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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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多少の犠牲はつきものだ、仕方ないじゃないか


同行していた賢者候補のルオが指さす方を見れば、遠目からでもわかる巨大な獣の背中が見えた。

あまりの衝撃に心拍数が跳ね上がる。


こんな大きさの獲物は見たことがない………!

おそらく狩人達の目を上手く逃れてきたからこそ、これだけ大きく成長できたのだろう。

立ち回りから判断して、狡猾で知恵もある。

それが歳を重ねた結果、一段上の存在に進化した。

ここまでくればもう、魔物と呼んでもいいだろう。

ただ翻弄されるだけの狩人達の姿に、焦りが浮かび口調が乱れる。


「あいつら……今の編成で手を出していい獲物かどうかの判断も付かないのか?!」


タンガも経験を積むためと、狩人達に混じり同行したことがあった。

そこで少なくない経験を積んだけれど、こんな大きさの獲物に遭遇したのは初めてだ。

たしかに危険な個体は速やかに狩らなくてはならない。

だがそれは十分に準備を整えてからだ。


獣のうなる声が地を揺るがし、踏み出した一歩が石造りの頑丈な家を易々と踏み潰す。

離れていても圧倒的な力の差を感じた。

目のいいルオが狩人達の顔ぶれを確認して表情を曇らせる。


「経験を積ませるために若い者が中心だったようですね。功を焦ったのかも知れません」

「仕方ない、被害の拡大を防ぐために介入しよう」


鷹の羽を持つ者を筆頭とした狩人達は皆、己が力に誇りを持っている。

手を出すと事後処理が面倒なのだが、そうも言っていられない状況だ。

あまりにも馬鹿げた光景に、湧き上がった怒りが冷めていく。

近くにいた者達に応援を呼びに行かせると、ルオと共に剣を携えて飛び上がる。


そんな視界に飛び込んできたのは、見慣れた黒髪と華奢な体躯。

そして高く掲げられた獣の腕と爪に挟まるものは……蝶の翅?!

一際色鮮やかな、あの翅は…。


「レンカ!!」


そこには理解できない光景が広がっていた。

どうして彼女が戦闘の最前線にいるのか。

そして命を奪われようとしているのに、君は微笑んでいるのだろう?


なぜ、どうして?

彼女の気持ちがわからない。

わかったつもりになっていただけで、俺は彼女のことを何一つわかっていなかった。


俺は、見たいものしか見ていなかったのか。


天に向けられたのは心底満たされたような彼女の笑み。

死を望むほどに君が追い詰められていることを気付きもしないで、わかったような振りをして。

君を守るつもりが、君を苦境へと追いやった。


俺は、愚かだ。

タンガは血が滲むほど強く唇を噛んだ。


……俺は、誰のために賢者になろうとしていたのか?



ーーーーーーーー



そのあとのことは、あまり覚えていない。

ただ毟り取られたリンカの翅が、不吉なほどに鮮やかであった事だけは目に焼き付いている。


「タンガ様、すごく強いのですね!!首筋にある弱点を一太刀で断ち切るなんて!!」

「あの腕前なら、賢者になれなくても狩人として十分にやっていけるだろう」


トウカは瞳を輝かせタンガに飛び付いた。

そして共に戦った狩人達からは嫉妬混じりの賞賛を受ける。

甘えたように絡めていたトウカの腕をやんわりと外す。

隙を見せぬよう、手付きは慎重に。


……だが心中は荒れ狂っていた。


欲しいのは、そんな言葉じゃない。

お前達はレンカの容態を気にすべきではないのか?

タンガは首を振り、深くため息をついた。


「だが結局レンカを救うことができなかった」


レンカを気遣うタンガの言葉に、なぜかトウカの肩が跳ね上がった。


どうしてそんな過剰に反応する?

