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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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少しだけ、昔話を

下書きがたまってしまったので、書き上げたぶんだけ順番に投稿します。

ストックが切れたらのんびりの投稿になりますので、ご理解ください。


(はね)を失った日から、私は人として生きることに決めた。



少しだけ、昔話をしよう。

私が生まれ育った場所は、人が立ち入ることのできないような険しい山の上にあった。

全ての者が背に何らかの羽を持っている、翼人(よくじん)の住む国。

翼人とは言葉の通り、背に鳥の翼を持つ人のことだ。

使わない時は肌に模様として刻まれていて、飛ぶと願えば本物の翼になる。

翼があって空を自由に飛び回るなんて、まるで夢のようでしょう?


戦闘能力が高く、肉体も頑健な鷹の羽を持つ者。

視力がよく、高い知力と洞察力に優れた(からす)の羽を持つ者。

物作りが得意で、繁殖力の高い雀の羽を持つ者。


そんな翼を持つ者に混じり、()()()を持つ者がいた。


個体数が少なく、希少。

血統に関係なく、まるで降ってくるか、湧いたかのように生まれる。

蝶の翅は色合いも柄も千差万別、日に透ければ幻想的でとても美しい。

だが遥か彼方まで飛ぶ事もできず、天高く飛ぶこともできない。

翅は際立って美しいだけで、耐久性が低く脆いからだ。


翼人の国に生まれながら、翼を持たない翼人の半端者。

時代を重ねるに従い、蝶の翅を持つ者が()()()()と呼ばれるようになるのは、逃れようのない宿命だったのかも知れない。


−−−−−


ふわふわ、ひらひら。

レンカは今日も小麦畑の水やりに勤しむ。


「立派な骨格と羽で風を掴むためにある翼と、風に逆らわず身を任せるためにある翅を同列に扱うことが間違いなのよ」


腹立たしげに小麦に水をやれば、そうだ、そうだと言わんばかりに穂が揺れる。

翼人の食事は人の子と変わらない。

森に住む動物肉や魚、穀物に果物。

鷹の翼を持つ者は空中から狙った獲物を狩り、鴉の羽を持つ者は罠を仕掛けて獲物を捉える。

手先の器用な雀の羽を持つ者は衣服や生活用品を作り出し、穀物や果物の種を植えるための畑を耕す。

そして数少ない蝶の翅を持つ者は、数の多い雀の羽を持つ者に交じり種を植え、収穫の手伝いをする。

ただ重い物を担いで飛ぶことは出来ず、大量に物を運ぶこともできないため、あくまでも手伝うだけだ。


「おい、役立たず!!ふわふわするな、まっすぐに飛べ!その程度の水やりなんかとっとと終わらせろ!」

「はい、はい」

「そっちが終わったら、あっちの畑にも水やりしておけよ!いいな、役立たず!」

「……」

「班長、真面目に働いた俺達は休憩しましょう。」

「そうだな、トロくて遊んでいるだけの役立たずとは違うからな!」


雀の翼を持つ者達があからさまに蔑んだ表情でレンカを指差す。

途端、弾けるような笑い声が上がった。

遊んでいる、というのは完全に言いがかりなのだが面倒なので無言のまま受け流していた。

残念なことに、数は力だ。

初めは言い返していたけれど、彼らからの反発と嫌がらせが激しくなり面倒で止めた。

だが甘んじて受け入れてはいても、心中まで同じとは限らない。

遊んでいるのは、どっちよ。

畑を見比べて胸を張る。


昔から自分の区画だけは水をやるだけでもよく育つ。

同じ手順を踏んでも、彼らの畑の小麦は()()()()にしか育たない。

それが悔しいから彼らは自分達の畑の水やりを彼女に任せるのだ。


それなのに口を開けば、役立たず、役立たず。


蝶の翅を持つ者にだって、何かできるはずよ。

……何ができるかなんて、わからないけれど。

レンカは唇を噛んだ。


「あら、姉さん。また居残りなの?」


妹のトウカが空を駆けるようにして降りてくる。

運命とは残酷なものだ。

姉妹でもトウカの羽は鷹。

鷹は鳥達の頂点に立つべき存在だ。

ゆえに蝶の翅とは別の意味で貴重な存在だった。

その感覚に慣れている彼女は無邪気な様子で私に言い放つ。


「努力が足りていないのよ。もっと羽を力強く動かすことはできないの?高く飛ぶには、もっと強く風を掴まなくちゃ!」


()()()()()()()

