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集まれ妖怪の森グループホーム

作者: 中川聖茗

第一章


「ニンニン、見えてきたね!向こうに見えるあの島だね」

 カラスノヤータンの元気な声が響く。

 足元では猫又もどきのミンミンが、にゃーと鳴いた。

 僕の心は流行る。あの島にはどんな妖怪がいるのだろう。

「しかし」とも思う。僕の倒した妖怪たちにも心があった。だからどこかで元気に大人しく悪さをせずに暮していてほしい。時にいたずらをするぐらいが、人間との最適な距離感ではないか、とつくづく思う。

 それに引き換え、ドドンパ大王のように、人間が人間の心を失い、妖怪化してしまったものは厄介だ。イカムーチョもそうだ。彼らは、人間の心を忘れ、人間を利用し、私利私欲のために人間を貪る。これはいたずらではなく悪だ。妖怪よりこちらのほうがある意味ずっと恐ろしいかもしれない。

 さて、ドドンパ一味を退治した(前作集まれ妖怪の森クリニックにこのことは詳しい)僕らは、妖怪バスターズとしてその名を、南の島の国々の医療界で、知られるようになった。

 これら島々には、もともと妖怪が森林の中で平和に暮していて、時々人間にいたずらもするが、人間が困っているときには助けてくれるという、いわば、共存共栄の状態が続いていたのだと。

 ところが、人口の高齢化、少子化、これによる要介護者の増加、認知症の増加、また、先進国からの文明なるものの導入の結果、多くの人が社会から疎外されてしまった。そして社会に適応した者たちが、そうで無い者に、精神障碍者のレッテルを貼り、結果、精神科医療のニーズが高まった。

 まあ、そこに目を付けたのがドドンパ一味であったわけだが、彼らを倒した僕たち、すなわち私ニンニン、式神カラスノヤータン、そして守り神カラスのバータンは、あっという間にその名を轟かせ、精神科医療業界に巣くう、悪鬼と化した妖怪、また悪鬼さながら妖怪と化した人間たちを退治してほしいと、引く手あまたとなったのである。

 ドドンパ一味の件で明らかであるが、精神科医療業界は、そもそも妖怪が巣くいやすい所なのである。そして、厄介なのは、先ほども述べたが、人間も妖怪化していることが多く、権謀術数うずまく状態、魑魅魍魎と言っても過言ではなかろう、そんな状況で、敵味方を峻別しつつ、悪しき妖怪も人間も、根こそぎ退治しないといけないのである。

 これは大変である。

 それでも僕たちは、集まれ妖怪の森クリニックでの成功体験をもとに、チームを結成した。そして数々の功績をあげた。

 そして、今回はある島の精神障碍者グループホームの経営者から、妖怪たちの一掃をお願いしたいと、依頼を受け、今まさにそこに向かおうとしているのであった。

 ところが、その旅の途中、カラスのバータンが、チームを離脱することになった。

 元来気まぐれな性格なので、こういうこともあるやもしれんとは思っていたが、ある日、急に、「ニンニン、わたしゃね、冥界の名所バスツアーに参加することになったから、さよならするね、滅多に当たらないツアーなんだよ。申し訳ないね、それでね、私の代わりに、猫又のミンミンにあんたと一緒に行ってもらうように頼んどいたから、あれはね、暗くて狭いところが好きでね、それに気ままだし、どこまで役に立つか分からないけど、なかなか、妖力は強いからね、それじゃ、わたしゃ行ってくるよ」と、言い残して、空へ向かってバタバタと飛んで行ったのだ。

 あまりの気まぐれさにあきれもしたが、まあドドンパ大王退治には大きい貢献をしてくれたので、やむを得ない。

 それにしても、冥界の名所ってどこなんだ?

 まあ、それはいいや。

 で、結果、ミンミンが、足元でスフィンクス座りをしているのだ。あくびまでして、そうかと思うと続いて思い切り伸びをして、次には後ろ足で耳の後ろを搔いている。ーーそう、あのクリニックの地下室で、僕と同居していた、あの猫又である。

「本当にこいつの妖力はすごいのか」

 そんなことを考えていると、カラスノヤータンがまた、叫んだ。

「港が見える!」

 僕も、ミンミンもそちらの方向を見やった。確かに港が見える。ーー美しい島だ。こんな島にも妖怪がいるのだ。いやどこにでもいるのだ、きっと。悪いのは開発を繰り返す人間だ。森林を伐採して、妖怪たちの居場所が無くなっているのだ。きっとそうに違いない。であれば、人間たちを困らせてやろうとも思うであろう…。

 そんな感慨に耽っていると、もう港に着いた。

 そこには上下よれよれのスーツを着た、見るからに暑苦しい感じの男が立っていた。さかんに手を振っている。

 僕たち3人は船を降りた。彼は近づくと握手を求めてきた。そして言った。

「やあ、ドクターニンニン、お噂は聞いています。そして、こちらが、カラスノヤータンさん、そしてこちらが猫又のミンミンさんですね、あはは、よろしく」

 そう言って、にこにこと笑みをふりまいている。

「私が、当、ここが精神障碍者のためのワンダーランドだグループホーム、の管理責任者、ダニーマウスです。よろしくお願いします」

 変な名前だとは思ったが、どこかミッキーマウスの偽物のようでもあり、愛嬌をふりまいて自己満足している姿はまさしくミッキーそのものでもあったので、彼にはニックネームはつけないで置いた。

 カラスノヤータンは、そんなダニーマウスは無視して、ばたばたとどこかへ飛び立ってしまった。一方で、猫又のミンミンはダニーマウスに向かって、ふーっと牙をむいている。しゃーっと威嚇して今にも飛びついて引き裂きそうだ。ーー妖気を感じたのか、はたまた、どこか、ネズミのにおいを感じたのだろうか。

