それでは遠慮なく
管理者が賢者のもとへと足を運んでいたころ。
別の問題は居住地のすぐ近くで起こっていた。
大型の害獣が醜い容貌を晒し、汚い涎を撒き散らす。
赤々とした口腔には尖った歯が並んでいた。
……その口と視線の先にいるのだ、怖くないわけはない。
それでも役目を果たすため、トウカはギリリと唇を噛んで慎重に狙いを定める。
この猪のような姿をした獣は毛皮が硬く、切り裂こうとした剣など容易に弾く。
そのため、柔らかい腹や頸の下にある急所を狙うしかない。
鴉の羽を持つ者が仕掛けた罠に引っ掛かった場合は別の手段でも排除できるが、こうして力づくで罠を壊し居住区まで迫った個体については地道に人の力を使って排除するしかなかった。
それに罠を壊せるような個体は力が強く、身体も大きいものが多い。
そのぶん動きは緩慢なので、トウカのように身体が小さく、素早く動ける者が囮となって引きつけている間に隙を狙うのが一番効率がよかった。
それがわかっているからこそ、囮になることに文句はない。
ただトウカは体力が極限まで削られるために、怪我をする頻度が増えていた。
今も獣の爪で引っ掻かれた箇所から鮮血が滴り落ちている。
……ああ、また。
肉体に傷がついていくのを唇を噛んで耐える。
若い女の子だからとちやほやして庇ってくれるような余裕は今の狩人達にはない。
あるのは怪我を押してでも役目を果たすよう無言の圧力を掛けてくる冷たい視線だけだ。
これも全て、姉さんのせいよ。
消そうとしたのに消えない姉の影が視界にチラつく。
かつてない頻度で起こる害獣の襲来と、同時期に発生した小麦の不作。
翼人達は、それをレンカが呪ったせいだと噂していた。
おかげで姉がいなくなったあとも、トウカや両親は肩身の狭い思いをしている。
それどころか今までチヤホヤしてきた友人や親戚も関わりを避け、距離を置くようになった。
さんざん甘い汁を吸ってきたのに、なによ!
唯一、タンガとの婚約が解消されていないというのが救いだ。
彼の端正な顔立ちと労りに満ちた優しい笑顔を思い出して、トウカはほっと息を吐いた。
彼の優しさが、依存するしか能のない姉にだけ向けられているのが腹立たしかったのだ。
だから望んで自分の実力だけで婚約者の地位を手に入れたというのに、当の本人は不在のまま。
……彼が戻るまでの辛抱だわ。
誰がなんと言おうと、トウカはタンガが戻ると信じている。
それまでは翼人達から切り捨てられることのないよう尽くすしかないのだ。
気合を入れ直すも、再びため息が漏れた。
それにしても害獣が多すぎない?
今年に入って何頭目になるか……数えるのも虚しくて途中でやめてしまった。
そして害獣の襲来と比例するように、狩人達を取り巻く環境にはもう一つ別の問題が起こっている。
周囲を囲む森から、食糧となるべき小型の動物達が姿を消していたのだ。
おそらく害獣が森の小動物を食い尽くしたのだろう。
仕方なく、食糧となる獲物を捕らえるため選抜された者が別行動をとっていた。
最初のころは定期的に獲物を携えて戻ってきていたのに、いつの間にか連絡すら取れなくなっていたのだ。
害獣に襲われ命を落としたか、それとも……。
トウカには誰も探そうとしないのが答えのように思えてならなかった。
残された者達は、今日も新鮮な肉にありつくこともできず食べる部位の少ない害獣の駆除に駆り出されている。
どうして、なんでこんなことに?
