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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File02 結び目をほどく
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疑問への解説

 最近、自覚できたことがある。

 僕は気になることがあれば潜在意識からそれなりの対人コミュニケーション能力が引き出されるらしい。そのおかげで、こうして入部すらしていない調査技術研究会の部室でも厚顔無恥な態度をとれる。


「そういえば、先日の事件前のやつをちゃんと解説してほしいと思ったんです」

「心当たりはないな」


 ソファーの上で猫のように伸びながらあくび混じりに言われようと、暖簾に金属バットで対抗したい系男子なので話題を投げつけた。


「あれですよ。初めてお話したときの……

 ――へーぇ、弦楽器を演奏するんだな。吹奏楽に、いや、軽音にでも入るのか? あ、だからと言って君がたとえどんなに素晴らしいギターソロを弾くとしても私は絶対に行かないぞ。大きな音は好みじゃないんだ。いいな? 今日来たのはトラブルメーカーの妹の尻ぬぐいか? うむ、違うらしいな。自分の探し物か。どうやらかなり重要なものらしいね。無いと困るもの。財布、定期、携帯……いや、違うなぁ。何かの記念品か? おおっと、何か言おうとしていたかな? すまない。で、何を探しているんだ?――

 とおっしゃっていました。僕がどうしてわかったのか尋ねたところ、

 ――経験からの推測だ。眠いんだ。早く要件を言ってくれないか?――

 と返答してくださいました。それについてです」


「名札、ネクタイの色から名前と学年。また、右手の四指の腹だけが厚くなっているから片手で弦を押さえて演奏する弦楽器の演者、体格と一般性からヴァイオリンあたりを弾いていると予想したがその指になるにはかなり熱心に演奏しているはずだがそのようなヴァイオリン弾き特有の顎の突起物は見られない。ならば、演奏するのは他の楽器だろうと考えた。そのとき、通学カバンに付けられたストラップが裏返った拍子にguitarの文字が見えた。以前、軽音部の人間から相談を受けたことがあり、多少は知識があったからそれをそのまま述べたんだ。

 ああ、そうだ。妹さんについて。それについては、推理でも何でもない。ルリは中等部の生徒会や教師陣と親しいから情報を仕入れやすくてね。今年の新入生は八六名。日野という名字の人間が二人も同じ学年にいるというのは偶然ではないだろうと思ってね。

 それから、あの時期に中学一年生がこの部屋に来る理由はないと言っても過言ではない。想像し得る理由でカマをかけたら君がわかりやすい反応をするものだから、少しやり取りを続けてみたのさ。

 で、最終的には相談するのは無理だと判断し自ら帰ってもらうつもりだった。経験上、あのように勢いよく情報を吐き出せば皆、帰ってくれたからね。いや、もう皆ではなくなってしまったか」


 期待していた滔々たる語りを拍手で歓迎すると、先輩は、どこか得意げに「ほら、経験からの推測だ」とつぶやいた。


「お見事です」


「別の情報源もあったが、そちらあまりあてにはならないから情報から除外した」


「はい?」


「トラブルメーカーは妹さんではなく、君だったからね。故障したレコーダーというわけではなさそうだから、設計者のミスかな」


 トラブルを持ってきた覚えならあるが、作った覚えはない。不満はあるが「そういえば」と、不意に浮かんだ疑問を解消するほうを優先した。


「まだ何かあるのか?」


「ここの顧問の先生ってどなたですか? 先輩、顧問の先生がいらっしゃっても、その……」


「梛木だからな。何も問題ない」


 梛木先生は中等部一年四組の担任でもあるので、なんとなく人となりはわかる。淡々としていながらのんびりした性質のように見える。ひと月も授業を受けたりホームルームでの対応を見たりしているので、周囲との認識の齟齬は小さいだろう。それがこの研究会に対しても健在ならば、先輩の言葉にも納得できた。

 他方、やはり疑問はつのる。


「他には?」


「いえ、若宮先輩にではありません。ごゆっくりお休みください」


「それはどうも。助かるよ」


 若宮先輩は今度こそブランケットを頭から被って光を遮断した。

 前の席で授業中に堂々と眠るクラスメイト・七草さんがブレザーを頭から被るのも、同様の理由なのだろう。

 クラスメイトといえば……自然と九条先輩へ視線が移った。以前、ここへ智博とともに赴いたときを思い出す。九条先輩とも親しそうに話していたので知り合いか尋ねると、彼はなんと答えたか。


