動き出した夏 2
本来、毎月第三土曜日は登校日なのだが、昨日の件から臨時休校となった。特にやるべきこともなかったためリビングでネットサーフィンをしていると、インターホンが来客を告げた。
このマンションの仕組みとして、訪問者は、警備員さんを介することで住人にインターホン越しに確認をしてもらい、彼らに各部屋へ続くエントランスに入場を許可してもらう。そうして、ようやくエレベーター、階段を利用することができる。
警備員さんが連絡を繋いでくれたということは、ヤバめの訪問者では無いだろう。
「はい」
「こんにちは。本田と言います。保護者の方から話を聞いていますか?」
聞いておりません。
「すみません、どちら様でしょうか?」
「えー、警視庁の人間です。日野宏一郎さんから先にご自宅へ訪問するように、と。こちらが自分の警察手帳です」
インターホンのモニター越しでは確認できないが、自ら提示するということは本物の手帳なのだろう。昨日からこう兄から連絡は一切来ていないが、彼のことだから元からする気がないのかもしれない。今に始まったことではない。
「あ、理解しました。とりあえず、二三階まで上がってきていただけますか?」
「恐れ入ります」
それから少ししてチャイムが鳴らされた。玄関の防犯ロックはかけたまま、開けられる分だけ押し開ける。人の良さそうな笑みを浮かべている、ネイビーのスーツに身を包んだ清潔感のある男性が、そこにいた。
「は、はじ、はじめまして、日野です。あの、えっと、お手数ですが、警察手帳をかしていただけますか? 本当に確認するだけですので、あの、よろしいでしょうか?」
「ああ、はい。どうぞ、こちらです」
本田刑事は嫌な顔一つせず懐から取り出した手帳を差し出してくれた。手帳の顔写真と本人の顔を見比べ、手帳を閉じた。
「疑い深くてすみません。ありがとうございます。今、開けます」
「いえ、突然のご訪問で申し訳ない」
開けなおすと、彼の責任では決してないが、丁寧に頭を下げる。
「あ、ちがっ、あの、こちらこそすみませんでした。保護者にはよく言っておきます。どうぞ、おあがりください」
軽く苦笑して礼を言った刑事をリビングに案内した。軽く掃除は済ませておくことができたから人を招く部屋としてはセーフだろう。
妹は自室の扉の陰からこちらの様子をうかがっていた。生来、好奇心旺盛な子だから訪問者に興味はあるのだろうが、知らない人間を相手に一対一で対峙するのは好まない。
じっと様子を見ていたが本田さんが彼女に気がついて軽く対応すると、観察を止めて部屋に籠った。
「お気を悪くされたらすみません。妹は恥ずかしがり屋なんです」
「普通、知らない男がいきなり来たら驚きますからね」
と、肩をすくめた。
何か会話をするべきだろうか。とりあえず、こう兄が帰宅するまで放置してしまうのはさすがにあってはならないことだろう。
「あ、あの、何か飲みますか?」
「すみませんね、落ち着きませんよね。どうしようかな、何かもらおうかな」
「コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」
「それじゃあ、コーヒーをもらっていいですか?」
「わかりました!」
急いでキッチンでコーヒードリップの準備に取り掛かる。道具はこう兄のものだが、前に彼が淹れているシーンを再現できたから味の問題は無い……はず。適当なマグカップに茶褐色の液体を収めてリビングへ戻った。
「あの、コーヒー、どうぞです」
本田さんはテレビ近くの棚の上に置いていた写真立てを凝視していた。
「あの……」
「すみません、写真、勝手に。コーヒー、ありがとうございます」
少々慌てながらも、マグカップを受け取ってくれた。湯気がのぼるマグカップを片手にリビングを見渡す刑事を眺めていたら、何か情報が得られないか挑戦したくなった。本田さんが優しそうだから、その人柄につけこめばいける気がした。思い切って声をかける。
「あの、しゃしちゅかえ……」
「差し支え?」
顔が熱くなって背を向けると困ったようにフォローしてくださったため、振り向き、何事もなかったように言葉をつづけた。
「差し支えなければ、教えてほしいんですけど、いいですか?」
