令嬢は見た
バッハラント公の長女にして王立学校生徒、アンネマリー・バッハラントは見てしまった。
自分の許嫁であり、同級生であるマティアス王子と、これまた同級生であるアリーチェ・フェニーニが仲睦まじそうにしているのを。
それからというもの、アンネマリーは二人に注目した。最初は許嫁を差し置いて何を二人……と考えていたアンネマリーであったが、マティアスが自分には見せたことのない表情――満面の笑みだったり本気で怒ったりしょげたりする姿――をアリーチェに見せているのと、アリーチェのマティアスへの献身的で謙虚な態度を見て、アンネマリーは考えを改めた。
身を引こう。と私が身を引けば、あの二人は一緒になれるだろう……と。そして、その方がマティアス様の幸せのために良いであろう。
しかし、身を引くにしてもどのような方法で?
授業が終わり、夕暮れ時に自室に戻ったアンネマリーは、考えてみる。鏡の前で立ったまま、眉間に皺を寄せ、床をじっと見つめながら……
(やっぱり私より、彼女の方がマティアス様にふさわしい)
自分とアリーチェの容姿を比較しながら、彼女は嘆息した。
自分はマティアスよりも背が高く、紫がかった黒髪で、胸が大きく、太って見える。
一方アリーチェはマティアスよりも背が低く、そしてかわいらしい。ウェーブがかった金髪とサファイアのような目を持つ彼女と、やはり金髪で青い服をよく着るマティアスが並ぶとまるでお似合いのカップルのようだ。かなわない。
「はぁ~ぁ……」
「い、いかがなされましたか、お嬢様」
部屋に入ってきた茶髪のポニーテールにエメラルドの女性……私のお付きの騎士で同級生でもあるシルヴィアがノックした後に部屋に入って来ながら聞いてきた。
「考え事よ」
「はぁ」
アンネマリーは自分でも気づかない内に部屋をグルグル歩きながら思案を続けた。シルヴィアはそれを心配半分怪訝半分で注目しているが、アンネマリーは頭一杯で気がつかない。
五分ほどしたところ良さそうな方法を思いついたアンネマリーが両手を力一杯重ね、大きな空気音が炸裂した。
(そうだ、そうすればいいんだ)
シルヴィアがどうかいたしましたか? という表情で見つめていることに気付いた。
(そうだ。そういえば一緒の部屋にいたんだ)
アンネマリーは動揺を隠せず、目が泳ぎ心臓の鼓動が早くなり、身体中に変な汗を出しながらも、
「何でもないわ」
と早口で答えた。
さて、アンネマリーの策とは――今から一ヶ月後の卒業パーティで、婚約破棄を宣言するのだ。大勢がいる前での婚約破棄……流石のマティアスも破棄せざる終えないだろう。
もう破棄する前にグラスに入っているワインでも彼の礼服にぶっかけてしまえば完璧だろう、我ながら良い方法だ。と噛みしめながら空のグラスを振りかぶっていたが、待てよと思い留まるに至った。
その方法で婚約破棄をすると、何故婚約破棄にまで至ったか? と詮索されるであろう。そして、マティアスとアリーチェの関係も表沙汰になってしまい、下手をするとアリーチェが罰せられてしまうかもしれない。それは本末転倒だ。
考え直さねばならない。しかし、この良い方法を超えた方法を編み出すのは至難の技だ。
彼女は部屋をグルグル闊歩しながらまた思案に耽る。シルヴィアは主の奇行に一喜一憂することに疲れてベッドで横になっている。
(私だけ咎を……それこそ婚約破棄せざる終えない咎を与えられつつもマティアス様とアリーチェが幸せに結婚出来る方法……方法……方法)
部屋を3周ほどした時、机に置いていた本に目が留まり、彼女の脳内に稲妻が走った。
(そうだ、そうすればよいのだ!! )
良い考えが浮かんだアンネマリーは早速、シルヴィアを呼んだ。
「シルヴィア!」
唐突に大声で呼ばれたシルヴィアは驚きながら聞き返す。
「いかがなされましたか、お嬢様」
「馬車を呼んで本屋に向かって頂戴。できるだけ変な本が置いていそうな」
「はっ? してどのようなご意図で」
「いいから! 早く」
「はっ! 」
シルヴィアは疑問を挟みたい気持ちを飲み込み、矢のような早さで部屋を出た。
「これでいい……これでいいのよ」
アンネマリーは自分のやろうとしていることに躊躇する気持ちを抑えつつも、準備が整って呼びにくるであろうシルヴィアを待った。