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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File01 出会いの季節
3/32

入学式と万年筆

 小学校の卒業式や誕生日を迎えて間もなく、ついに入学式当日である。

 こう兄は、制服姿の写真を事前に撮らせてやったから仕事に行かせた。ネクタイの結び方は習っておいたから曲がってない……はず。

 これ以上の調整は無意味だと判断し、寝ぐせが無いことを確認してから鏡の前を離れた。


「あや、支度は?」


「コンプリート!」


 残念、前髪が元気にはねている。水で軽く湿らせドライヤーで乾かしてやると大人しくなった。


 さて。

 十分に余裕を見積もった時間に家を出たから、遅刻の心配は無い。入試日と合格者説明会を含めて三回目の登校で、慣れない電車通学の途中で妹が勝手にいなくならないか心配していたが二駅分の車窓からの景色に興味津々だっただけで杞憂に終わった。

 今日から三年間、私立翔衛学園中等部の生徒として勉学などに励む。

 都会の一等地に位置することもあり、外観は学校というよりも成功している会社に近いだろう。一学年四クラス編成で九〇名弱。募集人数はそれほど多くないものの、そこは名門校。しっかり遣り繰りできているらしい。天井の高いエントランスでは、式のために集められたであろう在校生たちが受付や案内を受け持ち、素敵な笑顔で出迎えてくれていた。しかし、多くの関係者たちと時間をかぶせてしまったため受付を終えても、クラス編成の書類が張られている掲示板は視界にすら入らない。

 

 不意に視界の下のほうから茶色が消えかける。すい、とモスグリーンの通学カバンのベルトを引き寄せた。バランスを崩させない程度の力加減はプロ級と自負している。


「後で。クラス確認してから」


「えー」


 しばらくしてようやく張り出された四枚の紙から自分の名前を探す。左上から探し始めたが、僕の名前はほぼ正反対の位置にあったから見つけるまで時間を要した。


「ん?」


 このとき、新たに心配が生まれた。

 後で知ったことだが、基本的に親類は別クラスに振り分けられるものらしい。僕らもその規則に当てはまるから、同じ日野であっても一組の表に郁実、四組のほうに真記の文字が載っているのは当然だ。

 妹は、経歴しかり容姿しかり、普通ではない。色眼鏡をかけて見られてしまうことが多い。それに加えて以前よりおとなしくなったとはいえ、行動原理の第一位に君臨するのは依然として興味である。

 クラスが違えば、いつでも彼女をフォローすることはできなくなる。しかし、本人が望んだ学生生活。孤立させたくない。


「笑顔でいれば、何とかなる」


 心配をごまかすため、自分に、妹に言い聞かせるように声に出してみた。

 





 入学式は、生徒会長のあいさつや担任紹介など、思ったよりもあっさりとした内容だった。

 会場からクラスごとに退場し、教室へ戻ることになった。エレベーターは混んでいたし乗りたくないし、急いだほうがいいと思ったから階段で教室を目指した。

 で。

 まあ、つまり、階段で数階分もの距離を自らの足で駆け上がりきるには、僕の体力は不十分だったわけだ。絶賛、若気の至りを体感している。

 受付直後に彼女が興味を持った方向に、それらはあった。

 ガラス張りの階段からの景色は、学校にしては珍しいものだろう。緑に満ちた中庭の美しい噴水。その奥には一本の桜の木が陽の光を受けながら愛らしい薄紅色の花を咲かせている。


「何が見える?」


 一人で二階と三階の踊り場で中庭をのぞきこむようにしている妹に尋ねる。


「噴水と植物と空と建築物」


「噴水も桜も空も校舎も、今じゃなくても見られるから。戻ろう」


 責めるような、咎めるような口調にならないように気を付けながら、ゆっくり階段を上りきる。


「はぁい」


 振り向きざまにスカートが揺れた。


「いい? 教室で先生が困ってたら、すみませんっていうこと。ほら、練習して」


「スミマセン」


 片言だけど、言わないよりは良いだろう。

 苦笑したことに気付かれないように三階へ上がる。後ろからは軽い足音が聞こえてくる。

 ふと、進行方向の先に黒い棒状のものが視界に入ってくる。駆け上がり早足で近寄ると、軸が太めのペンらしかった。

 どこかで見たことあるような気がした。


「どうしたの?」


「落とし物」


「もちぬしさんは?」


「さあ」


 観察してみると、本体には二行にわたって筆記体のような文字で金色の刻印がされているのを見つけた。

 一行目には、C.F.

