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~僕の、高遠城址公園桜の花見輪行記~〈第1部〉

自分が30代の時に自転車ツーリングで出掛けた長野県高遠城址公園で観た見事な桜の乱舞の思い出を綴りました。

 僕が未だ30代半ばの頃の事です。僕は友人と2人である年の4月中旬、長野県へと出掛けました。その第1の目的は当時競技挑戦中だった「トライアスロン」における自転車種目のタイムアップを目指した高地トレーニングの為である。

 前年の夏のある日、同じ長野県内にある「乗鞍岳」畳平へとヒルクライムにやって来てはいたのだが、その道路であるエコーラインは積雪の為に7月にならないと開通しないので、他の場所を2人で模索していた。元来自分達は横着で欲張り者であるが故に、ただひたすらに道を走るのでは飽き足らず、他の付加価値を求め一石二鳥を狙う浅ましい気持ちからか、何だかの「眺望」或いは「観光」気分も味わいたいと、


…最も、そうやって走る意欲を奮い立たせていた軟弱なアスリートであった訳なのだが…


 2人で良く検討を重ねた結果、この季節に丁度見頃を迎える「高遠城址公園」の桜の花見に行くことに託ける(かこつける)事に決め、海沿いの神奈川の自宅から四駆を飛ばしてはるばると長野までやって来たのだった。

 自宅を出発したのは午前4時。友は夜遅くまで仕事が有り、禄に寝てないのにも係わらず、頗る(すこぶる)元気であり、充分に睡眠を取った僕よりも張り切っていた。海岸沿いの家から横浜横須賀道路を北上し、先ずは中央高速の八王子ICへと向かう。途中は一般道となるので、信号も多く多少渋滞も有り、思うように車は進まない。一時間以上かかりようやく中央高速道路へと乗った。

 中央高速を快適に飛ばして山へ、西へと向かっていく。途中、夜が明けてきて明るくなった空がその日の好天気を物語っていた。僕達の車は丁度山梨県と長野県の県境近くの諏訪ICで高速道路から降り、そのまま諏訪湖の湖畔へと向かった。

 「高遠城址公園」への最寄りは高遠ICになるのだけれども、そこで降りたのでは単なる観光になって自転車走行の練習にはならない。なので、僕達は湖畔に車を停めてそこから国道152号線を使い「杖突峠」を越え、山間の静かな一本道の街道を進んで高遠城址へと向かう算段である。

 車は諏訪湖畔の駐車場に到着し、車のハッチバックドアを開けて、そこから分解してあった自転車を降ろし組み立てていく。普段なら「ロードレース用」の自転車に乗る僕達だが、この日は友人のたっての希望で、敢えてマウンテンバイクを準備してきた。車重の重いバイクに太いスリックタイアを履かせ、より負荷をかけての有効なトレーニングになると言うのだ。彼はトレックのバイクを準備した。僕も愛用品のダウンヒル用の「ゲーリーフィッシャー」を降ろし組み立ててゆく。ビンディングペダルやタイアを付ければ完成だ。その後、点検しながらギアやチェーンに油を差して自転車競技用のウェアに着替えシューズのストラップをしっかりと閉めた。そして輪行バッグを背負いヘルメットを装着していよいよ出発である。

 僕達の目指す「高遠城址公園」は、現在いる諏訪湖から片道約50キロ程先にある。ネットの情報に依ればその公園のコヒガンザクラは、満開を迎えているとの事だった。その濃いピンクの花びらに包まれた世界を想像して気分はウキウキワクワクであった。