家族であるから心配するのは当然だろうに、彼女はレンカのことを他人のように扱い冷淡だ。

……まるでこうなることを承知していたみたいだ。

それまでにこやかに微笑んでいたのに、急に黙り込む。

そんな彼女の反応をいぶかしく思うも、目の前で発せられた狩人の言葉を聞けば意識がそちらに傾く。


「狩りに多少の犠牲はつきものだ、仕方ないじゃないか」


湧き上がった怒りを必死で抑え込む。

覚悟をもって狩りに臨む狩人ならば、たしかにそうだろう。

だが彼女は狩人ではない。

犠牲となる代わりに、恩恵を受けているわけでもなかった。

素人が自分達のせいで傷ついたというのに、こいつらは責任すら感じないというのか。


「彼女は君達が体を張って守るべき領民だ。君達が軽い怪我で済んだそばで領民が生死の境をさ迷うことになった。それについては、どう思う?」


問いかけという体裁をとった、糾弾。

レンカを領民という言葉に置き換えたことで、ようやく彼らもまずい状況にあることに気がついたらしい。

自分達を守ってくれるからこそ、共同体の中で厚遇される。

問題があると判断されれば、権利を失うのは当然だろう。

タンガの追求を受けて、無言のままに視線を彷徨わせる狩人達。

その群れから飛び出したのは……トウカだった。

彼女は泣き出しそうな表情で、()()()()頭を下げる。


「タンガ様のお怒りはもっともです。全ては、私の姉が不用意に狩場へ姿を晒したのが原因です。皆様にご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした!家族として謝罪します」


タンガは呆然とした。

どうして家族を貶めてまで他人に擦り寄るような真似を?

そこまでして、自分の価値を高めたいのか?

それとも彼女にとってレンカが家族ではないのか?

彼女の狩人達へ向ける媚びた愛想笑いが、とても気持ち悪いと思った。

だが狩人達は、彼女の言葉を好意的に受け取ったらしい。

トウカの謝罪が彼らにとって都合の良いものだったからだろう。

彼女を褒め称えるような声があがる。


清らかで、優しい。

家族であっても庇うことなく過ちを正そうとする、心の強き者と。

……脳内がお花畑で話にならない。

隣では、ルオが呆れたような眼差しを彼らに注ぐ。


「タンガさん、コレどうします?」

「放っておけばいい、説明したとしても理解できやしない。」


正論を突き付けても受け入れられないだろう。

それに生まれたときから優遇されることに慣れた彼らに、今更弱者を思いやる心が芽生えるとも思えない。

とにかく今はレンカの治療を優先すべきだ。


「賢者様に報告だけはしておいてくれ。」


テオは頷き、飛び去った。

そしてそのあとレンカの処遇を巡る対応に追われ、駆けずり回り……。


気がつけば、こうして彼女の背中を見送っている。

彼女の命を守ることが最優先。

とはいえ、彼女のためにしてやれることは他にもなかったのだろうか。

深く思い悩むタンガに賢者様は再び口を開く。


「実は昨晩、彼女の両親が私の元を訪れた。彼女の不始末を詫びるためであったが、よく聞けば彼らも蝶の翅を持つ者に翻弄された過去があったらしい。その記憶があまりにも鮮明で、今だに許せなくて……娘に辛く当っていたと、ようやく気がついた」