 二行目には、Yudukigaoka.E.S.03.09.L→


「イー、エス。エレメンタリースクール、小学校?」


 さすが。無駄に発音が良い。


「そうだろうな。ユヅキガオカ、このあたりの地名か?」


「ねえ、かして」


 彼女にペンを渡し、ポケットから取り出した携帯でゆづきがおか小学校と検索してみた。トップに来たのは、諭槻ヶ丘小学校の公式ホームページだった。

 昨年度の三月に第五〇期生が卒業したことやアクセス方法など、詳しい情報が載せられている。

 こういった品に刻まれる数字というのは何かしらの記念日であることが多い。03.09.が三月九日を表しているなら、当てはまるのは卒業式の日だろうか。

 だとすれば、このペンの持ち主は、諭槻ヶ丘小学校の卒業生であることは間違いないだろう。


「一行目の、この二文字は」


「カルフォルニウム?」


「じゃないです。記念品なんだから、普通は持ち主の名前のイニシャルでしょ。それから」


 妹が先ほどから宙に放り投げて回しているペンを空中でつかみ取った。


「個人的に、そうやって人の物を投げて遊ぶのはよくないと思う」


「落としてないもん」


「落としたらどうするんだよ」


 僕の言葉に不服そうな顔をしたものの、思い出したように分析を話し出す。


「まだ新しいよ、その万年筆。作られてからまだそれほど経ってない」


「投げただけでわかる?」


「軸のずれと中のインクの動き」


「へーぇ」


 キャップを回して外してみると、きれいな万年筆の線対称なペン先が現れた。キャップを戻すころに彼女の細かい分析報告が終わった。

 新しいわりには本体の大きな傷が目立っているから、持ち主はおおざっぱなタイプだろうか。

 ここまでの観察で持ち主探しに必要な情報は大方、集まった。

 残る一つの疑問。

 たとえわからなくても、もう持ち主候補は一人に絞れた。だけど、わからないとどうもすっきりしない。


「このLって、何だろう」


「リットル?」


「液体の単位は日付の隣に必要?」


「いらない」


 ですよね。

 Lといえば、ほかに何があるだろうか。記憶を“検索”してみるも、リットルのほかに何も無かった。


「どういう意味だろう?」


 そこに第何陣になるかわからないエレベーターの送迎が到着した。

 これ以上の思考をするのは、廊下の途中では邪魔になってしまう。妹の背を押して、歩きながら考えることにした。

 すると、


「あっ、こういうのは?」


 妹は瞳に輝きを宿し、人差し指を立てた左手を顔の横に寄せた。

 

 

 



 妹と一組の教室前で分かれて自分の教室へ戻ったときには、すでにほとんどの生徒がいた。いないのはトイレなどで席を外しているからだろう。幸運にも、目当ての人物は自席でつまらなさそうに携帯をいじっている。


「冬城くん」


 そう呼びかけると、彼は顔を上げた。困惑しているのが見て取れる。


「これ、君の、だよね? 落ちてた」


「あっ……」


 差し出されたペンを見ると、ブレザーの胸ポケットを一瞥した。

 そこにペンを入れていたのだろうか。


「あり――」


「仲良くなるのはいいけど、ホームルーム始めたいから席ついてね」


 何か言いかけた彼だったが、やってきた担任に遮られた。謝罪してすぐに冬城くんの席から少し距離がある自席に駆け足で戻ると、式で梛木と名乗った長い黒髪の女性はホワイトボード近くの教卓に手をついた。


「はい。式、お疲れさまでした。どうも、梛木です。ってことで、自己紹介しようか。みんなの名前、まだ覚えていないの。よし、一番の君から。そう、君のこと」


 少々強引に始まった自己紹介では、一人一つ担任から個性的な質問をされ僕ら生徒は戸惑いながらも答えていく。

 入学式の、担任紹介の後に行われた初出席取りでクラスメートの顔と名前は一致していたから軽く聞き流していた。

 自己紹介が一通り終わると、担任による長くなりそうな話が始まった。

 春の麗らかな日差しと蛍光灯が混ざった光の中、肘をついてぼーっと彼女の演説が終わるのを待った。さすがに初日から不良扱いはされたくない。一番後ろの席だけど、一応、あくびは飲み込んだ。


「だから、大丈夫だとは思うけどね。はい、移動開始!」


 やっと演説が終わったらしい。話のほとんどを聞き流していたから理由はわからないがクラスメートたちは前方の扉から廊下に出ている。とりあえずついて行くことにして席を立ち流れに従った。

