「赤星……くん、は転入生ってことだよね、学校でもう友達はできた?」
「ああ!友達ならいますよ!」
その質問を聞くとレッ……赤星くんは、先ほどとは打って変わって、好きな乗り物の話をする子供のように、輝く瞳でペラペラと喋り始めた。
「そいつらとは地球……いや、こっちで一緒になったばっかりなんスけど、なんだかんだ上手くやってます!一人はクールで、まあたまにムカつくこともあるけど、兎に角すっげー頭いい!いや、頭いいってゆーか、努力家?人には見せないけど陰でスゲー頑張ってる。で、もう一人は、いつもヘラヘラしてんだけど、いざって時にむっちゃ頼りになる奴!俺みたいにカッて熱くならないで、どんな時でも落ち着いて周りを見られるんだ。へへっ、まだ知らない所なんていっぱいあるんだろうけど、でも俺、こいつらと一緒で本当に良かったって思ってる!」
「……」
驚いた……この年で他人をそうゆうふうに見られるんだ。言葉遣いとか業務中の会話からは分からなかったけど、赤星くんは実はけっこう洞察力があるのかもしれない。
「って、すいません!俺タメ語でぺらぺらと!」
「いいよタメ語で。バイトでは赤星君のが先輩だし、そっちの方が喋りやすいし」
「そうッスか?じゃ……そうさせてもらう!」
昭和的なガッツポーズでへへっ、と笑う赤星くん。……可愛いじゃないか。おばはんキュンとしてまうやないか。先ほどは心の中でちょっとバカにしちゃってゴメンネ。
「……赤星くんは、将来なりたいものとかあるの?」
「あるある!俺はね、宇宙警察庁長官になって、みんなが笑って過ごせる世の中をつくるんだ!!」
「う、うちゅう警察庁?(とりあえず、この部分は引っ掛かっておいた方がナチュラルだよね)」
「あ゛っ、いや、その、宇宙っていうかっ、なんていうかっ」
「そっか!赤星くんはこのペースでいくと宇宙にもいずれ警察が必要だって考えてるんだね。確かに、このまま文明が進んで行くと宇宙でもいざこざが起こりそうだもんね」
「!そっ、そうそう!そーれが言いたかったんだよ俺は!あっはっはっはっ、日本語って難しいね!!」
やっぱりギャラクシーなポリスってことは一般人には内緒なのね。オーケー、わかったよ。今後そこらへんは無知な感じで接していくことにするよ。
「や、山本さんは!?将来の夢なにっ?」
「え」
私に聞く?御年32歳のわたくしに?まあ咄嗟に出ちゃった言葉なんだろうけど……ははっ、それにしても新鮮だな。昔は聞かれたり紙に書かなきゃいけなかったりしたけど、もうそんなこともないもんな。夢かー。私の夢ってなんだろう?
「うーん……毎日楽しいって思い続けられること、かな」
「え?」
「いや、前に田舎に住んでるウチのおばーちゃんがさ……あ、そこって駅から4キロくらい離れてて決して便利とはいえない町なんだけど、“少し歩けばスーパーがあって、天気の良い日は富士山の頭も見える。ここは良い場所。この町で暮らせて毎日幸せだなって思うの”ってニコニコしながら言ってたの。なんか、ちょっと衝撃的だったんだ。派手な生活をしてるわけじゃない、ごくごく普通の日常を送ってるおばーちゃんが、心の底から幸せを感じてる……。で、思ったの。一番の幸せって、今を幸せだって感じられることなんじゃないかなって。どんなに有名になっても、すごい仕事してても、その人が幸せを感じてなかったら、それは幸せじゃないんだと思う。だから、私は何になりたいっていうより、楽しい、幸せだって気持ちを持ち続けていたい……ってカンジかな」
ま、フリーターの言い訳も混ざってるけど。そしてちょっとアネゴ感意識しちゃったかもしれないけど。
「……俺もそうだ」
「え?」
「俺も、幸せってそうゆうことだと思うし、皆がそう思える世の中をつくりたい。明日も明後日も、100年先も楽しめるようなさ」
「……応援してる」
「へへっ、サンキュ!よーしっ、ヤル気出まくってきたぜー!!」
あ、でも私赤星くんの敵だった。まあ、いっか。ホントに頑張れって思っちゃったんだもん。それにバレなきゃ大丈夫だ。良心は痛むけど……。そんな甘じょっぱい気持ちで歩いていると、あっという間に駅に着いた。階段をのぼり、改札ピッして、また階段おりて電車に乗る。彼は隣駅だから、あと4、5分でサヨナラだ。
「山本さん、明日もシフト入ってる?」
「うん。ほぼ毎日いるよ」
「うわっ、すごいな!じゃ、また明日っ」
「ばいばい、色々ありがと!」
プシュウッ、ガタンガタン……
この物語の主人公は最後の最後までイイ奴だった。ありがとう、赤星くん。明日もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。……さて、戻るか。ここで急に消えたらアレだから、次の駅で降りてトイレの中でパァァァッっとしよう。
ひゅぅぅぅぅ
「して、奴らの息の根は止めたのか?」
「え?」
「あの忌まわしきポリスメンズだ」
「えー……と、すいません、今なんの話でしょうか?」
ザシュッ
「え?なに?何で今殺そうとしたの??」
「……なぜ死なぬ」
「不死身なので」
「不死身……だと?」
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ
「あの、もういいんじゃないでしょうか」
「……気に食わぬ」
「すいません」
「お前は惑星017に行ったのだろう」
「はい」
「……」
うっわ、デストロイさん怒ってる。なんか知らんけど青い目ギラギラさせて阿修羅のごとく怒ってるよ。ったく何だってのよ。どうして殺されるほど怒られなきゃいけな……あ。
「……あの、デストロイさ、様」
「……」
「もしかして、私がポリスメンズを倒しに行ったと思ってる感じでしょうか?」
「それ以外に何がある」
「あー、はー、ですよね~、うん、確かに確かに」
なるほど。地球に行く=敵を倒しに行く、になっちゃうのか。バイトしに行くような所じゃないんだ。いやあ、これは言いにくいぞ。そっちがお金くれないんだからしょうがないじゃんとか言ってやりたいけど、そんな発言ができる空気じゃない。くそっ、歯がゆいっ。私のがずっと年上なのに!
「……実は、作戦があるのです」
「ほう?」
「それにはまず、敵を知り、その信頼を得る必要があります。手始めに今回は赤星ユウジ――ポリスレッド(たぶんそんな名前だろう)に接触して参りました。成果は充分にありました。奴は完全に私に心を許したようです」
ああ、ごめんよ赤星くん。でもこう言わないと二度と出勤させてもらえなそうだからさ。こちとら生活かかってるから、許しておくれ!
「その作戦というのは?」
「ふふふっ、まだ秘密にさせて下さい。成功した暁には、きっとデストロイ様にもお喜びいただけるでしょう」
あ、風呂敷広げ過ぎた。どうしよ、なんも考えてないや。
「そうか。では、期待しているぞ」
青い瞳がフフンと細まる。……初めて笑ったな。いやスマイルには程遠い微笑だけど。でもあれだ、期待されると悪の親玉といえど罪悪感が芽生えるな。
とりあえず私はハハッ!と片膝をついて、悪の組織の部下らしく適当にその場をやり過ごした。うーん、これからどうしよっかな?ま、どっちにしろ青と緑のことも知っといた方が話は進めやすいよね。地球に行く口実も出来たし、明日から出勤がてら色々リサーチしてみるか。
っていうか今思ったけど、もしかして今日が“引き延ばし”だった?