 出発してから暫くの間、諏訪湖の湖畔を進んでゆく。丁度その場所は盆地であり道は平坦なのでバイクは軽快に進んでゆく。

 しかし、暫く走ると目の前には小高い山の稜線が立ちはだかり、間もなく九十九折りの急な登り坂が眼前に迫ってきた。

 「あれが杖突峠への登りだな」と、友が話しかけてきた。僕は、噂には聞いてはいたが、高度差もかなりある急登に思えた。

 別に急登にびびっているわけではない。僕も普段から神奈川箱根の旧街道や、湯河原からの椿ライン、丹沢のヤビツ峠等を走って鍛錬はしてきてはいた。しかし、それらの山は道の全体像を視界で捕らえる事は無いので、走っている内に登ってしまうといった感じで有り、このように全体像があからさまに見えると言うのはなかなか無い事なのだ。その点では、乗鞍エコーラインにも共通している。

 違う点は、乗鞍は道に車は殆ど走ることはないが、この道はかなりの数の大型観光バスが連なって渋滞しているのが見えていると言うこと。狭い道幅の中となるのでは、自転車を左右に振ることは出来ないので、登るのに覚悟が要りそうだ。そして案の定、坂へと向かう道は大分手前からノロノロが始まっていた。恐らくはこの田舎道を走ろうとする車は、全て高遠城址公園へと向かう車なのだろう。仕方ないやと僕等はそれらの車の脇の路側帯をすり抜けたり歩道上を走っていく。普段のロードレース用バイクでは出来ない走りで、友はこんなことも想定してマウンテン用のバイクに替えたのかと思えた。

 いよいよ坂道に差し掛かると、僕達は立ち漕ぎのポジションをとった。車体は左右に少し振らつき始めたが、道幅も狭く混雑の中で、大型バスは側道一杯まで回り込んで進むので、カーブではとても危険であり、僕達は暫くバイクを押して登ることにした。そして、大きなカーブを回り込んだ所で再びバイクに騎乗してペダルを漕ぎ始めた。

「最初からきついな」と、友の口から思わず愚痴がこぼれた。そんな僕等に向かってノロノロと走る観光バスの呑気な乗客が、窓を開いて

「がんばってー」

等と声を掛けてくる。ギャラリーがいるとなってはと、僕等は毅然とした表情となり、2人で「オウ」と言いながら手を挙げると、数人の陽気なおばさま達が車内から手を振ってくれた。

 坂道を登り切ると、丁度道路の右側にパーキングが有ったので、2人はそこへとバイクを向けた。早速の休憩を取る為である。僕達はなんて軟弱なアスリートなのだろうと情けなくも思いながらも、その峠から諏訪盆地を見下ろせる場所へと座り込んだ。

 飲み物を飲みながら、小さく下界の街並みが見える。その眺望の良さに圧倒されてもいた。こういった景色を見る度につくづく人間の小ささを思い知る。そして、思わずこれ程の高低差をもう登ったのかと感慨深い気分の中、思い切り盆地から吹き上げてくる風を吸った。その風は、街並みから吹いてはいるけれど、とても爽やかだった。その眺望点から視線を右に向けると遠くに八ヶ岳の連峰が青い空に向かって伸びていた。僕は以前にやはり自転車で走ったことが有る松原湖からの麦草峠越えの走行を想い出していた。

 友はやっとのことで息遣いも落ちつき、

「ここから先は、高遠までずっと緩やかな下り坂だよ」と、

慰めるように僕に言葉を掛けてくれたが、その言葉を僕は素直に受け取らず、

「ていうことはだよ、帰りはずっと登り坂って言うことだよね」と

言い返し、二人で帰り道のことを思い苦笑いを浮かべていた。

 僕達は再び自転車に乗り込むと二人で横に並んで走り出した。道は峠への登り坂とは打って変わり車は空いていて、友が言っていたとおり道は殆ど平坦にしか見えない緩やかな下り坂となった。路面の舗装も新しくとても爽快な走りである。僕達の横を車線をはみ出して車が追い越してゆく。対向車線からは車は殆ど走ってこない。周囲は小高い山々に囲まれて道の両脇には草花が生え、数軒の家屋と田んぼが連なるだけの長閑な農村のような風景がずっと続いていた。