トウカは強く地を蹴り、たちまち天まで駆け上がる。

選ばれし者の羽を、強くしなやかに羽ばたかせて。

陽の眩しさに目を細めたレンカは深くため息をついた。


誰も見せてなんて頼んでないのにね。


蝶の翅は華奢だから、あんなふうに風を掴んだら破れてしまう。

高く飛んでは風圧に負けて折れてしまうだろう。

トウカの教えてくれる努力は、私にはできない類のものばかりだ。

先ほどまで私を馬鹿にしていた雀も、彼女が力強く飛翔する姿に憧れの眼差しを向ける。

翼ある者が、自分より高く遠くまで飛べる存在に憧れるのは道理なのかも知れない。


「ありがとう、トウカ。参考にはさせてもらうわ」

「うん、がんばってね! 姉さんなら、きっとできるよ!」


どこまでも愛らしく邪気のない表情で、トウカは微笑む。

押し付けがましくとも、その助言が彼女の善意からくることに違いはない。

適当に聞き流せばいいのに、それができない私はなんて未熟なのだろう。

そして偽りの感謝を述べ、やり過ごすだけの私はなんと弱いのか。

私の複雑な感情には気がつかない様子でトウカはにっこりと微笑む。


「私、頑張り屋の姉さんが大好きよ!!」


彼女はこうやって無駄と思える助言をしたあと、必ず私を好きだと言うのだ。

レンカは苦笑いを浮かべるだけで、同じ感情を返すことはないというのに。


残念なことにね、トウカ。

私は未熟で弱い私自身が大嫌いなの。

俯くものかと見上げた視界に、揃って降りてくる父と母の姿が映る。


「ここにいたのか、トウカ。狩りが終わって疲れているだろうし、家に帰ろう?」

「ええ、父さん! 今、姉さんに飛び方を教えていたのよ!」

「お前は優しい娘だね、私達の自慢の娘だよ。まさに翼人の頂点に立つに相応しい存在だわ」


にこやかな父と嬉しそうな母が慈しむような視線をトウカに注ぐ。

仕事の帰り道にトウカを見かけたようで二人ともに満面の笑みを浮かべていた。

レンカには決して向けない笑顔だからすぐわかる。

昔からのことで、今更何も思うことはないし、胸の痛みにも今は慣れてしまった。

ただ放っておいて欲しいだけ。

そんな願いも虚しく、二人は厳しい眼差しをレンカに向けた。


「レンカ、遊んでばかりで他の方に迷惑を掛けているそうじゃないか。姉なのに、いつも一生懸命働くトウカに対して申し訳ないとは思わないのか?」

「同じように育てたはずなのに、どうしてこんなに怠け者なのかしら?」


不本意とでも言うように二人揃ってため息をつく。

鴉の羽を持つ父と、雀の羽を持つ母。

二人共に翼を持つ者であるが故、鷹の羽を持つトウカを溺愛するのは仕方がないと思える。

そして植えつけられた固定観念から、私を役立たず扱いするのも不思議ではない。


だけど実績を上げても怠けていると評されるのは不本意だ。


小麦の収穫量だけなら、レンカの手掛けた区画が一番なのだから。

レンカは自分の成果にも気付いてもらいたくて足元の小麦を指差した。


「父さん、母さん、この区画の小麦を見てよ。全て私が育てたのよ? 他の畑の物より立派でしょう?」


そうだ、そうだとばかりに、風もないのに小麦がゆさゆさと揺れる。

途端、両親からは嫌悪に満ちた視線が注がれた。

そして厳しい言葉で叱責される。


