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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File02 結び目をほどく
28/32

したたかな彼女 1

 スプーン片手に舌鼓を打つ妹を眺めながら思う――いつもオムライスで飽きないのだろうか。


 いや、外食だからこそか。家庭では到底再現できない技巧を凝らした、その解けそうな柔らかさと絶妙な湯気を纏う温もり……これはまさに外食だからこそ。器具から集める必要がある。まあ、現実的にはそんな単純ではない。ヘアアレンジやファッションセンスは動画や雑誌を見ながら訓練すれば見られるものにはできるが、料理となると繊細な火加減や食材・調味料を用意することが専門の領域だ。もう何でもいいや、とりまおいしいし家から近いからリピ確。


「なんやかんやDNAは同じだよね」


「ええ、確かに」


 オムライスを食べることにDNAの相関関係を見出さないでほしい。

 そんなこんなでキッシュを食べ終えた赤嶺さんが「少し失礼します」とだけ、ひと言告げて席を離れた。小さなカバン片手だったため、お手洗いだと思って何も気にせず見送った。


「ね、智博。さっきのどういうこと?」


 赤嶺さんの姿が見えなくなってから隣で米粉ナポリタンをフォークに巻きつける意識高めな智博に声をひそめて尋ねた。首をかしげられて「芸能人だってやつ」と答えた。


「ああ、芽生ね。フツーに、どっからどう見ても雨宮一葉じゃん」


「あまみやかずは……?」


「幼稚園児くらいのときのドラマでヒットしてから有名でしょ。天才子役、雨宮一葉。最近も色んなドラマとか映画出てるよ」


「そっか、有名人だったんだ。どおりでどっか聞いたことある声だと思ったわけだ」


「どっか、って。お前なぁ……。同年代で一番勢いあるのに、知らないわけないっしょ。ほら」


 最後のひと口を頬張りながら、携帯で何かを検索する。やがてスクリーンを見せつけられた。『香坂輝の事件簿 ~その謎解き、おいくらですか?~』のメインビジュアル、メインキャラらしく赤嶺さんの大きめの姿が写されていた。カジュアルな服装もお似合いだ。


「あ、これ知ってる。エンディング曲がカナハルの 最後の証拠 だった」


「何その覚え方。棒読み演技で騒がれてたじゃん」


「へーぇ、あまりテレビ見ないんだよね。あ、それにこれあれだから、原作者、沖崎帆尊の小説でしょ?」


「本、読むんだ」


「なんで?」


 智博の視線が対角線上の妹へ向けられた。言葉がなくとも、言いたいことはわかった。


「同じにしないでよ。だいたい、あの子の日本語力、幼稚園児なんだから」


「幼稚園児って」


「実際、日本語より英語のほうが通じるし」


 同じオムライスを頼んだが、妹より一足先に最後のひと口を頬張った。落ち着いてからまだ食べ終わりそうにない面々を横目に、携帯を取り出した。「赤嶺芽生」で調べても無駄なことが判明したので「あまみやかずは」で検索した。さすがネット記事、たくさんでてきた。






 笑顔で癒し、涙で泣かせる! 表情豊かな天才子役5選!



 不動の天才子役は、やはり一葉ちゃん。いや、もう一葉さんかな? 本当におっきくなったねぇ……。ご近所さんレベルで成長見守ってきたから感慨深いよ。でも、せめてティーンエイジャーになるまでは一葉ちゃんって呼ばせて欲しいな。


 ……いや、待て。あと半年もないの!?




 ポスト雨宮一葉はこの子たち!!



 松本羅那(7)

 ちっちゃい頃の一葉ちゃんと雰囲気が似てる。とにかくかわいい。太陽みたいな笑顔サイコー。露出の年だから出演数増えてきて大変だろうけど、くれぐれも無理せず、がんばってね!


 しぐれさとい(11)

 性別違うけど、ザ・名演者。一葉ちゃんと共演経験もあって、なかよし姿をたくさん見せてくれた。「ゼロからの恋愛理論 #ゼロ恋」の泣き演技ではこっちの情緒がヤられて無事に致命傷。


 藤田光莉(10)

 最近デビューした子だけど、………………






 いや、たくさん記事が出てきたのはそれだけ「雨宮一葉」の知名度が高いためか。適当に目を通しているだけでも世間の評価が高いとわかるし、去年には香坂輝シリーズ最新作が放送されている……待って、もしかして受験勉強と仕事を両立させていたってことか?


