迎撃準備
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1.
恒星間輸送船「ネビュラ・ランナー」号ブリッジ内。この宇宙船は民間船としては珍しくワープドライブを搭載していた。シャンブロ星系外縁部を航行中のこの船が健在であることを知った幕僚本部からの命令で、避難民を可能な限り収容するために小惑星の陰に隠れていた。
副長「船長、本当にこの宙域で待機するんですか? エイリアンだか侵略者だか知りませんけど、早く逃げた方がいいのでは。」
副長がいかにも不安そうな声色で、カリナ・ロドリゲス船長に問いかける。
カリナ「情けないこと言うんじゃありません。さっき軍からの通信でも言われたでしょ、この星系で今動けるワープ艦は本船だけなのよ。既定時刻までにできるだけ収容して、マーシャルに帰還します。」
ヒスパニック系のルーツを持つカリナ船長は副長に対してはっきりと告げた。とはいえ彼女だってシャンブロ星系から一刻も早く離れたいのは山々だったが、まだ生存者がいるかもしれないという情報は正義感の強い彼女にとって無視できないものだったのだ。
操舵手「船長、間もなく時間です。」
カリナが手元の懐中時計を見る。懐中時計といってもクラシックな針時計ではなく、デジタル化され多機能なものだが。彼女自身が決めた脱出限界時間まで残り5分となっていたが、呼びかけに応じて避難してきた人員はわずかに30名だった。
カリナ「わかりました。機関長、エンジンスタート。」
機関長「イエスマム。」
機関長が慣れた手つきで出港準備に入る。ブリッジ内には、やっと帰れる、といった安堵感が漂っていた。
カリナ「主機をアイドリングに、操舵手は重力アンカー解除。副長、発進の船内アナウンスを。」
副長「アイアイ、キャプテン。」
それほど多くの人員を収容できなかったということは、シャンブロ星系にはそれほど生存者がいないのかもしれない。彼女は周りに悟られないように、しかし確かに悔やんでいた。
カリナ「ネビュラ・ランナー号、発進。スラスター、両舷微速。」
レーダー手「船長、お待ちください! 本船に向かって亜光速で接近する物体があります!」
レーダー手の報告に艦橋乗組員は全員ぎょっとした。生存者がまだいたのか、それとも敵に見つかったのか。
カリナ「接近中の物体の詳細な情報は? 敵なの? 味方なの?」
レーダー手「待機願います、現在トランスポンダー信号照合中……ヒットしました、航路局の調査機です!」
カリナ「航路局? 一体こんなところで何を? いえ、なんでもいいわ。操舵手、発進手順中断。甲板長、聞こえますか?」
甲板長『はい船長、どうされましたか?』
カリナ「現在小型宇宙船がこちらに接近中です。本船で保護しますから、トラクタービームと受け入れの用意を。」
甲板長『はいキャプテン。』
カリナ「ぎりぎりまで待った甲斐があったわね。」
エラン「よし、何とか間似合ったな!」
エランは安全基準を無視して、光速の30%まで機体を加速させていた。そのおかげでネビュラ・ランナーの離脱には間に合ったが、機体には大きな負荷がかかっていた。そして、着艦直前といったところで警報が鳴り始めた。
エラン「なんてこった!メーデーメーデーメーデー!エンジン火災発生中!」
甲板長『こちらネビュラ・ランナー号、了解しました。消防隊の準備をします。着艦はこちらのトラクタービームで誘導します。よろしいですか?』
エラン「こちらボイジャー、了解です!今誘導軸線に向かっています!」
エランは機体を完全にコントロールできてはいなかったが、オートパイロットと侵入誘導装置を駆使して、どうにかネビュラ・ランナーのトラクタービームの射線に乗った。
機体がゴウンと揺れる。トラクタービーム、不可視の指向性エネルギーによってボイジャーの船体が捕捉され、ネビュラ・ランナーの格納庫に吸い寄せられていく。格納庫内には甲板員たちが待っていた。そして彼らの手持ち消火器から消火剤が噴射され、エランの乗るボイジャーは泡まみれになってしまった。
エラン「ふう、助かった…」
火災警報のランプが消えたのを確認してから、エランは機外に這い出た。