「差し支えなければ、構わないよ」
「まず、お越しになった理由をお伺いできますか?」
「君の保護者に頼まれたんですよ」
こう兄が何らかの意図をもって訪問させたのだろう。
何のために。
この答えは一つしか思い浮かばない。
「学校での事件が理由ですか?」
「何か心当たりがあるんだ?」
質問を重ね返そうと言葉を探す。
次の瞬間、ポケット内の携帯が震えた。原因はこう兄からの電話だった。自宅近くのカフェ「ミカヅキ」に呼び出すためらしかった。妹を家に一人で留守番させていると何があるかわからないため、彼女の同行許可を求めると乗り気でないながら許してくれた。
「おはようございます」
「おはようございます、マスター。モーニングセットとケーキセットを一つずつ、ココアを二つお願いします」
「相変わらず、朝からケーキなのですね」
「朝ごはん、まだでして。今日は何ですか?」
「抹茶のシフォンケーキです。おっと、加えてモーニングも食べるのかい?」
「あ、いえ。この子に」
背に隠れていた妹をマスターが視認できるように体位を変えた。
「おはようございます」
「お、はよう……ござい、ます」
俯いていたが、挨拶はできた。シャツにしわが付くから握らないでほしかったが、慣れていない外出だから黙認する。
「保護者様は奥の席にいらっしゃいますよ」
周囲を見渡していると、マスターが教えてくれた。店内の奥まったところに位置する四人席に後姿を見つける。
「こう兄」
「おはよう」
さすが、振り向きざまでも背景には花が咲いている。別に自宅でも聞かれたことには隠さず答えるつもりだったし、最初から電話で呼び出せばよかっただけだからわざわざ人をよこして連れてこさせることはなかっただろうに。
仕事を増やしてしまって、本田さんには誠に申し訳ない。お疲れ様です。
「声に出てるよ」
「あ、ごめん、つい。で、何でここなの?」
「いやー、家でする話でもないし署に来てもらうのはなーって思ってね。まあ、座って座って」
促されるままに着席すると、直後、
「ご注文のココアが二つ、ケーキセットとモーニングセットです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
卵サンドのお皿とココアのマグカップを妹に渡した。サンドウィッチは食べやすいようにと一般サイズの半分の大きさに切り分けてくださっていた。さすが、気遣いの方である。
フォークを使うからいいか、とおしぼりの袋を開封して開けられずにいる妹に手を拭かせた。
「それで話って?」
「食べ終わってからでいいよ」
食べながらでも構わなかったが、そう提案されたなら断る理由はない。おいしいものはおいしく食べるものなのだから。目の前で黒表紙の手帳を開いたのを見てから、フォークを手に取った。
「おうちのココアと同じ」
「マスターに教わった淹れ方だからね。おいしい?」
「うん、おいしい」
妹はそう返答すると、幸せそうにサンドウィッチを頬張る。
地方公務員からカフェを開いた異色の経歴の持ち主である壮年のマスターだが、基
本的にメニューの失敗が無い。本来の目的のため早く食事を済ませ、食器と使用済みのおしぼりをカウンターに返した。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「お粗末様でした」
「お皿、洗いますね」
「構わないよ。朝だから空いているし、話があるんだろう」
「すみません、それではお願いします。あ。あとで、シフォンケーキのレシピ教えてください」
「もちろん」
穏やかなマスターの笑みに首肯を返し、席へ戻った。
「それで、話って?」
「みーちゃんがまだ食べてるから」
「あやは関係ないんでしょ? 食べ終わるの、当分先だよ」
かなりゆっくり食べ進めている妹を一瞥し「確かに」とつぶやくと、話を切り出した。
「昨日、ニュース見た?」
やはり。準備していた言葉を返す。
「岩本先輩の話ならできないよ。ほとんど会話したことないから」
「ほとんどってことは、話したことはあるんだね?」
「まあ、そうだけど」
「知ってることを聞きたいだけだから、教えてくれる?」
「二日前、中学の生徒会本部」