「他人の成果と比べるような真似をするなんて、気高き鷹の羽を持つトウカの名誉に傷がつく真似がよくできるな!」

「そうよ! 皆、一生懸命育てているのよ? それなのにどうしてそんな浅ましい事を言うのかしら? それが傲慢だということがわからないの?」


トウカと()()()批判した人達とは思えない台詞だ。

だけど彼らが私を理解できないのも当然かも知れない。


父さん、母さん。

たぶんそれは私が蝶の翅を持つ者だからだよ。


翼を持たない私には高く遠くまで飛ぶ憧れなんてない。


そんな声にならない言葉を飲み込む。

言っても理解できないのだから、言わなくとも同じだ。

圧倒的少数である蝶の翅を持つ者が声を上げても、翼ある彼らが真摯に受け止めてくれるわけがない。

当たり前のことだとわかっているのに、どうしても悔しくて気がつけば口を開いていた。


「何もしていないわけではないことを、知ってほしかっただけよ」

「親にむかって口答えするなんて、生意気な!」

「心まで醜いなんて。これだから蝶の翅を持つ者は救いようがないと言われるのよ」

「そんなこと言わないで、二人共。姉さんは、これから()()()()()()()頑張るって約束してくれたのだから、今はそっと見守ってあげましょうよ!」


今までの努力は何だったのだろう。

私が悪いと言わんばかりのトウカの台詞に思わず天を仰ぐ。

彼ら翼を持つ者からすれば、ふわふわと風に逆らわず飛ぶ蝶が遊んでいるようにしか見えないということには気付いていた。

だけど自分達とは違う飛び方をするだけで遊んでいると判断する、その思考が理解できなかった。

トウカの台詞に悪気がないことに気がついて、静かに絶望する。


ああ、嫌だ。

ただ翅を持って生まれたというだけで家族からも認められない。

家族であっても理解できないのならば、この国には居場所がないのと同じじゃないか。


「レンカ、大丈夫か?」


沈んだ心に、低音が心地よく響く。

家族とは違う方向から声が聞こえたので振り向くと、そこには彼が立っていた。

見慣れた黒い髪と瞳に、困惑したような笑みを浮かべている。


彼の名は、タンガ。

文武両道、精悍な顔立ちに漆黒の鴉の羽を持った、将来を嘱望される幼馴染だ。

中立の立場で私と家族の仲を取り持とする、唯一の存在。

もし私に味方と呼べる存在がいるとすれば彼だけだ。

鴉の羽を持つ者の中でも群を抜いて聡明であり、ゆくゆくは賢者の称号を受け継ぐだろうとされている。

背はすらりと高く、鴉の羽を持つものに相応しい強くしなやかな肉体を持ち、顔立ちも整っていた。

当然の結果として女性にはよくモテる。

そしてどうやらトウカもその魅力に囚われた者のひとりらしい。

私の隣で頬を赤らめ、瞳を潤ませながら彼に熱い視線を注いでいる。

そしてトウカの様子を微笑ましく見守る両親。

黒髪に黒目で父譲りの色合いが陰鬱な雰囲気を醸し出すレンカと違い、トウカは母譲りの明るい茶色でふんわりとした雰囲気の愛らしい顔立ちをしていた。

しかも鷹の羽を持つことから、とても男性受けがよい。

その彼女が好意を示すのだから喜んで受けるかと思っていたのだが、タンガは全くと言ってよいほど興味のない様子で、誘われても当たり障りのないように上手く断っているらしい。

