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「何かあるに違いない」

作者: コトサワ

短いお話です。よろしくお願いします。

春から初夏。彼はとてもその季節が好きだ。なぜって草木の茎がギューンとのびる。黄緑の新芽が出、若葉がひらく。花が、急に咲きみだれる。それは美しい光景。

花は、なんと美しいのだろう。この美しさ、何かあるに違いない、と彼は思う。

だっておかしいじゃないか。あんな小さい、真っ黒い種から出てきて、あんな茶色いだけの土の養分で? なぜあの色 あの形 あの匂い。


小学生の時、種を割ってみた。何もない。土をほじくりかえしてみた。虫なんかが出てくるが、それだけだ。


中学生の時 一つ お?と思う要素があった。土の中に金色の破片が混ざっている。人工物のようでないのに金色に輝く薄い破片。これか⁉

しかし植木鉢の中の全ての金片を取りのぞき種を植えても花は咲く。かわらず美しく。やはりこれでもない。

花だけではない。水族館に行く。ピラニアが あんな恐い顔をして、でもウロコがあんなに美しいのは、何かあるに違いない。

春だけではない。冬になると雪が降る。よく見ると、スゴイ形をしている。何もないとは思えない。

地上はナゾにみちている。彼は常につぶやいてしまう。

「何かあるに違いない。」


高校生になっても 彼の頭の中の口ぐせは

「何かあるに違いない。」

なぜ "頭の中の" 口ぐせなのかというと、彼がじっと物を見てそうつぶやくと まわりのクラスメイトらが「気持ち悪い」「不気味」と言う。かなりの確率で そうささやかれるのに、彼が気付いたからだ。気持ちの悪いのはよくないな と思った彼は、この頃は頭の中でつぶやくことにしている。

花のナゾは依然としてとけず、とけぬままに その他のナゾの数はどんどん増えてゆく。


とけぬナゾが また一つ増えたなぁと彼が考えている時、小中高と同じ学校の佐藤君が こう言った。

「おまえ、彼女のことが気になるんだろう。」

「どうして わかる。」

そう。増えた とけぬナゾは彼女。

「どうしてって。」

佐藤君は笑った。

「そんなに見ていたら 誰だってわかる。」

「そうか。わからないので つい見ていた。」

「何が分からないんだ?」

「彼女はすごい美貌、てわけでもない。」

「...失礼だな おまえは。」

「そして きわめて聡明、ってわけでもない。」

「本当に失礼。」

「なのに とても目を引く。」

「...ほう?」

「彼女には、何かあるに違いない。」

「ははは」

佐藤君は笑って言った。

「彼女のことが とっても気になるってことだろ。」

「そうだ。」

「とっても興味がある。」

「そう。」

「彼女のことが知りたい。」

「ナゾだからね。」

「それは恋だ。」

「..........コイ?」

「イヤな感じで気になるんじゃないだろう?」

「イヤな感じはないよ。」

「見ていると いい気持ちがしないかい?」

「悪い気持ちではないね。」

「恋だ。」

「そうだろうか?」

彼は首をかしげた。よく分からない。

「とにかく、彼女のことが知りたいのなら 交際を申し込めばいい。表面をいくら眺めていたって何も分かるもんか。つき合って内面を見なくちゃ。」

「なるほど。」


彼は彼女に おつき合いを願い出た。

「ぼくは君には 何かあるに違いないと思う。その何かが よく分からない。それを知りたいので おつき合いしてくれませんか。」

彼女は 目をいっぱいに見ひらいて彼のことを見返したので 断られるかなと思ったら、彼女はこう言った。

「いいよ。」


二人はつき合い始めた。デートの場所は水族館が多い。ピラニアの前では必ず長く、彼は立ち止まった。

「ピラニアが好き?」

「いや。ナゾなのだ。このウロコの美しさ。何かあるに違いない。」

彼女はクラゲの水槽の前で長く立ち止まる。

「君はクラゲにナゾを感じるのかい?」

「いいえ。ただ好きなのよ。」


ある日 彼に佐藤君は言った。

「つき合い出して、彼女のこと どんどん好きになってるだろう。」

「つき合ったらナゾがとけると 佐藤君は言ったよね。」

「そのようなことを言ったよ。」

「ナゾは深まっていく。」

「恋してるからだよ。」

「そうなのかな。」

彼は首をかしげた。やっぱりよく分からない。

「君のナゾは」

と佐藤君は言った。

「どうして彼女が気になるんだろう。どうして彼女のそばにいたいと思うんだろう。と いうことだろう?」

「そうだ。」

「小学生の時に言ってた、花のナゾはとけたのかい? "花には何かあるに違いない。" 何があった?」

「佐藤君はそんなことを覚えているのか。」

彼はちょっと驚いて

「とけないよ。花が咲くごとに今もナゾ。」

「とけたら彼女に教えてやってくれよ。」

「彼女に? 彼女も花をナゾに思っていたと?」

「学校は高校ではじめて一緒になったが、彼女のことは小さい頃から知っていてね。」

「へえ?」

「彼女はオレのいとこなんだ。」

「え!? そうなの?」

「そうなんだ。小学生の頃に君の話をしたらね、」

「ぼくの話? 」

「そう。花を見て、何かあるに違いないと何度も言ってた君の話。」

「..........不気味なヤツの話? 」

佐藤君は真面目な目で彼を見た。

「不気味なもんか。彼女は君の話を聞くのが好きだった。オレは君の話をするのが好きだった。」

「ふうん.....。」

意外な事実だった。やっぱりこの世はナゾに、みちている。彼はそう思った。不思議に嬉しいナゾだ。美しいナゾに、みちている。


今日は彼女と二人で植物園に来ている。

美しく咲きみだれる花を見ながら 彼は彼女に聞いてみた。

「ぼくは花には何かがあるに違いないと思う。でも このナゾはもしかしたら永遠に、ぼくにはとけないかもしれない。佐藤君に聞いたけど、この答えを君は知りたいんだろう? ぼくとつき合っていても ぼくは答えにたどりつけないかもしれない。ずっと分からなくても、君はぼくと つき合い続けてくれるのかな。」

「花には 何かあるのよね?」

「絶対、何かある。」

彼女は心から嬉しそうに笑って 大きくうなずいた。


実は 何があってもなくても 彼女にとってはどうでもよい。ただ、「何かがあるに違いない。」と 彼が言ったこの言葉。

小学生の彼が感動とともに口にした、美しい花へ向けられたのと同じこの言葉。まさしくそれが自分に向けられたその瞬間、彼女にとってそれは、究極の殺し文句以外のなにものでもなかったのだ。






  


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