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婚約


「フィエラ」

 

 翌日、少し疲れた表情のニグム様が手を差し出してきた。

 目の下にじんわりクマがある。

 びっくりして「どうされたのですか?」と声をかけると、取り繕っていたニグム様の顔が一気に曇った。

 

「……別に。今まで目を背けていた王太子の仕事を真面目にやってみたら、なんというか、考えていた以上に、ちょっと……」

 

 という言葉に、察した。

 国政の仕事に少し触れて、色々実情を知ってしまったんだろうな。

 しかし今日は私に構う日、ということで部屋の外まで案内してそのままフラーシュオオトカゲの馬車に乗ってまずはラクダの飼育舎の見学へ。

 郊外にあるラクダ飼育舎への移動中、馬車の中でニグム様の話を聞く。

 

「横領が横行している。留学した俺が少し触れただけで金の流れがあり得ない。恐らく祖父の代からだ。俺の留学中に、頭が弱い三男のムーダが次期王太子になるべきという声が増えている話も聞いた。俺は王太子の座に執着がなかったから」

「あ、ああ……典型的な……」

「ああ」

 

 それは、なんというか、なんとも。

 国内内部の腐敗はニグム様の考えている以上のものだったんだろう。

 今まで気にしなかった内政に目を向けた途端出るわ出るわ、と頭を抱えている。

 

「そもそも、俺はあまり内政仕事に関わってこなかったんだぞ? そんな俺が少し触れただけでこれほどボロがわかるなんて――」

 

 ヤバい。

 それは普通にヤバい。

 もう隠すつもりがないって感じですね?

 

「改革のし甲斐がありますね……?」

「一網打尽にするにしても、細部まで調べあげるまで時間がかかりそうだ。国内に俺の味方がいるわけでもないし」

「いないのですか?」

「真面目に王太子やってこなかったからな」

 

 なるほど。

 

「殿下、ラクダの飼育舎が見えてまいりました」

 

 その時、窓の外から護衛騎士が声をかけてくる。

 あまり仰々しくならない程度の警備で、ラクダの飼育舎に近づく。

 馬車から降りることはなく、窓からラクダがご飯を食べるところを眺める。

 もぐもぐ口を動かす、とろんとした目が可愛い。

 ここからでもわかるほどのまつ毛の長さに窓に貼りついて眺めていると、先ほどまでの疲れて苛立ったような空気が和やかなものに変わる。

 ニグム様の方を見ると私の顔を見て力が抜けた表情をしていた。

 私がラクダを見てはしゃぐ姿に、癒されてくださった……?

 そういうのは、演技ではできないと思う。

 だから、本当に――

 

「馬車から出てみるか?」

「う、うーーーん……い、いいえ、体調を崩してこのあとの予定をダメにしてしまっては申し訳がありません。動物は基本的に全滅なので、ラクダも多分ダメだと思いますから……」

「そうか。……動物が好きなのに近づくことも難しいというのは……拷問のようだな」

「そうなんですよ」

 

 おわかりいただけます!?

 もー悲しくて悲しくて!

 

「ちなみに今日、フラーシュ様はまだお姿を拝見しておりませんが、同行していらっしゃるのでしょうか?」

『その話聞いたあとやともう脅しとちゃう?』

「そうおっしゃらず! 私がアレルギーを気にせずもふもふなでなでできるのは、フラーシュ様だけなんですーーー!」

 

 ニグム様の肩に現れたフラーシュ様に向かって両手を広げる。

 さすが空気の読める守護獣様。

 私の腕にするりと移動して、もっふもっふさせてくださる。

 ああ、肉球の香ばしかほり……ちょっと尖った爪、頬にやんわり突き刺さるこの感じすら幸せ……!

 

「じゃあ、ラクダはこのくらいにしてオアシスに行ってみるか。聞いていると思うが、今日は向こうに泊まって王宮の部屋の様子を見たい。大丈夫か?」

「はい。オアシスの夜景がすごいとラフィーフに聞きましたので、私も楽しみです」

「く……事前情報……」

『ぎゃはははは! ネタバレされとってドンマイやでー!』

「え?」

 

 もしかして私、ニグム様がやりたかったどっきりを潰してしまった……?

