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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File02 結び目をほどく
24/32

いざ部活動へ

 部活開始だという九時まで、あと一〇分程度。

 マネージャー陣は基本的にお忙しく準備を進めている。ウォーミングアップ代わりらしく、水島先輩・森園先輩VS柊先輩・田村先輩の即席チームを組んだ中学男子バスケ部二年生、三年生はミニゲームを始めた。この距離だと、かろうじて会話が聞き取れる。


「マジで朝から癒しだなぁ、あの子」


 と言ったのは、シュートを打った森園先輩。あの子というのはおそらく、学校のジャージ姿の女の子を指しているのだろう。

 ノートにペンを走らせながら、隣の智博や篠原先輩に軽く引かれている。あんなの無視して大丈夫なのに。


「金なら出すから入部してほしい」


 田村先輩はそう述べつつ、眠そうな割にはキレのあるプレーで森園先輩のシュートを阻止した。


「金の前に自分を沼から出せ。それと」


 田村先輩からの鋭いパスを受け取りアウトサイドから美しいアーチを描いたシュートを決めたのは、柊先輩。


「もう入部してるよ、あの子」


 水島先輩は同学年の副部長から言葉を繋げ、スローインした。


「え。しんどいんですけど」


 ドリブル開始直後、森園先輩は手元を狂わせた。そのままボールは柊先輩へと渡り、田村先輩への軌道をたどる。


「ボールキープ下手かよ、ヘナチョコ水島か。冬城が誘ったら入ってくれたらし、い!」

「前半部分いらないと思いまーすっ!」


 しかし、このパスは水島先輩がナイスカット。ゴールに向かって軽快にボールを運ぶ。

 ルールは詳しくないが、なんだか試合を見ているみたいで楽しくなってくる。隠れている壁からもう少しだけ体を乗り出した。


「圧倒的感謝しかない。一生ついてきます、冬城さん」

「激しく同意」

「あ、俺にじゃなくて智博になのね。うん。わかってたよ、うん」


 少し寂しそうに言いながら、ラスト、水島先輩は森園先輩へボールを渡した。


「え、ちょっ、待ってください。今すか? マジですか? 今年一のしんどいオブザイヤーなんすけど。シュート外れるかも」

「外したらコーラ」

「アクエリ」

「カルピス」


 森園先輩の手からボールが離れると、すかさず同学年の田村先輩がボソリと告げる。それに続き三年生の先輩たちもタカる。

 しかし、直後、ボールは傾きの小さい放物線を描き、リングに触れずにネットを揺らした。


「はぁ、尊い……」


 森園先輩は両手で顔を覆い、ゆっくりと両膝をついた。すると、三年生から野次が飛んでくる。


「外せよ。推しが眩しいとか、そういう理由で外せよ」

「それな」

「甘いですね。尊さが限界突破すると人間ってなんでも出来るんですよ」

「マジ意味不(いみふ)

