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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File01 出会いの季節
20/32

二年前の名探偵 1

 幼いころ。

 伯父宅で迎えが来るまで、従姉と楽器の練習をしたり宿題をしたりして時間を過ごしていた。仕事上、父が来てくれるのは夜遅かった。おそらく、僕の夜型生活はこの頃に由来しているのだろう。


「おっ」


 街灯と街灯の中間あたり。

 不意に、父が足を止める。空の闇を指さした。その先を、隣から見上げてみた。ぼんやりとした光が捉えられている。「一番星、ほら」と嬉しそうな声色とともに微笑んだ。星なんてほぼ毎晩見えるものじゃないか、とすぐに興味を失った。

 だから、真っ暗な空の代わりに父の横顔を見上げた。


「ねえ、パパ」


「ん、なあに?」


「なんで星とか月って光るの?」


「そうだねぇ。あ、かぐや姫って知ってる?」


「うん。竹取物語でしょ?」


 今日はちゃんとしていない答え方とわかり、歩きを再開した。だいぶ遅い時間だったからあくびが混ざったのは仕方ない。


「あはは、さすがだね。……かぐや姫、月に帰っちゃうでしょう?」


「うん」


「話は変わるけど、死んだら星になるって聞いたことある?」


 質問の意図が分からず見上げると目が合い、そして、細められた。

 父は夜空を見上げる。


「さようなら、って別れは告げても、やっぱり大切な人には会いたいんだよ。だから、わたしはここにいるって地上から見えるように輝いているんじゃないかな。一生懸命、大切な人に届くように」


 幼いながらにも、父が思慕する相手はわかっていた。命日には、彼女の写真を眺めながら泣いていることも。

 ちゃんとしていない答えかと少し落胆したのが気まずくなった。

 詫びとするのはおかしいが、話を逸らすのも変えるのも下手な父に代わって、何でもないように話を振った。


「伯父さんの答えと違う」


「えー、本当? なんて言ってた?」


「星は恒星として存在しているから、月は太陽の光を反射してるだけって」


「わー、現実的な答えだね。そう来たか。さすがだなぁ」


「僕、パパの答え、嫌いじゃないよ」


「……好きではないの?」


「うん、嫌いじゃない」


「そっか」と苦笑する父の言葉に少し満足した。




 あの日も、今日と同じく新月の夜だった。ぼんやりといくつかの星が自身の存在を主張していた。

 マンションのベランダから見える夜空を眺め、数年前の回想を終了した。時刻は二〇時を回っている。

 不意に電話口から、声が聞こえてくる。


「良い子は寝る時間なんだがな」


「悪い子なのでお気になさらず。あの、それよりも」


「心配いらない。もう少しくらい待ちたまえ」


 最後、若宮先輩の言葉がわずかに遠くなった。携帯を通話状態にして服のポケットに滑り込ませたのだろう。数分すると、再度、声が聞こえてきた。


「夜分に申し訳ありません。少々、お付き合い願えますか? ああ、それはご安心ください。刑事と一緒ですし、移動は車です。送迎もお任せください」


 容疑者は「何のために?」といぶかしむ。先輩は静かに答える。


「この事件の真相を明るみに出すためです。少し、お時間いただきたいと思い赴きました。ご協力願えますか?」


 不謹慎で失礼。しかし、このとき、僕は興奮を抑えられずにいた。 本田刑事が運転する車に二人が乗り込むと、早々に話は切り出された。


「岩本夏樹さん、柊美空さんが命を奪われ、秋吉保さんは重症を負わされた事件。この学園を舞台に起きた連続殺人の犯人は、判明しましたよ」


 容疑者が驚きの声を上げる。


「もちろんです。あ、そうでした。刑事さん、岩本少年の眼鏡は見つかりました?」


「第一の事件で被害者の眼球から検出されたガラスがそのレンズとみられていますが、本体との比較ができない以上、断定できませんね。第三の現場から、持ち込まれた痕跡は見つかっていますが、実物は発見には至っていませんし」


「そうですか。ありがとうございます。彼の事件のとき、閉ざされた屋上の鍵がこじ開けられてフェンスの一部が工具で破壊されていた。だから、彼は、投身自殺を図った。当初の警察の見解はこれであってますよね?」


「ええ。その後、ある教室を調べたところ、ルミノール反応――血痕がそこに流れたことを示す証拠が見つかり、岩本夏樹の死を殺人と断定しました。ちなみに、死因は脳挫傷です。撲殺の可能性が高いので、目下、凶器を捜索しています。が、こちらも眼鏡の件と同様、現物の発見には至っていません」


「凶器については、こちらの調査では生徒会に放置されていた趣味の悪……失礼、少し変わった置物ではないかと考えています。眼鏡ですが、これだけ探して見つかっていないのです。ですから、犯人が持ち去り、処分したとみるのが自然でしょう。ああ、そうだ。岩本少年が眼鏡をかけるのは、PCで作業するときだけとわかっています。もしかしたら、彼は亡くなる直前までPCで何かしていたのかもしれませんね。消えた()()()()を使って」


