人を見た目で判断しちゃダメ
キュッ、キュッ、キュッ
「ねえ、どうすればいいか分からなくなるほど不快な顔ってある?」
「へ?」
私の唐突な質問にスプーンを拭いていた赤星くんの手が止まった。
地球が見えなくなってもお金は稼がなければいけない。なので私はロイの気持ちを変えるというビックプロジェクトを進めつつも(あんまり進んでないけど)こうしてバイトをいれて、コッソリこの星にやって来ている。
「いきなりなに?なんかあった?」
「実はもう一つのバイト先の……」
「あ!あの店長か!」
「そう。こないだ仕事がうまくいってニヤニヤしてたら、どうすればいいか分からないからその顔するなって言われたんだよね」
「えっ!なんだよそれ!!」
「でしょ?失礼極まりな……」
「それ、そういう意味じゃないんじゃないですか」
「「えっ?」」
「おはようございます」
「!」
赤星くんと二人で憤慨していると、バックヤードからアタルくんがやって来た。……今日、アタルくんも出勤だったんだ。いま顔合わせるのちょっと気まずいな。
「なんだよアタル、そういう意味じゃないって?」
「ほら、有名な台詞があるじゃない。“こういう時どんな顔すればいいのかわからない”って。あれに近いんじゃないかな」
「あ、ヱ〇ァだね!アタルくんスタンプ持ってるもんね~」
「いやでもそれが何だよ!?店長の話と関係ないじゃん!」
「だから、店長が山本さんに対してそういう感情を抱いたんじゃないかって話だよ」
「へ??」
「いやいやアタルくん、それは違うよ。だってあれは自分の中の嬉しいとかそうゆう感情をどうすればいいか分からなくて戸惑ってる感じでしょ?うちの店長は違うから。不快だってコメント付きだから」
「自分がどうすればいいか分からないから、不快なんじゃないですか?」
「え?」
「だから、山本さんの顔が不快なんじゃなくて、山本さんの顔を見て生まれた気持ちをどうすればいいか分からないから不快なんじゃないですか」
「……つまりキモイとかイラつくとか、そうゆう行き場のない思いをどうすればいいか分かないと」
「いやだから」
あ。アタルくん、いまイラッとした?ヤバッ、とりあえず黙ろう。ふだんニコニコしてる人って怒ったら絶対恐いもん。
「山本さんの嬉しそうな顔を見て、相手も嬉しくなったんじゃないですか?だってその店長、普段は横暴なんでしょ?腹が立ったら、あなたに当たることも出来たはずだ。でもしなかった。それって彼にとって未知の感情が生まれたからじゃないですか?負ではなく正の感情が。だからどう処理していいか分からなくて戸惑った、そして自分が困惑していることに腹が立った。そう考えることはできませんか」
いや、筋が通ってるといえばそうかもしれないけど……それはちょっと妄想が過ぎるのでは。
「……アタル、お前って綾〇派だったんだな。俺はてっきりア〇カ派だと」
「ユウジ、黙ろうか」
「……」
黒い。今日のアタルくんは何か黒い……。反論したい気持ちはあるけど、ここは大人しく呑み込んでおこう。親交計画うまくいってないし。
「……ま、そうだね!うちの店長プライド高いけど、意外とシャイなあんちくしょうなのかも。うん、そうだそうだ。あ、なんかそう思ったら元気でてきた!」
「そうだよ山本さん、自信持ちなよ!山本さんイイ人なんだから絶対店長にも伝わるって!!」
「おっ、おう!!」
店長=デストロイということを全く知らない赤星くんの励ましに罪悪感を感じながらも私は無理矢理拳を突き上げた。うん、どっちにしろロイの本当の気持ちは分からないワケだから、前向きに捉えておいた方が健康的かもしれない。あ、もしかしてアタルくんもそうゆう事が言いたかったのかな?