「ああ、彼が例の中学一年生ってことですか」
「さすが、本田さん。鋭いですね」
隣からの拍手を無視しながら本田さんは手帳の内容を確認する。こう兄の扱い、慣れているのだろうか。
彼の言う「例の」が何をさしているのか気になったが、今は口には出さないでおいた。
「事件が発覚する二日前、君は生徒会室を訪れて被害者と話したんだね?」
「あ、はい。ほんの少しだけ」
「どんな内容だったのかな?」
え。
入学から二週間で生徒手帳をなくした話を刑事相手にするのか? 事情聴取に隠し事は禁物だが、さすがにそれは沽券に関わる。犯人が岩本先輩だったわけではないし、詳しく話さなくても良いのではないだろうか。隠し事や嘘にならない程度なら、セーフなのではないだろうか。
……と、思考が働いた。
「落とし物を校内でしてしまって……。どこでなくなったのかわからなくて、生徒会へ聞いたほうが良いと聞いたので行きました」
「聞いたって、誰から?」
「同級生からある部活動のことを聞きまして、その日に部室へ行って、そこの先輩についてきてもらいました」
「部活動っていうのは」
「調査技術研究会です」
僕の答えに手帳にメモする用意をしていた本田刑事は顔を上げた。隣のこう兄に視線を投げるも何やら考え事をしていて、結局は言葉を飲み込んで聴取を再開した。
「それじゃあ、岩本くんについて。変わったところはあったかな?」
「そのときが初対面だったからわかりません」
「そうなんだね、ありがとう」
人の良さそうな笑顔で礼を述べると、本田さんは手帳を見つめ思案を開始した。
ここぞとばかりにこう兄は身を乗り出すと、見本のような笑顔で問う。
「ねえ、さーくん。落とし物ってなあに?」
「たいしたものじゃないから気にしないで」
油断していた割には声が裏返っただけで済んだ。本田さんはこう兄の肩を後ろに押し下げて聴取を進めようとする。
「ところで、何か印象的だったところはあるかな?」
「はい?」
質問の意図が読めず、首を傾げた。
「どんなにささいなことでも構わないんだ。何か、無いかな?」
なるほど。とりあえず何か情報が欲しいらしい。それほど捜査が行き詰っているのだろうか。創作物でよく見る展開に背筋が伸びた。
「範囲を指定していただけますか? ざっくりとしすぎているとなんとも……」
刑事は保護者に視線をやる。保護者は苦笑交じりに言った。
「範囲を指定するにも、一度しか言ってない場所について聞いてもわからないでしょう?」
「いや、生徒会室は二回行ったから」
「え?」
「あ、いや。岩本先輩にあったのは一回目のときだけだけど」
「二回目はいつ?」
「お、と、とい」
刑事らは一瞬だけ目を合わせた。
「ごめん、もう少し詳しく話して。落とし物に気が付いたところから」
「だけど、忙しいんじゃ」
「構わないよ」
「ゆっくりでいいから、お願いできるかな?」
本田さんにまで頼まれたら答えるしかない。左手でこめかみに触れながら、詳細を話して見せた。
「水曜日、つまり、三日前。忘れ物探しで調査技術研究会の部室を訪れ、会員のカトウくんとともに生徒会室へ。そこで被害者と生徒会のメンバー、シラセさん、カミヤくんと初めて会った。カミヤくんがすぐに部屋を去ったため、用件については他の四人で話した。そのとき、高校一年生二名の様子がおかしい気がした。理由はアイカの件だと思われるが、詳細は不明。
木曜日、つまり、二日前。忘れ物が見つかり、調査技術研究会のワカミヤくんとともに前日と同様に生徒会室を訪れ、カミヤくんと個人的な会話をした。中学の生徒会本部の部屋は、本館の四階、駅側の階段からあがって二つ目ね。
金曜日、つまり、昨日。遺体発見。学園側は早急に全校生徒を帰宅させた。
土曜日、つまり、今日。とりあえず、生徒は臨時休校で自宅待機。本田さんが迎えに行って、今に至る」
こう兄は、長く拙い話をそう纏めた。
「変なところ、ある?」
「いや、大丈夫」
こう兄が視線を向けると隣の刑事は手帳を閉じて頷いた。
「最後に一つ。気になることがあるんだけど、いいかな?」
神妙に頷いてみせた。
「はじめに話してくれた時は落とし物って言葉を使ったけど、もう一度聞いてみると忘れ物って言葉を使ったよね? 結局、落としたにしろ忘れたにしろ、何を紛失したのかな?」