「あるもの?」


 容疑者が訝しげに尋ねた。


「こちらをご覧ください」


 容疑者は先輩が取り出したものを見て「usbメモリ?」と声に出した。


「はい。でも、ただのusbメモリではありません。大きさとして、三辺の長さは、一㎝、二㎝、四㎝程度でしょうか」


「それが、一体?」


「実はですね。岩本少年が紙を掴むよりも前に強く握りしめていて、手のひらに残っていた跡。あれは、およそ二㎝、四㎝の長方形でした。そんな跡が残るほど握るには、幅は薄すぎず、厚すぎず。おそらく、これと全く同じものだったのではないでしょうかね。

 しかし、彼の手からはあの詩が書かれた紙が見つかった。おそらく、犯人がそれを持ち去る代わりに握らせたのでしょう。死の直前に奪われまいとかなり力を込めていたか、死後硬直のせいか、タイミングまでは分かりかねますがいずれにしろ、死後の彼の手は何も握っていないにしては不自然に見えてしまっていた。だから、犯人は紙を握らせたんです。

 それでは、なぜ犯人はusbメモリを持ち去ったのか。理由は一つ。証拠になり得るからでしょう。ただ、彼の握りしめていた方は、眼鏡や凶器と同様に、もう壊されているでしょう。

 そこで、こちらが鍵を握ります」


 あの、手のひらサイズのラベンダー色のクマのぬいぐるみと書籍のことだろう。

 息をのんだ音が聞こえた気がした。

 背中のグレーの布を取り去り、先輩がぬいぐるみの内部から水色の半透明の直方体が姿を現したのだ。


「これを受け取った時点でぬいぐるみの背中のこのグレーの布はすでにはがれかけていたそうです。受け取った本人によると、綿を体の中に戻すとき指先に何か固いものが触れた気がしたが、布の端を首に結われているリボンと本体の間に挟まるようにぐいと押し込んだ、と。

 ちなみに、こちらのぬいぐるみと書籍は、春野愛花さんが失踪する直前に妹へプレゼントした物でしてね。丁寧に作られていますが、背中のグレーの布は接着剤でくっついていただけで縫われていたわけではありませんでした。他の耳や四肢など細かい箇所は丁寧に縫われているのですが、なぜかここだけ。

 これを作った少女は、このようにグレーの布が取り払われることを考えて、縫わずに接着剤で軽く止めることにしたのです。ここで気になる点は、妹にこの詩を残していたことです」


 容疑者は喉を鳴らした。


「春は、拍動。生を享受する

 夏は、衝動。罪に気がつかない

 秋は、消失。やり直すには遅い

 冬は、幻影。そこには何もない


 そうです、岩本くんら被害者が持っていた紙の詩と同じです。

 春野愛花さんは、本を引用して、その春夏秋冬の詩を作り上げた。では、なぜこのようなことをしたのか。この疑問に答えるための鍵が、あのusbメモリです。しかしですね、ほらこのとおり。ファイルを編集したり開いたりするためにプロテクトがかけられているんです。十五桁で、数字です。このようにナンバープレートと一四本のアンダーバーが出ています。ここから、一四桁の数字のパスワードではないかと。しかし、一〇の十五乗。予想で打ち込んでもただの時間の無駄ですね。それに、一定回数間違えると、データがデリートされてしまう可能性もありますから慎重を期する必要があります」


「だったら警察に」


「おっしゃる通り、警察に分析を依頼するのも良いですね。しかし、申し上げた通り、被害者はヒントを残してくれているんです」


 ページをめくる音。

 満開の桜の木を見つめる、少女の後ろ姿が表紙に描かれている、あの本だろう。


「それは」


「ええ。稲垣文乃による『桜の舞う頃に』です。こちらの小説は当時高校生だった著者の処女作で、初版が出されたのは十五年前の春です。ベストセラーなのですが、お読みになったことは?」


「いや、あいにく」


「そうでしたか。それでは、これから私が読み上げる小説の一節一節、よく聞いていてください。


 七ページ六行目から

 冬には、隣で小春が笑っている日常があると信じていたけど、それは結局、幻影になった。それからは、はじめからそこには何もないことが真実だったのかもしれないと思うようになっていた。


 四二ページ五行目から

 あの夏の出来ことは、衝動的だった。本当は違うけど、そう自分に言い聞かせて、私は罪に気がつかないふりをしたの


 三〇八ページ四行目から

 小春は、しばらく自分の心臓の拍動を僕に聞かせた。全身で生を享受する彼女に、僕は何も言えなくなった。


 三八九ページ十三行目から

 秋ちゃんは気づいてるよね、記憶から私を消失させた方が楽になれるって。それなのに、やり直すには遅いんだよって言ってくれたの、本当に嬉しかったよ


 以上です」


 若宮先輩は、取り出した文章を、それぞれ淡々と読み上げた。それから、あの詩を暗唱する。


「春は、拍動。生を享受する

 夏は、衝動。罪に気がつかない

 秋は、消失。やり直すには遅い

 冬は、幻影。そこには何もない


 おわかりですか? 小説の文章が、詩に引用されているんです。少々飛び飛びで使われているのはページ数行数を完全に指定するためでしょう。春夏秋冬それぞれの詩が始まるページ数と行数の数字だけを抜粋すると、冬が七一六、夏が四二五、春が三〇八四、秋が三八九一三……おや、驚きましたね。合計で十五ケタです。