「ああ、タンガ様……」
柔らかい声で優しい手つきで。
姉のときに見せる顔で『大丈夫だよ』と慰めて欲しい。
トウカにとって彼は憧れの存在だった。
頭がいいだけでなく、武器を持って戦っても鷹の羽を持つ者に劣らない強さ。
そして知性的な整った顔立ちと黒曜石のように輝く瞳。
彼に憧れている女性は多いけれど、彼に対する好意を隠さないトウカに遠慮している。
なぜならトウカは鷹の羽を持って生まれたから。
鷹の羽を持つ者は、神に選ばれた存在。
両親や友人も皆そう言っていたし、翼人達はトウカを率先して可愛がってくれた。
……ただ一人、姉を除いては。
誰もがトウカをかわいがってくれるのに、姉だけはいつも口うるさいのだ。
……苦手ならもっと勉強しなさい。
……散らかしたものは自分で片づけなさい。
……悪いことをしたのだから相手にすぐ謝りに行きなさい。
そんなもの暇な姉がやればいい、私は忙しいのよ。
そう思って両親に言いつけると両親もそのとおりだと姉を叱った。
だから私は悪くない。
ところが忌々しいことに、タンガ様は姉を選んだ。
そして姉は幼馴染みだからと優しくしてくれる彼に甘えて、楽させてもらっていた。
そんなの寄生虫と同じじゃない。
タンガ様は姉の見た目に騙されているだけだ。
役立たずらしく目立たなければいいものを、いつも偉そうだし無能ぶりを恥じることもない。
小麦に水をやるなんて誰にでもできることを大切な仕事と言っている時点で相当恥ずかしいわ。
出来の悪い姉のせいで、両親が皆にどれほど頭を下げているか……私達が影でどれだけ皆に馬鹿にされているのか、鈍感なあの女は気にしたこともないに違いない。
だからそんな姉を上手いこと追い出せて清々した。
ちょっとだけ汚い手を使ったけれど、そのことは誰も知らないのだから平気よ。
後悔など全くしてない、だって私は正しい事をしたのだから。
ただ死ななかったのは、計算外だった。
自分以外の狩人達や国の上層部も邪魔に思ったようで色々手を尽くしていたがそれでも生き残っていたのは姉の悪運が強かったせいだ。
私が悪いわけじゃない。
こんなふうに物事が上手く回らなくなるのは、姉以外にも無能な蝶の翅を持つ者達がのさばっているからだ。
見栄えがいいだけの彼らには何の価値もないのに、これ以上養ってやる必要はあるのだろうか?
私以外にも皆そう口にするようになって、だんだんと翼人の間に負の感情が広がっていたのは気がついていた。
でも私は、あえて止めなかった。
このときは、それが正しい流れだと信じていたから。
まさか、あんな結果になるなんて……トウカは思いもしなかったのだ。
それは今から半年前に起きた。
引き金となったのは賢者様が亡くなられたことだ。
「高齢のうえに体調不良であるにも関わらず奔走されたのが寿命を縮めた原因でしょう」
薬師の見立てでは老衰ということだったが、肉の削げた顔からは、ずいぶんと無理をされたことが伺える。
それも致し方ないことだった。
なぜなら前代未聞の食糧難が翼人の国を襲っていたから。
まずは主食である小麦の不作。
今までの収穫量が嘘のように、実ることもなく麦が立ち枯れていく。
そして枯れた後には草木の生えない荒地が広がり、固い土や岩が剥き出しとなった。
かつてここに麦畑があったなど誰が信じるだろう。
一部にはまだ細々と麦畑が残っているものの、収獲量は微々たるものでそれも奪い合いになっている。
しかも国全体の食糧が不足した原因はこれだけではなかった。
獲物となる小型の動物が減り、大型の害獣が絶えず国を襲うようになったのだ。
太古からある国の周囲を取り巻く鬱蒼とした森が天然の要塞のように枝葉を絡ませ国土を固く守っていたはずなのに、最近になってその一部に綻びができていたらしい。
その綻びを破って大型の害獣が出入りするようになり、翼人の食糧となるはずの小型の動物を狩り尽くした結果、人を襲うようになったのではと考えられている。
これについては賢者の発案で国の周囲に石材で強固な壁のようなもので囲うことにした。
