怒りの理由は十人十色
……ぽすっ
ゴンッ!!
「ったぁ!!」
あれ?なに?何が起こった??なんかフワッとしたあと、後頭部に激痛が……
ドタドタドタッ
ドカッ!バキッ!ゴスッ!
「よし!捕らえたぞ!!」
「このイヌ公が!」
「調子乗ってんじゃねえぞワレェ!!」
あ、またガラの悪い声が聞こえる。えっと、今なにが起こったんだっけ?山犬オオカミ(略して山オ)を庇いつつロイを説得しようとして、でも玉砕してウガーってなって心の丈を叫んだらクラッとして……
ダダッ!
「おい、大丈夫か!?」
「!、あ、はい」
今いち状況が理解できずに横たわっていると角から黒さんが顔を出した。転がってるのもアレなので、とりあえず起き上がろう。
「いやあ悪かったな、変な野郎任しちまって」
「あ、いえ、私こそ」
変な術をかけられたとはいえ鍵奪われちゃったもんな。牢番が囚人を脱獄させてしまったのだから、かなりの失態だ。
「……あの、デストロイ様は?」
「ああ、あの犬公の牢を強化しろって指示出して、上に戻ってったぜ?」
「そうですか」
相当怒ってるだろうな。ロイが警戒してた囚人を脱獄させて擁護したうえに意味わかんない事叫んで……その場でザシュられなかったのがホント奇跡だ。って、あれ?なんでザシュられなかったんだ?あ、気絶したからもういいやって思われた?いや、あいつはそんなタマじゃない。相手に意識がなかったとしても、徹底的に息の根を止めて……
こそっ
「……なあ、ちょっといいか?」
「はい?」
ロイの行動について考えを巡らせていると、黒さんが周りを気にしながら私にコソッと耳打ちしてきた。
「あのイヌ公斬ったの、お前か?」
「?いや、デストロイ様ですけど」
「!そうか……っかしーな」
「え?」
私の返答に毛むくじゃらの首がクインと捻られる。え、なにがおかしいの?
「いや、あのイヌ公は珍しい種族で研究の役に立つかもしれないから、不審な動きをしても深手は負わすなってデストロイ様に言われてたんだよ」
「え」
「なのに明らかに重傷だったからよ。珍しい……気でも変わったのかねえ」
「ああ、そうかもしれませんね」
ロイのことだ。きっとそうは言ったけど相手を目の前にしたらイラッとして思わずザシュってしまった、とかそんなところだろう。
「あの、ちょっとデストロイ様の所に行ってきていいですか?迷惑かけちゃったんで謝罪しようかと」
「おま、バカかよ?殺されるぞ」
「あ、大丈夫です。不死身なんで」
ということで、驚きつつも心配してくれている黒さんにペコリして私は地上階に向かった。……心臓に悪いからホントは何もなかった事にして日々を送りたいところだけど、もう失敗は確実にバレてるし、悪いと思ったら気まずくてもちゃんと謝った方がいい……ウン、ひよるな自分。ガンバレ自分。ここを乗り越えればあと楽だから!(たぶん)
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
「……」
ロイはいつものように、親玉らしく足を組んで椅子に腰かけていた――いま私は頭を下げているのでその表情は見えないけど、きっと氷のような瞳でこちらを見下ろしていると思う。
「相手の話を鵜呑みにし、同情し、気を緩めた隙に術をかけられ、鍵を奪われてしまいました」
「……」
「多大なるご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
……
……しーんだ。ちょっ、つらいです。空気が重い。罵倒でもなんでもいいから取りあえず喋ってくれないかな?この状況で無言は堪える。制服のスカート短くして先生に呼び出された時の、あの緊張に近いものが
「なんなんだ、貴様は」
「え、!」
ドキッ
怒りの滲んだ声に視線を上げると、ロイが顔を歪めて青い瞳を揺らしていた。……え、どうゆうこと?なんでそんな顔して
「殺されたいのか」
「え?いや、」
「なぜ俺の前にきた」
「……謝りたくて」
「なぜだ」
「ご迷惑をお掛けしたので」
「っ……」
ガンッ!
褐色の手が肘掛けの先端をものすごい勢いで殴った。細やかな装飾がハラハラと砕け落ちる。
「消えろ」
「……」
「ここから出て行け」
「え」
「二度と俺の前に現れるな!!」
ザッ!
