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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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すごいな、それが白の精霊術か


空は今日も快晴だ。

ハンナは、およそ二年ぶりに故郷であるブンデンベルク辺境伯領へ戻った。


「そろそろ着く頃じゃないか?」

「ありがとうございます、アレク様!」


窓から外を覗くと、見慣れた森の景色が続く。

木々が途切れ、開けた場所にハンナの育った家があった。

彼女は停車した馬車から軽やかに地上へ降りると父母の住む家の扉を開く。

扉の奥から漂う、懐かしい香り。

ちょうど昼ごはんの支度をしていたらしい母が振り向いたところに正面から飛びつく。


「ただいま、母さん!」

「ああ、びっくりしたわ! おかえり、ハンナ。まあ、見ないうちに一段と綺麗になって」

「そうかしら? ふふ、それなら嬉しいわ」

「お、帰ったか」


裏の戸口から農具を担いだ父がひょっこりと顔を覗かせる。

日に焼けた顔は真っ黒で、相変わらず元気一杯のようだ。


「うん、ただいま。基礎訓練は修了したよ! これからは辺境伯領で暮らせる」

「そうか、修了おめでとう。慣れない土地でよく頑張ったな! それで、アレク様は外か?」

「たぶん馬車のところにいるよ」


戸口からは農具を置き、馬に与える干し草と水を抱えて歩いていく父の後ろ姿が見えた。

やがて二人の会話らしきものが聞こえる。


「さあさあ、元気な顔を見せて?」


母は嬉しそうにハンナの頬に両手を添えると、慈しむような眼差しで彼女を見つめた。

もうそんな歳ではないのに子供みたいに甘やかされて、嬉しいけれど恥ずかしい。


「離れていたのは、たった二年よ? そんなには変わらないと思うわ」

「それでもよ。親は側に子がいなくても心配する、そういうものなのよ。」


そうなのか。

ハンナにはわからない。

けれど、この優しい母が言うのならば親とはそういうものなのだろう。


「親子水入らずのところ失礼する。母君に挨拶をしたいのだが?」


扉を押して入ってきたのはアレク様だ。

彼は母の手を取り、恭しく身を屈めて淑女に対する礼の姿勢をとる。

身を覆うような長いローブを捌いても、鍛え抜かれた身体の芯が振れることはない。

光を纏う金の髪がさらりと揺れ、碧眼の目元が和らいだ。

引き締まった肉体や隙のない身のこなしは、厳しい鍛錬の賜物。

容姿だけでなく仕草も相変わらず嫌味なくらい美しい人。


アレク様は辺境伯の子、次の代で辺境伯を継ぐ方だ。

頭脳明晰、剣の腕も国内で五本の指に入るだなんて神様ってば贔屓が過ぎると思う。

まさに、おとぎ話に登場する王子様のよう。

母は女性達にとって理想の権化のようなアレク様に見惚れ、頬を赤らめた。

そしてハンナの耳元で囁く。


「アレク様、相変わらず素敵よね。憧れちゃうわ!」

「ちょっと、母さんには父さんがいるじゃないの⁉︎」

「あら、もちろん父さんだって男前だし素敵な男性よ。ただ父さんとは違う素晴らしさがあるってこと」

「……さらっと惚気けたわね。ええ知ってるわよ、二人が今だに相思相愛だってことくらい」


ごちそうさま。

げんなりとした顔でハンナがそう言うと、母は幸せそうな顔で笑う。

