私は役立たずなんかじゃない
悪びれることなく堂々と偽りを述べたトウカ。
タンガは妹や両親が悪意なく嘘をついていることを察したようだ。
まあ本人がちょっと離れた場所でピンピンしているのだもの、バレて当然よね。
彼は呆れたような表情でこちらを向いた。
「さっきまで元気だったよね? 彼女の体調が急に悪くなる理由は何?」
「それは……姉は小さいころから身体が弱くて体調を崩すことはよくあるんです。」
「俺は彼女の幼馴染だけど、それは知らなかったな。ならば治ったら本人に直接聞くから余計な気遣いは不要だよ、ありがとう」
「ですがっ、私から姉に用件を伝える方が早いですよ?!」
叱られたと落ち込むトウカの目線まで屈んだタンガは視線を合わせて、にっこりと微笑む。
トウカは頬を赤らめ、そこここから女性達のため息が聞こえる。
「でも俺は仕事に必要な情報は直接本人に確認することにしているんだ。だから、また体調のいい時に出直す事にするよ」
レンカは顔には出さないけれど、内心では盛大に呆れていた。
あの胡散臭い笑顔に騙される者の多いこと。
笑顔の裏には文字にできないようなアレコレが含まれているというのが何でわからないのかしら?
とはいえ彼の気遣いは嬉しかった。
あからさまにトウカを避けると角が立つ。
そしてその矛先が向けられるのは他でもない私だ。
だから私に害が及ばないようにと、自身の都合と断ることにしたらしい。
「それから聞こえたと思うがレンカは体調不良で帰るそうだ。これからは休憩もなく働かせることはしないようにね、班長」
ついでとばかりに釘を差したタンガに、ピシリと固まる雀達。
賢者候補であり、国の上層部からも評価の高い彼に睨まれては色々不都合があるからだろう。
殊勝なことに頷くも、憎しみを込めた視線で両親に伴われる私を睨む。
なぜ私が睨まれなければならないか、全く理解できないわ。
彼らに恨まれるようなことはしていないもの。
私は表情を変えぬまま、彼らの視線を静かに受け止める。
この程度のことで挫けるものか。
挫けたら、これ幸いと潰しにかかるだけだもの。
だから私は、ただ静かな表情を浮かべるだけだ。
雀達は一瞬呆けたような顔をして、慌てて視線を逸らす。
睨み返せば、怯えるとでも思ったのだろうか。
今まで散々馬鹿にされ、寄ってたかって役立たずと嫌がらせをされてきたのに、今更だと思わないのかしら?
あの程度の悪口や嫌がらせが一つ二つ増えたところで取り巻く環境が劇的に変わるとも思えないのに、なぜ怯えなくてはならないのだろう。
「ただいま! ほら、姉さんでなくてもちゃんとタンガ様とお話できたでしょう?」
「そうだな、さすがトウカだ。これからも精一杯尽くしてお役に立つのだぞ?」
「ええ、そうすればきっと貴女を選んでくださるわ!!素直で、こんなにも素晴らしい娘なのだもの。レンカ、貴女もトウカの気遣いに感謝なさいね」
ほわほわと幸せそうな顔で戻ってきたトウカを労った父と母は、真面目な表情で付け加えた。
なんで私がトウカに感謝をしなければならないのかしら?
いつもながら噛み合うことのない会話に心底疲れを感じる。
だけど、この理解不能なやりとりも間もなく終わる。
成人すれば、国の意向で転居することが決まっているからだ。
二度と家族とは会うことはないだろうし、時間が経てば、いつかは過去となるだろう。
周囲の理解はなくとも幸せになれる場所が、きっとどこかにあるはず。
暢気なことに、このときの私はそう信じていた。
そして次の日。
私は普段どおりに働いた。
体調不良は両親と妹が堂々と捏造した嘘だ。
嫌みのひとつも言われるかと思っていたけれど、班長は淡々と作業の指示を出してそれきり。
それどころか、普段はかしましい雀達が誰も何も言わなかった。
そのことにむしろ私は不安を覚える。
面倒事に巻き込まれるよりも放置される方が楽だ。
けれど、嵐の前の静けさのような、そんな不気味な気配を感じた。
そんな不安を抱えて作業を終えた、帰り道。
日は暮れて、夜の闇が迫る道を早足で歩く私の後ろを追う気配があった。
振り向くと、そこにいたのはタンガだ。
「おつかれさま、レンカ。それでどう、体調は?」
「……わかってるでしょう、絶好調よ。」
「君が小さいころから身体が弱かったなんて知らなかったな」
「私もよ。それならもっと優しくしてくれてもいいはずなのにね。」
「相変わらずみたいだね、君の両親のトウカ贔屓は。」
タンガは私の愚痴に困った様な表情で微笑む。
突如姿を現した幼馴染みに驚きながらも、いつものように二人は並んで歩く。
待ち合わせしたわけでもないのに、どうしてここにいるってわかったのかしら?