「ありがとう!アタルくん」
「え……あ、いえ」
「よっしゃ!トイレ掃除してくるわ!」
「おお、気合入ってる!」
「まかせときー!」
タタッ
「……鈍いな」
「え?なんて?」
「いや、なんでもない」
「??」
数時間後。
「貴様に牢番を命じる」
「牢番、ですか?」
バイトを終えてアジトに戻るとロイに新たな任務を与えられた。
モグラ・イグアナ星とは再び友好条約を結ぶことになったので、もう私の出番はなかった。なのでこのまましれっと無職でいられないかなと若干期待していたのだけれど……うちの親玉はそんなに甘くなかった。くそうっ。
「あの、具体的に何をすれば」
「不穏な動きをしたら殺せ」
なんてシンプルな回答……。もうきっとこれ以上は説明する気ないんだろうな。うん、退室しよう。聞きたいことは色々あるけど取りあえずココを出て、分からないことは牢屋で聞いて業務に就くのがベストだろう――と普段の私ならササッと去っているのだけれど、今日は一つだけ、どうしても尋ねたいことがあった。
「あの、デストロイ様……この距離は何なのでしょうか」
「……」
そう。いつもここでロイの話を聞く時はある程度の距離を保って跪いているのだけれど今日はその尺が半端ない。あいつが止まれって言ったからここで止まってるわけだけど、ほぼ部屋の入口だ。めっちゃ会話しにくいんですけど。
「不快だからだ」
「……」
「去れ」
「ハイ」
ギィッ……パタン
「だーっ!!」
扉を締めるなり大声で叫んだ。いや嫌いじゃん!絶対アイツ私のこと嫌ってるじゃん!!アタルくん、キミは間違っているよ、やっぱり妄想が過ぎるよ。ああくそっ、なんか腹立つー!!
「おう、お前が新入りか?」
「はい、よろしくお願いします」
なんとか精神を落ち着かせて最下階に行くと、ゴツゴツと武装した狼たちが刀や槍を片手にウロウロしていた。一見犯罪者に見えるけど、どうやらこの人たちが牢番らしい。いかにも猛者揃いという感じだ。
「……お前、本当にここ担当か?」
「はい」
声を掛けてくれた黒オオカミさんの金色の目が丸くなる。ですよね、私も一人だけ場違いだと思いますよ。
「っかしーな。ここは俺らみたいな監獄上がりの奴が任せられるんだが……」
「マジですか」
「任務で失敗でもしたか?いや、そんなことしたらそもそもデストロイ様に殺されてるか。ハハッ」
なんか色々シャレにならないんですけど。つまりまとめると、ここには凶悪な囚人がいて、その番人はそれに匹敵するくらい強くないと務まらないってことですよね?そんな所に私を放り込んだってことは……やっぱり相当嫌われてるんだろうな。
「おいおい、そんな顔するなよ!あー、そうだ、じゃ、お前は最近入ったあいつ見てろや」
「え?」
「こっちだ」
ザッ、ザッ
どんな顔してたか分からないけど、なぜか黒オオカ……長いから黒さんでいいや。黒さんに同情された私は、メインフロア的な所から少し離れた場所にある、こじんまりとした牢屋の前に連れてこられた。そこは独房らしく、中にはベッド、トイレ、洗面台、と必要最低限のものだけが置かれていた。そして中央には……
……ザッ
「おい318号、こいつが今日からお前の担当だ」
くるっ
「(!え)」
「……初めまして」
「あ、初めまして……」
そこに座っていたのは白い長髪の綺麗な顔立ちをした人間の男性だった。瞳はエメラルドグリーンで、服は髪と同じく純白だ。和服のような形をしているので高貴な僧侶みたいに見える。……え、この人が囚人?
「お前も知ってるか?こいつはこないだウチに潜入した奴だ」
「あ!あの色んなブロックを行き来してた……」
「ああ。こんな見た目だし、警戒することもねえと思うんだがデストロイ様の命令で単独で収監されてんだ」
「そうなんですか……」
人を見た目で判断するのはアレだけど、確かに腕力は強くなさそうだ。こんな人がウチに侵入して動き回っていたなんて全く想像がつかない。
「じゃ、これ鍵。あと剣か槍、どっちか選んで」
「え、じゃあ剣で(槍の方が危なそう)」
「ほいよ」
ホイッ
ものすごくラフに剣を投げられる。きっと、この人たちにとってはただの仕事道具に過ぎないんだろうな。清掃員にとってのモップみたいな?
「まあ、気張れや。なんかあったら聞きにこい」
「はい、ありがとうございます」
ザッ、ザッ、ザッ
そう言うと黒さんは背中を向けて貫禄たっぷりに去って行った。……見た目は極悪人だけど、フツーに良い人だな。
「(さて、と……)」
「……」
「……」
えっと、何すればいいんだ?ロイは不穏な動きをしたら殺せって言ってたけど、逆になにも無かったら何もしなくていいのかな?
……ちらっ
他の牢番メンバーはどうしてるんだろう?廊下から首を伸ばしてこっそり様子を覗いてみる。
ガンガンガン!!
ゲシゲシゲシ!!