 偶然ではないでしょう。ただ、春野愛花さんはこれを春夏秋冬にわざわざ直している。それを考慮して並べ替えると」


「三〇八四四二五三八九一三七一六」


 先輩には聞こえていないのだろうが、数字を言葉に出してみた。音はないが、先輩は数字を選択しているだろう。

 やがて「ほら、開きました」と満足そうな先輩の声が聞こえてきた。続いて、少しかすれた声が聞こえてくる。


「今は――」


 少女の独白である。

 usbメモリの動画が始まったのだ。






 一人の少女が、白い壁の前に立っている。

 翔衛学園中等部の制服に身を包んでいる。襟元には彼女が二年生であることを示す水色のリボンが存在していて、少し長い茶色っぽい黒髪を二つに結び、前髪を緩やかに横へ流している。

 神谷先輩に見せてもらった画像の、白瀬先輩のお宅で見た写真の、あの少女に間違いない。静止画の彼女しか知らない僕は、瞬きしたり、そわそわしたりしている彼女が生きていることに想像以上に衝撃を受けた。いや、生きていることは知っていた。ここで、ようやく実感がわいたのだ。

 その少女は、深呼吸してから、ゆっくりと震える声で話し始める。わずかに鼻声で、目が充血しているのがわかる。


「今は、十一月十六日水曜日、午後一時三二分。外は、小雨が降っています。……私は、翔衛学園中等部二年三組一三番、春野愛花です。

 これから私が話すことは、すべて真実であり、嘘はついていません。この動画は、証拠を守るため……いつか、私の代わりにこの真実を明らかにしてくれる人が、あの人に、罪を認めさせることができる人が現れることを……願っています。

 それでは、これをご覧ください」


 そう言うと、彼女はカメラへ歩み寄り、携帯の動画を再生してみせた。どこかのフローリングと黒いブーツが映し出された途端、見覚えのある男性が読書している姿がとらえられている。すぐに女の子の声も聞こえた。


「オハギちゃん、発見! これより、任務に移る。ふふっ……!」


 少女は、男性の後ろから接近して行く。画面が上下に揺れる。


「おは――」


 声をかけようとした、次の瞬間だった。


「おい」


「わっ……」


 少女のすぐ横を男が追い抜いた。カメラがぶれたところを見ると、何かないしは誰かと軽くぶつかったのだろう。


「遅い」


 読書をしていた男性は本から目を離さないが、少女とぶつかったのであろう黒パーカーの男は構わず目の前に腰を掛けた。


「いい御身分のてめーとは違うんだよ、秋吉せんせー。つい数年前までは薬漬けだったくせに、今は捌く方ってな」


「無駄話はもういいか?」


「はっ……! わかったよ。次の取引場所はここだ。三種類二キロずつ、計六キロだとさ」


 男は受け取った、小さく折られた紙をしおりのように読んでいた本にはさんだ。


「ごくろう」


 分厚い封筒を受け取ると、男は去っていった。画面の目線は下がっていき、やがて止まった。


「……」


 地面しか見ていなかったカメラが、ベージュのブーツを映す。


「どうしたの、お姉?」


「え? あ、けい……」


「顔色悪いよ。家に帰ろう?」


「う、ううん。気にしないで、何でもない。ほら、ショッピングに行こう」


 そこで携帯の動画は終わった。少女はカメラから離れ、当初の位置へ戻った。


「数日前、偶然、出かけた先でおは……秋吉先生を見かけました。私は、演劇部に所属していて、部内で、顧問の秋吉先生のリアクションが面白いからと流行っていたので、私は先生を驚かせ、あとで友人に動画を見せようと思ったんです」


 少女は、携帯を制服のポケットにしまうと、話を続けた。


「帰宅後、この動画をどうするか、悩みましたが部活後に先生に話を聞いてみました。始めはごまかされましたが、そのときの動画があると言ったとたん、先生が怖くなりました。その日、私は逃げるように家へ帰りました。しかし、後日、美術室へ一人で来るように言われました。話の続きだ、と……。

 私は、行きます。

 先生が、あれは事実ではないと納得のいく説明をしてくれるのを待っています。面白くて優しい、良い先生だって……信じています。だけど……本当は、あの日の先生がいつもの先生なら……私は、十七日にどうなるか、わかりません……。もし、もしも……私がいなくなったときは、これを……あの、動画をこのusbに保存するので、だから……

 これを、警察に届けて……お願い、します……」


 動画は、少女が頭を下げたところで終わった。




 しばらくその場を沈黙が支配した。

 おもむろに先輩は結論を告げる。


「これが、事件の発端。そう、二年前から始まった連続殺人の犯人は、あなたですね? 秋吉保さん」

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