迫り来る闇の深さに、ふと幼い日の思い出が重なる。
幼い頃から両親はトウカを叱らなかった。
同じことをしても、私はひどく叱られたり食事を抜かれたりしたというのに、しょうのない子だと苦笑いを浮かべるだけだ。
あの日、あまりにも扱いに差があって積もり積もった怒りが爆発し、誰にも行き先を告げず家から飛び出した。
今日と同じような夕闇が迫る中、私は山の奥へ奥へと分け入った。
頭に血が上って、普段は行かない場所へと足を延ばしたのが間違いだった。
結果、道に迷ってしまったのだ。
獣の鳴き声に怯え、走り出し、方向感覚を失ってしまったらしい。
迷い込んだ森の奥にある洞穴で、私はただ泣くことしかできなかった。
『ああ可哀想に、こんなにも泣いて。迎えに来たよ、さあ帰ろう?』
そんな弱り果てた私を見つけたのは、タンガだ。
彼はぐずぐずと泣き続ける私を背負って山を降りる。
なんで居場所がわかったのかと問えば、彼は人よりも夜目が効くからとだけ答えた。
そして安心させるように、柔らかい笑みを浮かべた。
『それに昔から、レンカの居場所はどういうわけかなんとなくわかるんだ』
意図せず、胸が高鳴る。
抱き締められた腕の中で、初めて他人を温かいと思った。
そして無事に家まで戻ったとき、時刻はすでに真夜中。
ひどく叱られないかと怯えていたが、家族はすでに就寝していた。
心配すらされないことなど分かりきっていたのに……私はその場で静かに泣き崩れた。
愛情の裏返しは、無関心。
いっそ血の繋がりなどないと言われた方が潔く諦められるのに。
これでも家族だというのだから現実とは残酷なもの。
タンガは平穏に静まり返った家屋を睨んで、私の肩を強く抱いた。
『君が安心して暮らせるように、この国を変えてみせるから。』
今思えば、これが初恋と呼ばれるものだったのかもしれない。
ただ淡い思いは、それと気付いた両親から『恥さらし』だとか『淫乱』とか、思いつく限りのひどい言葉で詰られて、形になる前に擦り切れてしまったけれど。
それでも彼は変わらず、蝶の翅を持つ者の地位を向上させようと努めてくれる。
きっかけを作ったのが自分だからこそ、少しでも彼の手助けがしたかった。
「それで作業中に気付いたことはある?」
「ないわ。他人の畑と比べて小麦の成長が早くて、質が良いくらいね。」
「作業に対する適性の有無は?」
「どちらとも言えないわね。やればできるけど、楽々というわけではないから。」
タンガは手元の帳簿に書きつけていく。
そこには私や私以外の蝶の翅を持つ者が日々作業を手伝う中で体感したことが記されていた。
彼にとってその帳簿は、とても大切なものだと聞いている。
彼は賢者となるための成果を欲していて、その一つが「蝶の翅を持つ者の活用方法」だった。
翼人の国において、蝶の翅を持つ者の扱いは長年の懸案でもあり、また歴代最高とも呼び声高い現在の賢者様ですら成し得なかった成果を上げるためにも解決せねばならない重要な課題でもある。
そのために彼は蝶の翅を持つ者が得意とすることは何かという情報を欲した。
たとえるなら戦闘に向く鷹、知略に長けた鴉、万事に器用な雀。
それらのように蝶の翅を持つ者にもまだ知られていないだけで特性があるのではないか。
彼はそう考え、独自に情報を集めていた。
そしてその情報源のひとつが私だ。