「ミンミン、彼は人間だよ。マウスって名前で、ネズミじゃないよ、噛みつくんじゃないよ」

 と、そうなだめると、彼女はようやく気を静め、あたりを匂いをかぎながら散策しだした。

「いやー。あまり歓迎されていないかな 、ははは」

 と、ダニーマウスはどこまでも表面上は楽天的にふるまっている。

 しかしそう言いながらも、眼鏡の奥の目がきらりと光るのを僕は見逃しはしなかった。ーー「この男、油断はならぬ」そう心に言い聞かせながら、我々は、彼の案内するまま、件のグループホームへと向かった。


第二章


 島全体は奥深い森で覆われていた。ここに精神障碍者のグループホーム建設を企てたのは、ほかならぬドドンパ大王だった。無論彼がこの近隣の島々の成功者として権威をふるっていた時のことである。

 そのドドンパが退治されて、このグループホームの運営は別の管理会社が引き継いだ。しかし、その会社はこの手のグループホーム運営には素人だったので、その運営をすべて、このダニーマウス一人に委ねていた。ダニーマウスは元々、その管理会社で働いていたのを、このグループホームに派遣されたのだ。つまり、精神医療には素人であった。ーーそれが失敗だった。統制力を持たない彼は、妖怪の侵入、繁殖を容易に許し、さらにはびこらせ、今やホーム全体が妖怪の巣窟になっているという。そこでどうにもならなくなった管理会社が我々妖怪バスターズにこれら妖怪たちの駆除を依頼してきたのであった。

 しばらく歩くと視界が開け、目の前に4棟からなる、それぞれ2階建ての建物群が現れた。

「ここがグループホームです」

 そうダニーマウスは言うが、どう見ても、そんな風の建物ではない。それぞれは各階5室からなり、どう見ても安普請のアパートである。

「こ、これが…」

 呆れて見ていると、ダニーマウスが説明を始めた。

「ドドンパ大王が飛ぶ鳥を落とす勢いのころ、彼がグループホームを作るにあたり、手っ取り早くということで、ほとんど住む人のいなかったこれらアパートを一括で借り受けたのです」

 なるほど、と感心というよりは、あきれ果てていると、彼は補足した。

「この島では、昔、芋の収穫が盛んでして、しかし、森の妖怪たちが勢いを増して、芋をかすめ取るという悪さが頻発しまして、農園主が経営から手を引いたのです。結局農園で雇われていた人たちは、職を失い、彼らのために建てられたこのアパートも空室となって放置されていたのです。そこにドドンパ…」

 最後まで聞く必要は無かった。ドドンパはただ同然でこれら建物を借り受けたのだ。

「そして、あちこちから、精神障碍者を集め、ここに入居させ、芋農園で働いてもらい、収穫された芋から芋焼酎を作ろうと計画したのです。ーーまあ、当世流行りの就労支援事業というわけです。ーーへへへ、まあ、補助金は出ますし、それに売れればお金にもなりますしね」

 僕は聞いて何とも呆れた気持ちになった。ダニーマウスは僕のそんな心の感慨には無頓着なように、こう続けた。

「あらかじめ情報を整理しておきたたいのですが…」

 そう言って、ダニーマウスは我々を、グループホームの隣に併設されたクリニックへと案内した。それはかって芋農園管理人のために事務所として建設された、プレハブの粗末な小屋だったのだが…。

 

第3章


 中に入ると、ざっと中を案内して後、ダニーマウスは言った。

「元は芋農園の管理人の事務所だったのを、ドドンパ大王がクリニックとして改装したのです」とダニーマウスの説明があった。

 2階建てで、一階がクリニック、二階はGH入居者のための作業所になっているということだった、

 カラスノヤータンが、すると突然羽を激しくバタバタさせた。何事か、と思う間もなく、続いて猫又もどきのミンミンまでもうーっと

唸り声をあげる。僕はすぐに理解した。これは、妖気を感じた時に表す彼らの反応である。

「早速現れたか!」と思って、身構えていたら、2階から一階へと降りてくる階段に何やら人影らしいものが見える。

「やあ、先生久しびりです」

 そう言って、近づいてくる人影は、ようやくその人物の詳細を、1階に降り立つことによって僕たちに表した。

「イカムーチョ!」

 そうだ、そうなのだ。あのイカムーチョだったのだ。ーーなぜだか彼は生き延びて、この島で、このグループホームと何らかの関わりを持って働いているのだ。

 僕の衝撃は大きかった。もとより、彼は、そもそも人間であったのか、あるいは妖怪であったのか、はたまた半妖半人であったのか、いまだに謎である。

「いや」と、僕は思った。そもそも、人間と妖怪の間に厳密な区別があるのだろうか

?人間も妖怪となるし、妖怪も人間となるだろう。問題は心である。内面の心こそが問題なのだ。その意味では、彼がここにいてもそれは構わない。問題なのは、彼が、悪事を悔い改め、改心して、人の心を持ってここにいるかどうかだ。

 しかし…。

 ヤータンとミンミンの様子を見ると、どうも楽観的には考えられないようだ。依然として、ふーふー、かあかあ、唸り声をあげている。

 イカムーチョは、僕の護衛の式神の反応を見て、少し戸惑いの表情を浮かべた。そして、これ以上、僕へ接近することは危うしと感じたのであろう。

「それじゃ、僕は弁当の配達があるので」と言うと、出口から出て行った。

 茫然と眺めている僕に向かって、ダニーマウスが声をかけた。

「お知り合いでしたか?彼はここのグループホームで今、入居者の支援員をしています。以前はどこかのクリニックの事務長をしていたと聞いていました。そしてその後、病の床に伏し、今はここで働いている…。いやー、そのクリニックというのは、先生の働いておられたクリニックだったのですね、世間は狭いですね!ははは」