「……忘れました、覚えてません」
「わざとらしすぎて指摘しようか迷うくらいに目を逸らすのやめようね。本田さん、困ってるよ」
「すみません」
「普段からそれくらい素直なら……あー、そうだ。これ。見覚えはある?」
とりあえず睨んでみると明らかに話を変えられた。受け取った一枚の写真には、くしゃくしゃの紙に書かれた教科書のような文字が写っている。
春は、拍動。生を享受する
夏は、衝動。罪に気づかない
秋は、消失。やり直すには遅い
冬は、幻影。そこには何もない
見覚えはあるような気がしたものの“検索”には何も引っかからない。この類の記憶違い少なくないが、どうも納得いかなかった。”検索”は完全一致でなければ引っかからないことが多い。どこかで類似した詩を見たことがあるかもしれない。左手でこめかみに触れた。
その隣で妹はおしぼりの袋を開けるのに苦戦していたが、こう兄も僕も話したり考えたりすることに夢中で全く気にかけてあげられていなかった。その代わりに、本田さんが妹に手を差し伸べる
「かしてくれる?」
こくりと頷くと恐る恐るおしぼりを渡す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
お礼を言えたことは褒めたい。しかし、こう兄はともかく本田さん相手には敬語を使わせたい。
「ございます」
「ございますっ」
復唱させることに成功した。
「扱い、うまいですね」
「下に兄弟がいるんでね」
感心したようなこう兄の言葉に、本田さんは穏やかな笑顔を浮かべた。
その後、刑事らは勘定を済ませてから店を出た。
僕らはマスターにシフォンケーキのレシピを教わってから帰宅した。
ニュースでは自殺と他殺の両方について捜査していると報道されていた。聞かれた内容を反芻してみると、被害者の当日の足取りを調べている段階であり、まだ死因は調査中なのだろう。
死因を自殺と判断するにはいくつか要点がある。
遺書の有無、死体と死因の整合性、自殺をする原因の有無(または、他殺の原因の有無)。その他には、家族や友人など被害者の身近な人々との関係性、職場や学校での様子などを含めて、総合的に判断が下される。
先輩の死には、上記のどれか、または、複数が異常だったのだろうか。
自殺か他殺か。フィクションの世界における答えは、大抵は他殺である。そして、主人公かその上司や同僚などによるかっこいいセリフがこう続く。
「犯人は現場に戻る」
「先入観、捨てようね」
名刑事っぽいことを言いたかっただけなのに、水を差す言葉は続く。
「ただの推測、証明はされてない。犯人の人物像を正確に捉えないと、事件そのものを見誤って大変なことになっちゃう。現場に戻る理由は、みんな一緒じゃないもん」
そう述べた妹はマグカップとともにキッチンを去った。なんとなく不機嫌が伝わってくるが、原因は不明である。
セリフに関して言うと、ちょっと言ってみたかっただけです。そんなこと、百も承知です。
直後、オーブンレンジが時間を告げる。本当はさっそくシフォンケーキを作りたかったが、家にある材料では足りなかった。その代わり、初めてのアレンジレシピに挑戦した。
天才の知恵を借りようと、出来立てマフィンをエサに尋ねる。ソファーに腰を下ろしたターゲットは、途端にテンションを上げた。
「どうやって犯人の人物像を捉えるの?」
「がんばるの!」
「どうやって?」
「あのね、分析するの。事件も、被害者も。犯罪現場や被害者についてたくさん知って、それから、犯人がどのような人物なのか考えるの。
だけどね、人間を研究することと同値だから、研究すればするほど答えよりもわかんないことの方がたくさんになっちゃうの。
んっ、おいしいっ!」
「コンピュータなら簡単ってこと?」
レモンとヨーグルトの組み合わせが上手くいったことに安堵しつつ、質問した。
妹は、ふるふると被りを振った。
「コンピュータに文法とか表現を学習させることはできるけど、自然な文章を書かせることはまだできないよ。だから、人間が文章を書かなきゃいけないの。
事件捜査も、似てる」
「そっか」
……と。
