情けは人のためならず
ひそひそっ
こそこそ
「おい、あいつって……」
「あっ、囚人牢から出した奴!?」
「っつーか生きてたのか」
「(……)」
なんだろう。この、学校をずっと休んでた不良が久々に登校してきた時のような居心地の悪いザワつき感は。私、どちらかというと優等生キャラだと思うけど?あ、でも脱獄させちゃったんだから今は超問題児か。
本当は“ロイの間”に直接パァァしちゃえばよかったんだけど、物理的法則を破って本人の目の前に現れるのもアレだし、何より私の精神が耐えられない……ので、お馴染みの暗い廊下に飛び、そこから歩いて向かうことにした。やっぱりね、人間ラクはしすぎない方がいいよ。電車や車を使うのもいいけど、たまには己の足で大地を踏みしめて
……スタ
とか思いながら本題から目を逸らしていると、いつの間にか重い扉の前に着いていた。……いく?ノックする?するしかないでしょ。ガンバレ、負けるな32歳。
すっ……
コン、コン
「誰だ」
「!、……アケミです」
「!」
……
しーん。重い、痛い、ああ半端ない沈黙だ。何か声に出そうとしてみるけど、見えない圧に負けてすぐに喉の奥に引っ込んでしまう。いやダメだダメだ。思い出せ、こんな私を叱ってくれたアタルくん、真剣にアドバイスしてくれたリュウくん、なんかあった?と声をかけてくれた赤星くんの顔を……!
「失礼します」
ギィッ……バタン
「……」
「……」
そこには、いつもと変わらないロイがいた――肘をつき、足を組み、細かい装飾の大きな椅子(修復済)に身を委ねて座っている。当たり前の光景に一瞬気が緩む。……もう少し、近くで話しても大丈夫だろうか?息を吸い、ドアの前から一歩離れようとしたそのとき、
「侵入者か」
「え」
冷たい声に息が止まる。……そして青い瞳は、声以上に冷たかった。
ポチッ
「全館に告ぐ。Z地点に侵入者あり、直ちに捕らえろ」
『!、畏まりました』
「!」
バタバタバタッ
ロイが椅子の脇にあるボタンを押して指示を出すと、すぐに外が騒がしくなってきた。……構成員たちがここに向かってきている。“侵入者”の私を捕らえるために。
ザッ
「!、デストロイ様っ」
「……」
ロイが背中を向けて歩き出した。後ろ姿がどんどん遠くなる。
ガチャッ!
「デストロイ様、ご無事ですか!?……ってお前は!?」
「!」
扉が開くや否や武装した猫やヒョウたちが慌ただしく中に入って来た。そして玉座を振り返ると――もうロイはどこにもいなかった。
「侵入者というのは……お前か?」
「……」
はい、と答えるべきだろうか。それともしらばっくれてみる?どっちにしろ、なんか言わないと。黙ってるままじゃ、きっと不審に思われ……
「……っ」
ダッ!!
「あ!」
「待てコラ!!」
「逃げたぞーっ!」
ああ、駄目だ。黙って逃げるという一番イケナイ選択をしてしまった。……だって少しでも喋ったら心の汗が出そうだったんだもの。前科持ちだからね。もう人前で泣くのはゴメンだ。
ダダダダダッ
だがしかし、走るのにも限界がある。なんてったってアラサーだから。うん、無理はしないで休憩しよう(早い)。ちょっと陰に隠れて一度地球にパァァァッと、
「ォィッ!ォマェ!」
「えっ?」
ふいに、どこかから目玉お〇じみたいなちっさい声が聞こえた。え?どこ?ってゆうか誰??
「ココダョ、ォマェノ右ヵタ!」
「みぎ……」
言われるままに目を向けると、そこには見事な触覚をぴょーんと生やした、茶色いテカテカBodyの……
「ギャーッ!!ゴキブリー!」
「ゥルセェ!!」
コマクヤブレルワァ!とGが私の横で負けじと叫ぶ。……って、え?ちょっと待って。そもそもGって喋れるんだっけ??
「マァ、コレジャ分カンネェョナ。シカタネェ」
ぐにゃり
あ、Gが歪んで……
ズモモモモ……ドン!