 ――うん。兄貴の婚約者だよ――


 おわかりいただけるだろうか。意味を図りかねる、この感覚を。

 本来なら根掘り葉掘りとことん気が済むまで聞き出してやりたいところだったが、翔衛学園を舞台にした連続殺人事件の序幕が上がってから間もなかったため、優先順位を高くできなかった。事件解決後も、小学生のころとは異なる試験方式に立ち向かうため、前述のとおり試験勉強で正直それどころではなかったのだ。

 いや、だからといってご本人に何を聞けばいいのか。相手が智博だったから聞き出してやりたいと思った。しかし、九条先輩は穏やかそうな方だが、非常に顔が広く、本当に耳聡くていらっしゃるし…………本能が教えてくれる――敵に回してはならない人種であることを。

 ふと目が合ったので思わず逸らしてしまった。

 続いて、ちょうど目を反らした先で作業をしている加藤先輩の観察に徹することにした。 彼について、ひとつ仮説があるのだが、なかなか突拍子が無いし確信はあるのだが断定するには少々不安な時点。まあ、観察を続けたところで進展はしないだろうけれど。

 気がついたらしい加藤先輩に一瞥される。


「何?」


「その眼鏡、度は入ってますか?」


「まあ、そりゃあね」


「外さないんですか?」


「必要だからつけているんだけど」


「でも、あまり強くないですよね?」


「ブルーライトカットがメインだからね」


「……」


 さすが若宮先輩の後輩さん。埒が明きそうにない。

 いいや、どうにでもなれ。もうそろそろカマかけてみよう。二度目にもなれば、うまくできるはず。


「加藤先輩、いや、梛木先生とお呼びしたほうがいいですか?」


「何くだらないこと言っているんだ?」


「こう見えても間違い探しは得意なんです。眼鏡外していただければもう少し正確に検証できるとは思うのですが」


 ここで眼鏡をはずしていただければ、謝罪しよう。しばらく沈黙に身を任せていると……


「……っふふふ」

「く……ふっ……」


 抑えに抑えた笑い声。くぐもったほうは若宮先輩だろう。九条先輩は口元を押さえて俯いている。

 続いて「笑わないでいただけますか?」と。聞き覚えがある、いや、どちらもあるにはあるが、ここにいない人物のほうの声が聞こえてきた。


「ルリのほうが笑っているだろう」


「ナオだって笑っているじゃない」


 視線が移ろう。移ろう。どうやら、お三方はグルというやつだったらしい。


「正解ですか?」


「よくわかったわね、同一人物だって。わたしたちも梛木さんの変装は教えてもらえないとわからないのに」


「虹彩と耳紋が同じです。違うのは、服装と髪型と身長と性別と声色と」


「普通、それだけ違えば別人と判断できるのよ?」


「残念だな、ルリ。彼は普通ではないのだよ」


 持ち直した九条先輩。体を起こした若宮先輩。おふたりに続いてため息交じりの声。次はここにいる人物の声だった。


「考えてみてください。〝加藤匠〟のほうが身長五センチ高いし、カツラで髪型も髪色も違うし、変装メイクしてるし、何より性別違うから完璧にいけると思ったら、虹彩と耳紋で同一人物認定されるなんて思わないじゃないですか。一体全体、どうなっているんですか!?」


「申し上げたでしょう、日野少年は特殊だと」


「生憎、自分は貴方のような崇高な頭脳を持ち合わせておりませんので一から一〇まで説明していただけませんと危機感を持てませんねぇ」


 不満を隠そうともせず、若宮先輩をにらみつける。


「それに、瑠理様も尚将様も、面白がられていたではありませんか! 四月のとき、自分が受け持つクラスの生徒と加藤匠のときに関わりたくないのをご存知でありながら」


「えー、そうだったんですかー?」


「初めて聞きました。全くわかりませんでしたわ。ねぇ、ナオさん?」


「同意だな」


 珍しく棒読みのお二人。

 一方、こちらの方は笑顔で我慢している。大人だ。あっ、大人か。いや、どちらが本当の姿なのか?


 ああ、そうか。

 僕に対してはじめからタメ口だったのに智博にたいしては敬語を使っていたりブルートゥースイヤホンや眼鏡が不要そうなのに使っていたりことから何かあるかもしれないと考えてみたが、先生のときも生徒のときもやりずらそうな感覚は見られない。

 だから九条先輩は、「教えてもらえないとわからない」のか。


 結局、わからないことを減らそうとしたら新しく疑問がわいてきた。まるで推理小説だな、とおもいながらお三方のやり取りを眺めていた。

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