一定の効果はあったが、力の強い害獣には効果が薄いようで脆くなったところから破られてしまう。
そのたびに多くの狩人や住民が駆除のためと駆り出され、深い怪我を負ったり、亡くなる者も出て人的な被害は増え続ける一方だった。
しかも害獣のほとんどは肉が固く毒を持つ種もあって食用に向かないものばかり。
仕方なく良質な肉を得るため狩人達は遠征せざるを得ず、日増しに新鮮な食材が減っていった。
そして食糧問題が表面化してから対応策を巡って上層部と賢者の対立が深刻化し、国は二つに割れる。
その最中に賢者様が亡くなったのだ。
ついに保たれていた均衡が崩れてしまう。
騒動が起きたのは賢者の葬儀が終わった直後のことだった。
「賢者様が亡くなられた事は悲しい。だが現状ではその痛み立ち止まっていられるほどの猶予はない」
斎場から帰ろうとした弔問客のまえで上層部……翼人から選ばれた代表者のうち一人が声を上げる。
「翼人を一人でも多く生かすためには、辛くとも、厳しい決断をせねばならない」
一体、何を言い出すのか。
予想がつかなくて、場がしんと静まり返る。
「我々は話し合い、蝶の翅を持つ者には国を出て行ってもらうことにした」
ざわり、と揺れる。
とまどう空気を破ったのは若き賢者候補達であった。
「それは賢者様が却下されたことだ。それをこのような場で、わざわざ言うことではないでしょう⁉︎」
「このような場であるから、あえて口にしたのだ。多くの人に、意見を募るには必要な措置だ」
「では申し上げたい。その場しのぎで、誰かの犠牲により成り立つような策を許すわけにはいかないというものが賢者様の意見でした」
「ならばその場しのぎではない策も賢者様ならば当然お持ちなのだろうな?」
「そ、それは……」
考え尽くした後であるからこそ、賢者候補は口籠ってしまった。
過去の資料を読み漁っても、現状では手がかりすら見つからない。
賢者も『問題の根本は現状持ちうる知識では解明できない類のものだ』と言っていたからだ。
「せめて、次期賢者が戻られてから……」
「必ずや戻るのだな? 誰が、いつ戻るのだ?」
雀の羽を持つ者の代表でもある、管理者が尋ねた。
この期に及んで賢者など邪魔なだけ、そう彼は思っていた。
誰にも言っていないが、彼は亡くなった賢者から厳しく叱責されていたのだ。
理由は倉庫の備蓄を最低でも三年は保つようにと指示されていたのに、管理を任せた者が横流ししていたため、二年で小麦が底をついてしまったことの責任を問われていた。
だが賢者様が亡くなられた今、誰も真相を知る者がいなくなったので内心では安堵している。
あとは邪魔な賢者候補達を排除すれば、真相は藪の中。
自分の権限で残りの備蓄を自由に配分できる。
頭はいいけれど、まだ未熟で御し易い彼らを、どうやって上手く排除するか。
管理者はその機会を伺っていて、ようやく訪れたのだ。
「君達は思慮が足りない。今まで送り出した者達が戻らないのに、なぜ戻ると言い切れるのか?」
「……」
「言い切れぬのなら、余計な口出しをしないでいただきたい」
「いえ、戻ります」
馬鹿にしたような管理者の言葉に、賢者候補の一人が声を上げる。
「期限まで、あと半年あります。それまでには必ず戻られるはずです」
「半年後では遅いと申しているのだ、愚か者が!」
かっと目を見開き、鷹の羽を持つ者の代表でもある狩猟長が声を荒げる。
彼は度重なる害獣の襲撃により深い怪我を負い、現在も療養中だった。
そして狩人達が日増しに不満を募らせていくのを抑えるため、神経をすり減らしていたのだ。
追い詰められていた彼は、悪意を持って賢者候補を排除しようとしていた管理者の思惑に気づかなかった。
こうして狩猟長の口から、決定的な一言が放たれる。
「蝶の翅を持つ者が出ていかないのなら、我々鷹の羽を持つ者が出て行く!」
これには賢者候補達も呆然とした。
「それでは残された者達はどうすればいいのですか⁉︎」
「残った者で勝手にすればいいだろう。出て行く俺達には関係のないことだ」
聡い賢者候補達は肌で感じた。