「たいした情報がなくてごめんね。もうすぐ成人だし、転居すれば違う仕事を割り振られるかも知らないから、そうしたら新しい情報が渡せるかも。期待していて?」
「……」
代わり映えのない内容が申し訳なくて、そう付け加えれば、タンガの表情が曇る。
賢者候補である彼は、蝶の翅を持つ者が成人すると同時に国中のあちらこちらへ強制的に移住させられるということを知らされていた。
しかも一定期間住むと本人の意思に関係なく、また別の場所へと転居するよう国から命じられることも。
まさにたらい回しという表現が正しいような、ひどい扱われ方をしていた。
それは昔からのしきたりだそうで、今の賢者様でも詳しい理由はわからなかったらしい。
ただ表向きとしては役立たずの蝶が一箇所に固まると地域の負担が大きくなるので、負担が偏らないように振り分け、皆で養うためだとされている。
本当、清々しいくらいに蝶の翅を持つ者に優しくない国よね。
リンカからすれば、そもそも地位に見合った最低限の食料しか割り振られることはないし、過度な贅沢をしている訳でもない。
それどころか収穫量で貢献しているはずなのに、負担って何よ。
文句を言っても生意気だと一蹴されるだけで無駄とわかっているから言わないけどね。
それに折り合いの悪い家族とも離れて暮らせるのだ、悪いことばかりではないように思えた。
「やっぱり出て行く気なのか?」
「そうね。以前この地域に暮らしていた人は、成人した途端に転居を命じられたと聞いているし、嫌がったとしても時間の問題じゃない?」
遅かれ早かれ、出て行くことに違いはないのだ。
事前にある程度覚悟していた方が、たとえ不便で辺鄙な場所だとしても諦めもつくだろう。
「タンガが賢者になれば簡単には会えなくなるし、もっと寂しくなるわね」
私は微笑む。
友人として、小さい頃から支えてくれた彼には感謝していた。
苦しい時でも、タンガがアドバイスしてくれたからこそ乗り越えられたこともある。
「今まで、側にいてくれてありがとう」
少し早い別れの言葉にタンガは表情を歪めた。
そんな悲しそうな顔をしないでよ。
最近タンガと話すのはその話題ばかりだったから、離れることは彼も承知しているはず。
だけど今日に限っては珍しくそれだけでは話が終わらなかった。
「レンカが遠くに行くなんて耐えられない。だから俺と結婚して欲しい」
真剣な眼差しをした彼は、思いの外、強い力でレンカの手を掴んだ。
思い返せば、ずいぶん昔にも同じようなことを言われていたわね。
「あれ、冗談じゃなかったの?」
「ひどいな、俺の決意を冗談だと思うなんて……はっきりと自分の意志として伝えたつもりだったのに」
「ごめんなさい。だって普通の感覚なら、あり得ないことでしょう?だから私を励ますためとばかり思っていたわ」
たしか、あのとき彼は結婚を前提につきあって欲しいみたいなことを言っていたわよね。
返事は急がないから、よく考えて欲しいとも。
「あれ? あらためて言葉を並べてみると、たしかに……」
紛れもなく求婚だった。
驚愕した私に、タンガは呆れたような表情を浮かべる。
「だって将来有望な鴉が、皆から可愛くもない上に役立たずと言われている蝶を嫁に望むなんて、冗談としか思えないじゃない!」
蝶の翅を持つ者は翼人の半端者、伴侶とする価値もない。
長年、そう言われ続けてきたのだ。
それが翼人達にとっての普通の感覚だというのに……まさか本気だったっていうこと?