知らなかった事実を告げられて、賢者候補達は驚き、目を見張る。

レンカの父は蝶の翅を持つ女性に惚れ込んだが、奔放な振る舞いに振り回され捨てられた。

そして母は婚約者が蝶の翅を持つ者に心を奪われ、ありもしない噂を流された挙げ句、噂の内容を理由に婚約を破棄された、と。


なんたる皮肉。

蝶の翅を持つ者に翻弄された者同士が巡り会い、結ばれ、産まれたのが蝶の翅を持つ子供だったとは。

レンカの父母はトウカだけを愛したのではなく、ただレンカを愛せなかっただけだった。


「儂は思うのだよ。翼を持つ者と蝶の翅を持つ者は、本来、相容れぬ存在ではないかと」

「それは……共に、歩むことはできない者同士だと言うことでしょうか?」


タンガは、痛みを覚えた胸に手を当てた。


「そうまで言わないが……タンガよ、よく考えてごらん? 翼を持つ鳥は遠く、高く飛ぶためと天を目指すもの。反対に蝶は地に根づき、土地を豊かにするものだ。本来なら蝶は高く遠く飛ぶことができなくとも、大地を潤すことはできるはず。それが飛ぶことにのみ価値を置くこの国では正当に評価されず、結果、無能者として疎まれてしまった」


血の繋がりも土地との因果関係もなく、突然変異のようにして生まれる蝶の翅を持つ者。


彼らにとって、この険しい山の上で暮らす恩恵など何もないに等しい。

自然の摂理として恩恵が受けられないものは淘汰され、消えゆく定めにある。

にも関わらず、なぜ蝶の翅を持つ者は繰り返しこの国に生まれるのか。

賢者様は話を変えた。


「我が国の古くからの言い伝えに『太古の神々が羽を持つ者の群れに一匙の恩恵を与えた』との言葉が残されている。それは常々、鷹の羽を持つ者だと言われているが実のところはわかっていない」

「それは、もしかして……」

「一匙という言葉が出生数の少なさを指すものであるとするならば、蝶の翅を持つ者の可能性もあるということだ。ただ、彼らの何が恩恵なのかは言い伝えを調べただけではわからない。だからレンカを()()()()()ことにしたのだよ。彼女は虐げられながらも決して曲がることも挫けることもなければ、翅を失ってもなお生き残るという強運も持ち合わせている。そんな彼女ならば地上でも上手く馴染むことができるだろう。そして彼女が地上において新たに得た力こそ、彼女達に与えられた恩恵が何かを示すものになるのではないかと儂は思っている」


それが真実を追求する賢者の誇りを捨ててまで彼女を生かしておきたかった理由。

賢者は空洞を指差した。


「タンガよ、時がきたらレンカを訪ねるがよい。きっと彼女が手掛かりを与えてくれるだろう」


そこから太古の神々が与えたという蝶の翅を持つ者の恩恵が何かを導き出すこと。

これが彼が賢者となるために課された試練であった。


「賢者様、我らにはどのような試練を?」


残りの二人が問えば、賢者はそれぞれに相応しい課題を与えると同時に空洞を指差す。

これから半年後に、彼らは同時にこの空洞を出立する。

そして三年の間に答えを携え、真っ先に戻った者が賢者となるのだ。


「この空洞の場所を、我らだけが知るのはなぜか。それはこの空洞が罪人を追放するため()()にあるのではないからだ。対外的には贖罪の空洞と呼ぶこの場所を我ら賢者は試練の洞窟と呼ぶ。なぜならこの洞窟へ入り、この地に戻るまでが賢者に選ばれるための試練だからだ。」