人々の纏う空気が変わったことに。
小麦という食糧を失いつつある現状で唯一の糧は肉だけ。
これが失われれば生きていくことができない。
結局、誰もが自分の身が一番可愛いもの。
こうして人々の意思は定まった。
「蝶の翅を持つ者を追放する!」
管理者が嬉々として宣言したその言葉に、誰も声を上げない。
こうして蝶の翅を持つ者は追放される事が決まった。
そしてその追放者に賢者候補達が付き従うことも、いつの間にか決定されていたのだった。
ーーーーー
話終わった途端、タンガが声を荒げトウカに詰め寄る。
「いつだ、いつ彼らは国を追われたんだ?」
「昨日です。賢者候補が皆を連れて出たあと、戻れないように洞窟の入口を塞いだと管理者は言っていました」
ああ、あの洞窟か。
抜けるような天の色と、入口で別れた賢者様の穏やかな微笑みが浮かぶ。
「洞窟の入口を塞いだ……それでは私達が国へ帰れないじゃないか!」
「だからそれもお伝えしたくて私が迎えに来たのです」
良いことをしたと、トウカは誇らしげに胸を張る。
洞窟を塞いだのにはもう一つの意図が……国の上層部はタンガ達が入ってこられないようにと出入口を塞いだのだ。
怒りに震えていたタンガは、落ち着こうと深くため息をついた。
そして黒曜石のような瞳を真っ直ぐに上げて、アレク様へと首を垂れた。
「必要とあれば私の命を差し上げます。ですから蝶の翅を持つ者を迎えに行かせてください」
それから深々と礼の姿勢をとった。
昔からこういうところがあるよね、困ったものだわ。
己が命を軽く見積もりすぎなのよ。
私はひっそりとため息をついた。
不利益があると知りながら、正しい道と思う道を選ぶ。
結局のところタンガを見捨てられないのは、こういう危ういところがあるから。
だけど私は彼の潔い性格が決して嫌いではないのだ。
ほんと、しょうがない人ね。
「タンガの言葉に偽りがないことは私が保証いたしましょう」
そしてタンガと同じようにアレク様へ礼の姿勢をとった。
視線を感じてちらりと横目で見ると、タンガが驚いた顔で目を見開いている。
……微々たる助力だけど、ないよりはマシでしょう。
少しばかり考えてから、アレク様はうなずいた。
「人命が掛かっているならば仕方ない、許可しよう。」
「感謝します」
「アレク様、私も行きます!」
「トウカ、君は……ここに置いていくほうが迷惑だな」
「連れて行っていいよ、君が彼女のぶんまで責任を負ってくれるだろうから」
元々勾留したのも事情を聞きたかっただけだし、領に被害を与えたわけでもない。
蝶の翅を持つ者達を保護したら、そのまま二人は釈放となるだろう。
必要な指示を出すとアレク様は振り返る。
「ハンナ、君は……」
「私も行きます」
アレク様が目を丸くする。
言葉を遮ってごめんなさい。
でも、そのくらい私だって彼らを迎えに行きたいの。
私達、蝶の翅を持つ者同士の交流は禁じられていた。
住む場所も離れていたから、顔も知らないし、名前もわからない。
どうして彼らに会ってはダメなのか誰も理由を知らないのに、会いに行くことは許されなかった。
だから国にいたときは直接助け合うことができなかったけれど、同じ苦労を味わった者として助けてあげたい。
私のいつになく真剣なお願いにアレク様は苦笑いを浮かべた。
「まあ、条件次第では許可しよう」
「条件とは?」
「私も同行するよ。翼人という存在をもっと間近で見てみたいから」
「ですが場合によっては危険がともなうかもしれません」
「そのために君がいるのだろう?」
アレク様がふわりと私の頬を撫でる。
触れられた箇所から熱がぶわりと顔全体に広がった。
「君は……」
タンガが呆然としたような顔で私を見つめている。
トウカも目を丸くしていた。
二人ともそんなに驚いた顔をして、どうしたのだろう?
私は熱を振り払うように頭を一振りした。
今は作業に集中しないと……。
「では参りましょうか」
差し出された手にアレク様はするりと指を絡ませた。
恋人繋ぎと呼ばれるものだが……今、する必要あります?