冗談だと受け流した私を責めるようなタンガの視線が決まり悪くて、レンカはそっと視線を逸らす。
遊んでばかりいるといわれているレンカの評価は、はっきり言って悪い。
雀の羽を持つ者によって悪い噂がピーチクと拡散されており、おかげで共同体の中ではよく思われていないのだ。
それに醜く地味な色合いの容姿と気の強さ、可愛げのなさは自分が一番よく知っている。
そんな私を適齢期の男性で、しかも有望株とされるタンガが求めるなんて……。
冗談でなければ何か裏があるとしか思えなかった。
そもそも、いくらタンガが望んでも彼の家族が認めないだろう。
優秀な息子を誇りに思う両親が、レンカを嫁にだなんて許す訳がない。
なのにタンガは正面からレンカの視線を受け止め、自信たっぷりな様子で微笑む。
「計画性もなく俺が結婚を申し込む訳がないだろう? 君は自分を過小評価し過ぎているだけで、うちの両親の評価は悪くない。元々幼馴染みで顔合わせも済んでいるようなものだし、すでに説得は終わっているよ。だから前向きに考えてくれないか?」
途端に、二人を包む空気が甘く濃密なものに変わる。
彼は……どうやら本気らしい。
タンガは路肩の大木に私の体を挟むようにして立つと両手で退路を塞ぐ。
木肌のザラリとした感触を背中に感じ、居心地の悪さに身じろぎしても、彼の両手はまるで鉄格子のように固定されて動かない。
逃さぬよう、荒々しい仕草で囲われる。
気づけば目の前には黒曜石のような瞳があって、形のよい唇が啄むように頬へ寄った。
呆然とそれを受け止める私の頬から、やがて口付けは首筋に、肩に落ちる。
「ちょっと、何するの!!」
「俺が君を求めているのが、ちゃんと伝わるようにって思ってね」
戯れる唇と同様に余裕を感じさせる口調が腹立たしい。
普段は礼儀正しいタンガが、熱に浮かされたような表情でレンカを追い詰めるのだ。
それほど愛されているようにも思える……そのはずなのに。
彼の急激な変化は、まるで見えざる力に絡め取られてしまったせいのように思えた。
なにが、彼をここまで追い詰める?
顔を上げたタンガの黒曜石みたいな瞳が獲物であるレンカを鋭く捉えた。
背筋が、ゾクリとする。
何かに操られているみたいで怖いわ。
逃げようとしたレンカの身体を強く引き、彼は腕の中に囲う。
抵抗するようにもがくほど、深く抱き込んだ彼の腕に力が籠もる。
それはまるで逃がさないと、言わんばかりだった。
「今すぐに、君の全てが欲しい」
掠れた声で抑えきれない欲望を語る姿は、いつもとは違い強烈な色気すら感じさせる。
彼に憧れている者なら即刻、彼の望むままに受け入れるだろう。
でもこんなの、タンガじゃないわ。
私は彼の急激な変化を、ただ訝しく思うだけだ。
彼の熱を孕む台詞を聞くほどに心が冷め、冴えた頭が彼の台詞を反芻する。
そして気がついてしまった。
周囲の説得は済んでいると言ったわね。
愛されていると喜ぶべき台詞のはずが、私には納得がいかなかった。
本当に愛しているというのなら、なぜそんなふうに人目を避けて事を運ぶのか。
そもそも、どうして人々を説得しなければ隣に並び立つことが許されないのか。
もしトウカが相手なら、タンガは堂々と口説いたに違いない。
そしてたくさんの人々の祝福を受けたはずだ。
私を好きだという気持ちは、それほどまでにうしろめたいのか?