 扉を両サイドに構えたホワイトボード。小学校では黒板にチョークだったから、白とマーカーの組み合わせは新鮮に感じる。

 新鮮といえば、ひと月ほど前までのクラスと比べるとこのクラスはかなり静かだ。いや、緊張しているから当たり前なのか。


「あっ。ねえ、あのさ」


 この空間の沈黙を破る声が聞こえる。声の主はムードメーカ候補だろうか。


「おーい、さっきの方ぁ?」


 かわいそうに、返事がない。相手が無視している時点で諦める方が得策に思える。どうやらこのクラスには、少しかかわりを持ったからといってきやすく話しかけるな、と変な気高さを持った人がいるらしい。気を付けなければ……。

 友人を早く作りたい気持ちはわからなくもない。スタートで転べば、三年間を孤独に過ごすことだって考えられる。僕の最大の不安因子でもある。


「いやいやいや、待ってくださいよ」


 さっさと廊下へでようとしたとき、誰かの手が右肩に触れた。


「ふぇあっ?」


 しまったと思ったときには、もう遅かった。

 そっと振り向いて視界を二段階上げると、彼――一年四組一四番、冬城智博くんと目が合った。

 周囲から控えめな笑い声が聞こえてくる中、僕は左手で両目を覆った。


「えっと、僕ですか?」


「ええ、そうですよ。さっきはありがとうございました」


「い、いえ。ごめん、自分のことだとは思わなくて」


「ああ、そうだったんですね。シンプルに無視されているのかと思いました!」


「ごめん」


 苦笑する冬城くんにもう一回謝罪した。

 彼が言った「さっきの方」というのは、さっき落とした万年筆を渡してくれた方の意だったらしい。

 扉の前で立ち止まったままでは邪魔になると思い、一歩を踏み出した。


「エレベーターホール近くの廊下に落ちてたんです。記念品みたいだったから、持ち主も探すと思って」


「あっ、それなんですけど、どうして俺のだってわかったんですか?」


「え?」


 横に並んだ冬城くんは、どこか楽しげに補足する。


「これ、学年クラス名前の三点セットが揃ってないじゃないですか。それに、あのときは自己紹介だってまだだったのに」


 三点セット。小学生のころはどの学年になっても言われていた。届いた教科書や今日受け取ったものにも名前とか書いておかないといけない。演説でもそんな話がされていた気がしなくもない。


「そんなすごいことじゃないですよ」


「いやいや、めっちゃすごいですって! 俺、どこで落としたかすら、まったくわかってないですからね」


 彼はまったくを強調して興奮気味に言う。もとからこういうテンションで会話するタイプの人間らしい。几帳面とは無縁そうな彼の手から万年筆をひょいと取り上げた。


「まず、ペン先にはまだ癖がないし、軸にも歪みがない。ほら、万年筆って持ち主の癖が出るっていうから、まだ新しいことがわかる」


 キャップを外してペン先を見せたり、妹のように宙に放り投げ回転させたペンをキャッチして見せた。(ペン軸の重心のずれ云々の説明について正直よくわからなかったが、便宜上、利用させてもらった。)

 ここまで説明をして万年筆を返却しようとしたが、ムードメーカー候補の実力を甘く見ていた。


「わっ、箕倉と同じこと言ってますね。時間とともに味が出るって。あ、箕倉っていうのは……」


 冬城くんの、このコミュニケーション能力というか、社交性というか、順応性というか。それら諸々の高さが非常に羨ましい。少し分けてほしい。

 心の中で神様の不公平に文句を連ねていると


「あれ、何の話でしたっけ?」


 一通り話し終えたらしい彼の目の前に万年筆を突き出し、答える。


「めったなことじゃ壊れないから大切に使って、って話」


「はーい」


 受け取るために差し出された手に万年筆を乗せようとした、そのとき、


「あっ、思い出しました。それで、続きは?」


 その手は宙を指さす役割に突然変異する。先に受け取ってもらってから話を続けたかったが、期待に満ちた視線に負けた。


「次は、本体に彫られた文字。二行目は諭槻ヶ丘小学校の卒業生であることを示してます」


「それがわかっても、諭槻ヶ丘小はここから近いですし、先輩も含めたら卒業生はそれなりにいますよ? 実際、受付とかで何人か知ってる先輩、見つけましたし」


 彼の指摘に、受付を担当してくれた女子生徒もブレザーの胸ポケットに同じデザインのペンを入れていたことを思い出してすっきりした。


「それは、このLがポイントになる。ミスなら回収して直されるだろうし、わざわざ刻印されているなら何か重要な意味があるんじゃないかなって思ったんだよ」

 