「明日の朝刊載ったぞテメー!!」
「待ってたぜェ!!この瞬間をよぉ!!」
「不運と踊らせてやろうかァ!?」
すっ……
即行首を戻した。いやむしろ縮めた。……なんだあれ、めっちゃガラ悪いじゃん!チンピラ?ヤンキー?ああ、この独房が離れた所にあって良かった。あの方々の中にいたら捕らわれてなくても寿命が短くなりそうだ。
「……なぜ、貴方のような方がここにいるのです?」
「え?」
この場にそぐわない涼やかな声に振り返ると、独房の中の白髪美男子が哀れみを含んだ瞳でこちらを見ていた。ちょ、そんな宝石みたいな目で見ないでくれます?美しすぎて直視できません……。
「いやー……ってゆうかこっちのセリフですよ。なんでここに侵入したんですか?」
「……」
「あ、言いたくなかったら別に大丈夫です」
いくら相手が囚人だからって、その人の気持ちを無視してズカズカ質問するのはよくないだろう。そう思ってすぐに口を閉じると囚われのイケメンはクスリと笑った。
「お優しい方ですね」
「え?いやいや、そんな」
「貴方になら話してもいいかもしれない」
「え?」
なんだ?なんだか意味ありげだ。ザワザワしながら次の言葉を待っていると、彼は俯いて悲し気な声色で言った。
「実は、この組織のどこかに私の妹が捕らえられているのです」
「!妹さんが」
「ええ。数か月前に攫われて密かに幽閉されています。私は妹を救うために一人でここに乗り込んだのです」
「!」
そうだったのか!だからこんな華奢な人が侵入なんて大胆なことを……。
「あの、妹さんはどうして囚われているんですか?あ、差し支えなければでいいんですけど」
「……不幸にも、デストロイに見初められてしまったからです」
「え!?」
超予想外な理由に思わず耳を疑った。……ロイが、見初める!?
「数か月前、我が星に外交で訪れたデストロイは、たまたま居合わせた妹に一目惚れをしたのです。そして、卑怯な手段で連れ去って行きました……」
「……」
うーん、何だか想像が出来ない。あの不愛想で無慈悲で星を壊すことにしか興味がなさそうなロイが一目惚れ……?いや、でも悪の親玉だし、女性をはべらしていてもおかしくはない気がするけど。だけどなんか、なんかなあ……。
ぎゅっ
「力を貸して下さいませんか?」
「え」
気が付くと、鉄格子の間から伸びた白い手が私の右手を握っていた。
「私の目を見て下さい」
「?」
言われた通りに目線を上にあげる。すると、
キンッ!
「え……」
あれ?体が動かない。
「くくっ、かかったな」
「!?」
目の前のエメラルドがぐにゃりと歪む。……一体何が起こってるんだ?ピクリとも動けずにいると、もう一方の手が伸びてきて私の腰回りを探った。そしてそれは見た目からは想像も出来ないほどの強い力で先ほど黒さんから受け取った鍵をブチッと奪い取った。
ガチャリ、ギイッ
「ふっ、他愛ない」
「……」
白髪の人は慣れた手付きで外から鍵を開けると軽やかに独房から出てきた。ちなみに私は相変わらず動けない。動けないばかりか声も出ない。
メリッ、メリメリッ……
「!」
緑色の目が裂けるように横に伸びたと思ったら、その人の体の色んな部分が伸びたり縮んだりの運動をはじめ、瞬く間に人間から二足歩行の獣になった。狼のような山犬のような……とにかくめちゃくちゃ強そうだ。これが本当の姿なんだろうか。
「小娘よ、礼を言うぞ。貴様が阿呆だったお陰で俺はまた宇宙海賊ができる」
「……」
「ちっ、忌々しいデストロイめ、いつか必ず復讐してやる……」
そう言うと海賊はマネキンのように固まっている私の横を抜けてザッザッと歩き始めた。マズイ、凶悪犯を牢屋から出してしまった……。もしかしたらコイツ、この辺りの人たちを殺して外に出ようとすんじゃ……
ピタッ……クルッ
ザッ、ザッ、ザッ
「……?」
はち切れるほどに不安な思いを膨らませていると、なぜか奴は足を止めて再びこちらに戻ってきた。え、どうした?あ、殺される?
さわっ……
「!」
「せっかくだ、楽しんでからいくとしよう」
「!!」
え、そっち?ちょ、マジでやめてキモイから!うおいケツを触るな!息かけんな!ああ、いっそ殺してくれないかな!?死なないから!