 と、彼はやはり、ミッキーマウスの漫画のごとく、大げさなジェスチャーの反応を示しながら、イカムーチョのことなど眼中にないと言わんばかりに、次には、僕たちに、クリニックの施設とその設備について、あらましの説明をした。

「それでは、明日からよろしくお願いします」

 彼はそう言うと、最後に僕たちを宿舎へと案内した。海辺のコテージである。ここはなかなか素敵な宿舎であった。波の音を枕に、僕たちは床に就いた。カラスノヤータンは僕の枕元に、猫又もどきのミンミンは僕の足元に伏して、僕たちバスター一行は明日からの戦いに備えて、深い眠りに落ちた。


第4章


 診療を開始して1か月が過ぎた。グループホーム入居者は、週に一度診察を受けることになっていて、ドドンパの失脚までは、彼が頼みにしていたあるアルバイト医師が、遠路はるばる、ほかの島からジェットスキーを駆って、往診にきていたらしい。そのジェットスキーもドドンパが買い与えたとか…。何ともバブルな時代であったのだ。

 彼の失脚後は、当然その妖怪医師もいなかくなり、やむなく全員を船に乗せて、これも別の島にある精神科クリニックに連れて行ったらしいが、その道中は大変な状況だったようで、誰が、いつ、海に飛びこむかもしれぬという、そんな不安感、緊張感に包まれながらの通院であったらしい。しかも、そうしてやっと件のクリニックまで到達しても、待合で、叫び出すわ、走り出すわ、自傷行為を始めるやら、クリニックから出禁を食らってしまったのだ。

 僕は、そんないわくつきの彼らを診察することになったのである…。ドドンパはこのグループホームに、方々で入居を断られた、あるいは退去を命じられた、そんな障碍者をかき集めて入居させたとのことであった。当然、収拾のつかない混乱に陥った。前任のジェットスキー医師は、ドドンパの言われるままに、ひたすら鎮静薬、また向精神薬を大量に処方したらしい。ーーその結果は、実際は落ち着くどころか、混乱は混沌となり、まあ、今風に言えば、しっちゃかめっちゃか、の状態になったのである。

 当然、僕の不安は大きかった。しかし一方、僕は内心、そんな、しっちゃかめっちゃか彼らとの交流を楽しみにしていた。彼らは人間だ。心と心が通い合えばなんとかなるさ、そんな楽観的な思いからだ。

 さて、そんな思いで診療に当たっては見たが、これは大変なところに来てしまった、と今や当惑するところ、大、の心の有様であった。

 まず、彼らの、ここに至るまでの生活史がおしなべてすさまじいものだった。精神病院での超長期入院の結果、社会に適応できなくなり、家族からも見放され、やむなくここへと追いやられたもの。家族から虐待を受け、精神を患い、ついにはここへと追いやられたもの。あちこちのグループホームを転々とし、どこでも問題児として受け入れを拒否され、ついにはここへ追いやられたもの。そんな面々が勢ぞろいした、まさに、オールスターの顔見世興行一行と言ってもいい、ものものしさと喧騒に包まれたグループホームと言って過言ではなかったであろう。

 医療的には、しかし興味深いことに共通した面もあった。

 まず驚いたのは薬の量である。数も多いし量も多い。ほとんど最大用量の向精神薬が複数、多ければ3剤以上平気で併用されている。加えて、安定剤、気分調整剤、これらも最大に近い用量で平気で使われている。

 普通ならひとたまりもないであろう。しかし彼らは長期に渡る投薬のため、これらの薬に耐性が出来てしまっているようで、薬を飲んでも一日眠り込んでしまうということはない。しかし副作用のせいであろう。朝が起きれない。起きてもぼうっとしている。何をしても持続力がない。そもそも気力がない。作業をさせてもミスが多い。と、そんな状況で、芋焼酎を作るなど夢のまた夢といった状態である。

 また、一部の入居者は、これら大量の薬の副作用にも打ち勝って、時に、走り出す、大声を出す、喧嘩をする、突然自傷行為に走る、など、一時も目を離せない状態なのだ。

 しかるにである…。

 入居者もこうして多くの問題を抱えていたが、彼らを支援する支援員もなかなかのツワモノが揃っていた。

 まずは妖怪「パンツあらい」。彼女は、入居者のパンツを洗うのを得意ともし、また、これを自慢もしていた。曰く、「彼らのパンツを洗わせてもらえるようになって、初めて一人前の支援員と呼べるのよ」と。

 次には 妖怪「鬼のマナー軍曹」。彼は支援員の総まとめ役を自負して、常に命令口調で、仲間の支援員にも、また、入居者にも強い口調で、規則を守れ、だの、時には大阪弁で、「つべこべ言わんとマナーを守らんかい!」など、いろいろと命令を下すので、誰からも嫌われていた。しかし本人はそのことを全く意に介していなかった。

 また、妖怪「喫煙タイマン」がいた。双子の彼らは、終日たばこばかり吸って、仕事をしない。また、援助の仕事と言って、実際は入居者と、グループホームであるアパートの玄関口で、不良座りをし、煙草を吸いながら、談笑してばかりいて、怠慢な日々を送っていた。そして時々は入居者に煙草を与えながら、そうすることで彼らの歓心を買って、手なずけてもいた。またほかの妖怪ともタイマンを張ることを厭わない、好戦的な妖怪であった。