「!!、あーっ!」
「声でけえ!!」
「いや、お前もな!!」
「あ、ヤベ……こっちだ」
グイッ
「!?」
天パっていると、毛むくじゃらの手に強引に脇道に引きずりこまれた。
……
バタバタバタッ
「くそっ!どこに行った!?」
「確かに叫び声が聞こえたが……」
「手分けして捜すぞ!」
バタタッ……
……
静かになった。どうやら遠くに行ったみたいだ。
「ふう、危ないところだったぜ」
「……」
「なんだよその目は」
「ここで何してるんですか」
「脱獄だよ」
「……」
若干ドヤ顔で言い放つコイツは忘れもしない、あの憎き山犬オオカミ(略してヤマオ)だった。最初に会った時は白髪イケメンで数十秒前はゴキブリ……ということは、やっぱり変身という特殊能力を持っているんだろう。それにしても、
「なんでゴキブリなんですか」
「あ?牢屋にいたからだよ。俺は変身することは出来るが、その対象をよく視てそいつのことを理解しねえと変われねえ。ゴキブリってのは難しいな。おかげで何日か掛かっちまった」
いや逆に言えばGを理解できたってことだよね?アンタすごいよ。
「で、お前はなにしてんだよ」
「あー……再就職を希望して戻ってきたら侵入者扱いされて、いま絶賛指名手配中って感じですかね」
「は?」
無駄に美しいエメラルドの目がキョトンと丸くなる。いや、は?じゃないよ。そもそもお前のせいだから。お前が私のピュアなハートを利用して脱獄(未遂)したことがキッカケでこんなことになってんだからな!
「なんだよ、ずいぶん大掛かりな痴話喧嘩だな」
「は?」
「とぼけんじゃねえよ、お前デストロイの女だろ」
「デストロイノオンナ?」
うん?なにを言ってるんだこいつは。
「えーっと、ロ……デストロイ様は男で私の性別は女ですが、それが何か」
「は?」
「は?」
「いや、は?じゃねえよ。お前らデキてんだろ」
「は……」
「へっ、とぼけても俺の目は誤魔化せねえぜ?現にこないだだって優しく抱えられてたじゃねえか」
「こないだ?抱え??」
「あー、お前気絶してたから分かんねえか」
「??」
「倒れたお前をデストロイが抱えてたぜ?俺はこの目でしっかり見た」
「え」
……なんだそれは。いや、確かにあの時やわらかいものの上に倒れた感覚はあったけど……でもその後すぐに床にゴンしたからなあ。目が覚めた時にはロイいなかったし。
「うーん、それ錯覚なんじゃないですか?」
「え」
「なにか」
「……本当にお前ら、なんでもないのか?」
「はい」
「ふーん……」
ヤマオが吟味するような目で私を見る。んだよ、腹立つな。大声出してお前の居場所を構成員に伝えてやろうか?あ、そしたら私も捕まるか。
「確かめてみようぜ」
「はい?」
「デストロイの所に案内しろよ。俺がお前を人質にとることにしてやるから」
「はい~?」
意味分かんない。ってゆうかコイツどこまでも上から目線だな。ああ、イライラしてきた。ダメだ、離れよう。これ以上一緒にいたら怒りが爆発してしま……
「ま、恩返しだと思ってくれや」
「え?」
ポンと放たれた殊勝な単語に思わず頭が止まった。……恩返し?
「今まで他人に庇われたことなんて無かったからよ」
「!」
「気になんだろ?自分がどう思われてるか」
「……」
静かに話すヤマオは何だかとても大人に見えた。ってゆうか……なんかカッコイイな。謝るのでもなく、誤魔化すのでもなく、きちんと行動で返そうとする……いや、多分あんまり悪かったって思ってないんだろうけど。
「でも、デストロイ様に会ったら、あなた危なくないですか?」
「!、お人よしだねえ……。忘れたのか?俺はゴキブリになれんだぜ」
「あ、そっか」
確かにあの姿になればピョーンと何処にでも逃げられそうだ。ロイがゴキ〇ェット常備してるとも思えないし。
「やるか?」
「……お願いします」
「ははっ」
任せろや、とヤマオが頼もしく笑う。……少し前までイラついてた自分をちょっと恥ずかしく思いながら、私は毛むくじゃらの腕に触れて“ロイ部屋“の前を思い浮かべた。
パァァァッ
……
「え」
「つきました。デストロイ様はさっき広間から出て行ったんで、たぶん今はこの部屋の中にいるかと……」
「お前すごくね!?えっ、テレポート!?」
「ちょっ、声でかっ」
しまった!ヤマオは興奮すると声がでかくなるんだった!誰にも会わないようにと思ってパァァしたけど、やっぱり徒歩でくるべきだっ
ガチャッ
「「!!」」
「……」
自分の行動を後悔し始めた矢先に目の前の扉が開いた。そこに立っているのは他の誰でもない、ロイご本人だ。……ロイは何も言わない。さ、さすがに困惑してるのかな?
ガシッ!
ギリギリッ
「ぃたっ!」
「よう、デストロイ。よくも俺を長いこと閉じ込めてくれたな」
「……」
いきなりヤマオに手首を掴まれたと思ったら、後ろに引かれて変な方向に捻り上げられた。どうなってんのか分からないけど全く動けない……。え、これ演技だよね?本気でボキッとかいかないよね??
