表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

~僕の、高遠城址公園桜の花見輪行記~〈第2部〉

 城址公園入口には大勢の人々が殺到していた。その人の波の頭上を花弁のピンクが覆うように公園全体に拡がる。そのピンク色は頭上だけでなく入口ゲート手前から、人々の足元も彩っていた。まるで、来訪者を歓迎するバージンロードのようにピンクの絨毯が出来て、人々を迎えていた。

 僕等は道を挟んでゲートの向かい側の建ち並ぶ売店の脇にある自転車の駐輪場へと自転車を押した。その場所まで風に乗ってひらひらと花弁が舞い届いていた。花弁のピンク色は、その上に拡がる濃い青色の快晴の空をバックにより鮮やかに映えて見えた。僕達の自転車にはスタンドが付いていないので、駐輪場に立てて置くことは出来ず、外柵に自転車をロックチェーンでくくりつけた。

 すると、売店から若い店員が出て来て「そこの自転車のお兄さん」と、威勢の良い声で話し掛けられた。話を進めるとその人は大の自転車好きで、ダウンヒル競技をやっている人らしい。それで、僕の「ゲイリーフィッシャー」の自転車が気になったようだった。

 僕は、「普段は湘南から三浦半島の海岸線でロードバイクを走らせて居るけど、今日は長野の桜を観たくて、神奈川から車を飛ばしやって来た事、そして諏訪湖畔で自転車を降ろし杖突峠を越えてここまで来た」と話した。更に、

「僕はダウンヒル競技はかじる程度しかやっては居ないが、富士見パノラマスキー場には幾度か来ている」事を話すと、そのコースの話しで盛り上がっていた。その話が高じて僕達はその店で弁当と飲み物を買うことになった。お弁当に、暖かいお茶と、熱々のおでんを頼むと、そのお兄さんがおでんを山盛りにして、「はーい、おまけだよ」と渡してくれた。自転車で走っていたときは気が付かなかったが、じっとしてるとそよぐ風は以外と冷たく、躰が冷えていた。その温かいおでんに感謝しながら、僕達は急いで長袖のジャケットを着てその桜で包まれた世界へと入っていった。

 高遠城址公園は、普段は静寂で長閑な公園であり、出入りも自由な場所なのだが、桜の季節だけは入口に普段は無いゲートが設けられ、入るのに有料となる。入場料を払って中に入って行くと、人がごった返していた。その人々の頭の上に雪の様に、花びらが降り続いていた。桜は満開のピークを少し過ぎ、堪えきれなくなった花びらを落としている。正に今日という日は、「散り際」の最高のタイミングになっている。公園の中の木立は全てがピンク一色にも見える。地面も殆どの場所が濃いピンクの絨毯で覆われていた。

 この園内に咲く「エゾコヒガンザクラ」の花びらはソメイヨシノに比べて濃厚なピンクの色だ。その花びらが無尽蔵に降り注ぎ、積み重なる。また、その花びらが時折吹き抜ける春の力強い風を受け躍動し、再び空へと巻き上がり、そして舞い落ちる。その姿はまるで小さな無数の妖精の舞踏の様であった。

 その花びらに負けない程、大勢押し寄せてくるギャラリー達を掻き分けて、公園内に掛かる紅色の円弧橋の上に立ち、眼下を見下ろしていた。橋の下は細い川が流れ、その河辺の淵周りは、正にピンク一色に彩られていた。その一角、丁度桜の大きな枝の真下の斜面に空いているスペースを見つけ、友人はその場所を指差して「あそこに座ろうよ」と言うので、僕達はその場所へと降りていった。川はその場所の直ぐ下流で、幅を拡げ、流れも淀んで池のようになっていて、その茂みの中からか、カジカガエルの鳴き声がやかましい位に聞こえていた。スロープの様に拡がるその場所は丁度舞い散った花びらの吹き溜まりの様な場所で、数㎝程積もった花びらに敷き詰められていて、僕達はその花びらの景色をなるべく壊さないように近付いて小さなシートを敷、荷物を置いてから腰を降ろした。

 その場所は、斜めであること以外素晴らしい場所だった。地面は降り積もる花びらでふかふかして、陽射しもたっぷりだ。橋の上を行き来する大勢の人々や川の流れ、そして勿論の事桜の花振りと、小さな枠ながらも景色は最高だった。そんな場所が良く空いていたなと、つくづくと思いながら僕等は弁当を拡げた。冷めないうちにと、おでんを拡げる。僕は最初に「竹輪麩」を口に咥えながら上方を見ると、花びらを沢山貯えた木々の隙間を抜ける陽射しが煌めき、それに呼応するように花びらは舞い降りてくる。前方の赤い橋の上の人々が僕達の方を指差して笑っているように見下ろしている。その内、行き場のない人達が座る場所を求めて右往左往しはじめ、その内の何人かが僕達の周りにやって来て、腰を降ろし始めた。僕達の到着が後10分遅ければ、今僕達の居る場所も満員で、それこそ座る場所がなかったのかも知れない。僕達はとてもラッキーなタイミングでこの場所に辿り着けたのだと、天に感謝していた。