 また、妖怪かまいたい。彼女は常に、入居者に親切の押し売りをして、「~~かまいたいの、~~かまいたいの」と根後撫で声をあげていて、気味の悪いことこの上なかった。

 またまた、妖怪「ぎりぎりっす」も…。これは、仕事をため込んで、ぎりぎりまで動かない。口癖が、いやーぎりぎりっすね、であり、怠惰な毎日を過ごしていた。

 など、など…。

 こうして一月過ごして、冷静に眺めてみると、入居者たちは、むしろ、妖怪化させられたのであり、無論、悪意のある人間たちによってであるが、被害者であることが分かった。一方、支援をする側はちらこそが、より妖怪に近いか等しいと言えるだろう。もはや、もともと人間だったのか妖怪だったのか、今や悪鬼と化して判然としないと言えた。

 途方もない無力感に襲われて、宿舎へ帰る…。

 さて、この事態にどう対処するか。ーー僕は考えをめぐらした。

 絶望感に近い心持のまま、ふと目を上に向けると、満天の星が美しい。すると、自然と、彼らにも、この満天の星の輝くごとく、輝きを取り戻したいと切に願うのでもあった。

「頑張るしかない」気を引き締めて、ヤータンにも、ミンミンにも、笑顔を送ると、彼らも笑顔を返してくれた。少し心が軽くなるのを感じて、我々は互いにこれからの戦いへの決意を新たにするのであった。


第五章


「ニンニン、作戦は立てたかい」カラスノヤータンが叫んだ、翌日の朝である。クリニックへ向かう道すがら、僕たちバスターズは今後の対応を話し合った。

「そうだね、正面突破で行くしかないかな」僕は、これでいくしかないと、前夜考え、結論を出したのである。

「薬を減らす。そして彼らを眠りから覚ますんだ」

 それを聞いて、カラスノヤータンが羽をばたばたとさせた。そして言った。

「さすがニンニンだね。そうだよ、彼らは被害者だよ。彼らには邪気は感じない。人間が勝手に、やれ問題児だとか、妖怪だとか、お荷物だとか決めつけているのさ」

 これを聞いて、猫又のミンミンもニャーと鳴いた。そして尻尾をぶるんぶるんと震わせた。これは、’同意です」という意思表示だ。

 意思の一致を確認し、我々はクリニックに着いた。ダニーマウスが待っている。

「先生、これからの見通しはどうですか」

 すでに一月が過ぎており、おそらく、新たにこのグループホームの運営に乗り出した会社から圧力がかかっているのだろう。

 僕は言った。

「うん、作戦はある。ーーでも」と、僕は口を濁した。この作戦は秘かに進めたい。こっそりと。邪魔の入らないように、である。

「まあ、少し時間が欲しい。場合によっては半年かな…」

 これを聞いてダニーマウスはやや失望の表情を示した。彼はもっと短期の決戦を期待していたのだろう。僕が呪文を唱えるや、妖怪たちはううっと苦しみだし、妖力の低下したところを、カラスのヤータンと猫又のミンミンが急襲、あっという間に彼らを引きさくのだと…。

「とにかく僕たちを信じてください」

 こう言うと、僕は診察に取り掛かった。

「では1番、入って」

 カラスノヤータンが、先に立って入居者たちを案内して来る。猫又のミンミンは後ろについて。ーー実は昨日までは、例の妖怪支援者たちが、付き添いの役を果していた。ーー監視である。睨みを聞かせT、自分たちに不利な証言をさせないようにという役割と、さらには、問題行動(無論、これは彼らにとっての問題行動であり、入居者たちにとっては苦しみから逃れるための本能的行動に過ぎないのだ)を起こす入居者たちについては、もっと薬を増やして大人しくさせてほしいと、僕たちに訴えるためである。

「グループホーム支援者の入室を禁ず」

 そう書いた張り紙を診察室のドアに貼り付け、猫又のミンミンは診察室のドアの門番として配置した。診察室に入れるのは当事者とヤータンのみであり、張り紙を無視して中に入ろうとする支援者へは、ミンミンが、ふーっと威嚇し、それでも無理にとドアを開けようとすれば、ミンミンは容赦なく、その、熊をも切り裂くであろう、鋭い爪を立て、彼らに飛び掛かった。

 こうして僕たちの戦いはいよいよ始まった。ーー長い道のりである。着実に歩を進めていくために、僕たち3人は、常にチームワークを図りつつ、日々の新たな診療に取り組み始めたのであった。


第六章


 変化は徐々に表れた。

 一月もたっただろうか。ダニーマウスが、僕に「話をしたい」と面会を申し出てきた。

「ドクターニンニン、いやーかなりややこしい話になってまして…」と、そう切り出した彼の話を要約するとざっとこうなる。

 即ち…。

 薬を一種類でも減らす、あるいは一個でも減らす。無論必要なものは残す、単に「おとなしくさせるために」という目的で使われていた、鎮静系の薬は、特に問答無用で減らす。ーーこういったことを速やかに計画通り開始したのである。するとどうであろう、すぐさま、ホームの支援者たちが、猛然と抗議の声をあげだしたのだ。彼らはダニーマウスのもとを訪れ、口々に、僕の医療の誤りを指摘するのだと。

 曰く…。

「あの先生は薬を減らすことだけを考えて、我々が、日々、入居者たちのためにどれほどの労を費やしているか、それを全く理解してない。薬を減らした結果、入居者たちは我々の言うことに疑義を申し立てるようになり、以前のように、従順に従うということがなくなった。また、入居者同士で口論が増えて、喧嘩に発展するなど、これを仲裁するための、我々の労力は甚大なもので、我慢も限界に来ている」