エラン「えっと、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。宇宙航路局航路開発部のエラン・ジャラスです。」
甲板長「いえ、とんでもありません。これも我々の仕事のうちですから。さ、こちらへどうぞ。船長がお会いになりたいと。」
カリナ「本船は全速力でシャンブロ星系を離脱。副長、あとは任せます。私は避難民たちと会ってきます。」
副長「はっ。」
カリナ船長はそう言うとブリッジを後にした。避難民は混乱しているだろうから自分が彼らを落ち着けさせる必要があるだろうと、責任感の強い彼女は考えていた。彼女は避難民を食堂に集めた。そして本船は民間船だがワープ航法が可能であること、シリウス星系に向かっていることを説明した。避難民たちは連邦の中心地であるシリウス星系に向かっていることを聞いて安心し解散したが、エランはその場に残った。
エラン「船長、少しよろしいでしょうか?」
カリナ「あら、あなたは確か航路局の。どうかしましたか?」
エラン「多分なんですが、この人が船長と話したがると思って。」
そういうとエランはポケットから小型電子機器を取り出す。ボイジャーに搭載されている通信機の携帯子機だ。そのランプは、回線が保留状態であることを意味していた。
エラン「えーっと、こちら宇宙航路局観測員観測員554865号、エラン・ジャラスです。聞こえますか?」
通信手『こちら幕僚本部。あっ、先ほどの航路局の方ですね?少々お待ちください、将軍にお繋ぎします…どうぞ!』
マクガイア『おお観測員! 生きていたか! 情報は集まったんだろうな!?』
エラン「はい将軍。それで今、自分は民間の輸送船に便乗しているんですが、どこに情報を持っていけばいいかも聞いていませんし、将軍と船長で話していただいた方がいいかと思いまして。」
マクガイア『賢明な判断だ、観測員。船長、聞こえているか? 艦船名と登録番号を提示しろ。』
カリナ「こちらはネビュラ・ランナー号、登録番号はSS-4857。私は船長のカリナ・ロドリゲスです。」
マクガイア『よしロドリゲス船長、貴船にステーション・ワンへの入港許可を与える。宇宙軍司令部に直接、航路局探査機を搬入しろ。』
カリナ「ステーション・ワンにですか?了解しました。ロドリゲス、通信終わり…ありがとう、えっと」
エラン「エラン・ジャラスです、船長。自分のボイジャーは今とてもではないですけど飛べる状態じゃないので、ステーション・ワンまで運んでいただけるならありがたいです。」
カリナ「気にしないで頂戴。ところで、情報っていっていたけど、あなたまさかあの侵略者たちの艦隊を偵察してきたの?」
エラン「ええ、さっきのマクガイア将軍からの命令で。」
カリナ「なるほどね。まったく軍も勝手よね、私たちも軍からの命令で、避難民の収容を命じられていたの。それでも実際に救助に当たれたわけだから、よかったと思うけれど。」
二人が会話を弾ませる傍らで、ネビュラ・ランナーは光速の100倍以上にまで加速していた。
2.
シリウス連邦の首都、惑星マーシャルの軌道上に建設された大型宇宙ステーション、ステーション・ワン。人類がシリウス星系に移民してから初めて建設された大型宇宙ステーションで、現在では連邦宇宙軍本部兼連邦最大の宇宙軍港として使われている。
副長「ステーション・ワンですか、自分は初めて来ますよ。」
カリナ「私もですよ、副長。普段からクラス4のセキュリティが敷かれているから、おっかなくて近づけないわ。」
レーダー手「でも、普段より軍艦多くないですか?」
操舵手「きっと反撃作戦に向けて、艦隊を終結させているのさ。」
エラン「この緑の海だけは、なんとしても守らないと。」
ステーション管制『ネビュラ・ランナー号、こちらはステーションコントロールです。入港を許可します。』
カリナ「ステーション、こちらネビュラ・ランナー号、船長のロドリゲスです。これより入港シークエンスに入ります。」
小型機のボイジャーと違い、ネビュラ・ランナーはトラクタービームで捕捉するには巨大すぎるため、入港時の速度や姿勢は宇宙船側で行わなければならない。尤も,一連の手順はすべて自動化されているので、ブリッジクルーの仕事は計器の監視だけだった。ネビュラ・ランナーが接岸すると、まず避難民が先に下船した。その後、エランとカリナ、そして副長はステーション内の会議室に通されていた。