 その後、僕は大根と玉子を取り、弁当の上に載せたとき、ふと悪戯な春風が吹き抜け、一気に花びらが小枝を離れ、その弁当の上にもに花びらが降り注いだ。その散り方があまりにも見事で、周りの人からは同時に歓声が上がった。弁当だけでなく、僕等の全身もその花びらを浴びて頭の上は丁度髪飾りを散らしたようになった。その姿をお互いに見て、大声で笑い合った。そしてその姿をデジカメでしっかりとシャッターに納めてから食事を続けた。その間中、引っ切り無しに桜の花びらは舞い、僕達に降り注ぎ続けていた。

 僕等は弁当を食べ終わると、その場所で少し写真を撮ると、立ち上がり、躰に纏った花びらを払い、シートを片付けた。場所が空くのを待っていた親子連れにその場所を譲ると、女の子は嬉しそうな顔でその場所に腰掛け、降り積もった花びらを手で掬って空中へと巻き上げた。花びらは再びひらひらと舞い、その子供の頭上へ舞い降りた。その時の彼等の笑顔と幸せいっぱいのショットが僕の脳裏に焼き付いている。

 「花見」という行事は、元々農耕、特に稲作の豊作を願って、これから先作業が忙しくなる田植え前の一時の労いの為のものであったが、今やそれが農耕とは関係なく季節の歳時記として一般の民でも行われ、日本独特の祭典として確立されている。自分達もその平和で歓びに満ちた時の中に浸って居られるという幸せを味わっていた。

 その後、僕達は城址公園内を1周しようと目論んだものの、昼下がりの余りの人混みに圧倒され、それを諦めて裏門から場外へと出た。すると、その裏参道でも入場待ちの列が延々と伸びていた。出ていく僕等は道を悠々と進む。気が付くとその参道沿いの桜の木は丈が低く、背の届く位置で桜の花は咲き誇っていたので、僕等はその張り出した枝の下に入り込み、桜の花のドームの中へと潜った。

 「凄いね」と、僕が言うと、友人は「それって、花のこと?それとも人のこと?」と聞き返してきたので、僕は「両方だね」と、応えた。

 その裏参道を下った先では、駐車場へと向かうシャトルバスを待つ人の行列が長く出来ていた。ハンドスピーカーを持つ男の職員が

「只今、シャトルバスは、約90分待ちとなっております」と、大声で張り上げていた。顔は必死さが充分に伝わる位ひきっっていた。見学する人も、対応する公園職員も、大変そうで、僕等は「ここまで車で来なくて正解だったね」と言い、道を進んで公園を回り込み、表門へと進んだ。

 表門前の売店にも長い行列が続いていた。先程声を掛けてくれた兄さんはとても忙しく客に対応していて、余裕が無さそうだった。僕等はその店の裏側から、声を掛けた。

「さっきはありがとう。僕等は帰ります。それじゃ」と言うと、彼は手を動かしながらも少し振り返って「又、来年も来て下さいね」と言ってくれ、僕達も「又、来年」と、言ったものの、その約束は果たすことは出来なかった。桜の花も、人との出会いも、一期一会な無常なものだとしみじみと思う。

 その日の帰り道、中央高速のICへと向かう道路は大渋滞だったが、「杖突峠」へ向かう国道は空いていて、自転車は軽快に進んでいく。気が付くとその道の両端にも桜の花びらは積もり、空からも1枚、また1枚と舞い降りてきた。その花びらは僕等を見送るように僕等を追い越しそして地面に落ちて行った。

 帰りの山間の街道はひたすら緩やかな登り坂であった。午後の陽射しを浴びながらその道を息を切らせながら進んでゆく。10分程も走るとあの人混みは嘘のように消え去り、道端を歩く人を垣間見る事も無くなった。そして辺りは静寂となった。

 山間の日落ちは早い様だった。道が日陰になる前に帰ろうと、僕等はスピードを上げた。前方からは友の息遣いが聞こえてくる。長閑で、静かな長い直線道路が前方に続いていた。そしてその道は遙か向こうの青空へと続いていた。まるで長い長い滑走路の様にずっと…

きっと又来られると、その時は思っていた。しかし、とうとうその後自転車で高遠へと出掛ける機会は訪れることは無かった。今から20数年前の出来事のほろ苦い記憶である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