 などなど。

 僕は内心にんまりした。意図した通りの展開ではないか。

 僕はダニーマウスに言った。

「いいじゃないですか。彼らが人間性を取り戻しつつあるということですよ。支援者たちに言っておいてください。ぐずぐず、陰で文句を言わずに、言いたいことがあるなら僕のところに直接言いに来いって」

 ダニーマウスは顔を少し曇らせた。彼は正面突破型人間でなく調整型人間だ。僕の発言を聞いて大いに当惑したに違いない。彼はしばらく沈思黙考していたが、最後には大きく頷いて、こう返答した。

「分かりました。そのように彼らには申しつけましょう。私は先生の手腕に期待します」

 僕は彼の返事に大いに満足して、彼と別れた。まだまだ予測不能なことが起こるだろう。でもそれこそが、ホーム入居者たちが、生きている証である。そのことを理解しない限り、真の妖怪、陰で暗躍する妖怪は撃退できないのだ。そうだ、そうなのだ。ーー強い確信を胸に僕たちバスター一行は、仕事を終えると、大いなる満足感を胸に、宿舎へと向かった。明日からまた戦いが始まる。頑張らねば、と思うや、カラスノヤータンはばたばたと羽をはばたかせ、猫又のミンミンはニャーと鳴き声をあげた。僕の強い意思を感じ取ってくれたのだ。

「ありがとう」

 心で彼らに感謝しつつ、僕たちは月明かりの道を、宿舎へと、足取り軽く歩いて行った。


第七章


 さらに二か月が過ぎたある日のことであった。

「先生、グループホームの専属看護師が、先生に会いたいと言って来てます」と、ダニーマウスが、僕に言ってきた。

「専属看護師?」

 僕は疑問に思った。はじめてその存在を知ったからだ。


 僕が怪訝そうな表情でいるのを見て、ダニーマウスはこう付け加えた。

「今月から、会社の指示で看護師を専属で置くことにしたのです。ベテランの看護師だそうですが、私も今日初めて会うのです」

 と、彼が説明していると、診察室のドアを叩く音がする。

「どうぞ」

 と、僕は入室を促した。

「失礼します」と、言いながら入ってきた看護師を見て、思わず僕は叫んでしまった。

「あなたは、リスパ売りの老女!」

 そうだ、そうなのだ。何と、あの、妖怪の森クリニックに勤めていた、ドドンパ大王の腹心とも言える、あの、リスパ売りの老女(詳しくは、これも前作妖怪の森クリニックを参照)だったのだ。生きていたのだ。ドドンパ大王が退治された後も、生き延びて、看護師として働きつつ、こうして何の因縁か、あるいは意図してか、僕の前に再び現れたのであった。


「いやー先生お久しぶりです」

 こう言いながら近づいてくる彼女の服のポケットを見ると、以前と同様、そこにはあの伝説の薬、リスパダール内服液が多数忍ばせてある。

 彼女は、グループホームの状況を報告したいと、来室の用件を伝えた。

「どうぞ」と、許可した僕に対して、彼女が伝えてきたのは、ざっと以下のようなことであった。

 まず、一部入居者が、現在の入居の待遇について、クレームを申し立て、さらには彼らを中心に自治会なるものが結成され、今後は団体交渉を行いたいと申し出てきたこと。

 次には、支援者たちの指示に以前は従順であったのが、今は反抗的態度をとる者が続出し、支援者たちが疲弊していると。

 僕はこれらの申し立てについて、笑顔で反応した。そして言った。

「素晴らしい。彼らは人間性を取り戻しつつあるってことですね」

 こう聞かされて、リスパ売りの老女の顔はたちまち曇った。そして憎々しげにとでも言わんばかりに、こう言い放った。

「素晴らしいって、なんてことをおっしゃるんですか?こんな状態ではグルーホーム運営は成り立ちません」

 彼女の頭からは、今にも噴煙が飛び出しそうである。ーーこんな時に議論をふっかけても意味はない。相手がそもそも理性的でないからだ。

 僕は言った。

「まあ、薬を減らしていくのは、譲れない僕の方針なので、それに従えないなら、あなたが辞めるか、あるいは親会社に訴え出て、僕を首にしてください。ーーもっとも、僕が首になることはありえないでしょうけどね」

 彼女は怒りを抑えつつも部屋を後にした。僕はその後姿を見送りながら思った。「以前の彼女と違う」ーーそう、以前の彼女は比較的温厚だった。やはり、ドドンパを失ったことで、僕への怒りが増しているのだろうか?ーー彼女の人間性がどこまで残っているだろうか、あるいは彼女もすでに悪鬼に取りつかれて悪しき妖怪と化してしまったのか…。答えは分からない。

「でも、これでいいのだ」

 僕は、猫又ミンミンとカラスノヤータンに「そうだよな」と同意を求めた。ヤータンは羽をばたつかせ、ミンミンは尻尾を振って、同意の意思を表した。

「ありがとう」

 こうして今日も戦いの日は暮れた。我々は、帰途に就いた。夜空に輝きを放つ満天の星を眺めつつ、また、はるか地平線にどこまでも青く青い、無限に広がる海を見やりつつ…。我らの心の平安を、また、グループホーム入居者たちの心の平安をも、大いに期待しつつ…。

 

第八章


 翌日クリニックに赴くとダニーマウスが僕たちを待ち受けていた。彼は憔悴の色を顔に浮かべながらこう言った。

「先生、大変です。グループホームの職員がそろって休職届を出して、欠勤しています。食事の提供、入浴介助など、グループホームの入居者への支援がこのままでは出来ません!」

