君が求めた御褒美
場所は変わって、地下牢。
今は他の囚人に混じり、二人の翼人が囚われている。
何やっているのよ、揃って。
国を追われ、今や完全に無関係となった私は、訳もわからず巻き込まれただけだろう。
迷惑極まりないことだ。
うんざりとした表情を浮かべた私に、アレク様は囁いた。
「気晴らしに、君の話していた御褒美の内容を当ててみせようか?」
「ちゃんと覚えていらしたのですね」
「もちろん。それに君はあまり物を欲しがらない人だからね」
たしかに物欲はないほうだ。
翼人の国で物や人を奪われ続けた弊害とも呼ぶべきか。
アレク様に言われて気がついたのだけれど、私は他人と比べて物を欲しがらないらしい。
レンカだったころ、必需品以外はトウカや両親に取られるか壊されていたし、タンガ以外の翼人には一線を引かれていたから人間関係も稀薄。
贈り物をあげたことも貰った記憶もほとんどなかった。
手元に残らないなら、元から持ってないのと同じだ。
諦めることに慣れてしまった今はこれが欲しいとは思わなくなった。
「そんな君が求めた御褒美はアレだね」
指差す先には、彼女が……トウカが囚われていた。
鳥籠のようにも見える牢の中で怯えたように立ち尽くしている。
羽をしまった今、外見上は普通の人間にしか見えないし、そうして大人しくしていれば可愛らしい女の子なのにね。
アレク様からアレ呼びされるとは、彼女もずいぶんと嫌われたものだ。
「もしかして、大騒ぎしましたか?」
「そうだね。牢番曰く、うるさくて仕方なかったらしいよ。ちなみに半分は君に向けた怨嗟だったようだけど……彼女は敵認定した相手をとことん攻撃する性格のようだし、君も大変だ」
「彼女の性格を知るために敵認定させたのはアレク様でしょう?」
トウカは私がレンカだと気づいていないようだった。
つまり羽を持たない見知らぬ人物に地面へと叩き落とされた事が不満なのだろう。
あんなに人の話を聞かない子だっただろうか?
追い詰められた獣のように誰彼かまわず牙を向く。
昔から負けん気は強かったが、誰も止めないせいでより拍車が掛かっているみたいだ。
あの気の強さで、お嫁にと望んでくれる相手はいるのだろうか?
……もちろん他人のことは言えないが。
「それにしても見ず知らずの相手にまで八つ当たりとか。元妹が御迷惑をお掛けし申し訳ありません。」
「へえ、アレが君の話していた例の妹なわけか……報告によると若く見目のよい騎士の言うことは大人しく聞くみたいだから、ずいぶんと裏表のある性格をしているようだね。いっそ、うっかりとか燃やしてしまえばよかった。今なら証拠隠滅も余裕だしね」
アレク様はほんの少しだけ唇を歪める。
出たよ、外面王子。
「アレク様、お願いですから物騒なことを王子仕様のままで呟かないで下さい。実物を知った世の女性達が嘆き悲しみます。」
この人は煌びやかな外面の下にドロドロとした闇を抱えている。
今だって混乱した状況をなんだか面白くなりそう、とか思っているに違いない。
ああ、どうしよう。
煽って面倒なことにならないといいけれど。
「翼人の国では鷹の羽を持つ者は数が少なく貴重な戦力として大切にされていましたからね。望みもしないのに自由を奪われているという状況が許せないのでしょう。」
「ふうん、羽の種類だけで人の価値が決まるのか……なるほど、彼らとは価値観がずいぶんと違うようだね。傲慢というだけでなく、知らなかったからという理由だけで何をしても許されるとでも思っているのかな?」
「翼人の国では、鷹の羽を持つというだけで周りが彼女に合わせてくれていました。閉鎖的な環境したし、誰に従うのが有利なのかは明らかなので、気を使うということがあの子にはできません。だから特別な配慮が必要と思われる状況は不得手でしたね」
トウカの周りには、彼女の取り巻きみたいな人達がいた。
彼女のわがままを咎めるどころか、助長するようなことばかりいう無責任な連中だ。
しかもトウカの知らないところで彼女の名前でいいとこ取りみたいな姑息な真似までしていたようだし……。
ただ大抵の場合は許されても、許されない場面も当然のようにあった。
私がトウカの後始末をしていたのだからよく覚えている。
原因はたいてい、トウカの不用意な発言や行動のせい。
行状を聞けば叱られて当然という内容ばかりだ。
そういうときに限って両親からは『姉なのだから当然』と謝罪に出向くよう強要される。
一方的にこちらが悪いので怒られるとわかっているからだろう。
トウカには遠慮している翼人達も、相手が私となると急に強気になる。
そしてさんざん私を怒鳴って怒りがおさまったところを見計らって、トウカが涙ぐみながら『悪気はなかったの』と姿を現せば相手も許していいかなという気持ちになるのでちょっと小言を言われるくらいですむ。
最終的には『トウカを見習いなさい』とまで言い出す相手もいて、何度言葉を失ったことか……。
私が叱られればトウカの名誉に傷はつかないし、翼人達もガス抜きができるから私以外の皆が幸せ。
それを知っているから、両親は私を謝罪に向かわせるのだ。
国外追放と決まった背景には、こういった無関係の事案も私の咎として加味されたのだろう。
なんであんなひどい扱いをされてまで、翼人の国に住み続けていたのかな?