 笑いすぎてフラーシュ様が『けひょ、けひょ』と咳き込む。

 ああ、やらかしたんだな。

 

 

 

 そんなやらかしを馬車の中でやってしまったから心配していたけれど、オアシスに来たらもうそんな考えは吹っ飛んだ。

 

「す、素敵……!」

 

 心からそう思った。

 あまりにも美しい景色だ。

 王都の活気ある街並みも美しかったけれど、湖に映るシンメトリーな建物もなんという美しさなのだろうか。

 聞くところによると、この辺りは王侯貴族の避暑地というか別荘地らしい。

 イメージのオアシスよりも本物の湖、っていう感じの広さ!

 

「ッ、っ……あ、あのう、湖を近くで見たいのですが……」

「別荘まで歩いていくか?」

「よろしいですか?」

「もちろん」

 

 御者にニグム様が声をかけ、馬車を停車して降ろしてもらう。

 コキアは一緒に下りて、先に行って準備を整えるためにハゼランが馬車とともに先に行ってもらった。

 木々が涼しい風で揺れている。

 気温は高いのに、大きな葉の下は陽光が遮られて心地いい。

 水辺に近づけばもっと気持ちのいい風が吹いている。

 なるほど、避暑地。

 

「綺麗ですね」

「夜は満天の星空が湖に映って美しいんだ。それを見せたかったんだが……」

「まあ、楽しみです……!」

 

 私が早くもソワソワしていると、ニグム様は「本当は驚かせたかったんだが……」と残念そうにしていたので、やっぱりやらかしてしまったんだな。

 でも、実際に見たらちゃんとテンションが上がりそうです。

 

「オアシスはこんなに気温差があるのですね。王宮の近くにも湖がありましたが――」

「あっちは人工池なんだ。ここのオアシスは旧王都。場所を移動したのは、コルアビア王国とアルサビス新興国が強大化してきたからだそうだ。より海に近く、オアシスを緩衝地帯にできるよう新たに王都をあっちにしたと」

『元々コルアビア王国、アルサビス新興国があった場所もわいの国の一部だったんやで。でも、わいを見れる王族が現れなくなって五十年余り。二国がすっかり力をつけてきたんねん。まあ、しゃーないわ。わいの力も年々弱っとるから、ニグムがここで立て直せなければ百年くらいで滅びるやろ。そうしたらコルアビアとアルサビスが強く育つだろーし、わいは余生をのんびり過ごすことにするわ』

 

 国が滅んだあとの話をあっけらかんとするフラーシュ様。

 またさらっと言っているけれど、結構……フラーシュ王国は、危ないのでは……?

 私が見たニグム様の表情も、かなり険しくなっている。

 ニグム様の手腕が、この国のターニングポイントだなんて……。 

 

「プレッシャーですね」

「ああ、本当に」

 

 はあ、と深い溜息のニグム様。

 立ち止まった私に合せてニグム様も立ち止まる。

 不思議そうな表情。

 少し早いけれど、伝えてしまおう。

 

「そのプレッシャーにニグム様が負けないように、私もニグム様を支えられるよう頑張ります」

「え?」

「一週間、私もこの国を見てなんとかしなければと思いました。花真(かしん)王国の第一王女としてこの国の次期王太子妃のお話、お受けしようと思います」

 

 ニグム様の目が見開かれる

 この言い方で、聡明なニグム様には理解できただろう。

 

「ありがとう」

 

 でも、手を握られて額を押しつけられる。

 心底安堵したような溜息。

 目を見開いて見上げると、クスッと笑うニグム様は「では、次はフィエラの心もちゃんと俺の方を向いてもらえるように努力し続ける」とおっしゃる。

 

「父に面会の申し込みを受けたと聞いている」

「はい、ちゃんとご挨拶したいと思っています。ニグム様の婚約者として、紹介してくださいませ」

「こちらこそ頼みたい。必ず君を守ると誓う」

 



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