アレク様は端正な顔立ちに親しみを込めた微笑みを浮かべると、ハンナに声を掛けた。


「ハンナ、父君が手伝って欲しいそうだ」

「ああ、いつものですね」

「修行の成果を披露する良い機会だ。私も補助するし、存分に力を振るえばいい」

「あら、お手伝いは不要ですよ? 散々練習したから制御は得意です」

「あなたの成果を母さんも見たいわ、いい?」

「もちろんよ」


返事とともに戸外へと飛び出すと、ハンナは土と風の力を祝福し体にかかる重力を軽減する。

ふわりと体を浮かせた彼女は羽のようにローブを翻して、たちまちのうちに父の隣へと降り立った。


「きれいね、空から蝶が舞い降りたようだわ」


少し離れたところから母の声が聞こえる。

重力を感じさせない身体の動きは、王都で会得した術式を応用したものだ。


「このあたりの作物の生育が良くないようだ。なんとかできるかい?」

「ええ、やってみるわ。」


他の麦はすでに実っているのに、この区画だけ育ちが悪い。

放っておけば、立ち枯れてしまうだろう。

ハンナは膝を付き、畑の土に手を添える。

区切るように盛られた土を目印に力を巡らせて指定した範囲を支配下においた。

手のひらに意識を集中すれば、やがて畑一面が白い光に包まれる。

光に触れた稲穂の声に喜びが満ちた。


おかえり、おかえり。

さわさわ、さわさわ。


「……うん、ただいま。待たせてごめんね?」


答えるように小さく呟くとハンナは嬉しそうに微笑んだ。

そして頃合いと手を離せば、目の前には他の麦と同じように育った穂が揺れていた。


「すごいわね、この狭い畑だけを祝福できるなんて!」

「ね、すごいでしょう!」


精霊師の資格を得た者なら、この程度の制御なんてできて当然なのだけどね。

……というよりも力を制御できなければ卒業できない。

制御に難のあったハンナは、とにかく必死に努力したのだ。

そんな裏事情を知らない母だからこその台詞なのだが、手放しで褒めてくれる言葉は嬉しい。

隣に立つアレク様の微笑ましいものを見たような表情が恥ずかしくてハンナは視線を逸らした。


「あと、こんなこともできるわよ?」


ついでにもう一つの力もお披露目しておこう。

この畑の麦だけ成長が遅いのは、隣に育った立木が日の光を遮り、十分に日光の祝福を受けられないから。

ハンナは辺りを見回し、日当たりの良さそうな一角を指差した。


「父さん、あの空き地使ってもいい?」

「ん、いいぞ。」


承諾を得たので、立木に手を添える。

手のひらに意識を集中しながら木の幹に話し掛けた。


「ねえ、あの空き地のほうが日当たりがよくて土も柔らかそうよ?」


木はハンナの提案に興味を持ってくれたようだ。

このまま()()()を聞いてくれたら助かる。

ゴボリ。

意志あるもののように、木の根が土から這い出す。

そして派手な音を立てながら、自らの意志で土から根を完全に抜いた。


「「えっ!!」」


呆然とする父母の目の前を、立木が横切る。

根を器用に動かしながら移動する様は、まるで人のよう。

しかも『前を失礼』とでも言わんばかりに軽く枝を掲げるなんて、なんて紳士的だこと。

人間らしい仕草に仰天した両親が、慌てて会釈を返すように頭を下げた。

ハンナはくすりと笑う。

人間以外のものと意識疎通ができる力を気味が悪いという人もいるけれど、二人は大丈夫そうね。

やがて自ら歩いて移動した木が、空き地へと到着する。


ズズーン……!