今思うと、心底不思議でならない。
とはいえ理不尽を甘んじて受け入れていた私も異常だけれど、何が悪かったのかを学ぶ機会を奪われたトウカもある意味では可哀想だ。
当時の私は翼人の国以外を知らなかったから、あの国が世界の全てだと思っていたのだろう。
だから必死でしがみついていたけれど、国を出てみれば世界はもっともっと大きく広がっていた。
それに自由だしね。
お肉が食べたいときに食べたいだけ食べられる、ワムシャリア王国バンザイ。
「それにしても顔は見えなくとも会話は交わしたというのに、君だと察せないとはね。生き残った君が足元に住んでいるとは全く考えていないのかな?」
「両親は常々私のことを怠惰で軟弱と言い続けていましたから、怠惰で軟弱な私が自力で山を降りて生き残るとは想定していないのでしょう。他の翼人もきっと同じ感覚だと思いますよ」
「君は華奢な体型なのに意外と頑健なのだけどね? 風邪が流行っても一人だけ掛からなかったし」
「精霊術の恩恵でしょうね。無意識に自己修復しているのだと思います。それに最近はちゃんとご飯も食べられていますし、耐性も今まで以上についたような気がします」
「つまり軟弱というのは彼らの思い込みということだね」
アレク様の言葉に思わず苦笑いを浮かべる。
彼女が私に気がつかなかったのは何故だろうと思っていたがそういうことか。
ローブは被っていたけれど、性別も、声だって偽っていなかったのにね。
……それとも私に恨まれているとは思いもしなかったのかしらね?
いくらなんでも、そこまで鈍感ではないだろう。
それなら逆に彼女の神経の太さに感心する。
「たしかに図太そうだよね。」
「……それはまだ口から出ていないやつです。お願いですから心を読まないでください」
「顔に出やすい質なだけだよ、君が」
アレク様は微笑んだ。
心臓が激しく鼓動を刻む。
さきほどのやり取りのあとでは破壊力が増すというもの。
表情を隠すため、私は顔を背けた。
なんだかんだ言いながらもアレク様には感謝している。
他人との関わりを避ける傾向のある私が問題なく暮らしていけるのは、彼が足りない部分を補ってくれるから。
でも表情に出にくい彼が腹の底では何を考えているのか読めなくて、ときどき不安になる。
彼の優しさは私を利用するためのものではないかと疑ってしまうのだ。
タンガと、同じように。
私は部下として一歩身を引き礼儀正しく彼に頭を垂れた。
「どうした?」
「アレク様の聴取が済んだらでかまいません。彼女を私に引き渡していただけませんか?」
「身柄を預かって、どうするの?」
「問答無用で、お山に帰します」
時刻はすでに夕刻。
今頃父母や、仲間達は彼女が帰らないと騒いでいるに違いない。
彼らが襲ってきても返り討ちにできる自信はあるが、あえて揉めるほうが面倒だ。
さくっと転移して、集落の近くにでも置き去りにしてしまえばいい。
もう大人だし、遅くなった言い訳くらい自分で考えられるだろう。
「連れてまいりました」
アレク様は牢番に引き出されてきたトウカと机を挟み向かい合う。
私は彼と向かい合うような位置でローブを纏ったままトウカの背後に控える。
トウカは私に怯えたような視線を投げ掛けた後、アレク様の前に立つ。
そして彼の顔をまじまじと見て、呆けたような表情に変わった。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん」
「あの……あなたは?」
頬を赤らめながら発したその声が甘い蜜を含んだように思えて、眉を顰める。
ローブの影からアレク様を観察すれば、よそ行き仕様の麗しい笑みを浮かべていた。
理想の権化、降臨。
誑し込んで、事情を聞き出す気か。
作った笑顔とわかっていても、少しだけ胸が痛む。
「私はアレク。この一帯を統治する領主に連なる者だ、それで君の名前は?」
「わ、私のことはトウカとお呼びください!」
頬を上気させた彼女は、恥じらいつつ、上目遣いでアレク様を見つめる。
確認するように彼が視線を向けたので頷く。
私はローブの内側で、ため息をついた。
トウカ、あなたってばチョロ過ぎじゃないの⁉︎
偽りで飾り立てられたようなアレク様の見た目に、あっさり籠絡されてどうするのよ。
裏を返せば彼女は好意的に扱われることに慣れているのかも知れないが……。
アレク様はさり気なくトウカを誘導する。
「では教えて欲しい、トウカ嬢。どうして君は我が領地の上空を飛び回っていたのかな?」
「もちろんお答えします。が、その前に……」
トウカは恥じらうように微笑んだ。
それからさも怯えたような仕草で、ちらりと私に視線を投げ掛ける。
「あちらのローブを着た人が怖いのです。全てお話しする代わりに、あの人を退出させて下さいませんか?」
アレク様が私に視線を投げかけた。
それを退出の合図と思った私は意向に従うためと頭を垂れる。
だがアレク様は、首を振った。
あら、出て行かなくて良いということ?
