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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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どういうことだ?!


「どうして!」

「ここは私が聞こう。第三者が相手のほうが彼女も話しやすいかも知れない」

「ですが……」

「もしかしたら彼女も君と同じように感じているかもしれないよ? ()()なのに、なんで自分の言うことが理解できないのかと」


家族だろうと、必ずしもわかり合えるという訳ではない。


アレク様が耳元で囁いた。

じんわりとした苦い思いが胸に湧き上がる。

……理解できない家族より、理解しようとしてくれる他人の方がマシだ。

自分だって、そう思っていたじゃないか。

これも甘えなのかな?

この期に及んで、私は血の繋がりがあれば思いは伝わるものだと信じていたらしい。


「それに相手が家族だからこそ、言いにくいこともある」


アレク様はいつものように優しい笑みを浮かべ、私の肩を軽く叩いた。

そして目元に労りの色を滲ませ、トウカの手を引くと座るよう椅子へと誘う。


「トウカ嬢、君にも事情があるようだ。私にも聞かせてもらえないかな?」


いつの間に手配していたのか、茶器をトウカの前に置いた。

芳しい紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

途端にトウカが表情を歪めた

意図して作られた表情ではなく、今にも泣き出してしまいそうな子供みたいな顔だ。

アレク様は、こういう細やかな気遣いが上手い。

……いえ、そうじゃないわ。

彼の優しさは見かけだけのものじゃないことは私がよく知っている。

幾重にも外面という皮を被っているが、根はお節介で優しい人だ。

だからいつも不安になるの。

その優しさが私だけに向けられるものではないと理解しているから。


お茶の香りに落ち着きを取り戻したトウカは、逡巡したあとようやく口を開いた。

彼女にしては珍しく、どこかうしろめたいことがあるような表情だった。


……なんでだろう。

とても嫌な予感がする。


「蝶の翅を持つ者は一人残らず国を追われました。」

「「はっ、なぜ⁉︎」」


意図せずして、タンガと私の台詞が重なる。

叱られた子供のように、トウカはビクリと肩を震わせた。

口調は弱々しく、まるで言い訳をするように……彼女は口を開いた。


「私は何もしていないわ、国の上層部がそう決めたの」

「国が決めたっていうけど、やっていいこととダメなことがあるでしょう!」


自分の叫び声が、まるで悲鳴のように聞こえる。


稀少とされる蝶の翅を持つ者、彼らを一纏めにして追放する権利など誰も持ち合わせてはいないはずなのに……。

昂ぶる私の顔のまえにアレク様が軽く片手を掲げる。

落ち着けという合図だ。


「速やかな対応が必要なときほど話を聞くべきだ。内容によって対応の順位が変わる」

「申し訳ありません……」

「かまわないよ、誰にだって我を失うほど守りたいものはあるものだ」


私の頭を撫で、アレク様が微笑む。

ようやく心のわだかまりが解けたのか、トウカの口は滑らかに状況を語る。

それは思っていたよりもずっと悪いものだった。


ーーー



「どういうことだ⁉︎」


とある地域にある小麦畑の一区画。

本来ならば実った麦の穂が揺れている時期なのに、実ることもなく立ち枯れてしまう。

それも一度ではない。

何度、植え替えても同じなのだ。


元々この地域は国でも一、二を争う麦の生産量を誇っていた。

特に近年は他の地域が不作とされる年でもこの区画だけは収穫量が安定していたのだ。

それだけ土壌が豊かであるとされていて、翼人の生命を支えているといっても過言ではない重要な場所。

だから、この区画の管理を任されることは誉れであるとさえ言われていた。

そしてこの区画の班長は昔から雀の羽を持つ者の中から特に優秀な者が選ばれていた。

前任者が降格させられて、空いた枠に自分が推挙されたと聞いときは小躍りして喜んだものだ。

それが蓋を開けてみたら……これはどういうことなのだろうか?