 話を聞いて、僕は恐れていたことが起こったと思った。もっとも、かねてより楽天的な性格の僕は、こういう事態になったらなったで、何とかなるだろうとも思っていて、彼の話を聞いても、さして動揺はしなかった。猫又のミンミンもあくびばかりしている。そんな中、カラスノヤータンは羽をばたつかせ僕を責め始めた。

「ニンニン!どうするんだい?だから君は慎重さにかける、計画が荒っぽいって、いつも言ってたろう。この事態じゃあ、いくら式神の僕でも、さて何ができるやら…」

 彼の非難はもっともでもあった。

 こういう時こそ心の平静を保たねばーー「焦るなニンニン、こういう時は無心に祈るんだ!」ーー僕は心に言い聞かせ、神に祈った。

 すると…。

 一面曇り空だった天が、俄かに、その一角に晴れ間を見せるや、瞬く間に晴れ上がり、まぶしい陽光が差し込んだかと思うや、その彼方から、何やら黒い点が見えたかと思うと、みるみるそれは大きい影となり、頭上にその姿を現した。

「カラスのバータン!」

 そうだ、それは紛れもなくカラスのバータンである。あの、今回の妖怪退治の旅を前に、無責任にも、冥界名所バスツアーに出かけてしまった、あの、カラスのバータンであった。

 カラスのバータンは、僕がその姿を認めるや間もなく、僕の前に舞い降りた。

「バータン!」と、僕は叫ぶや、バータンに抱きついた。バータンはというと、いきなり抱きつかれて戸惑ったようだ。羽をばたつかせると、次には居住まいを正し、僕を戒めるように、ややしっ責口調で、僕にこう言うのであった。

「だからね、ニンニン、言ったことじゃない。あんたはね、まっすぐすぎるって言うのかね、それはそれでいいんだけど、少しおっちょこちょいなんだよ。思慮が足りないんだよ。まったく、折角バスツアーの盛り上がっていた時だって言うのに、心配でさ、仕方ないから、降りてきたよ」

 と、とうとうと、お説教を始めるのである。止む無く、黙って聞いている僕をしり目に、バータンの活舌は止まらない。

「冥界にいてもさ、あんたのことは全て、モニターで見てるんだよ。便利だね、あんたの目がカメラになってるのさ。テクノロジーの進化ってやつだね。ともかく、今は、あんたを叱るのは後にしよう。わたしゃね、いてもたってもいられなくなって、バスツアーで仲良くなった友達を何人か一緒に連れてきたんだ」

 そう言うと、バータンは、頭上を指さした(正確には羽指したである)。なんとそこには何羽ものカラスが頭上を旋回している…。

「さあ、みんな手伝っておくれよ!」

 そう彼らに呼び掛けるや、バータンは飛び立った。こう言い残して…。

「ニンニン、心配するでないよ。グループホームの皆の介護やら、買い物やら、食事やら、洗濯、掃除やら、すべて、このバータンとその仲間たち軍団がやっておくから。ーーだからあんたは妖怪たちを退治することに専念しな」

 そして、バータンを先頭に編隊を組むと、グループホームの方めがけて飛び立った。


 僕は体に熱いものを感じた。バータンはずっと僕のことを見守ってくれていたんだ、とあらためて、彼女の愛情の深さを感じたのである。

「やらねば!」

 僕は心の高揚を一気に爆発させて、こう、ヤータンとミンミンに号令した。

「それでは、いざ、出陣だ!」

 ヤータンは、かあ、と、ミンミンは、にゃー、と、掛け声に応じた。

 3人は妖怪たちとの決闘に赴くべく、クリニックを後にした。


第九章


 勝敗はあっけなく決した。

 妖怪たちは、職務放棄というストライキ作戦が、カラスのバータンとその仲間たちの参戦により、失敗に終わったことを見て取ると、バータン軍団に襲い掛かったのである。

 これが彼らの命取りとなった。

 たかが、カラスの群れ、と侮ったのである。ーーところが、相手はカラスのバータンであった。冥界では、その妖術、幻術、さらには話術、知力に、最高クラスの能力を誇った、あのバータンであった。

 そう、バータンは爪を立てることなく、向かってくる彼らを見事に打ち負かしたのである。

 即ち…。

 バータンの戦術は巧であった。妖怪たちが、牙をむいて向かってくると知るや、彼女は、彼らに声をかけた。

「あんたたちも大変だったね、ご苦労だよ、本当に。だからさ、今からあんたらに御馳走するから、さあ、まずはしっかり食べるとしよう」

 そう言うと、彼女は特上の牛肉を取り出すや、すき焼き鍋の作成にとりかかった。

 妖怪たちは腹も減っていたことではあるし、バータンのこの提案に、一旦は矛を収めることとし、鍋を取り囲んでそこへ座した。

「さあ、たくさん食べなきゃだめだよ! 」

 鍋が食べごろであると見定めると、バータンは妖怪たちの皿に、次々と肉を取り分けた。妖怪たちが喜んだのは言うまでもない。ーー肉、それも特上肉、豆腐、ネギ、次々とそれらは妖怪たちの胃袋の中におさまっていった。

 3周りもすると、彼らは満腹になった。動けないほどである。それを見定めると、次にはバータンは食卓に、高級寿司がぎゅうぎゅうに詰まった大皿を載せた。

「さあ、さあ、食べるんだよ!特上のお寿司だよ、二皿あるんだから、さあ、さあ」

 妖怪たちは、すでに満腹であったが、見ると、滅多に口にすることも困難であろう、特上寿司である。バータンの巧みな口上にも乗せられて、彼らは次々に箸をつけた。あまりのおいしさに満腹であることを忘れてしまう…。

