桜が語る真実
近年、犯罪は多様化、潜在化したことにより、我々は気づかないうちに被害者となる危険性がある。被害を未然に防ぐため、圧倒的な調査力、考えを直ちに行動へ移す機動力を培うべきではないか。
我々は、考察を深めることを目的とし、ここに部活動を創設する。
以上が、翔衛学園高等部第三一代卒業生の初代メンバーである伊奈垣、菊永、篠田の三名による調査技術研究会・通称チョウケンの創設宣言である。
今年で創設一七年目であること、学校が創立一二九年であることを考慮すると、歴史は浅いといえるだろう。
活動内容としては、世間一般にミステリー研究会や探偵部と呼ばれていそうな部活動と同じようなこと、つまり、ある謎について考察してみたり、事件に首を突っ込んでみたりすること。
そんな彼らが初めて脚光を浴びたのは、創設二年目の夏の終わり。警察に協力し、迷宮入り寸前の難事件を早期解決へと導いたのである。
その年、初めて警視総監賞感謝状を授与されており、この事件をきっかけに会員たちは数多くの事件解決に貢献している。
……と、数年前の文化祭で発行された配布用の部誌には記されている。僕が先輩の推理ショー前に確認したときには本棚にこの部誌は無かった。おそらく、九条先輩が気をきかせてくれたのだろう。
ああ、そうだ。これを書いておかないといけない。
最近の功績には、都内の私立中高一貫校翔衛学園高等部で起きた連続殺人事件があげられる。
警察では私立高校関係者連続殺人事件と名づけられ扱われていたが、解決後の世間では四季の字が名前に入った人物が襲われたことから、春夏秋冬殺人事件と呼ばれるようになっている。
この連続致死傷事件のきっかけとなったのは、二年前の秋に発生した当時中学二年生の女子生徒・春野愛花さんの失踪である。
実際は消えたと思われたその日十一月一七日に亡くなっており、頭部にも損傷が見られた。が、死因は首を絞められたことによる扼死。ご遺体は、若宮先輩の推測通り、桜の木の根に包まれるようにして制服姿のままで埋められていた。すでにDNA鑑定によって身元が確かめられ、彼女は二年ぶりに家族の元へ帰った。
この一連の連続殺人事件では、多くの悲しみが生まれた。
信じていた先生の不祥事を正そうとした春野愛花さん。
消えた少女を探し続けていた岩本夏樹さん。
彼に真実を伝えようとした柊空佐さん。
彼らに捧げられた事件解決だった。
これは余談だが、事件解明のから数日後……騒ぎがある程度は収まり通学に問題がなくなってきたころの話だ。
白瀬先輩は、中等部一年四組の教室まで話があると訪れた。僕は三階の自販機でカフェオレを二本購入しつつ、彼女の後についていった。
彼女に導かれたのは、美術室だった。
「あはっ! 画材のにおいするねぇ」
「あの、カフェオレ飲みますか?」
「いいの?」
「はい。借りっぱなしなのは、ちょっと。まあ、たまたま間違えて二本買ってしまったと思ってください」
「そっかぁ。やった、ありがとう」
それから、僕らは美術室へ移動した。誰もいなかったが、鍵は開いていた。
中へ入り、僕がカフェオレのふたを開けたとき、すっと目の前に見覚えのある手紙が現れた。薄ピンク色のかわいらしい便箋に、女の子っぽい丸い字。
白瀬先輩は静かに、独り言のように言った。
「この手紙ね……本当は、私宛じゃないんだ」
「え?」
「受験が近いのに、お姉ちゃんがいなくなって、あの人たちも私も不安定になっちゃって。そんなとき、お姉ちゃんからだよって、夏樹くんがくれたんだよね。
……夏樹くんにとって、お姉はただの同級生じゃなかった。そうじゃなかったら、理由もわからずに消えた同級生をあんなに必死になって探し続けるなんて、そんなこと……」
「ごめんね。好きでいさせてくれてありがとう、っていうのは」
「そうだよ。あの手紙を私にくれた代わりに、この詩をコピーして……。夏樹くんはお姉を探した。私は、周りのみんなに支えてもらって、独りの寂しさを埋めることができてたの」
「そう、だったんですね……」
しばらく、二人とも何も言わなかった。カフェオレがいつもより苦い気がした。
ふと、先輩がつぶやいた。
「……あの日、さーちゃんが家に来たんだよ。確かめたいことがあるって」
「柊空佐先輩ですよね。確かめたいこと、といいますと?」
「そのときはわからなかった。コーヒー淹れて戻ったら、さーちゃんは泣きながら、ごめん帰るって」
「いつですか?」
「日野くんが初めて生徒会室に来た日の放課後だよ。毎月、お姉ちゃんが消えた日付に欠かさず来てくれていてね。さーちゃんがPCを抱きしめて、茫然というか驚愕というか……泣いてるところ、初めて見た。