……同じ翼人同士のはずなのに。
心に浮かんだのは悲しみと、それを上回る怒り。
差別をなくそうとする側の人間が、私と翼人とを差別している。
他人が知れば、それほど情熱的に愛されて何が不満だと口を揃えて言うだろう。
私の立たされている状況から考えれば、恵まれた良縁であるのは間違いない。
だけどレンカの冷えた心が、彼の差し出す幸せを紛い物だと判断した。
溺れる者は藁をも掴む、つかんだとしても救われる保証はないというのに。
タンガの差し出す幸せは、そんな藁のように心許ないものと思えた。
同情を、愛とは呼ばない。
「……やめて」
肌に触れる彼の唇を手で覆った。
そして強い言葉で拒絶すれば、彼の動きが止まる。
熱は冷めて、どこか呆然としたような彼の胸ぐらを掴み、引き寄せた耳元で私は囁いた。
「ねえ、タンガ。あなたは私が蝶の翅を持たなくとも、同じようにして愛を囁くのかしら?」
「当然だろう? この感情に嘘偽りなんてない」
当然だという彼の言葉を、額面通りに受け取れたらよかったのに。
口元を覆う手を退ければ、興を削がれた不機嫌そうな表情が現れる。
レンカは口角を上げた。
そう、それよ。
熱に浮かされたよりも、冷静に計算されたような態度のほうが彼には相応しい。
「嘘ね。だってあなたは対等な伴侶としてではなく庇護する対象としか私を見ていないもの。あなたが欲しいのは私の弱者としての立場なのでしょう? それとも私を得ることで、弱者に手を差し伸べる素晴らしい人物という評価を手に入れることが目的かしら? とにかく他人に『蝶の翅を持つ者にも愛を持って接することのできる慈悲深き人』と思われるための飾りとして私が欲しいだけなのね?」
胸の奥に打算がなかったとは言わせない。
その思いを込めて見返せば、視線の強さに耐えかねたように視線を逸らされる。
やはりね……。
おそらく親族を説得できたのも、それを理由にしたからだろう。
否定してほしいという淡い願いは、脆くも崩れ落ちた。
タンガが清廉なだけではないことくらい、昔からよくわかっている。
賢者になるには鴉の羽を持つだけではダメで、清濁併せ呑むことのできる器量を持つ人だけが候補に選ばれるということも感じ取っていた。
「それほどに賢者という地位は魅力的なの?」
「それはずいぶんな言い草だな。常日頃から害されそうな君を気にかけ、圧力から守っているのは俺だけだというのに?」
本音が聞きたくて彼の怒りを煽れば、タンガは不愉快そうに眉を顰める。
表には出さないだけで、皆、腹の底に思惑の一つや二つは持つものだ。
タンガと親しいということで、守られてきた私も同じ。
自分では戦わず、彼にかばわれることを許してきたのだから。
だけど、これ以上は自分を騙せなかった。
私は役立たずなんかじゃない。
タンガに依存しなくても生きていけるはず。
たとえ断ることが自分の立場を危うくする選択だとしても、だ。
守備よく結婚できたとしても、そのあとに続く針のむしろのような生活を思えば断るのは容易い。
「ならば想像してご覧なさいな。あなたが私という半端者を伴侶に選び、対価として慈悲深き者という評価を得たとするでしょう? 代わりに私はどんな評価を得るのかしら? 良くて立場を弁えない愚か者、悪くすれば賢者を堕落させた性悪女かしらね。私の標準的な頭脳でも、あなたには釣り合わないと陰日向に罵倒される未来しか想像できないわ。つまり分不相応と責められるのも、あなたが得た名誉の代わりにひどい嫌がらせを受けるのも、傷つくのは全て私。そんな理想とは正反対にある現実に聡いあなたが気付かないわけがないもの。それでもあなたが私を欲するのは私のためでなくあなた自身のために他ならない」
どうあがいても私だけは祝福されることはない。
それほどに翼人の持つ闇は深いのだ。
だから答えるならば否、と。
「そういった差別をなくすために俺達は戦っているのではないのか?」
「戦えるのはあなただけよ。私は舞台にすらあがらせてもらえない」
実際、彼は結婚の応諾を得るために親族と話し合いの場を設けていたことを私に隠していた。
見ず知らずの他人ならともかく、『顔合わせも済んでいるようなもの』であるはずの親族相手にだ。
私の同席は必要ないと彼が判断したと言うのなら、それがすべて。
「そんな屁理屈で戦う前に逃げ出すのか? レンカらしくもない。」