 しかし…。

 実はこれこそが、冥界では知らぬ者のない、最強の幻術、バータンだけが成しえる、あの「食え食え攻撃」だったのである。

 食え食えと言われるがままに、腹を満たし、気が付いたときには、身動き一つ出来ず、一切の防御力を喪失してしまう、あの恐ろしい幻術だったのだ。

「さあさあ、次はケーキがあるよ」

 寿司の後には大きいデコレーションケーキが、テーブルに乗せられた。無論最高級である。

 妖怪たちはこれをも、バータンの巧みな話術に幻惑させられ、全てを完食した。ーーするとどうであろう。彼らは、恐ろしいばかりの満腹感に、最後は苦痛にあえぎ、結果、次々にその場に倒れこんでいくではないか!ーーバータンの幻術にまんまとひっかかったのだ。

 彼らはもはや身動き一つしなかったが、しばらくすると、次々に呻吟の声を上げ始めた。

「うーうー」

 腹がはち切れそうなのだ。それは尋常な苦しさではなかったであろう。彼らはその場でのたうち始めるや、次々に妖怪としての正体を現していった。

 妖怪パンツ洗いは、実はあずきあらいであった。

 妖怪かまいたし、は実は妖怪かまいたちであった。

 その他の妖怪も、続々正体を現した。

 僕とヤータン、そしてミンミンがその場に到着した時には、勝敗はすでに決していた。

 正体を現した妖怪たちは、口々に「ひー」という叫び声を挙げるや、森の中へ、あるいは海へとと姿を消していった。

 グループホームの方を見やると、バータン軍団のカラスが、入居者たちの介護、食事の世話、掃除やら、何やらあらゆる支援に忙しく立ち動いている。なにせ、バータンのお仲間である。年の功というのであろう。見ていて気持ちの良い動きである。

 すべては順調だ…。

 こう感慨にふけっていると、カラスのバータンが僕の目の前に舞い降りた。そして言った。

「さあ、ニンニン、妖怪は退治したよ。しばらくは私たちが、ここで代わりをやっているから、安心して、次の手配をしな」

 僕はバータンの愛の大きさに改めて感動した。するとそこへダニーマウスもやってきた。彼は言った。

「先生、やりましたね!いやー、さすがは噂にたがわぬバスターぶりですね!」

 僕は目的を果した達成感で、心に満ち足りた感じを覚えつつも、物事のスピーディーな解決について、何かしら、一方で、漠然とした一抹の不安を感じつつ、明日からの後始末に、さて、どう取り組むかと、早速思案を巡らしていった。


第十章


 さて翌朝、ダニーマウスと僕、そしてカラスノヤータン、猫又のミンミンはクリニックの一室で会合を持った。

 当然、議題は「今後のグループホームの支援のありかたについて」である。

 そして、さしあたっては、妖怪ヘルパーを退散させたあとの、ヘルパーの補充、確保が急務であることに合意した。

「さて…」

 と、そこで皆が頭を捻っていると、表のほうで何やら声がする。

「妖怪バスターズ、出てこい、勝負だ!」

 我々は、何事かと外へ出た。するとどうであろう、そこにはイカムーチョとリスパ売りの老女が立っているではないか!

「イカムーチョ!」

 と、思わず僕は叫んだ。そうだ、この男のことを忘れていた。いや、リスパ売りの老女のことも…。しかしよくよく考えてみれば、彼らはドドンパ大王の側近中の側近、いわば、右大臣に左大臣の存在ともいえた。今回の事態に、彼らが沈黙を守っていたことに、我々バスターズがそれを顧みていなかったことは、実は大いなる過ちであったのか?

 不安な気持ちで対峙していると、イカムーチョが、堪忍袋の緒が切れた、と言わんばかりに、大声でこう怒鳴るのである。

「やいやい、黙っていれば、一度ならずも二度までも!ドドンパ大王が心を尽くして立ち上げたこのグループホーム、さらにはドドンパ大王が自ら育てあげたヘルパーたちを、またもやこのように滅茶苦茶にしてくれたな!一体、何様のつもりで…」

 僕はここに至って、反撃に転じようとした。するとカラスのヤータンが僕を制した。そして言った。

「ニンニン、ここは僕に任せてくれ。カラスのバータンにいいところを持っていかれたから、この場は僕が、いいところを見せるとするよ! 」

 ヤータンはそう言うや、イカムーチョの前にバタバタと舞い降りた。そして言った。

「ええい、うるさい、イカムーチョ!こうなったら、ぐずぐず言わずに勝負だ!」

 そう言うとイカムーチョも、「望むところだ」と言う。

 そこでカラスノヤータンは言った。

「じゃあ、答えろ。就労支援事業と就労継続支援事業の違い、そしてもう一つ、生活自立支援型グループホームと共同生活型グループホームの違い、どうだ、これをはっきりと言えるなら言ってみろ!」

 前回の戦いでも明らかであったが、こういった専門的な質問に彼が答えられるはずがない。さすがはヤータンだ。それを分かって問うたのである。そして、これに答えられないようなら、そもそも精神障害者グループホームの運営に関わっていることが間違いなのだ。

 すると、さもあらん。イカムーチョは、みるみる顔を真っ赤にするや、以前のようにタコキムチ炒めと形容せんばかりの、形相へと姿を変えるや、今回は、海へ逃げ出す間もなく、その場で爆発して、粉々になってしまった。ーー限界だったのである。

 あのイカムーチョも、ついにはここまでか、と、ある感慨に僕は耽っていたが、するとどうであろう、爆発後の噴煙が消え失せると、そこには大きい赤旗がたなびいている。そして、その旗には「ドドンパ革命万歳!」と書かれているではないか!