そのときは、どうして泣いてるかわからなかったけど、今思えば、あの本とぬいぐるみのことに気がついて、お姉の映像の確認した後だったってこと、だよね。だから、日野くんに渡したときには背中の布がはがれていたんじゃないかな」
「あの……!」
彼女の笑顔に何も言えない自分でいたくない衝動に駆られた。しかし、実際、何を言うか何も考えずに声を出した。きょとんとする先輩を前にやばい、どうしよう、と焦っていた。すると、先輩はくすりと笑ってくれた。
「ああ、そうだ。うさぴょん先輩は、夏樹くんがお姉以外の人を探していること、気に入らなかったみたいだけどさ。ええと、吉木先輩だっけ? その人はね。きっと、お姉とあの男が話している、こういうところを見たんじゃないかな」
先輩は、椅子の高さを調節してからそれに座った。ちょうど、僕が廊下を見るような位置だ。
ようやく、先輩の言わんとすることがわかった。
「廊下に背中を向けていたから顔が見えなくて、椅子に座っていたから小柄に見えた」
「名探偵じゃないから、本当かわからないけどねーぇ」
先輩はおどけて笑ってみせた。しかし、その瞳が潤んでいく。ついには、雫がこぼれる。
「え、あ……あれ?」
ポケットを探っても、生徒手帳以外には何もない。あ。ハンカチはカバンの中だ。いつもと違う行動はしないことに限る。なぜカバンに入れたんだろう。
「違うよ、悲しわけじゃないの」
「え?」
「お姉だけじゃなくて、夏樹くんもさーちゃんもいなくなっちゃったけれどさ……。望んだ形じゃなくても、やっと、真実がわかって、お姉が帰ってきて……私の中で、やっと、整理がつきそうで……。
私や夏樹くんが、どんなに頼んでも、若宮先輩はかたくなに動いてくれなかった。だけど、日野くんが、何かきっかけを作ってくれたんだよね? だから、本当に……」
涙を拭い、赤い目で満面の笑みをたたえてこう言った。
「ありがとう!」
やっと、先輩に伝えたいことを見つけた。いや、思い出せた。特別に若宮先輩が交渉し、遺族に見せるだけならという条件付きである動画ファイルを下さったのだ。もちろん、使用後は完全消去することになっている。
「見ていただきたいものが、あります」
件のusbメモリに残された動画は、あれで終わりではなかったのだ。該当部分まで時間を飛ばして、携帯を白瀬先輩に差し出した。
背景は白い壁。少女は、涙を拭い、赤い目で満面の笑みをたたえて、言った。
「れい、なつ、みっちゃん。今まで、たくさんありがとう!」
見開かれた瞳が細められ、涙がこぼれていく。
息を切らしながら、僕は、馴染みになりつつある部屋の扉を開け放った。
「あ」
「あら、また来てくれたのね」
「何の用かな」
先輩方はそれぞれの反応を示す。ひとまず、若宮先輩がだらけるソファーに歩み寄った。
「あの、事件解決、お疲れさまでした」
「労いは素直に受け取っておこう」
「本当はちゃんと観察……見届けたかったのほうが近いですね。そうしたかったんですが、あのときほど法律が邪魔だと思ったことはありませんよ。何で余計なことまで定めちゃったんですかね、先人さま方は」
「君は何を言っているんだ?」
「本音です。それで、ですね。こちらを、よろしいですか?」
若宮先輩に一枚の紙を差し出した。それは、入部申請カード。部の長が受領印を押すところ以外は、すべて記入済みだった。これが、仮入部申請カードの代わりにミスター・パクパクを通して生徒会へ提出する代わりの用紙だ。すると、若宮先輩はしゃがみ、僕の目線に合わせて、渡された紙を突き返し、言った。
「よろしくないよ。今は、学生の新入部員は募集していないんだ」
「……はい?」
「悪いね」
若宮先輩の見事なまでのアルカイックスマイルに思考が止まる。
「君は己の好奇心に誇りのようなものがあるだろうけれど、それは私も同じ。これでも二年前まで名探偵を襲名していたんだ。甘くみないことだね」
「でしたら」
「生憎、私は自力で己の好奇心を満たせる。それから、賭けは好きだが賭博師は嫌いなのだよ」
「ですから、賭博師ってどういう意味なんですか?」
「それくらいは、自分で考えてみようか。記憶以外にも使ってやらないと、さすがに哀れだ」
「よ、余計なお世話ですっ。ちゃんと使ってます」
「どうだろうね」
一つの事件がきっかけでつながった関係。
それでも、これが、僕の学園ライフをより良いものにする部活動調査技術研究会との出会い。
始まりの物語である。
ここまでご愛読ありがとうございます!
このお話をもちまして『File01 出会いの季節』は、完結です。
これからは『File02 結び目をほどく』を公開していきます。
今後も、どうぞよろしくお願いします!