レンカも幼馴染として彼が(つがい)に誰を選ぶのか目下気になる相手ではある。


そのタンガが自分からレンカに声を掛けたのだ。

途端に様々な種類の視線が突き刺さる。

あとで面倒なことになるのはわかっていたが、無視するわけにもいかない。

仕方なしに、こちらも当たり障りのない態度で応じた。


「ひさしぶりね、タンガ。」

「何か困ったことがあったのかい?」

「大丈夫よ、いつものことだから。」


私の言葉にタンガは表情を曇らせる。

そう、こんなやりとりはいつものことだから今更思うことはない。


「あれ、この畑は君の担当する区画ではないだろう? なぜ水やりをしているの?」

「彼らが休憩時間を取るから、代わりに水やりするように頼まれただけよ」


言われたとおりに、そう答えた。

雀達が睨むが、嘘を言ったわけではないし全て本当のことだ。

第一、優しくもない彼らをかばう義理もなければ誤魔化す理由もないじゃない。

意地悪をするのなら、それくらい彼らも察して欲しいものだ。


「ふうん。それでレンカは休憩時間を取ったの?」

「まだよ」

「なら休憩時間にしようか。」

「いらないわ、いつも遊んでいるだけのくせに生意気と叱られるだけだから」


これには父と母が軽く睨んでくるが、遠慮なく同じ視線を彼らに跳ね返す。

自分達が娘に対してそう言ったじゃないの。

途端に父と母は視線を逸した。

レンカは訝しげに眉を顰める。

悪いことをしているなんて欠片も思っていないだろうに、昔から父と母は私と視線を合わせることをしない。

実の子であっても、蝶の翅を持つというだけでそんなに憎めるものなのだろうか。


「労働には休憩が必要だよ。ちょうど君に聞きたいこともあったし俺が彼らに話してくる」


そう言って、タンガは雀の羽を持つ者達の方へと向かう。

良い意味で有名人のタンガに頼まれては彼らも断りきれなかったらしい。

普段は休憩時間など頼んでもくれないのだが、あっさり許可が出た。

日陰のほうを指すタンガの背中についていこうとしたところ、今度は袖を引っ張られる。

振り向けば、そこにいたのはトウカだった。


「姉さん、私も一緒にいていいでしょう?」


常識的にはタンガに聞いてからでないと駄目よね。

輝くような瞳で懇願する妹には申し訳ないけど、まずは彼に都合を聞いてからだ。

そう答えようとしたところで、なぜか両親が頷く。


「行っておいで、トウカ。彼なら父さんも大歓迎だよ」

「ええしっかりね、トウカ。可愛らしいあなたなら大丈夫よ!」


なにが大丈夫なものか。

トウカ命の二人の頭からは、礼儀というものがすっぽりと抜け落ちているらしい。

困った顔で彼を振り向けば察してくれたようで苦笑いを浮かべながら頷く。


「いいみたいね。じゃあ行きましょうか、トウカ」


その瞬間、険しい表情をした母がレンカの腕を掴む。

彼女の背後では父も同じような表情をしていた。


「何言ってるの、レンカは家に帰るの? いいこと、トウカ。聞かれたらレンカは体調不良だと答えなさい」

「はぁい、母さん。姉さん、代わりに行ってくるね!」

「は? 母さん、何言ってるのよ。ちょ、ちょっとトウカ?」


家族の理解不能な態度に固まる。

先ほどまで元気一杯に働いていた私の、なにがどうしたらそうなるの?


「姉として、妹の恋心が叶うように応援するのが情というものだろう」

「あなたって本当に気が利かないのだから。あなたなんかを嫁にもらってくださるような人格者はいないのだから、誰からも愛される鷹の羽を持つ妹に機会を譲ればいいの。役立たずでも、それくらいはできるでしょう?」


もちろんトウカの恋心は応援したいけれど、それとこれは別だ。

しかも母の言葉は血の繋がった娘に向けるものではない。


「そもそもタンガは私に用があるのであってトウカにではないのだけれど?」


他にも言いたい事はあったけれど、それを飲み込んで常識的な内容に留めたのは、せめてそれくらいは理解して欲しかったから。

こんなあからさまに差をつけて、本当にこの人達は私の生みの親なのか。

それに普段は家族として役立たず扱いなのに、こういう時だけ姉としての役割を果たすように求めるのは理不尽というものだ。

呆然とする私の視線の先ではトウカが彼に駆け寄り、周囲の人間に聞こえるよう大きな声で言った。


「タンガ様、申し訳ありませんが姉は体調がすぐれないようです。ですから姉は自宅で休養しますので、代わりに用件を伺うように言われてきました」


うわ。

あの子ってば、しらっと嘘ついたよ。

途端、何があったのかを察したタンガの表情が曇る。


それもそうだろう。

彼が私に声を掛けたのは蝶の翅を持つ者が不当な扱いを受けていないか確認するためなのだから。

知的能力の高い(からす)の羽を持つ者の中から選ばれる()()

彼らの役割は翼人が羽の種類に関係なく、同じ場所で平和に暮らせるように仕事の分担や果たす義務を調整することだ。

偏れば、それがいつしか(ひずみ)となり争いに発展する。

そうならないようにするのが彼らの役割であり、少数派で虐げられることも多い蝶の翅を持つ者の意見をすくい上げて、反映させるのも彼らの役目なのだという。

だから頭の良し悪しだけが賢者に選ばれる理由ではないのだと、誇らしげにタンガは言っていた。

そんな調停者の役割も担う彼の目の前で悪意なくついたトウカの嘘に対し、彼は何を思うのだろう。

翼を持つ者の論理は、蝶の翅を持つ者が役立たずだから差別して当然。

彼らにとって差別することは当たり前なのだからそれは悪意ではない。


そう、質が悪いことに父と母と妹の行為には悪意がないのだ。

ただ私に対する配慮と愛がないというだけで。





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