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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File02 結び目をほどく
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したたかな彼女 2

 

 建物の最初に足を運んだ、雑貨屋の前――特に何をしているでもなく、壁を背にしゃがみごんでぼんやりと宙を眺めている。わざと足音を立てて彼女に影を被せた。すると顔をほころばせて手を伸ばしてきた。


「……まさ!」


「何してんの、本当にさ」


「えへへ」


「笑い事じゃないから。ふたりとも心配してるよ」


「ごめんなさーい」


 まったく謝罪の気持ちも反省の様子も見られないが、諦めるしかないこともある。ため息が出ないとは言わないが。その手を掴んで立ち上がらせて歩き出した。背後からの軽い足音を重ねながら、待たせているふたりにLINKsで見つかったことを報告。すぐに既読のマークがついた。


「なんでこんなとこいるの?」


「まさなら来てくれると思ったから」


「来なかったらどうしてたんだよ」


「わかんない」


「あのさぁ」


「だって、まさのことなら信じてるもん。優しくていい人だって、知ってるもの」


 力ない自嘲が漏れた。首を傾げられる前に、ごまかそうと背を向けた。


「戻ろう。ふたりを待たせてる」


「うん!」


 なぜ彼女は僕を信じられるのだろう。僕でさえ自分を信じられないのに、どうしてそこまで盲目的に、一抹の不安を覚えずに平然としていられるのか。

 愚かな自尊心で勝手に彼女を嫌って傷つけていた。彼女の目の前で父親といられる優越感に浸っていた。

 ……そんなやつを、どうしてこうも信じられるのか。


「ねえ、めいちゃんだったら?」


「何が?」


「まさ、めいちゃんに手を出されたら握り返す?」


「……時と場合による」


「そっかぁ」


 ふたりで階段を下っていると、智博からメッセージが来た。あちらも人どおりが少ない場所へと移動したらしい。なんでも、赤嶺さんが顔バレしたとのこと。やっぱり、そういうこともあるんだ。まあ、メガネだけじゃ心もとないから仕方ない。普段はどうしているんだろう……指定された場所へ歩きながら考えたが、答えが出るわけがなかった。

 到着する曲がり角の直前、ふたりの話声が聞こえてきた。内容が聞こえるようになり思わず足を止めた。


「それで、本音は?」


 若干どこか相手を試すような口調で智博が尋ねた。珍しい声色が気になり、背にかばうようにして妹を足止めした。やがて赤嶺さんため息混じりに答えた。


「へーぇ、そんなに気になるんだ?」


 あ。これ続きは妹に聞かせちゃいけないヤツだ――赤嶺さんの声色から咄嗟に両手で小さな耳をふさいだ。塞いだ手をぺしぺしされたが、


「紙切れ一枚で肯定も否定もできる関係に浮かれるなんて、バカみたい」


 正直、それどころではない。無視して続きを待っていると、いつもの声色に戻って


「これでご満足ですか?」


「……もう隠さなくていいんすか?」


 智博の言葉に全面的に同意しながら、そっと曲がり角から体を伸ばしてふたりの姿を捉えた。壁に背を預けて表情を硬くする智博に対して、その陰に隠れて赤嶺さんは足を組み替えた。


「嫌なんでしょ? 隠されるの」


「さすが、ご明察。降参です」


 おどけるように両手を上げたところ、赤嶺さんにオーバーオールの肩紐を引っ張られて体勢を前方へ崩した。


「……へ?」


 何が起こったのか理解が追いつかないらしく、左手を頬に触れさせて目の前の少女を正面から見つめた。こちらも、彼の後頭部を見つめたまま開いた口がふさがらない。ふと視線を上げた赤嶺さんと視線が合ってしまった気がした。そっと目を細められ、焦って壁に隠れ直した。もう一度だけ確認すると、彼女の瞳に移っているのは智博だった。


「私、友達想いの優しい人間ではありませんし、これからもそうなるつもり1ミリもありませんから。そのような人間に喧嘩を売ったこと、どうぞ心ゆくまで後悔してくださいね♡」


 言葉が出てこない智博は手を戦慄かせ、宣戦布告され終るころには首筋まで赤くなっていた。やがて両手で顔を隠しながら、ようやく「その……想定外かな、いろいろ」と答えた。


「ふふっ、ずいぶんと初心なんですね。それは私も想定外です。ところで、日野くん。いつまでそちらにいらっしゃるんですか?」


 また柱に隠れなおして「あー……はい。あ、あの。はい。すみません、つい。ノンフィクションの世界では初見でして」声だけで答えた。バレていたなら無意味だと察して投降、完全に曲がり角から体を見せた。もちろん、妹も巻き添えにした。ずっとぺしぺしされていて手の甲がくすぐったくなってきた。「あら」首を傾げた赤嶺さんに


「ご心配なく。聞かせても見せてもおりません」


 ドヤ顔で答えてみせたら「ふふっ、抜かりないのね」と可笑しそうに目を細めてくれた。とりあえず妹の聴力を解放して、僕は壁に張りついた。迷惑とか、そんなのは知らない。もう「マジかー」としか考えられない。


「ねえ、何のお話してたの?」


「なんでもないのよ」


 ふたりに駆け寄った妹が尋ねる。顔だけ向けると苦笑した赤嶺さんと目が合った。妹は何を考えているのか、何も考えていないのか、こてんと首をかしげて智博に尋ねた。


「そうなの?」


「へぁっ、はい! ノープロブレムだよ、とっても!」


「君にはまだ早い」


 ひとまず、ごまかすしかないと思った。赤嶺さんも智博も説明する気はなさそうだったので、便乗しておいた。

 正直、このあとの水族館、記憶ない。いや、あるけれど。漂うくらげに憧れを抱きながら時間を過ごした。あー、何も考えずに漂いたい。


「あ。もうこんな時間なんですね。この辺りでお開きにしますか?」


 赤嶺さんが携帯のスクリーンを見せてくれた……十七時三〇分過ぎ。たしかに、二十時に就寝する妹のためにももう帰ったほうがいいかもしれない。


「オヒラキ?」


「お家に帰ろう、ってこと」


「帰るの?」


 泊まるつもりでした??