そう言い捨てると、ロイは荒々しい足どりで部屋の奥に消えて行った。
パリーン!
「ちょっと、山本さん!?」
「あ……失礼いたしましたーっ!」
ササッ、ササッ
無残に割れたディナー皿を箒でチャチャッと片付ける。さすがに本日三枚目ともなると素早く対応できるな。いやホントお店には申し訳ないけど。
「……山本さん、テーブル拭いてきてもらっていい?」
「あ、はい。すみませんでした」
さすがの店長もこれ以上食器が割れるのは耐えられなかったのだろう、静かに戦力外通告を受けた。……えーと、さっき汚れたダスター捨てちゃったから、新しいやつ取ってこないとだな。確か裏にあったっけ?
ガサゴソッ
「(たぶん、この辺に……)」
「山本さん!なんかあった?」
「!、赤星くん」
バックヤードで布巾を探していると、後ろから赤星くんに声を掛けられた。きっと今までの私の失態を見ていたのだろう。振り返ると、彼は心配そうな顔でそこに立っていた。
「いやあ~実はもう一つのバイト、クビになっちゃってさ」
「え!?あの大変な店長のとこ!?」
「そう」
なんでだよ!?と自分のことのように憤慨する赤星くん。本当はすぐに業務に戻るべきだけど……こんなに真剣に聞こうとしてくれてるもんな、とりあえず要点だけ伝えておこう。
「えっと、私のミスでちょっと厄介なことが起こってさ、まあ店長のお陰で何とかなったんだけど。で、迷惑を掛けたから謝りに言ったの。そしたら何で来たんだって怒られて、クビになっちゃった」
「ええ!?なんだよそれ!だって山本さん、ちゃんと謝ったんだろ!?」
「うん、まあ」
「謝りにきた従業員にそんなこと言うなんて、そいつ店長失格だよ!」
「そうとも言い切れないんじゃない?」
「「!?」」
「おはようございます」
「あ」
気が付くと、私と赤星くんの間にアタルくんが立っていた。デジャブだ……。昨日と全く同じ流れじゃん。
「山本さん、心当たりはないんですか?」
「え?」
「なんだよアタル!山本さんが悪いっていうのかよ!?」
「悪いとは言ってないよ。ただ、その店長がそこまで怒るのにはやっぱり理由があるんじゃないかなって。こっちが見落としてる何かがさ」
「そうかな~、俺は店長が腹減ってイライラしてからだと思うけ」
「ユウジ黙って」
「……」
「どうですか、山本さん」
「え?ああ、まあ一番の原因は私がセクハラ従業員を庇ったことかと」
「「セクハラ!?」」
「あ」
ヤッバ、余計なこと言っちゃったかな。赤星くんだけでなく珍しくアタルくんまで目を丸くしている。……ここは穏便に、オブラートに包んでやんわりお話しておこう。
「いや、ちょっと従業員の子(私だけど)のお尻を触るような要注意人物がいてさ、そいつが職場から逃げようとした時に店長が殴りかかろうとしたのを私が止めたというか。あ、一発目はもう当たっちゃってたんだけどね」
「なるほど!つまり店長は気に食わない奴を山本さんが庇ったからイラッとしたんだな!?」
「たぶん」
「だったら尚更、山本さん悪くねえじゃん!」
「あ、でも私がミスらなければそもそも奴が逃げ出すことも無かったというか」
「山本さん」
「はい?」
妙に明るい声に顔を向けると、アタルくんが爽やかな笑顔を浮かべていた。……なんで?なんで今その顔?
