秘密
ロイに手を握られた直後、頭のなかで危険信号みたいにあの言葉が蘇った。
――本来の話数に近いところで、まあ妥当だなと思えればそこを最終回にしたいと考えているのだよ――
グッ
「……」
「……?」
思わず強く手を握り返した。その咄嗟の行動に艶やかな青い瞳がゆらりと動く。……大丈夫だ、消えてない。私はまだここにいる。
「デストロイ様、」
コバルトブルーを改めて見つめる。ロイは私が大事なことを言おうとしているのを察したかのように、黙ってこちらを見つめ返してきた。
「忘れないでください。この先なにがあっても、私はあなたの味方です」
「……」
「たとえ離れても、姿が見えなくなったとしても、死ぬまで味方でいます」
ピクッ
褐色の指が僅かに動く。そして、
「……」
「……」
ロイは何かを言おうとした。けれど、薄い唇はすぐに閉じられてしまった。
……
「離せ」
「!、はい」
すっ……
「出て行け」
「……それは、この部屋をってことですか。それとも組織を?」
「……」
「私は、まだココにいたいです。いいですか?」
「……」
「……」
「好きにしろ」
「!、はい」
ペコッ!
嬉しさや罪悪感でパンパンになった気持ちをぶつけるようにお辞儀して、私はロイの部屋を後にした。
翌日、地球。
「ごめんね、バイト前に」
「いえ、今日遅めの出勤なので大丈夫です」
「そっか……」
夕方、アタルくんにお願いして例の公園に来てもらった。わざわざ時間を割いてもらうのは申し訳ないと思ったんだけどやっぱり直接伝えたかったし、それに……正直、聞いて欲しかった。
「えっと、まず、再就職できました」
「……おめでとうございます、でいいですか?」
「あ、うん」
「おめでとうございます」
「どうもどうも~」
「……」
「……」
あ、ダメだ。全然おめでたい空気じゃない。アタルくんの黒い瞳は私の次の発言を待ってるみたいに静止している。……遠回りは不必要、か。
「……実はさ、ちょっとビビッてることがあって」
「……」
「どれが“最終回”になるんだろって」
「え」
「今回、今までよりもロイに近付けた気がしたんだ。少し信じてもらえたかなって……。でもその時、“あれ、これが最終回?”って思って。いや結局違かったんだけど。でも何がそれに当たるかって分かんないじゃん?そう考えるとソワソワするし、それに……」
「……」
「そのうち居なくなる奴が、あいつに関わってどうすんだって」
手をとって、懸命に話しかけて、ようやく相手がこっちを見たら……手を離す。それって最悪じゃない?その人のことをものすごく傷つける行為じゃない?
「ほんと、どっちが悪役だよっていう」
「……」
「……」
「……きっと、正義も悪もないんでしょうね」
「え?」
掠れた声に顔を上げると、アタルくんが少し遠くを見ていた。何か、言おうとしてくれてるのかな。私は夕陽に照らされた白い横顔を黙って見つめた。
「文字や事実だけ並べると冷酷に見える行動でも、そこに至るまでには、きっと様々な理由がある。だから本当はヒーローも悪役もない。あるのは、事情だけなんじゃないかって」
「……」
「俺もそうです。敵の部下と内密に関わり、協力し、味方を騙して貴重なアイテムを利用した。まるでスパイだ、正義の味方がやることじゃない。だけどそれは誰かを不幸にしたくてやったんじゃなくて、守りたいからやったんです。そうやって俺は、いつも最善だと思うことを選んできたつもりです」
「!」
「山本さんが自分がいなくなることに対して罪悪感を持ったのなら、それを踏まえてまた考えればいいんじゃないでしょうか。これまでが間違ってたとか、そうゆう話ではないと思います」
「……」
「……」
「エスパー……」
「ちがいます」
「……」
「見てれば分かります」
……フッ
あ、久々の爽やかスマイル。……なんなんだ、この子は。なんでこんなに刺さる言葉をビュンビュンくれるんだ。ぶっ飛んだ話を真剣に聞いてもらえるだけでも有難いのに、こうやって、いつも私が考えもしなかった方向から手を差し伸べてくれる。教えてくれる。私が自分を見るのとは違う、アタルくんの視点で
“間に入ったり、誰かのこと考えて動いたりしてるとたまに思うの。じゃあ私のことは一体誰が見てくれてるの?って”
「(……あ)」
「?」
そういえば……私、前に言ったな、アタルくんに。いやでもちょっと待って。私はどうなの?ちゃんとアタルくんのこと見てる?ロイのこととか自分の悩みでいっぱいになって、大事なサイン見逃してない?