そう答えた賢者の顔がわずかに曇る。


曇りの意味をタンガはすぐに見抜いた。

死んで戻れぬ者いただろうが、生きていたとしても戻らないという選択をした者もいたのだろう。

タンガより歳上で次期賢者候補であった鴉の羽を持つ者達も、ずいぶんと前に旅立った。

だが、三年以上経っても戻ってきた者はいない。

高齢であるにも関わらず賢者が代替わりしていないのがその証拠だ。

そして賢者候補が複数いるのも、そのため。


「三年以内に戻らぬ場合は死んだもの見做(みな)す。それ以降に答えを携え戻ってきても賢者にはなれない。それでもお前達は試練を受けるかい?」


互いに視線を交わし、三者三様に頷く。

そして互いに困難を乗り越え健闘することを誓った。


賢者は嬉しそうに目を細めた。

そして気づかれぬようにため息をつく。

……この儀式を、今まで何度繰り返したことか。

今、彼らの中ではこの国を良きものにしようという情熱が渦巻いていることだろう。

だが一旦外の世界を知ってしまえば答えが見つかったとしても、きっと彼らは葛藤する。


戻るか、戻らないか。


聡い彼らなら言わずとも気付くだろうが、国を出る権利を得る代わりに義務が生ずる。

戻れば強制的に賢者となり、この窮屈な国に縛り付けられるのだ。

かつて自分が深く思い悩んだこと故に、想像することは難しくない。


そしてもし今回の賢者候補が戻らなければ、恐らくこの賢者という制度自体が消滅する。


更に次の代を送り出し、結果を待つにはこの老いた体ではもたないだろう。

賢者はこの国の頭脳であり、法と祭事を司り、争いごとの仲裁もこなす。

国が頭脳と調整弁を失い、残ったのが民という肉体だけでは内側から腐れ落ちるだろう。

彼らよりも前に国を出た賢者候補達が誰も戻らなかったのは、いつか国が病み衰えていく未来を予感していたからなのかもしない。


国が歪んだのは偏った思考のまま進化を止めたからだ。

翼人には翼があり、空を飛べるという優越感が独特の価値観を生んで柔軟な思考を持つことを妨げた。

狩りという原始的なやり方でも食料を確保できたから、今の生活水準に疑問を抱くこともなく、日々進歩している外界から取り残されていることにも危機感を抱くことはない。


だけどもし狩猟や採取ができなくなったら?


生活の基盤となる食料を得る手段が失われては、今までと同じ水準の暮らしを営むことは難しいだろう。

栄華の道を歩んでいるようにも思えるこの国だが、実はゆっくりと滅びに向かっている。

翼があるだけでは、国として成り立つことどころか生き残ることすら難しい。

そのことに皆が気づいた時には、もう遅いのだ。

賢者は思い悩んでいるだろうタンガに視線を向けた。

もしレンカが翅がなくとも生きる術を見つけたならば、彼女の存在こそ、この国の未来にとって希望となるだろう。

だが一方で彼らの間に、かつてはなかった()()()()()が生まれているということにも気付いていた。

彼が運良くレンカと再会できたとしても、彼女が手掛かりを与えてくれるとは限らない。

そして手掛かりを得たとしても、タンガがこの国へと戻るかもわからなかった。


彼にとってはレンカへの思慕こそ最大の障害となるだろう。

なぜなら、この国の賢者となることは即ち彼女を永遠に失うことに繋がるからだ。


だからこそ、あえて彼にレンカを追わせることにした。

タンガだけでなく、レンカにも選ばせてあげたかったから。


鷹の羽を持つ者を守るために、彼らは引き離されてしまった。

タンガの暗い表情を見ればわかる。

彼女が彼の想いに応えるかは、わからない。

そして彼の願いに報いるため答えを教えてくれるかも今は未知数だ。


レンカが教えないという選択をしても、責められぬよな。


彼女に罪を負わせ追放することを翼人達が選んだ。

ならば自分達の未来を彼女に委ねるくらいの覚悟はすべきだろう。

それが地上に返すしかなかったレンカへの、本当の意味での罪滅ぼしなのだから。


「それでは出立は本日から半年後。旅立つまでに心残りなきよう、身の回りを整理しておくように」


それだけを言い置いて、賢者は振り返りもせず空洞を後にする。

脳裏ではレンカの最後まで逸らすことのなかった力強い瞳を思い出していた。


「まあなんとも、勝ち気な娘であったことよ」


だが蝶の翅を持つ者として虐げられながらも、彼女が真っ直ぐに育ったことは僥倖だった。

彼女なら異国でも強く逞しく生き抜いてくれるに違いない。

彼女が生きているうちは、まだこの国には可能性が残されている。

今はそう信じなくては。



今日もまた、相手目線です。

お楽しみいただけるとうれしいです

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