必要なことは聞いたものの、事件について考えるには、平凡な頭脳では力不足である。
推理とは、大きく演繹的と帰納的に二分することができる。
これはフィクション、ノンフィクションどちらの世界でも同じことが言えるのだが、必然に必然を重ねる演繹的推理に対し、小説の中で繰り広げられるものはしばしば帰納的な、事実や実例から傾向を掴み一つのストーリーを作り上げる推理が行われる。
どちらの推理方法にしろ、一般人には荷が重いのは明白だ。答えは、出せない。
あ。またミスった。
ピックを投げ飛ばした。フローリングの上で回転して、やがて止まる。それを拾う大きな手。
「おーい、さーくん。何してるの?」
「ギター弾いてた。仕事は?」
「シャワー浴びて着替えたから、もう出るよ。今日はありがとうね。もう遅いから寝たら?」
「あ、うん。ねえ、どんなことが分かった?」
「守秘義務って知ってるよね?」
ダメか。
潔く諦める。座ったまま体をそらしてピックを受け取り、こう兄に尋ねた。
「じゃあさ。若宮さんって人、知ってる?」
「ああ、幻の高校生探偵ね。たくさん話そうって準備してたんだけど、本題に入ろうとしたら先に断られちゃった。自分は適任ではないってね」
「幻?」
「職場で話にはよく聞いてたんだけど、実際に活躍したところは見たことなくて、あまり詳しくは知らないんだけどね。ただ、今のところに配属される前の数年間には有名人だったらしいから興味本位で声かけたんだけど」
「断られた、と」
「その通り」
「どうしてだろう」
「ん?」
「“連続警察官射殺事件”、“都内児童誘拐事件”、“約束の手紙殺人事件”、“大学教授殺人事件”、“夜明けの――」
「え、何? ストップ、ストップ!」
「若宮先輩が解決に貢献した事件……だと思う。それに、僕が生徒手帳をなくしたとき、探すの付き合ってくれたし、昨日、見つかった後の違和感まで謎解きで解消してくれたんだ」
普段、僕は自ら会話を始めることはない。
記憶量が膨大なため、一つのトピックについて話すだけでもかなりの時間が必要であり、記憶の事情を知らない人たちにみせると距離をとられてしまいやすい。ただでさえ人間関係の構築が苦手なのに、さらにハンデを背負いたくないのである。
それでも、このとき、こう兄に伝えたいと思った。彼は少し驚くと、すこし考え、疑問を投げかけた。
「さーくんは彼に何を期待しているの?」
何を。 そう言われると、よくわからない。
なんとか思考に漂う言葉をうまく繋げて答える。
「彼に、また、謎を解いてほしい……んだと、思う。たぶん。
事件を、解決してほしい。僕は、僕には、そんなこと、できないから……できないけど、それを、また見たい。
謎が、事件が、解き明かされる瞬間……!
……彼なら、何度でも出来ると思ったから」
「つまり、若宮くんに過去のように名探偵を演じてほしい、と」
「そ、そのほうが、警察だってありがたいだろうし、だって、多くの事件の迷宮入りを防いできた実績があるんだから」
「素直じゃないなー、さーくんは」
「……うるさ」
「いいか、真記」
珍しく真面目なトーンの言葉に口をつぐんだ。
「名探偵と呼ばれる人種は本来、扱いやすい。スイッチを入れてやればいいんだ。そうすれば、優秀な彼らの頭脳は考えてしまう。一種の麻薬のようなものだからね、彼らにとって 謎 というものの存在は。現在、若宮くんはなんかしらの理由があってわざと謎を解く状況から自身を遠ざけている。
だけれどね……
複雑に絡み合った謎をたった一本の真実の流れへとほどく行為、その快感は、絶対に忘れられない」
スイッチを入れる。どうすればONにできるのだろう。そもそも、なぜ今はOFFなのだろう。ONにしていいのか、それともいけないのか。そうか、まず、先輩が名探偵を止めた理由が――
思考はこう兄の「あ、それとさ」に止められた。
顔を上げると、保護者と目が合う。
「さーくん、二週間で生徒手帳をなくしたの?」
「……知らない」
真面目な話をしたり淡々と尋ねてきたりしたと思ったら、すぐに意地悪が顔を出す。
こう兄は満足そうに「ごめんごめん」笑うと、リビングを出た。
からかわれたことは不満だが、彼のおかげで月曜日に何をすればよいか答えが、出た。