ヴーッ、ヴーッ
「!!、あっ」
「え?」
「アイツらだ!」
「!!」
ピッ
「……もしもし?」
「久しぶりであーる!なんか最終回について誤解があるようだから連絡したのであーる!」
「え」
誤解?
「うおっほん、改めて伝えるが、これはあくまでポリスメンズの話なのだ」
「ゆえに、そこのグリーンの彼らが主軸にならなければ最終回とはいえないでごわすっ」
「「!」」
「悪役サイドだけまとまってもねえ」
「視聴者は納得いかぬだろう」
「ごわす」
「「「じゃ、そうゆうことだから!」」」
ブツッ
ツー、ツー……
「……とりあえず、しばらくは大丈夫そうですね」
「うん、そのようだね」
「……」
「……あのさ、」
「はい」
「アタルくんはどんな最終回がいいと思う?」
「え?」
「いや、ほら、私ってやっぱりロイ側にいるからどうしてもそこにいる人たちの事が気になっちゃうというか、偏るじゃん?だから、アタルくんサイドのリアルな意見も聞きたいっていうか」
「……」
あ、またジッと見られてる。ダメだな自分、さっき学んだばっかりじゃん。遠慮も回避も必要ない、アタルくんには直球勝負で伝えなきゃ。
「……ごめん、つまり、アタルくんの本音が聞きたい」
「……」
「……」
「……俺は」
「うん」
「最終回がなければいいと思ってます」
「え」
「そしたら、山本さんが居なくならないから」
「!!」
ドキッ
漆黒の瞳と目が合った。
「……」
「……」
何度も見ているはずのその顔が、今は違って見える。……なにか、言わないと。見られてるんだから反応しないと
「ははっ、すみません、困らせましたね」
「!、いやいやそんなっ」
「山本さんとは色んな話をしたので、もう会えなくなるのは寂しいなって。失礼かもしれないけど、俺はちょっと友だちみたいに思ってたので」
そう言って少し照れ臭そうに笑う姿は、もういつものアタルくんだった。…… 気のせい、だったのかな。なんか太陽の角度とかそうゆう自然現象的なものでたまたま意味深に見えた、とか?うん、多分そうだ。だって今アタルくんフツーだし、きっと私の後ろめたい気持ちとかも反映されてミステリアスに見えてしまっ
「って、んなワケあるかぁぁぁ!!」
「!?」
「いま無理したっしょ、無理させたよね!?違うアタルくんがひょこっと顔出したのに、私のために引っ込めてくれちゃったでしょ!!」
「!、……」
「そりゃ私もちょっと動揺したよ?なんか様子が違うぞって!でもだから何なんだ?どれもこれもアタルくんじゃん!私はアタルくんのこと大好きなのよ、だから知りたいの、どんなアタルくんともコンニチハして、全アタルくんをコンプしたい!!」
「…… 」
「だから、どうぞっ、さっきのバージョンでお続けください」
……
しーん。いや、分かってたから。沈黙が訪れるであろうことはちゃんと予想してたから。どうぞどうぞ、気まずくていいですよ。こちとらヤワな平和より茨の道を選びますよ。
……
……くすっ
「言いませんよ」
「え?」
予想していなかった言葉と音に、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった――アタルくんは、笑っている。爽やかスマイルでも年相応の笑顔でもなく、何かを隠した戯けた顔で。
「山本さんは、秘密っていけないことだと思いますか?」
「え……」
「俺は、それも選択肢の一つだと思います」
「……」
「だから」
スッと表情が消えた。まっすぐな瞳が私を見る。
「大したことじゃないんです」
……
アタルくんの目は真剣だった。……私はいつかの赤星くんのことを思い出した。信じてくれ、信じてくれって言ってるような大きな瞳。
それがいけないことなのか、最善なのかは分からない。でも私は今目の前にいるアタルくんを、その心を……守りたいと思った。