平然を装う私に、トウカは眉を顰めた。
「自分から誘うなんて女性としての慎みはないの?」
初見のアレク様に、がっちり触れたあなたに言われたくないわよ。
……という品のない言葉は飲み込む。
手を繋いだのには理由があるけれど、言っても理解できないでしょうから言わない。
面倒なので、嫌味はさらっと受け流した。
「二人は翼があるから飛べばいいわよね。じゃあ現地付近で合流しましょう」
「は、何を言って……」
「洞窟の入口で待ってるから、なるべく急いで来てちょうだい。遅かったら置いていくわよ?」
「だから何を言ってるのよ⁉︎」
さきほどから、どこかイライラしているトウカを無視して部屋の扉を開く。
そしてアレク様に手を引かれながら階段を登り、玄関から外へと出た。
所定の場所で向かい合わせに立つとアレク様の青い瞳が瞬く。
暗闇にも負けない澄んだ青。
天に繋がるこの色が、今はとても好きだ。
「なに?」
「いいえ、こちらのことです。それよりも最短距離でいいですか?」
「うん、かまわないよ。いつでも準備は出来ている」
それから、アレク様はニヤリと笑った。
「王都での修行の成果を存分に見せつけてやるといい。出し惜しみしなくていいし、全力出しても止めはしないよ?知識だけでなく、才能もない彼らのまえで高等な術式を展開しても理解できないだろうからね」
「……あら、気がつかれました?」
「珍しいから、逆にわかりやすかったよ」
才能がないというのは、二人共に体内に満ちる力がないから。
彼らがどれだけ深く学ぼうとも、精霊術は使えない。
「それでは遠慮なく」
私は全身を包むように精霊術を展開する。
空間に干渉、終着点を洞窟の前へと設定しながら術式を編んだ。
術を編み上げると、目の前には起点となる淡い幕が垂れ下がった。
この幕は幻影、ちょっとしたお遊びで目眩し。
「何、あれ……」
効果てきめんとばかりに怯えたようなトウカの声が背後から響く。
私が小さく舌を出すと、アレク様がクスリと笑った。
振り返ることもなく空いている手をトウカに向けて軽く振る。
「先に行ってるわね。遅かったら本気で置いていくわよ?」
白の精霊術、転移。
空間に干渉できる白精霊師しか使えない高等術式だ。
転移先はもちろん、私が倒れていたという洞窟の前。
私の内側に満ちる力を糧にして、淡い色をした幕が揺れる。
普段は幻影なんて使わずに転移するだけだけれど、見せつけることが目的だから、あえてそういうものであるかのように編み上げた。
ゆらゆら揺れる幕の先には、うっすらと別の景色が広がっている。
記憶に残る洞窟が、ぽかりと口を開けていた。
アレク様の手を軽く握り直す。
握り返された手の感触を合図として空間の歪みに身を投じようとした、そのとき。
「レンカ!」
慌てたような声と共に誰かの手が、アレク様と繋いでいない方の手を掴む。
自分よりもずいぶんと高い体温に驚いて顔を見れば、そこにはタンガがいた。
術式はすでに発動し、このままだと彼は空間の歪みに置き去りになる。
言葉を掛ける余裕もなく、慌てて術式を編み直し、無理矢理タンガを巻き込むようにして潜り抜けた。
中途半端に術式を追加したことで、最後まで空間は安定しなかったようだ。
半ば投げ出されるようにして転移が完了する。
私の体勢が崩れたところを、先に危なげなく着地したアレク様によって抱き留められた。
「大丈夫?」
心配そうな表情のアレク様には心配ないと笑みを浮かべて頷く。
ほっとしたアレク様は、それはもういい笑顔で彼はタンガを振り向いた。
ガツッ!!!!
「危ないじゃない、悪くしたらみんな死ぬのよ⁉︎」
目にも留まらぬ速さで動いたアレク様。
彼の拳によってタンガが殴られたのは私の言葉とほぼ同時だった。