「俺の親戚に職場のセクシャルハラスメントについて詳しい人間がいるんで、後で詳しく聞かせてもらえませんか?」
「え?」
「マジか、アタルすげえな!山本さん相談しなよ!」
「あ、いや」
「バイトのあと時間ありますか?すぐに終わるので、公園で少しいいですか」
「あ、はい」
なんだろう、どことなく威圧感が……。正直いろいろ気まずいからあまり行きたくないのだけれど、断れる雰囲気でもなかったので、私はその提案を大人しく受け入れることにした。
数時間後。
「山本さん、さっきの話で幾つか胡麻化していることがありますよね?まずセクハラを受けた従業員、あれは山本さんなんじゃないですか」
「えっ、エスパー!?」
「……」
スッ……
あ、なんか意味深に目を逸らされた。なんだよう、小学生みたいなリアクションだったから?まあ、いいや。いま大事なのはソコじゃない。
改めて何で気付いたのか聞いてみると、あの話をしている時の私の顔がどうみても第三者ではなく、被害を受けた本人さながらに怒っていたのですぐに分かったのだそうだ。……まだまだ演じ切れてなかったか。もっとアカデミー賞目指して頑張らないと。
とはいえ、そんな急には成長できない。と、すぐさま観念した私はロイに牢番を命じられてからリストラされるまでのあらすじを洗いざらい話した。ちょっとセンシティブな内容も含まれていたので気まずかったけど、隠してもバレるだろうと思ったのでもう全てお伝えした。
「で、今に至るっていう」
「……」
「……」
「……」
「ちょ、なんか喋って?」
ヤダヤダ、無言野郎はロイだけで充分だよ。君、グリーンでしょ?なんとかしてこの間を爽やかに埋めておくれよ。
「山本さん」
「!はい」
「ちょっと……異常になってると思います」
「へ?」
どこか言いにくそうな様子でアタルくんが口を開いた。……いじょう?どうゆうことだろう、アタルくんは何を言おうとしてる?
「自覚はないと思いますが、山本さんは“不死身”という特殊能力を持っていることで本来なら誰も選択しないようなことをし始めています」
「え」
「“死”に対する警戒心があまりにも低いんです」
「!」
ガッと心臓を摑まれたような気がした。……死に対する警戒心が低い。それは、そうだ。だって私はこの世界では死なないし、傷を負うこともない。だからロイにも歯向かえるし、いろいろ大胆に行動してきた。
でも、それって悪いことじゃないよね?
「この物語に変化を望む“神”からすれば山本さんが行動的になるのは喜ばしいことです。でも、あなたの友人やあなたを想う人の気持ちになってみてください。大切な人が自分の命を全く顧みずに行動することは嬉しいことですか?」
「……」
アタルくんは、努めて冷静に喋ろうとしているみたいだった。でも所々強くなる語気や揺れる瞳が、いつもとは何かが違うことを私に伝えてしまっていた。
そういえば、ロイに解雇された時もこんな違和感を覚えたっけ。
「この件に関しては、俺はデストロイに同調します」
「え……」
「偶然かもしれませんが、結果的にデストロイは山本さんを守った。なのに貴方は感謝をするでもなく宇宙海賊を庇い、その後囚人を逃したことのみを謝罪した」
「……」
「山本さんの中では筋が通っているのだと思いますが、他人がその行動を理解するのは、ちょっと難しいと思います」
すうっ、と冷たい風が吹いた。ああ、昼間は暑くても夜はひんやりするなあなんて思いながら私はロイの言葉や表情を思い出していた。……そうだ、言われてたじゃないか。なんなんだ貴様は、って。あれはふざけるなって意味じゃなくて本当に分からないってことだったんだ。
「……」
「……」
普段から自分中心に物事を考えないようにしてきた。でもダメだな。結局私は自分の良い悪いで世の中を見ている。相手を理解したいと思いながら、いつの間にか自分がこうしたいってものを優先してる。……ダメだな、もっと真摯に相手の立場になって想像しないと。
だってこの世界には色んな人がいて、見えてるものもバラバラなんだから。
グッ
「だーっ!!くそっ!!」
「!」
「いやそうだよ、その通りだよ。お礼言ってないとか最悪じゃん、そんで迷惑掛けたので謝りにきましたとか、は?意味わかんないよ!!」
「……」
「ああああっ、さすがに申し訳ない!謝っていい?リストラされたけど謝りにいっていい?いや違うその前に感謝だ!助けてくれてありがとうございましたって気持ちをこめてはっきりと……」
ぽたっ
「はっきりと……」
「……」
「あいづ、ぢゃんど聞いでぐれるがなあ……」
ぽろぽろっ
ぽろぽろぽろっ
悲しい。悲しい。心に穴が空いたみたいだ。いい歳なのに、人前で泣きたくなんかないのに次々と涙がこぼれてくる。
……
「ごめんなさい……」
「え゛」
消え入りそうな声に横を見ると、なぜかアタルくんがつらそうに俯いていた。え、どうした?体調でも悪……
「泣かせたかったわけじゃないんです……」
「……」
「本当にごめんなさい……」
なんだかよく分からないけど、私よりもアタルくんの方がずっと痛がってる感じがしたので“大丈夫大丈夫”って言いながら、細い肩をパンパン叩いた。