「イカムーチョはドドンパの傀儡くぐつ、操り人形であったのか…」 

 と、つい僕は言葉を漏らした。ーーであれば、ドドンパは…。と、そこまで考えが及んだ時だった。ゴゴゴと地響きがするや、強い風が吹き付け、海の波が高まりを見せた。するとどうであろう!海のかなたから何かがこちらへ近づいてくるではないか。猫又のミンミンが、ふー!と唸り始めた。尻尾は九つに分かれ、全ての毛は逆立っている。恐ろしい妖気を感じているのだ。

「あれは…」

 と、茫然と立ちつくしていると、ついに、その、”何か”、は浜に上陸し、今や我々の前に、その正体を現した。

「ドドンパ!!」

 そう、それは紛れもなくあの、ドドンパ、であった。僕が以前に倒したあのドドンパだったのである。

「あはははは。ニンニン、久しぶりだな」 開口一番、彼はそう言うや僕をにらみつけた。おそろしいまでの殺気である。ーーそればかりではなかった。さらには、以前よりも体格が二回りほど大きくなっている。力も、またおそらくは妖力も、パワーアップしていると容易に想像できた。これは一筋縄ではいかない、そんな思いを抱いていると、ドドンパはそんな僕の心の内を見抜いたのか、こう言い放った。

「ははは、おのれ、ニンニン!このたびは、以前のようなわけには行かぬぞ。今度こそはおのれを引き裂いてやるわ!」

 そう言うと、こちらへ近づいてくる。と、そこへ、カラスのヤータンが空から、彼に急襲を加えた。

「待て待て、ドドンパ、まずはこの式神旗頭のカラスのヤータン様が相手だ!」ーーそう言うと、ヤータンは猛然とドドンパに突っ込んでいく。すると、それにミンミンも続いた。牙をむいて爪を立て、そして尻尾を炎と化して、これも猛然とドドンパに襲い掛かった。

 死闘は、しかし、あっという間にその決着を見た。ーーパワーアップされたドドンパの威力は凄まじいものであった。ヤータンもミンミンもドドンパの一撃を食らうや、僕の目の前に投げ飛ばされて、地に落ちた。

「ヤータン!ミンミン!」

 僕は彼らを何とか介抱しようと思ったが、次の瞬間にはもう、ドドンパは僕の方へと猛然と突き進んでくる。「あっ」と思った瞬間、僕は彼の体当たりをまともに食らって、はるか後方、林の中にまで突き飛ばされていた。

 以前は、ここで、カラスのバータンが助太刀をしてくれた。「今は頼るしかない」ーーそう思い、今回も助けを求めようと「バータン!」と声に出して叫ぼうと思ったその時であった。

「待てドドンパ!」と叫ぶ声を聞いた。いや正確には、声々、怒涛のうねりの声である。

 気が付くと、いつの間にであろうか、僕を取り囲むように、グループホームの入居者たちの面々が、立ち並んでいる。決死の形相である。皆、そうしてドドンパと対峙しているのだ。

 そして次々と叫びだすのである。

「ドドンパ、よくも俺たちをだましてくれたな」

「なにが、地上の楽園だ!甘い言葉で俺たちを誘って、結局お前の私利私欲のために利用したんだろう」

「俺たちはニンニンドクターのお陰で目覚めたのさ。そうさ、お前と部下たちがとんでもないペテン師だってことを今や悟ってしまったのさ」

 と、口々に、次から次へと…。

 するとどうであろう、ドドンパがひるむ様子を見せた。さすがのドドンパも、まさか障碍者たちが力を合わせて、自分に立ち向かってくることは予想だにしていなかったのだ。

「それ、かかれ」

 と、一人の号令の下、皆がドドンパに襲い掛かった。ーー圧巻だった。ドドンパはまさかの予期していなかった反撃にあい、防戦一方であった。最後には入居者たちは全員でドドンパを担ぎ上げるや、浜辺へと向かうと彼を海のかなた遠くへ放り投げた。ドドンパは、あわれ、海のモズクと消え去った。

「やったー」と入居者たちは歓喜の声をあげている。

 興奮を抑えきれず、僕も彼らの輪に加わった。

「ありがとう、みんな」

 カラスノヤータンとミンミンも何とか自力で立ち上がると、二人で傷をなめあっている。よかった、よかった、僕はうれしさに涙があふれ止まらなった。

「みんなの力だ、ほんとうにありがとう!」

 あらためて皆に向かって叫んだ。すると、そこへ,、食え食え攻撃を見事成功させたカラスのバータンが現れるや、僕の肩に舞い降りると、こつこつと僕の頭を嘴でつつき始めた。そして説教を始めるのだ。

「ニンニンね、だから言わんこっちゃない。あんたはね本当にどうしようもないおっちょこちょいなんだよ。思慮が足りないんだよ。今度からはもっと慎重にね、ことを運ぶんだよ 」

 と、そこまで言うと、ようやく僕の頭をつつくのを止めた。そして羽ばたくや、僕の頭上を旋回した。

「そしたらね、わたしゃ、みんなと冥界バスツアーに戻るよ、今からなら、地獄温泉名湯巡りに何とか間に合うだろうから」

 と、そう言い残すや、バスツアーの仲間と共に空のはるか彼方へ飛び立った。

 その後姿を眺めながら、僕は母の愛情をいつまでもいつまでも噛みしめていた。

 そんな僕の心持を知ってくれたか、ヤータンは、かー、と鳴くと、その羽で僕の涙をぬぐってくれた。そして、猫又のミンミンはその尻尾で、僕の頬を優しくなでてくれた。

 こうして妖怪バスターズは、また、近い将来やって来るであろうミッションに向けて、お互いの信頼を確かめ合いつつ、今や水平線の彼方に沈もうとしている夕日をいつまでも共に見やり続けた。





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