「すっげー」


 続いてようやく見つけた該当するだろう〝雨宮一葉、天才的演技で棒読みすら再現!〟と題がつけられた数十秒ほどの動画に指を触れされると



『何も知りません。無駄な御足労ですよ』



 本当に起伏が無い。無名の新人がすれば炎上しかねない演技でも、実績がある人間がすれば評価が一変する。


 何をするか

 誰がするか


 やはり、どちらも重要ファクターになり得るらしい。


「お待ちくださいどうして日野くん、いえ、そういうの、ちょっと、とりあえず外で調べないでください……!」


 携帯のスクリーンが繊細な手でふさがれた。振り向くと、赤面している赤嶺さんがいた。棒読みの表情とのギャップがすごい。


「せめて音無しでお願いします!」


「あ、はい。配慮が足りず、すみません」


 赤嶺さんの、お珍しい反応。配慮するつもりは毛頭なかったが、申し訳なくなるよりも新しい姿を見せてもらえて感情が揺れる感覚のほうが大きい。一歩引いたような落ち着いた反応ばかりだったのは、妹と一緒にいることが多くて勝手に比較してしまっていたり大人と関わることが多そうな仕事をこなしていたりしてきたからだろう。

 ふとテーブルに視線を下ろした。

 そのとき、ようやく気がついた。


「伝票は……?」


「ん?」


 僕の言葉で智博も気がついたらしく、テーブルに視線を滑らせた。


「あれ、ご迷惑でしたか?」


 首をかしげる赤嶺さん。


「水族館、早く行きたくて。先に済ませたほうがスムーズかと。あやちゃん、まだ食べてますし」


 その小さなカバンにはちゃんと財布も入っていたらしい。ご安心を、ちゃんと個別会計と変わらぬ出費になるように赤嶺さんにお支払いしました。

 ただ、早く行きたいところ申し訳ないが、予約しておいた水族館の入場券は十四時からのもの。大きく時間を持て余すことになった。幸い複合施設なのでさまざまなお店がある。大型書店を希望すると、難なく承諾してもらえた。

 現代っ子四人組なのでエレベーターに乗り込んで階下へ。

 休日の昼下がりにもなると人が多い。で、多くの現代人はムダに歩きたがらない。エレベーター内の人口密度が上がっていく。そのドサクサに紛れて智博はバランスを崩したらしく赤嶺さんに壁ドンなるものを為した。


 ガン見、不可避。


 紳士ごとく、壁ドンの際、ちゃっかり赤嶺さんの後頭部をもう片方の手で支えていた。


「ごめん」


「ううん、ありがとう」


 どこのドラマだ。撮影でもしてるのか。いいや、スクリーンで隔てられているわけではない。なるほど、これなら良い匂いがするはずである。……待った、これではもはや変態だ。


「死んだほうが良いかも」


「どうしたの?」


 妹の無垢な問いにどうにか「聞かないで」とだけ答えられた。しかし、メインの楽しみはまだまだこれからなのに、もう移動だけで疲れた。

 それはさておき。一旦、置いておこう。

 さすが複合施設の大型書店。蔵書数が多い。加えてラインナップ的に店長とは趣味が合うかもしれない。


「真記くんはずっとそちらに?」


「買えるかどうか吟味してます」


「冬城くんは?」


「この辺にいる。好きなとこ行っといで」


「ありがとうございます。では、雑誌エリアにいますね。数十分ほどで戻ります」


「ほーい」


 赤嶺さんは足取り軽く目的の棚へ向かっていく足音が過ぎた。不意に沸いた疑問を吟味せず智博に尋ねた。


「そういえば、どうだった?」


「何が?」


「本、渡したやつ」


「あー、えっと……」


 こいつ、絶対に読んでない。わざとらしく落ち込んでみせると、智博は落ち着きを失って髪の毛をいじりだす。


「読もうとはしたけど、やっぱり読めなくて」


「テスト期間には渡してないから、時間のせいじゃないよね」


「えー、どうだろう。三年くらいあれば一冊は読めると思うけど」


「うん、時間のせいではないね」


 さすがコツコツ型の集大成のような人物である。他方、こちらとしては三〇〇ページある本をわざわざ無理に読んでもらうつもりは無い。


「じゃあ、何のせいだと思う?」


「相性でしょ。一応、レポート調というか、そういうお堅い文調を選びはしたんだけどね。そっか。『ガトーショコラ』もダメか」


「ごめん」


「別にいいよ。わかってて勧めてるわけだし」


「だけど、もう五冊目だよ?」


「この世に何冊の本があると思ってんのさ。五冊くらいなんてことないよ。次は何がいい? 面白い本? 読みやすい本?」


「じゃあ、両方」


「了解、御曹司」


「その呼び方、やめろ」


「ごめんごめん。それとさ……」


「それと、何?」


「赤嶺さんのこと、気になってるの?」


「は? 気にしてんのは真記でしょ?」


「いや、そういうわけじゃなくて、だって、あやと仲良くしてくれているから」


「そんだけ?」


「そんだけ!」


「まあ、きれいな顔してるもんね。見せるための顔っつーか」


 きれいな、顔……ああ、前に見たことある気がする。人間は美しいものに惹かれる本能がある云々に関する論文だったか。そのような本能は人間の顔に対しても例外ではなかったはず、待って、これ以上は論文の詳細を思い出したくない。外見だけで惚れてる可能性があるとか、そんなの許されているのは陽キャに限られているのであって、そもそも僕は内面重視を心がけてきたのにどうしてだって妹見ていれば外見重視の危険性がよく