 ――「どういう意味だろう?」

「……あっ、こういうのは?」――

 

「このL、ローマ数字の五〇って意味だよね?」


 冬城くんが目を丸くしたのを確認してから続けた。


「卒業記念品にはその年の西暦が刻まれることもあるでしょ? でも、ここには卒業式の日付まで。だから、となりのLには卒業した年を特定できる意味があるのかなって思ったんだ。諭槻ヶ丘小の立地を調べたとき沿革のページも見たんだけど、開校から二年目に第一回卒業証書授与式、再来月の二一日に開校五二年目なら、同い年の人は開校五一年目で第五〇期卒業生。だから、五〇を意味するLが日付の隣に刻まれた。矢印の意味としては、未来へ進めってところかな」


 C.F.

 Yudukigaoka.E.S.03.09.L→


 万年筆の刻印を見せながら差し出す。


「それから、刻まれているのはそれだけじゃない。C.F.がイニシャルとして一致する新入生は、冬城智博(ふゆきちひろ)くん。君だけだった」


「すっげー! 日野くん、頭良いんですね!」


「ここまでわかったのは偶然だよ。はい、気を付けてね」


「うん、気をつける。本当にありがとう」


 無邪気な笑顔につられて口角が上がる。

 いつの間にか到着した多目的ホールAでは、クラスごとに分かれて着席していく。クラスごとに分かれたのは、時間差をつけて移動したからだ。私立の中高一貫校で初日から知り合いがいるなんて、めったにないのだろう。若干、安心した。わかってる。どうせみんなすぐに友達作れるんだろう? そうなんだろ? 知ってるよ、それくらい。

 流されるままに冬城くんの隣の席についた。


「あ、そうだ」


 移動中の説明で結構疲れた僕は嫌そうな表情を隠して冬城くんに聞き返した。


「まだ何か?」


「入りたい部活、もう決めました?」


「ブカツ?」


 急いで“検索”すると、教室で行われた演説に該当部分がヒットした。

 

 ――確かに勉強も大切だけど、学年の壁を越えて同じ目標へ向けて仲間たちと努力を重ねて達成したときの感動を味わうことも今しかできない大切なことです。ってことで、これからブカツ紹介があるから多目的ホールに移動ね。まだ慣れてないかもしれないけど、迷わないように。地下二階の、入学式した施設じゃない方だから、大丈夫だとは思うけどね。はい、移動開始!――

 

 そうだ。

 中学生からは部活動がある。


「まだ決めてないかな」


「でしたら、バスケ、興味ありませんか?」


 バスケ、バスケットボールか。

 ふむ。

 そういうスポーツをすれば、もしかしたら背が伸びるかもしれない。という邪な思考。

 落ち着いて己の身体能力を思い出せ。という正常な思考。

 二つが同時に働いた結果、


「運動はちょっと、ね」


 所属する団体によって学校生活をどう送れるのか左右されるだろうから、慎重に選ばなくてはならない。

 運動神経は平均程度だ。自己評価では。

 残念そうにする冬城には申し訳ないが、つまり、そういうことである。






 

 直後から始まった数十分に及ぶ生徒会主催の部活動紹介は、


「以上で紹介は終わりです。もしわからないことがあれば、そこら辺にいるやさしい先輩たちに尋ねてください。丁寧に、わかりやすく教えてくれることでしょう。これから、皆さんの学園ライフがより良いものとなることを願います!」


 という、司会を務めた生徒会役員の水色リボンの小柄な先輩の言葉で締めくくられた。

 在校生数から考えると部活動の数は少なくない。文化部のほうが活発らしいが、運動部も大会などの実績では負けてはいない。

 どの部活に所属しても充実した日々を送れそうである。


「あの、シャーペン持ってます?」


「手ぶらだけど。あ、もう書くの?」


 何を書きたいのか疑問に思ったが、冬城くんは申請カードを持っていた。施設前方の生徒会役員から用紙を受け取り、わざわざ座ってぼーっとしている僕のところまで戻ってきたのだ。果たして彼はお人好しなのか、世話焼きなのか。