「ここが枯れただけじゃない、他の地域も収穫量が十分の一まで激減しているじゃないか!」

「も、申し訳ありません」

「原因は何だ?」

「……どういうわけか、麦が育たないのです。」

「麦が育たない? おまえの腕が悪いだけじゃないのか?」


上司である管理者の蔑むような言葉に部下である班長は唇を噛む。


彼にだって自負はある。

長年小麦を育ててきたという経験が男の自信を支えていた。

それなのに自らこの区画に麦を植えても、まともに育ったのは最初だけ。

水や肥料を頻繁に与えてみたが、結局最後は成長途中で立ち枯れてしまう。

今まで蓄積してきた知識が全く役に立たない。

それどころか……植えてから枯れてしまうまでの間隔が徐々に短くなっている気がする。

とてもじゃないがこんな恐ろしいことを、口には出せないが……。

この場所が小麦の育たない荒地となるまで猶予はあまり残されていないのではないか、そんな予感すらするのだ。


ああ……どうしよう。

こんなはずじゃなかったのに。


「それで、対策は?」

「……申し訳」

「もういい、お前は降格だ。今すぐ前任者を呼んでこい!」

「ですが前任者は麦畑を荒らしたという罰を受けて任を解かれたような人物ですよ⁉︎」

「今重要なのは荒らせるほど麦があった、ということだ。この重要な区画を駄目にしたおまえに、その者を非難できる資格はない!」

「ですが、そういうことが問題ではないと思うのです」」

「ならばどういうことだ⁉︎ グズグズせずに答えてみろ!」


まるで何かに怯えるように、男は口を開いた。


「呪いではないでしょうか?」

「……それはどういう意味だ?」

「レンカの件です」

「は? レンカ、だと? あいつはもういない、何を血迷った事を言っているんだ?」

「彼女は前任の班長に指示されて、この区画の麦の世話もしていました。彼女なりに、この場所には思い入れがあるに違いありません。」

「思い入れがあったとして、どうだと言うんだ?」

「あれを、ご覧いただけますか?」


指差す先にあるのは、あまり日の当たらない寂れた区画。

結構な広さはあるが収穫の見込めないような環境にあることは歴然としていて、今も当然荒地となっていた。


「あんな環境では小麦は育たんだろう。で、あの荒地がどうした?」

「少し前まで、あの場所は畑でした」

「……は?」

「以前は、あの荒地()小麦畑だったのです。」

「何をバカなことを……」

「担当していたのはレンカでした。お疑いのようであれば、他の者に聞いてもらってもかまいません。誰もが知っていることですから」


蝶の翅を持つ者は、区画で最も条件の悪い箇所を任される。

それもまた、昔からのしきたりだ。

第三者からすれば嫌がらせのように思えるかもしれないが、他の地域でも同じだし、今まで何の問題も起きなかった。

管理者は何度もそういう場所を見てきたが、この場所はその中でもずば抜けて生育環境が悪い。

班長も当然のように実りなど期待できないと思っていた。

ところがレンカがこの荒地を手に掛けた途端、みるみるうちに豊かな実りある麦畑へと生まれ変わったのだ。

彼女は麦を植えたあと、ふわふわと水を撒いていただけで、遊んでいたように見えたのに。


結果だけ見れば、蝶の翅を持つ者が誰も成し遂げられなかったことを達成していた。


自分には、できない。

それに気がついた時、驚くよりも怒りの方が先に立ってしまった。

前任者がレンカに対する嫌がらせをしたのは、これも理由のひとつだ。

彼女は追放されてしまったせいで、どうやって荒地が麦畑になったのかは謎に包まれたままだった。

あのとき、理由を調べておけばこんな事態に陥ることもなかったのに。

男は顔色を悪くし、身を震わせる。


「あの軟弱者が国を身一つで追い出されて生きていられるとは思えません。もしかするとすでに死んでいるのかも知れません……そして彼女は悪霊となって、我々に呪いを掛けたのではないでしょうか?」


馬鹿馬鹿しい。

その台詞を聞いて、管理者は鼻白んだ。

……何を言うかと思えば、悪霊など世迷いごとを。

こいつは自分が犯した失態を誤魔化したい一心で馬鹿げたこと言って誤魔化しているのだろう。


「もういい、どちらにせよお前は降格だ。一番下の立場から勉強し直してこい!」


そして前任者を呼び出し、再び班長に据えた。

呼び出された男は雀の羽を不器用にバタつかせて降り立つと、深く首を垂れた。


「お呼びでしょうか?」

「うむ、お前に再び班長を任せよう」

「ああ、ありがとうございますレンカのせいで謂れのない罪を負わされ、重い処分を受けましたが、これであの女を見返してやることができます! 必ずや、ご期待に添いますので!」