「なんか最近さ、真記の考えてることわかるようになってきちゃった。ちげーよ? 芽生は役者だからでしょ? そうじゃないなら、さすがにあそこまで表情の管理完璧なのは引く……って話。お前の恋愛観は何にも関係ないから」


「表情管理?」


「俺だって人前に出ることあるから多少はするけど、あのレベルは次元が違うじゃん」


「人前……じゃあ、智博のお兄さんもしてるの? みんなしてるの?」


「兄貴? いや、あの人は表情筋死んでるから管理も何もないよ、例外だね。不器用が偏見纏って歩いてる感じ」


「そこまで言う……?」


「まあ、人望は厚いからいいんじゃない? つーか、真記だってあやちゃんのこと言いたい放題じゃん」


「あの子の場合はもれず事実だから」


 ふと視線を投げたとき、彼女はちょうど立ち去ろうとしていた。そのとき、自然のまま下げられた彼女の腕を、咄嗟に掴んだ手があった。

 妹は数度だけ瞬きすると首を傾げた。


「冬城くん?」


「どこ行くの?」


「めいちゃんのところ。雑誌のほう見たいって言ってたから。あっちでしょう?」


「……そっか。うん、わかった」


 それだけ伝えると、智博はひらひらと手を振って見送った。振り返す姿が見えなくなってストンと力なく手が下された。


「で。どうした?」


「どうって、何が?」


「今の」


「お前しつこいんだよなーぁ」


「我ながら特許取れるレベルではあると思ってる」


「何言ってんの」


 ごまかされないように無言で圧力をかけると、諦めたように吐き捨てる。


「なんか、よくわかんないけど怖くなった。それだけ」


「確かに切迫って感じの顔してたね」


「……うん」


「で、何が怖かったわけ? あ。あの本、自力で取ってくれれば別に答えなくてもいいよ。芳樹暁の『長い夢見』ってやつ」


 にこやかに、踏み台があっても僕には届かないだろう高い位置にある本を指示した。智博は苦笑いしながら「本当、いい性格してるよね」とつぶやいた。深く息を吐き出すと、軽やかにジャンプして該当する書籍を的確に棚から抜き取った。ニコニコしながら書籍を差し出して


「じゃあ、ご想像にお任せしとく」


「……どうも」


 神さまいらっしゃるならお答えください……コミュ力だけでなくフィジカルも強いのはありですか?

 あ、これ見たことないと思ったら今日が初版だ。本当に芳樹氏は広告がんばるときとさぼるときがあるから困る。いや、編集者や出版社の責任か? だとしても公式SNSくらい動かしてほしい。




 ――5月に単行本だしますー。よろしく。 芳樹暁――




 あー、うん。一応は動いてたな。3月に一度だけ。芳樹氏のSNS、本人に期待したらダメだな。周りがどうにかしないといけないのに。しっかりしてくれ。困るのはこっちなんだから。代わりに美麗な書影をにらみつけた。


「ふふ、真記くんまだ決まりそうにありませんか?」


 ふわりと笑いながら赤嶺さんが戻ってきた。


「え、あやと一緒じゃない感じですか?」


「あら、こっちに来ていたの? ごめんなさい、入れ違いになったのかも」


 言い終わるのが早いか、赤嶺さんは踵を返そうとした。


「僕探しにいくから。智博と待っててください」


「ですけど」


「ふたりとも携帯で連絡取れるでしょう? あの子、携帯持ってるのに持ち歩かないので」


「それなら一緒に探したほうが早くない?」


「大丈夫、一応DNA同じだから。すぐ見つけてくる」


 妹を早く見つけたいのと。

 あのふたりを放置しておきたくないのと。

 智博に書籍を押しつけて叱られないくらいの駆け足で移動した。雑誌エリアはそこそこ広かったが、妹はいなかった。大丈夫、想定内だ。


 さて。


 彼女がここへ来たとき、赤嶺さんはいなかった。姿が見えなかっただけかもしれないが、そこまで混雑はしていないし雑誌エリアの見通しは良い。確認するのに一分もかからなかっただろう。そうなったら、この書店内地図が目に入った彼女が赴くのは……少し離れた学術書・専門書エリアだろう。


「……あれ?」


 駆け足で確認したが、人ひとりいない。ほかにあの子が興味が持ちそうなエリアはもう無い。絵本エリアか? いや、小説エリアから雑誌エリアに移動するときに視界にはいる。身長二ケタの子どもと妹を見分けられないわけがない。さすがにあの子そこまで小柄ではない……ということは、書店内にはいないのだろう。

 面倒だと思いながら書店から出た。時間柄か、そこそこ混雑している。このあたりでこの混みようならエレベーター、エスカレーター付近はもっと人が多いはずだ。それなら、階段を使たかった。

 そうだ。書店にいないなら、きっと……

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