 寂しそうにシュンとされても困る。ただ「大丈夫だから」と軽く背中を叩いてやると、うつむいたまま「トレース?」と返ってくる。もちろん「トレース」と返して、そっと小さな背中を押した。智博と赤嶺さんにまっすぐ向き合って、言葉を探す。ふたりとも優しく待っていてくれる。やがて言葉を決めた妹は深く息を吸い込んだ。


「あのね……また一緒に、お出かけ、したい……です」


 ……はい、お見事。


「あの子には、大人になってもそのままでいて欲しいですね」


「同感です」


 水族館を楽しんでいる間どこか噛み合わない様子だったが、圧倒的な尊さの前には些末なことらしい。ふたりの言葉を意訳して伝えると表情が綻んだ。感謝をこめてふたりにサムズアップを贈った。


「てぐすねは引いておくから。ご心配なく」


「手と薬と火と……束みたいなやつ!」


「ああ、うん。手薬煉ね。そうだね」


 同意を示すと、嬉しそうに赤嶺さんに抱き着きに行った。続いて壁に張りついてるやつに尋ねた。


「大丈夫?」


「ムリかも」


「大変そうだね」


「大変ですけど?」


 いつまでも張りつかれてても困るから軽く服を引っ張った。女子ふたりはもう曲がり角に消えていた。


「良い人ってなんだろう」


「何が?」


「肇くんがね、ああ、えっと、水島先輩」


「わかるよ。バスケ部のキャプテンの人でしょう?」


「そう、その人。部活のときに肇くんがあやちゃんに、冬城のことどう思う、って聞きやがったんだよ」


「ああ。それで 良い人かな、思う、ます って言われたのか」


「なんとなく似てるのむかつく。言葉遣いそのままだし」


「まあ、あいつの良い人認定は貴重だよ?」


「いや、良い人だよ? 普通に考えて」


「あの子、普通じゃ無いけど」


「……マジ?」


「うん。普通に考えれば、まあご想像通り、望み薄いよね。だけど、あの子、普通じゃないんだよ」


「そっか、DNA一緒だもんね」


「うるさい。……で。学生らしく告白とかするつもり?」


「はぁっ?!」


「しないの?」


「いやいやいや、付き合ったとして、何するの?」


「……恋人っぽい、こと」


「わー、何にも参考にならない」


「うるさい、僕の語彙の限界。とりあえず聞く相手を弁えて」


「あ、確かに。ごめん」


 ははは、当然の評価が返ってくるとイラっとすることすらできないらしい。視線に対して「何?」と返すと


「いや……。その、良いんだーって思っただけ」


「何それ」


「だって、ほら。真記、あやちゃんのこと大切にしてるから」


「別に、智博になら良いよ」


「何が?」


「お義兄さんって呼ばれるの」


「何言ってんの」


 無条件に思いやり寄り添ってくれる人間がこの世にはたまーにいらっしゃる。で、妹にとって、それは僕じゃないというだけの話だ。たぶん。

 話しているうちにお土産屋さんで足止めを食らっていたふたりに追いついた。シャーペンが気になっているらしい。当然のように女子ふたりの談笑に混ざりに行った智博に、すっげー、と尊敬の念を送っているとLINKsに反応があって確認した。

 赤嶺さんからのメッセージがふたつだった。ふたつめがスタンプのため、ひとつめのメッセージが見れない。未読するつもりはなかったから、タップした。



 今度、一緒に外出できますか?



 首をかしげるリスのかわいらしいスタンプ。なんだか彼女らしいチョイスだと思った。智博と妹がお土産屋さんのぬいぐるみに夢中になっている、すぐ後ろ。何でもないように携帯を操作していた。

 目の前にいるが、メッセージを選択した意図が読み切れない以上、話しかけるのではなく返信することにした。



 僕は基本的にヒマなので。

 智博とあやにも聞いておきますけど、赤嶺さんが

 次に行きたいところはどこですか?



 いえ。

 みんなで行くのも楽しかったのですが、

 ふたりきりのほうが良くて……



「はい?」


「ダメ、かな?」


 いつの間にかすぐそばに来ていた。数歩ほど後ずさって冷静になろうと試みた。


「ちょっと、あの、あれです。少々お待ちください。クレランボー症候群予備軍入りはごめんです」


「ちょっと困ってて、相談できるの、真記くんしかいなくて……」


「困りごと?」


 潤んだ瞳が伏せられ、罪悪感やら背徳感やら処理が追いつかないものが吹き荒れる。……いえいえ、お待ちくださいね? 智博との、あのやり取りを見せられてからこのような対応されたところで


「難しい、ですか……?」


 やばい。大丈夫なんて言えないし、僕は案外チョロい人間かもしれない。もう人の心配してる余裕ない。

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