「日本語使えよ」

「先輩方にはあの素晴らしさが理解できないんですか!?」


 勢いよく立ち上がると、森園先輩は三年生たちに詰め寄った。


「いや、確かに日野ちゃん可愛いと思うけどさ」

「芸能人とかモデルにいそう」


 たじろぎ気味に答える水島先輩は、チラリと視線をやった。言外の問いへ返された答えには「あー、確かに」と、何度か頷いた。


「まだあるじゃないですか! 可愛さの前に!」


 森園先輩の隣で、田村先輩は何度も頷く。二年生の猛抗議に三年生は口を噤む。


「良いですか、はじめくん、大聖くん。俺らは、今、この瞬間……奇跡を体感しているんです」

「奇跡って、どのあたりが?」

「作画です」

「漫画かアニメか」


 その言葉に固まってしまった二年生二人組に、尋ねた水島先輩とツッコミを入れた柊先輩は戸惑いを隠せない。

 次の瞬間、


「この神作品、実質無料っ!?」


 と、二年生たちは向かい合い、声を揃えてハイタッチした。


「こいつら久しぶりに会ったらめんどくせーな」

「ダメなときのお前よりめんどいから相当だよ」

「テスト直後だから今回は許してやろう。それと、俺がダメなときはよろしく」

「やだ。自分で何とかしろよ、めんどくせーな」

「許せ」

「断る」

「ハッチ、時間」


 冷静に告げたのは彼らのそばを通り過ぎたマネージャー渡邊先輩である。


「あ、うん。じゃ、部活動始めまーす」


 水島先輩の号令により、なんとも言えないまばらな返事が体育館内に響く。

 翔衛学園中学男子バスケ部は総勢一〇名。一学年およそ九〇名である事を考慮すると、特段に過疎なわけではない。一方、四月終わりの事件のある現場近くで、部活中に遭遇した男子バスケ部と女子バレー部には、特にその影響が大きかった。今年の他に体験に来ていた入部希望者の多数が他へ流れてしまったことは否定できない。

 試験前に同学年の入部者がほかに一人もいないことを智博がグチってきた。


「何してんの?」

「ひゃういっ、怪しい者ではございますではあり得ません」

「どっち?」


 恐る恐る声を見上げると、汗を雑に拭っている柊先輩がいらっしゃった。話しかけるタイミングを見誤り、誰に話しかけようかも迷ってズルズルしていたから、一応、これは助け舟だろう。


「あの、はい。おはようございます」

「おはよ。しばらくこの辺いたよね?」

「あー……ばれてました?」

「まあ、うん。そうだね。で。何、どうしたの?」

「妹に携帯を届けようと」

「それだけ?」

「はい」

「じゃ、渡しとくよ」

「本当ですか?ありがとうございます」


 差し出された手に白いガラケーを乗せた。よし、これで第一の任務は予期せぬ協力者のおかげで完遂。


「会話、聞こえてた?」

「え、あ、へい!いいえ、あの、はい!」

「あー……うん、そっか。あの、気にしないでね。放っておいても害は無いよ。あいつら、面倒なだけだから」


 目は口ほどに物を言う。みごとに体現して見せる柊先輩は、将来、俳優あたりの職業につけるだろう。

 持ち得るすべてのコミュ力を集結させて対応して見せると苦笑されたが、気にしない。

 というわけで、ようやく第二任務のために場所を移した。






 第二の任務、待機中。

 対象を発見。

 これより、対話ミッションに移行する。


「加藤先輩!」


 思い切って呼びかけてみると小さく肩を震わせ、ゆっくり振り向いてくださった。

 翔衛学園高等部一年生の証である臙脂色のネクタイをきっちりと結び、加藤匠と記された名札を紺碧のブレザーの胸ポケットに装着している。「お久しぶりです。来ちゃいました」そう言いながら近くまで駆け寄った。