「土下座して詫びろ。そしたらこの女を解放してやる」
「(は!?)」
うおーい!そんなんでロイは動かないよ!?いやロイだけじゃない、令和の人間には通じないだろう。昭和の青春ドラマがギリだよ!
くるっ
コツコツ……
「「(え?)」」
こちらに背を向けたかと思うと、親玉は黙って部屋の中に戻っていった。……うん?なんだ、今どうゆう状況?
「(ヒソヒソ声)おい、あいつ何しに戻ったんだ?」
「(ヒソヒソ声)いや全く分からないです」
「(ヒソヒソ声)とりあえず俺らも入るか」
「(ヒソヒソ声)そうしますか」
ダンッ!
「ははっ!どうしたデストロイ!なんか秘密兵器でも出そうってか!?」
努めて悪っぽさを出しながら入室するヤマオに引きずられて中に入る。すると……
「(あれ……?)」
部屋の中が、また紙だらけの雑然とした空間に戻っている。え、モグラ・イグアナ星から取り寄せた棚は?どこいっちゃったの?
ロイは数メートル先でこちらに背中を向けて立っていた。相変わらず黙ったままだ……。その後ろ姿からは何も読みとることが出来ない。
「おい、黙ってちゃなにも分からねえぜ?こっち向けよ」
ロイは振り向かない。ピクリともしない。一体どうしたんだろうとソワソワしていると、ふいにヤマオが今までとは違うドスのきいた声で言った。
「聞こえなかったか?顔を見せろ。じゃなきゃ、こいつ殺すぜ?」
「好きにしろ」
「(!)」
そりゃそうだ。ロイならそう言うに決まってる。だって私はただの駒で、今までは使い道があるから置いてただけだもの。迷惑かけて、感謝もしないで、自分勝手に行動して……そんな奴、いらないに決まってる。
「(ヒソヒソ声)おい、どうなってんだよ?殺していいって言われてるぜ」
「(ヒソヒソ声)じゃあ一度ヤッちゃってもらえますか?大丈夫です、死なないんで」
「はぁぁぁ!?」
だから声でかいって。あー、もういいや何でも。ここまで協力してもらったヤマオには申し訳ないけど終わりにしよう。一回抹殺していただいて、その瞬間にパァァしてここではない、どこかへ……あ、なんかそんな歌あったな。
「じゃあ、まあ、殺すからな!あばよ、お嬢さん」
ビュッ
キラリと光る鋭い爪が飛んでくる。さて、どこに行こうかな。今は誰にも会いたくないから、とりあえず公園の隅に……
ザシュッ
「え」
「っ!」
ポタッ、ポタポタッ
あれ、床に赤い液体が……これは……
「血ぃぃぃぃぃ!!」
「うるせぇぇぇ!」
「あ、すいません」
いや、スンと謝ってる場合じゃない!ヤマオの手から血が出ている!!
「(ヒソヒソ声)よかったな」
「え?」
「あばよっ」
ポンッ!
カサカサカサーッ
そう言うと、ヤマオは茶色い生物になって颯爽と部屋から出て行った。私と――目の前にいるロイを残して。
「……」
「……」
さっき、ロイはヤマオを傷つけた。その時ヤマオは私を殺そうとしていた(仮)。それをロイは……
「……助けて、いただいたんでしょうか……」
「……」
「いや、あの、私は助かりました。ありがとうございま……」
ぽたっ……
あ、ヤバ。泣く。
「っ……ぅ、ぐぅっ」
止まらない。涙と鼻水がどんどん込み上げてくる。イヤだな、最近涙もろい。ここ最近で二回も人前で醜態をさらしてる。
「なぜ泣く」
「あー……歳でず」
「……」
くそっ、鼻がつまって喋りにくい。あれ欲しいな、耳鼻科にあるチューブの、吸引器だっけ?あちらでズォーッっと吸っていただいて
「泣くな」
「……」
ちょ、やめて。泣くなって言われると余計に液体でてくるから。
「泣かないでくれ……」
「え……」
少し掠れた声に顔を上げると、ロイが床を見つめていた。
「どうすればいいか分からなくなる」
「……」
「不快だ」
なぜだろう。あんなに嫌だったその言葉が今日は嫌じゃない。むしろ……
「デストロイ様……」
「……」
「顔を上げてください……」
「……」
ロイの頭は動かない。でも私は、どうしても見たかった。
「失礼します」
膝を折り、覗き込むように下から彼の顔を見上げる。
「!」
「……なんて顔してるんですか」
そこには青い瞳を揺らした……迷子みたいな表情の親玉がいた。
「らしくないです」
「……」
「けど、いいです」
気が付くと、私はロイの右手をとっていた。
「……」
「……」
……
……きゅっ
しばらくすると、冷たい手が力なくこの手を握ってきた。