レノックス「よくぞあの混乱の中を脱出してくれました。間もなくマクガイア大将がいらっしゃいます。」
カリナ「いえ、私としても、一人でも多くの市民を保護できたことを誇りに思いますわ。」
エランはレノックス大佐とカリナの会話をなんとなく聞いていたが、どこか安堵する気持ちを持っていた。しばらくすると、マクガイアが部屋に入ってきた。
マクガイア「待たせてしまったようだな、統合幕僚本部のマクガイアだ。ロドリゲス船長、ジャラス観測員、よくここまでたどり着いてくれた。観測員、既に君の機体の情報は解析に回しているが、君が見たものについて改めて教えてくれ。」
エラン「はい、といっても何からお話すればいいのか……」
マクガイア「惑星ディアナについた時点での交信で、君はエイリアンの艦隊が惑星を取り囲んでいると言っていたな? それに間違いはないな? 奴らは何をしていた?」
エラン「は、はい。間違いありません。敵は惑星ディアナを取り囲んで、地表に向けて砲撃しました。あれはビーム砲だったと思います。」
マクガイア「そうか、敵は惑星の地表を……では敵の戦艦自体について教えてくれ。」
エラン「はい、敵の戦艦は、自分が見たことがないほど大きなものでした。おそらく、あれだけのサイズの船は連邦にないんじゃないでしょうか。」
マクガイア「それほどまでに巨大なのか。大佐、正確なサイズはわかるのか?」
レノックス「はい将軍。探査機から回収されたデータによると敵主力艦は全長500m。最も小さい、補助艦と思われる艦でも300mです。」
マクガイア「我が方の主力艦が300m級だというのに……敵艦隊の規模は?」
レノックス「はい、こちらも観測データによりますと500隻規模となっています。シャンブロ星系だけでなく、連絡がとれない2星系についても同規模の艦隊に攻撃を受けているとみるべきかと。」
マクガイア「我々は艦隊をすべて合わせても600隻が関の山だ。一体どうすれば……」
エラン「あの将軍、敵に関してひとつ、妙に思ったことがあるんです。」
マクガイア「なんだ、話してくれ。」
エラン「はい、自分は敵艦隊の中に飛び込んで、シールドに接触してしまうほど近づいたにも関わらず、敵は自分に対して攻撃してこなかったんです。ディアナの宙域を離脱する時も同様でした。」
マクガイア「なんだと?それはどういう」
マクガイアの言葉を遮るように、ステーション内にサイレンが鳴り響いた。レノックス大佐がすぐさまステーション司令部と連絡をとる。
レノックス「司令、何事ですか!?」
基地司令官「レノックス大佐、たった今、星系外縁部の監視衛星がエイリアン艦隊の出現を観測した。」
マクガイア「司令、私だ! 敵艦隊の規模は!」
司令官「衛星によれば、およそ500隻と思われます。」
マクガイア「またしても500、これが敵の正規編成というわけか。大佐、マーシャルの幕僚本部に戻るぞ。ロドリゲス船長、君たちも惑星地表に避難してくれ。」
カリナ「わかりました。エラン君、行くわよ。」
エラン「は、はい!」
ここに、開戦の火ぶたが開かれようとしていた。
3.
ハリソン「マクガイア大将。ハリソン中将、出頭しました。」
惑星マーシャルの統合幕僚本部は、防衛軍本部ビルの地下に設けられていた。マクガイアはそこから、艦隊司令官のハリソン提督と回線をつないでいた。
マクガイア「提督、敵の戦力に関してはすでに報告を受けているな?」
ハリソン「はい将軍、数こそ同規模ながら敵船の方が巨大だと。しかもスキャンデータによると、主砲の威力もシールド出力も我が方より数段上だそうですな。」
マクガイア「そうだ、提督。おそらく砲撃戦では敵に分がある。だが偵察報告によると、敵は包囲した惑星を占領するでもなく、軌道爆撃で焦土にするそうだ。そんなことは許してはならない。」
ハリソン「わかっております、将軍。しかし我々としても、無残に散るつもりはありませんよ。秘策は用意してあります。」
マクガイア「任せたぞ、提督。」
ステーション・ワン周辺に集結したおよそ600隻の防衛艦隊は、出撃の準備を着々と進めていた。
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