 申請カードについては、紹介が始まる前に説明があった。再来週の月曜日から始まる仮入部期間にて、参加してみたいと思う部活動の専用コードと自分のクラスや名前を記入するための用紙のことを指し、これを生徒会が学園内に五体も設置しているミスター・パクパク(名前とデザインが時代の先を行き過ぎているけれど、いわゆる生徒会への書類提出ボックスのこと)に入れる。

 集計してどうするのか知らないが、何かの役に立つのだろう。

 正式な入部には、必要事項を記入した入部届にその部活動の長の署名をもらい、顧問に提出するらしいのだが、まだ先のことだ。

 また、五体のミスター・パクパクのうち選ばれた一体が持ち場を離れて前方にいらっしゃるから、申請カードをもう提出することも可能である。

 だから、集められた一年生は教室に戻るか申請カードを記入するか、二手に分かれた。本来、僕は圧倒的マジョリティーを誇りし戻る側の人間だったが夕飯のメニューをどうしようかとぼんやりしていたら出遅れた。


「バスケ部?」


「うん、そう」


「万年筆で書けば?」


「普通、こういうのってシャーペンでは?」


「万年筆だって筆記具だよ」


 不満そうな冬城くんは周囲を見渡して、不意に一人の女の子を指定する。


「あの子の名前は? ポニーテールの」


「佐原さんのこと?」


「ですよね、知ってました」


 教室では隣の席だから、そうだろうね。

 そう思ったときには、冬城くんは彼女に話しかけていた。


「あのあの、サハラさん! 筆記用具、忘れちゃって。シャーペン、かしてもらえますか?」


「え、あ……うん。どうぞ」


 彼女は戸惑いながらも筆箱からピンクを基調としたキャラクターもののシャーペンを差し出す。冬城くんの「ありがとう」と親しみやすい笑顔に、はにかみを返している。

 冬城くん、君も十分に「すっげー!」だよ。

 専用コード表を確認するために移動した彼の横から冊子をのぞきこむと、部活ごとの紹介文も載せられているのが見えた。黒い文面が多い。

 探し方が雑だったからか、目的のコードを見つける前に最後のページまで行きついた。

 浮かんだ違和感について冬城くんに質問する。


「発表された団体って、二三だったよね?」


「え、数えてないですけど」


「でも、部活動の紹介、その冊子では見開きページで四つの団体が載せられているけど、最後のページも埋まってるから偶数だけど、発表団体は二三で奇数。変だと思わない?」


「カウントミスでは?」


 そういわれると、そんな気がしてしまった。終わったばかりの会の内容を簡単に思い出す。

 

 ――生徒会役員のあいさつ、ミスター・パクパクについての説明があってから紹介に移った。

 文化部

 吹奏楽、演劇、合唱、軽音、イラスト、茶道、華道、書道、弓道、剣道、柔道、合気道、IT研究会、数理研究会、鉄道研究会(十五団体)

 運動部

 野球、サッカー、バレーボール、バスケットボール、テニス、陸上、新体操、スノースポーツ(八団体)

 最後は司会の言葉で締めくくり。――

 

 十五と八で二三、やはり間違いではない。紹介された団体と冊子にずれがある。


「ちょっとかして」


「え、まだ探し」


「男子バスケットボール部の専用コードは五一三八と大文字のM」


「え? あ、うん。ありがとう」


 左利きだから普段から人の左側に立つ。目的のコードは見開きページの右側にあったから、彼がページをめくっているときに別のことを考えていたけれど視界には入っていた。

 他の思考を止め、発表と冊子で一致しない団体を特定するのに専念した。


「調査技術研究会?」


 見つけた団体名を読み上げた。載せられている紹介文にも目を通す。



 

 困ったことがあれば是非。

 別館6階の多目的ルームEにて、ご相談にのります。

 緊急でしたら、直接会員までよろしくお願いします。

 お待ちしております。

 活動月、木、土

 会員高校二年一組九条、三組若宮

 一年二組加藤



 

 空白が目立ち、紹介より宣伝色が強い印象を受ける。


「おーい、日野くーん?」


 目と冊子の間でひらひら動かされている手にはっとした。


「あ、はい。ごめん、どうしたの?」


「カード、書きます?」


「あ、はい。いえ、書かない」


「そっか。サハラさーん、ありがとう!」


 冬城くんはシャーペン返却のために駆けて行くと、さすがミスター・コミュ力はそのまま会話を楽しみだしている。

 何を主食にしたらそんなに自然に人と話せるようになるのだろう。


「すっげー」


 そんなことをぼやきながら、彼らの後ろに続いて教室へ戻った。


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