木はハンナの示した先の空き地を気に入ったらしい。

よく日の当たる一角に土を掘り下げ根を張った。

そして立木が移動した結果、畑には日の光がさえぎられることなく燦々と降り注いでいた。

ハンナは再び幹に手を当てる。


「ありがとう、紳士さん」


対価として力の一部を与える。

勝手に吸い取って自己修復までしてくれるから、こちらは与え過ぎなければいいだけ。

感謝の気持ちを込めて軽く幹を撫でると、葉が幾枚か落ちてくる。

木の葉は、木からの贈り物だ。

葉には生命力が籠められているから、この葉を媒体として新たな精霊術を編むことができる。

ハンナが満足げに頷けば、父が感嘆の声を上げた。


「すごいな、それが()()()()()か」

「本当ね、そんなことまでできるようになるなんて、すごいじゃないの! 制御できなくて季節外れの収穫物まで芽吹かせたとは思えない腕前だわ!」

「……母さん、それは言わないで」

「まあ、そのおかげで私の興味を引いたわけだ。結果的には悪い事ではなかったと思うよ?」


伸び掛けた鼻は母が盛大にへし折ってくれた。

項垂れた私をアレク様がフォローしてくれたけれど、たかだか二年程度王都で精霊術の基礎を学んだだけだ。

これからも辺境と王都を往復しながら訓練は続く。


そもそも精霊術とは、何か。

精霊を通じて与えられた神の力の一端を具現化する術のことだ。

ワムシャリア王国に綿々と受け継がれる精霊術を使うための素となるのが、()()()()()()()だとされている。

研究者曰く、この体内に満ちる力とは他国で魔力と呼ばれるものに感覚として近いものらしい。

だがワムシャリア王国では神の力の一端と考えられているため、()力という言葉は使わない。

むしろ魔に取り憑かれたような害獣を撃退する際にも使われるため聖なる力だと定義している。

そして体内に満ちる力は王国に生まれた者ならば皆が少なからず持つとされる一方で、肉体に保有する量……含有量については個人差があるとされていた。

この含有量によって、どのような精霊術が使えるのかが決まってしまう。

そこでより効率的に人間を振り分けるため、技術者は持てる知識を結集し、含有量を測るため専用の計測装置を開発したのだ。

この測定装置は計測結果を数値ではなく色で表示する。


含有量は少ない方から黒、赤、紫、青、銀、金、白。

さきほど父の言った白の精霊術とは、個々の含有量を表す色と精霊術という単語を掛け合せた王国独特の呼び方だ。

赤であれば一般的な生活術式まで、紫から銀は錬成や化合などの職業に関わる専門性の高い術式を扱うことができ、金は対人・対物との戦闘に効果を発揮する戦闘術式を使うことができるのだ。

また最も含有量の少ないとされるのは黒であるが、この場合は少々特殊だ。

過去に例が少ないのではっきりとしたことは言えないが、精霊術を打ち消す力を持つらしい。

森羅万象に干渉する力を持たない代わりに他者の術式を強制的に破棄できる。

情報が少ないにも関わらず見つけ次第、国に確保される未来が決まっているのはこのためだ。

ただし現在確認されている限りでは王国に黒を持つ人間は誰もいないということだった。


そして含有量の最上位とされるのが白。

青や銀のような専門性の高いとされる術式や戦闘術式をも扱うことができる万能型。

そのうえ、存在自体が精霊に近いと認識されるのか、動植物や鉱物といった素材そのものにも干渉できる。

たとえば動植物の病を癒やし成長を促したり、宝石や武具に対しては特定の効果を強く引き出し、能力を増幅させるなど多岐にわたるのだ。

夢のような能力をそなえた存在でもあるが、国からすると厄介な存在にもなりうるため、これまた一生監視がつく。

だが白の精霊術を扱える者は、ほんの一握り。

現在ではハンナしか登録されている者はいないらしい。

身分が平民であっても計測装置が白を示した時点で貴族達による激しい争奪戦になったこともあるとのことで、ハンナは血走った眼をした高貴な方々に容赦なく追い込まれる自分の姿を想像する。

そうなったら正直、熱意よりも恐怖しか感じないわね。

裕福とはほど遠い質素な家庭で育った自分には、貴族の見栄とか意地とかに巻き込まれるのは迷惑だった。

貴族には平民を道具として酷使するような人もいるようだし、そういう意味では良心的なアレク様と真っ先に出会えたことは運が良かったというものだろう。

ハンナの家は辺境でもさらに辺鄙な場所にあり、情報も少なく、両親は精霊術の知識に疎かった。

そのおかげで騒動を起すまでは体内に満ちる力を測定する機会どころか、精霊術という言葉を聞いたことすらなかったのだ。

そんな私が精霊師となれたきっかけこそ、さきほど母にからかわれた農作物の一件だった。

一人で畑仕事をしているとき、無意識に土と植物を祝福していたらしく、花や収穫物をこれでもかと繁らせたのだ。

それだけでなく収穫物のなかに季節外れのものまで含まれていたため、両親だけでなく近隣の住人も交えての騒ぎとなった。

どうやらその奇跡こそが白精霊術師の力の一端だったらしい。

結果、異変を聞きつけ駆け付けたアレク様に捕獲……保護されて、そのまま城へと連行された。

そして連行されたあとは城内の一室に軟禁状態。

まだ情報漏洩や誘拐を防ぐためという裏の事情を全く知らされなかった私は、なんらかの罰を受けるのかと悪いほうにしか想像ができなくて、ただただ落ち込んだ。

そこからさらに最速かつ最短距離で王都へと運ばれる。

さすがにこの段階では説明を受けていたものの、疑問が多すぎてパニック状態。

途中で逃げ出そうとして何度捕まったことか……。

そして王都に着くと、今度は綺麗な外観の建物に連れて行かれ、小さな四角い箱に手をかざすよう指示された。

今目の前にある箱が体内に満ちる力を測定する装置だっていうことは教えてもらっているけれど、まさかこの測定結果によって罰の重さを決めるなんてこと、ないよね?

恐る恐る伸ばした手が機械に触れた途端、眩い光を放ち、あたり一面が真っ白に輝く。


ここ数十年現れなかったという、白色。

私は測定の結果、白の精霊術を操る資質を持つ者と認定された。


立ち会った人々の熱狂と興奮を見て、これで処分は免れたかもと内心で安堵したことは言うまでもない。



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