「うむ、期待しているぞ?」

「はい、お任せください!」

「……そういえば、前任者はレンカの呪いなどとほざいておったが、お前はどう思うか?」


班長は離れた場所で項垂れている男に蔑むような視線を向ける。


「そんな噂もチラホラ聞かれますが……呪いなどあるわけないじゃないですか! 前任者は責任を回避するためにそんな戯言を口にしたのでしょう。そんな根も葉もない噂、俺の力で払拭してやりますよ!」

「うむ! その意気で頼むよ」


これで元通りだ。

許された事を感謝し涙を流す男へ上司は鷹揚に頷く。


だが次の収穫期。

収穫量はさらに減った。

それどころか、食糧に回す分を考えると次に植える種籾がない。

管理者は班長を叱責した。


「どういうことだ! むしろ減っているじゃないか!」

「も、申し訳ありません。いつも通りに育てたつもりなのですが、おそらく前の管理者のせいで土壌が弱っているのかもしれません。休ませて、畑の土を回復すれば……」

「……できるのか?」

「やった事はありませんが、賢者様は下界の者達はそうしていると仰っておられました」

「……しょうがない。ならば食用を減らして種籾を残せ。それから畑のうち半分だけ休ませてみろ」

「はい! ありがとうございます!」

「いいか、この事は内密にな。次の収穫期で失敗したら次はない……忘れるなよ?」

「わかっております」


最後の低く怒りを孕んだ声に、班長は顔色を悪くした。

提案に乗ったからといって許された訳ではないと理解できただろう。

せっかく救いあげてやったのに期待を裏切った分、失望も大きかった。

適当な時期を見て、あの男も切り捨てよう。


そして次の収穫期。

目の前に積まれた収穫量を見て愕然とした。

明らかに目減りしていたからだ。

だが使わずに休ませた土地があるのだから、収穫量が減るという状況もあり得る。


次回こそはと意気込む班長を鼓舞し、期待して待つ。

そして次の収穫期。


「たった、これだけか……?」


食糧として残すべき最低限の量にも満たない収穫量に呆然とした。

班長は姿すら見せない。

怯えた様子の部下から聞き出した事によれば体調を崩したそうでこの場には来られないとのことだ。

しかも班長はあれだけ馬鹿にしたくせに今ではレンカの呪いのせいだと吹聴しているらしい。

……今更呪いのせいにして逃げるなんて許さない。

なんとしてでも責任を取らせてやる。

そう意気込んでいたのだが、問題はそれだけではなかった。


「他の地域まで、軒並み不作だと?!」

「は、はい。徐々に減ってはいたのですが、ここにきて急に発育が悪くなりまして……」


小麦だけでなく、野菜や果実、何もせずとも生えるはずの山の恵みまで。

この時、初めて脳裏に”飢え”という二文字が浮かぶ。

ずっと昔、賢者が作ったとされる備蓄倉庫に貯めた食糧もあるが、近年は豊作が続いていたため、いい加減にしか管理していなかったことが悔やまれる。


「仕方ない、賢者様に相談しよう……」


ギリギリまで相談しなかったのは叱責されるとわかっていたから。

だが、この状況になればそうも言っていられない。

それに最近は別の問題もあって忙しくされていると聞く。

矛先が鈍ってくれるようにと願いながら賢者様の住処へ足を向けた、その時だった。


グオオーーーーン!!!

どこからか地響きと激しくぶつかり合うような音が聞こえる。


「ああ、()()()


最近は慣れすぎて、驚くことも減った別の問題。

あちらも大変だな。


『呪いとかでは……ないでしょうか?』


なんで降格にした男の言葉を、この状況で思い出したのか。


呪いなんて、あるわけなかろう。

大の男が震えるような声を出して情けないことよ。

それをこの状況下で思い出した自分も忌々しい。


そんな事が現実にあり得てたまるか。

第一、蝶の翅を持つ者は何一つ能がないから役立たずなのだ。

死して呪いを操れるくらいなら、生きている状況で無能と呼ばれることはないはず。


そう奇跡でも起きぬ限りは、な。

蝶の翅を持つ者達が役に立つなどあり得ない。

そう締めくくり、苛立ちも不安もまとめて脳裏から追い出す。

楽観的に、まだ打つ手はあると信じて。

だが残念なことに男は気がついていなかった。


賢者の知識に縋るしか打つ手がないという状況が、今までと明らかに違うということに。




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