 15分ほど走り抜けていたとき、国道の右脇の田んぼの先に小さな集落がみえてきて、その山際を通るあぜ道に面して一本だけ際立つ白さが目立つ大きな桜の木が見えてきた。僕達はその木が気になり、予定外だったがそこに寄り道をしていくことにした。

 自転車を降りて、田んぼの中のあぜ道を押しながら進む。いつもならロードレース車に乗っているので、そのシューズの底はビンディングのジョイント部が出ているのでこんな道を歩けやしないのだが、この日はオフロード用のシューズなので、ジョイントが内包されていて土の道を歩くには差し障りがなかった。こんな事が有ろうかと、友が配慮していたのか、それとも偶然かは判らないが、こんな出逢いもあるのだと改めて考えながらその場所に辿り着いた。

 その桜の木に近付いてみると、桜は鎮守の社の入口に立つ枝垂れ桜の巨木で有った。どうやら老木で有るらしく、その花びらはとても小さくて可憐であった。花振りは溢れんばかりに沢山付けていて、その枝垂れる枝先は地面近くまで下がり、僕達は暖簾を潜るようにしてその懐に入り込んでその花を手に取って観た。色は純白に近く透き通るほど穢れのない清潔感。これだけ見事な咲きっぷりに感動さえ覚えた。銘木で有るに違いないけれど、付近には観光客どころか住民も誰一人居ない。考えてみれば、平日の日中であり、住民達は皆仕事に忙しい時間であり、観光で通り掛かる自動車はその車を停めるスペースは何処にも無い場所なのだからまあ無理はないかと、たった二人でその景色を独占して見入った。何て、贅沢な事だろうか。僕は持参したデジタルカメラに何枚も写真を収めた。

 僕達は再び自転車を押して国道へと戻り走り出した。その後はずっと快適すぎるツーリングとなった。風景は全くと言うほど変わり映えはせず、ただ、高遠までの距離を告げる交通標識が、10㎞、5㎞と、カウントダウンが続く。それでも高遠に近づくと道沿いの民家は増えてきて道を走る車の数も多くなった。そして高遠城址まで後2㎞程になった頃から車はノロノロとなり、間もなく渋滞で動かなくなった。走る車の目的地は一緒なのだから混むのは仕方ない。それでも自転車は車と歩道の間の路側帯をすり抜けて進んでいたが、それも束の間、その場所に歩道を溢れた歩行者が埋め始め集団が占拠していて、僕達は仕方なく自転車から降り押し始めた。

「スゲー人数だな」と、友は口にこぼした。流石に観光地であり、しかも桜の花は数日間しか咲かないわけで、その時期だけしか人はこの場所を訪れない。それを判っていて来たのだから当然のことなのである。僕達は走ることをやめて自転車を押しだした。気が付くと僕達の後方にも何台もの自転車やバイク野郎達も居て、皆、渋々と歩き出していた。

 しかしながら人の多さは僕の想像以上であり、溢れる歩行者達は僕等の自転車にぶつかってきて、その内渋滞で停まった観光バスから、その乗客達も大勢その場所で降ろされ始めた。

 その溢れ出た人々に僕達は囲まれてしまうと、その人達はまるで自分達が主役かであるように僕等自転車野郎達に向かって、「あんたら邪魔よ」と、如何にも迷惑です的な冷たい視線を浴びせ始めた。

 僕等はいたたまれない気持ちの中でジリジリと自転車を押していく。すると、前方に公園へ直接登れる近道の階段が見えてきた。階段は少し急ではあったが僕等は歩道へと乗り上げた後、自転車を両手で肩の上に担ぎ上げその階段を二人で登り始めた。

 周りの人達は少し驚いた顔をしていながらも、道を少し空けてくれたので、僕達は勢いよく階段を登りきった。そこから公園へのアプローチとなる車道へと出て、再び自転車を押していく。すると間もなく出店が沢山立ち並んでいる城址公園入口の真向かいにある駐車場へと辿り着いたのだった。

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