「過剰な期待を寄せられても困るわ。あなたがいくら心を砕いても、私達蝶の翅を持つ者の立場が改善される見込みは立っていないでしょう? たった一人で、そういった負の感情を背負えるほど私は強くないの」
だからお断りよ。
冷たくそう答えて彼に背を向ける。
どれだけ収穫量という実績を上げたとしても、蝶の翅を持つ者はずっと役立たずなのだ。
染み付いた価値観は私とタンガが結ばれた程度のことで覆りはしない。
「飾りが必要なら他をあたってちょうだい? 同情だけで愛されるのは御免だわ。」
「……待てよ、本気で言ってるのか?」
「本気よ。私、愛されないことには慣れているの。よく知ってるでしょう?」
「飾りなんかじゃない、本当にそんな軽い気持ちで君を口説いた訳ではないんだ」
誰にも愛されないなんて、いっそ清々しいくらいだわ。
私は翅を伸ばし、軽く浮かび上がった。
慌てて後ろから伸ばされたタンガの手は、虚しく空を切る。
「タンガ、あなたの覚悟は薄っぺらいのよ。私程度が見抜けるような眼くらましで賢者様は騙せないわ。賢者になりたいのなら、体裁を整えるだけでなく実力で勝ち取ってみなさいな。あなたには、それだけの力がある」
「君に、俺の何がわかる!」
「わかっていたつもりだったのにね。今はあなたのことが一番理解できないわ」
「……見損なったよ。そんなに一人が好きなら勝手に一人で苦しめばいい」
初めて見る、憎しみを込めたタンガの表情。
愛情と憎しみは表裏。
ならば私にも好意の欠片くらいは持っていてくれていたということかな。
喪失感で胸が痛む。
だけど、これで同じ手を二度と蝶の翅を持つ者に使おうとは思わないでしょう。
だから、ね。
「私がいなくても幸せになって、タンガ」
……いつか、私以外の誰かと。
結婚したとしても、遅かれ早かれ、私達は破綻する。
互いの意見が食い違った時、繋ぎ止める愛がないのだから。
呆然と目を見開いた彼の表情が苦痛に耐えるよう歪む。
「レンカ違うんだ、本当にそういうつもりではなくて! だから、いなくならないでくれ!」
ふわり、ふわり。
闇夜を不規則に舞う、蝶の翅。
優しい人の手を拒絶するには、触れれば壊れそうに柔い蝶の翅はちょうどよい。
皮肉にも彼のおかげでできることが増えたと教えてあげたいくらいだ。
「ひどい言葉で詰ったけれど、タンガの全てを否定する訳じゃないわ。元友人として応援している、あなたに幸せが訪れるように」
彼には心穏やかに寄り添えるような相手が似合う。
私が側にいなければ彼にも別の協力者ができるはずだ。
私は彼に生きる目的を求めた。
それを依存と言わずして何と呼ぶのか、世界の狭いレンカには思いもつかない。
本当は心底嫌われるように振る舞うのが正しいのだろう。
けれど、これ以上傷つけるようなことを言えない。
多少なら利用されてもいいと思えるくらいには、大切な人だったから。
「レンカ、たしかに君の存在を欲した理由は純粋なものばかりではない! けれど、俺が伴侶にしたいと願ったのは本当に君だけなんだ。信じてくれ!」
タンガの叫びに、レンカは苦笑いを浮かべる。
もう遅いのよ。
今更、全てをさらけ出して口説かれてもね。
利用する気で口説いておいて、責めれば脅し、だめなら縋るとか。
結婚の対価として一方的な苦しみを背負うのに、そんな紛い物みたいな愛では釣り合わない。
それでも根は優しい人だから、彼のものになれば、私を全力で悪意や弊害から守ろうとするだろう。
だけど私は守られるのではなく、隣に立ちたいのだ。
自分の力で愛する人の隣に立って、ときにはその人を守ってあげたい。
最初から二人の道は決して交わることはなかったのだ。
彼という色の失われた自分の未来を想像すると、寂しさに心が痛む。
今は愛でなくとも、いつかは愛に変わるかもしれない……タンガはそう思って私を伴侶に望んだのだろう。
愛そうと努力してくれる人を自ら突き放すなんて、傲慢で滑稽だ。
だけど今のままでは、私には何も残らない。
ずっと役立たずのままだ。
この先の長い長い人生を、誰かに縋ることでしか生きていけないのは辛すぎる。
にじむ視界と迷いを振り払うように急いで飛び去る私は気がつかなかった。
タンガの他に、もうひとつ。
私を見上げる鋭い視線があった事を。
お楽しみいただけると嬉しいです