ドサッ
「くくっ」
「……」
押し倒されている!山犬オオカミに押し倒されている!!え、待ってこれ特撮ヒーローものだよね?ダメじゃない!?こんなシーン、神が許してもPTAが許さなっ
ザシュッ
「ぐあああああっ!」
「!」
「……」
色んな意味で超危機的状況だった私の上から山犬オオ……山オが、もんどり打って床に倒れた。あ、なんか頬っぺたに生ぬるいものが飛んでき……
ぬるっ
「血だぁぁぁぁ!!あ、声出た」
あ、そういえば体も動く。何だかよく分からないけど、とりあえず自由を取り戻したのでパッと辺りを見回してみる。
ピタッ
「……」
「……」
コバルトブルーと目が合った。
「……デストロイ様?なんでこんな所に?」
「……」
そこには返り血を浴びてずーんと立っているロイがいた。いやその風貌恐すぎなんですけど。
「く……そっ」
「!」
床に倒れた山オが苦しそうに蠢いた。あ、まだ息があ……
スッ
「っ!」
バッ!
ピタッ
……
「何をしている」
「え、……庇ってます?」
いつものようにロイがザシュろうとしたので慌てて山オの前で両手を広げた。また一回殺されるんだろうなって思ったけど、奴はなぜか今回は手を振り下ろさなかった。
「なんなんだ貴様はっ」
「え……」
あ、怒ってる。いまロイ、めちゃくちゃ怒ってる。……私が誰か庇うなんていつもの事じゃん。なのに何で今日はそんなに怒るのよ。なんか、嫌だな……自分がすごく悪いことをしたみたいだ。
「あの、不快な思いをさせて、すみません。でも目の前で誰か殺されるのは放っておけないというか……」
ピクッ
「貴様は、状況が分かってないのか」
「え?いや、えっと、囚人を脱獄させてしまい、そいつにセクシャルハラスメント的なことをされて、でもデストロイ様がそいつを殺そうとしてるから庇ってます?」
「……」
「あれ?」
なんか、こうやって言葉にしてみると私ってヘンな奴だ。だってコレ普通だったら死ね!って思うような出来事だよね?でもそんな相手を守っちゃってる。なんでだろ?あ、不死身だからかな。自分が不死身だから寛容(?)になってるとか。いやでも腹は煮えくり返って……
「……」
「……」
あ、そうだ。でもきっとそれ以上に、
「私、デストロイ様が誰かを殺すのを見たくないんだと思います」
「……なに?」
フッとロイの指から力が抜ける。彼は相変わらず険しい表情をしているけれど、青い瞳は僅かに揺れていた。
「なにを、言っている」
「……」
ああ、この人は本当に純粋なんだ。知識や能力はあっても、心はきっと小さな子供なんだ。……どうしたら分かるかな。どう伝えたら気付いてもらえるだろうか。
「私、正しいって言葉は好きじゃないんですけど、自分が何を嫌いかっていうのは分かるんです。なんか体がウッってなるから。そうなったら、きっとそれは嫌なことなんです」
「……」
「貴方に怒られるのも不快だと言われるのも、この獣に襲われるのもイヤ。でもそれ以上にウッってなったのは……貴方がこいつを殺そうとした時でした」
理屈じゃない、体がそうなる。嫌だ、嫌だと私に信号を送ってくる。
「ならば、そこをどけ」
「え」
「そいつを殺さねば体の疼きがおさまらない」
「!」
そう、とられたか……。確かに今の私の話にのっかればその理屈も正当だ。でも……でもでもでもでもっ
「そうじゃないんだよぉぉぉっ!!」
「!?」
あ、ロイがビクッてなった。なんて貴重な……とか思ってる場合じゃない。もうパッションだ!私に残されたものはパッションしかない!!
「なんか嫌なの!大事な奴が誰か傷つけたり殺したりするの見たくないの!だってお前そこまで悪い奴じゃないじゃん!むしろ真面目で頑張り屋だよ!なのに、なのになんでやっちゃうかなあ!?なんで目的が星の破壊なのかなあ!?いや、ってかお前は悪くないっ、悪いのは脚本家だ!おい脚本家、なんでだよ!!なんでこいつにこんな設定つけたんだよぉぉぉ!!」
あえて色に例えるなら赤とか黒とか、なんかそんな強烈で濃い思いが体の中からどんどんどんどん沸いてきて、気が付くとロイそっちのけで私は天に向かって叫んでいた。あ、なんか酸欠かも。ちょっとフラッとし……
ぐにゃんっ
「?あれ~?」
「!」
ロイが歪む。青い目も歪む。あ、これヤバイやつだ。でもどうすることも出来な……
……ぽすっ
頭への衝撃を覚悟した直後――柔らかい何かに包まれた気がした。