彼はわずかに微笑むと、一際、穏やかに言葉を紡ぐ。
「すまないね、あの者は私の護衛なのだよ。だからここから外すことはできない」
「そんな……私はあの人に殺されそうになったのですよ⁉︎こんな状況では、怖くてお話しできません!」
「あの者は私の指示に従っただけだ。兵士が精霊術で地上から君に呼び掛けたけれど応答がないということで、直接この者を迎えに行かせたのだよ。君がこちらの求めに応じて自主的に降りてきてくれれば無理やり捕らえるような真似はしなかった」
「呼び掛けなんて聞こえませんでしたし、あの人からも迎えにきたなんて趣旨のことは言われませんでした!信じてください!脅されて、無理やり連れてこられて……私、怖くて怖くて……」
トウカは瞳を潤ませ、両手を胸の前で重ねる。
本当に聞こえなかったのか、もしくは言われていない振りをした方が得と判断したか。
偽りとわかっていても、彼女の懇願する仕草は大層可憐で、哀れを誘う。
大抵の翼人はこれでトウカの言うことを信じてしまうけれどね……。
白々しい。
私はポケットに仕舞っている記録用の呪具を確認する。
うん、ちゃんと動いてるわね。
これは体内に満ちる力を動力として作動し、会話を録音するもの。
上空でのトウカとのやりとりも当然これに録音されていて、音源はアレク様に提出済みだ。
交渉事には記録用の呪具は必須で、嘘やごまかしはきかないというのが、この国では常識なのにね。
これだけ堂々と嘘をつかれると、一瞬、こちらが間違ったのではないかと疑ってしまう。
アレク様も同じことを思ったようで端正な顔に苦笑いを浮かべた。
夕闇が迫り、誰も何もせずとも灯りがついた。
これも採光の効果を付与した呪具の一つにも関わらず反応がないことから、トウカはこの部屋に散りばめられている他の呪具の存在にさえ気がついていないらしい。
そもそも翼人の国の知識は遅れている。
というよりも、進歩する世界に取り残されているのだ。
地上に関する知識だって、百年前に戻った賢者様が持ち込んだという情報を最後に更新されていない。
記録用の呪具も比較的新しい部類に入る技術であるし知らなくても当然かな、とは思う。
ただ、呪具の存在に関係なく嘘はダメよね。
何ともいえない微妙な空気が屋内に充満する。
それをトウカは自分にとって都合のいい方へ解釈したようで、再び語気を強めた。
「他国の人間に怖い思いをさせて、さらにこんな差別的な扱いをするなんて……常識的に考えておかしいです! 謝ってください!」
……無意識のうちに手が伸びて、気がつけば私は額を押さえていた。
この状況は、家族として相当恥ずかしい。
トウカ、お願いだからあなたの偏った世界観で常識を語らないで。
微動だにしなかった私が突然動き出したことに、トウカがあからさまにビクッとするけど、それを気にする余裕はなかった。
今なら賢者様の『この国の常識は通用しない』という助言がどれほど大切だったかがわかる。
常識を語られたアレク様は一瞬目を丸くしたけれど、逆に面白がっているような表情だ。
「君の言い分はわかった。けれど、こちらとしては我が領の上空を飛び回る君が害悪を持っていないと判断できないからこそ、致し方なくとった措置なのだが、それについてはどう思う?」
「話もせずに敵と決めつけるのが、そもそもの間違いなのです。ですが地上の生き物は愚かだから、よく大きな間違いを犯すとも聞いています。この場で謝罪していただけるなら許してあげてもいいですよ?」
だから、なんでそんなに上から目線なわけ?!
アレク様の肩が小刻みに震えているのは笑いをこらえているからだろうか。
今からでも血の繋がりを否定したいのだけど、もう無理かなぁ…。
そっと夜空の星を見上げる。
「そう。なら君は自身に非があった訳ではないと主張する、そういうことでいいかな?」
「もちろんですよ!!」
「それならば、むしろ下手な隠し立てをせずに事情を全部話すべきだよね。もし困ったことがあっての行動ならば、こちらが協力できる事もあるかもしれない」
アレク様は笑みを浮かべ、柔らかい口調で諭す。
当然彼も謝罪はしない。
だってこちらにも非はないのだから。
適当に持ち上げて、目的を聞き出すつもりなのだろう。
こういう駆け引きに疎いトウカはアレク様の態度を自分にとって都合のいいものと解釈したらしい。
一瞬浮かんだドヤ顔を不機嫌そうな表情で隠した。
そしてもったいぶったように口を開く。
「婚約者を探しにきたのです」
「そう、それで婚約者の名前は?」
「タンガといいます」




