令嬢に助け船
令嬢とボンボン。というタイトルから改題し、公爵令嬢とボンボン。にいたしました。
「あいやしばらく」
重苦しい空気の中、エメリッヒ校長が優しげのあるバリトン声でハンスを制する。
「アンネマリー殿は知的好奇心が広く、大きな方なのでしょう。だからつい、禁書を買ってしまわれたのではないでしょうか? 」
エメリッヒはアンネマリーに助け船を出している。しかし、彼女はその船に乗るわけにはいかない。父は怖い。怖い父と対峙せねばいけない苦しみから逃げ出したいが、ここから婚約破棄にまで持って行かなければいけないのだ。
エメリッヒの助け船をどう答えれば穏便にすむかアンネマリーが悩んでいると、ハンスがため息を吐きながらエメリッヒを窘める。
「エメリッヒ伯、よいかね。この国では王族同士での戦争が何度もあった。その中には、双方の考えの違いに起因するものもあった。もしマティアス様がアンネマリーの危険で偏った思想に毒され、何かしらの行動を起こし、王家に混乱をもたらし争いにでもなれば」
「それは杞憂というものでしょう。アンネマリー殿は分別をお持ちの方。このような禁書に考えに毒されるような方ではないでしょうし、マティアス様もしかり。もしアンネマリー殿がよからぬ吹聴をしたとしても、突っぱねられるでしょう」
「しかしエメリッヒ伯、アンネマリーとマティアス様との間にお子が産まれたらどうなる。その子たちがアンネマリーに教育を受け、よからぬ考えに至ったとすれば、この国の未来はどうなる? 」
「それは……」
エメリッヒが困惑した表情をハンスに投げかけるが、ハンスは気にせず持論を展開する。
「このような堕落した書物に考えを毒されたモノが、王族の妻となるのが問題なのだ」
アンネマリーは読んでもいない本に考えが毒されている。という前提で話を運ぶ父に憤りながらも、自分が望む結果に行くだろうという。と楽観し始めた。しかし、彼女の思うとおりに事は運ばない。
「アンネマリー、君を逮捕する。王国で禁止された書物を買い、読んだ罪。身内とは言え、いや身内だからこそ看破出来ぬ」
父が厳しい人間だということは娘として重々知っているつもりだったが、実の娘の逮捕を面と向かって言うとは思わなかった。アンネマリーは自分の策略に父が乗っかかると浅慮したことを心の底から悔いた。
「また、マティアス様との婚約も破棄させてもらう。このような娘、王家への嫁になど到底出せぬ」
「お待ちくだされバッハラント公」
エメリッヒ校長が、この緊迫した空気にそぐわない、いつも通り穏やかな声でハンスに声をかけた。
「なにかね伯」
「今日は卒業パーティです。その中には王子であるマティアス様もおります。王子の婚約者が逮捕されるというのは、王家の面子に傷を付けるようなものでは?」
ハンスが顔をしかめる。
「また、婚約破棄をされるとおっしゃってますが、この婚約はそもそも王家とバッハラント家の約束。王家の了承を得ずに一方的に破棄をなさるというのはいかがなものでしょう?」
ハンスはエメリッヒの正論に確かに。と小さくつぶやき、1分ほど黙ったまま、思案し、妥協策を述べた。
「ならばこうしよう。婚姻については一旦棚上げ。裁判が下った後で改めて決めよう。しかし、アンネマリーは禁書を買い、読んだ罪で、裁きが下るまで謹慎させる。よいな、エメリッヒ伯」
「そういうことであれば、私からは何も……」
アンネマリーのとりあえずの処遇は決まった。謹慎する場所が決まるまで、自室で待機となった。彼女は表向きは急病というていで帰路につく。自らの決断と策略通りとは言え、ショッキングな出来事があった彼女の顔色は真っ青で、急病というありきたりな言い訳でも通用した。
学園の出入り口では、シルヴィアが馬車と一緒に待っていた。
「何も言わないのね、シルヴィア」
馬車に乗ってから30分ほど経ってから、沈黙に耐えきれずついシルヴィアに聞いた。
「アンネマリー様のお考えあってのことなのでしょう」
いつものように淡々と、しかし自分を肯定する言葉に感極まってしまい、我慢出来なくなって、アンネマリーは大泣きをした。