「あれからまだ二週間くらいだけど」


「十分に久しぶりの域ではなかろうか、と」


「……。そうだとしても、君の期待には添えないよ。あれからまだ間もないし、事件なんてそうたくさん起こるような」


「すみませんでしたぁあああ!」


 多目的ルームEの扉が勢いよく開いた次の瞬間には飛び出していた女子生徒が、加藤先輩の言葉を遮ってすぐ横を走り去った。先輩も僕も彼女の背中を見送った。


「……訂正する」


 先輩のつぶやきに首肯と苦笑を返しておいた。

 開けてもらった扉から室内へ。

 まず視界に入るのは、ふたりの男女――ソファーでだらけている若宮先輩に、隣の机でPC作業をしている九条先輩が冷めた視線を向けているところだった。


「最低」


「ふん、調子に乗って私に依頼するのが悪いのだよ。身の程を知る良い機会となったはずさ」


「何したんですか、ナオさん。あの子、自分のクラスメートなんですけど」


「なんだ、クラスメートに同情できるようになったのかい?」


「あなたのおかげでクラスメートと顔を合わせるたびに気まずさが募る、こちらの身にもなってください」


「それは悪かったな。そのうちコンプリートするだろう」


「やめてください。彼女になんて言ったんですか?」


「その程度で私を満足させられるとお思いですか、と穏やかに尋ねただけだ」


 それだけで依頼人に謝罪させて立ち去らせたのか。

 何者なんだ、この人は。


「別の言い方がありましたよ、ナオさん」


「罵倒するよりは良いだろう?」


「罵倒って……」


 加藤先輩はため息を飲み込んで閉口してしまった。


「一般の生徒さんってここに来るんですね。少し前にも何度かここへ来ましたけど、一度も会ったことなかったと思います」


「あの事件のおかげで依頼しに来る人が増えたのよ。まあ、この人は見事に全て断ってるけどね」


「断って何が悪い。今までどおりの対応じゃあないか」


「先月末は引き受けてくださったのに」


「あれは……その場のノリだ」


「一時のテンションに身を任せる人って、大抵その身を滅ぼすものですよ。大丈夫ですか?」


 至極真っ当な意見を述べると、口を固く結んだ若宮先輩、穏やかに微笑む九条先輩、何かを堪える加藤先輩。うん、それぞれ皆さま楽しい方々である。

 彼の様子に九条先輩が苦笑すると「好きに過ごして構わないからね、日野くん」と挨拶してから元の作業に戻った。加藤先輩は彼女から少し離れた椅子に荷物を置いて、その隣の席でパソコンを開いた。

 もう一人の先輩はふと何か思いついたらしく、芝居がかった様子でゆっくり立ち上がり「これはこれは、日野少年ではないか。実は、君に話があるのだよ」と最高にわざとらしい前振りをした。妙にお似合いだったのは、どこか優雅な彼の容姿や所作のためだろう。


「私は、君を賭博師と言ったが間違いかもしれない。君はランナーだ! ゴールに向かってひたすら走り続ける、ただ前へ前へと。つまり、君が所属するべきは陸上部なんだ。さあ、未来の自分へと走り出すんだ!」


「……あ、はい。大丈夫です。運動能力も体力も、そういうことに向いていない自覚あるので」


 そう答えると、ソファーに勢いよく体を沈めた。


「一体、君は何なんだ?」


「中等部第一学年四組一三番、日野真記です」


「それは聞いてない」


「何なんですか、本当に」


「こちらのセリフだ。私の貴重な睡眠を邪魔したいという意思表示字なのか?」


「いえ、別に」


「だったら一向にかまわないじゃないか。疲れたら休むものだろう?」


「それはそうですけど、家じゃダメなんですか?」


「だからこうしているんだ」


 誰か居ようが居なかろうが、この先輩は常にアノミーを体現なさるらしい。


「先輩も疲れることがあるんですね」


「身体機能は一般人並みだが」


「……」


「何が悪い」


「え、あ、いえ。別に悪いわけじゃありませんけど。先輩の普通な感じじゃない気がするので」


「一体、何を普通として生活しているんだ?」


「僕の中の一般常識を通常だと思っています」


「ならば、私が私の中の一般常識に則って生活する事になんら不思議はないだろう。一般常識は所詮、一般の常識という事では無い。私たちが一般的に普通だと思い込んでいる事を指している概念だ。つまり、一般常識とは先入観と言い換える事も可能なものだよ、わかったかい?」


 出た、若宮式建前本音同一正論会話法。

 さすが若宮先輩。滔々たる語り、お見事です。四月の事件のこともあり、おかげさまで慣れてきました。他の先輩方も詭弁に何も反応せず自身の作業を優先しているところをみると、やはり通常営業らしい。


「だいたい、君も君だ。安眠妨害されるこちらの身にもなってほしいのだが」


「家で寝てください」


「ここは私の第二の家だ」


 ここまで話せて、追い出されていないならば、第二任務も成功するだろう。自信に背中を押されて提案した。


「そういえば、先日の事件前のやつをちゃんと解説してほしいと思ったんです」

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