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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File01 出会いの季節
19/32

衝動と冬 3

「病院へ行こう、準備をしてくれ、だってさ。できそう?」


「は?」


 朝早く。

 こう兄からの電話に、頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべた。


「若宮くんからだよ。ほら。車で朝早いかって聞かれてたでしょ? そういうことだよ」


「学校はどうすればいいの?」


「休みでしょ? 土曜日だよ、今日」


「忘れてた。もう土曜なんだ。あや早く寝かせた意味ないじゃん。あ、待って。そうだとしても、ギター弾いてたかった」


「えー、そうなの? どうしよっか」


「だめ?」


「悩ましいかな」


「だめとは言わないの?」


「若宮くんの機嫌に因るかな」


「悪くなったらいけないの?」


「悪くなった結果が"二年前の名探偵"だからね。捜査に関われない分、捜査情報を民間人に流して何も成果がないと色々と面倒でさ」


「待って。関われてないって、何それ?」


「色々と面倒なんだよ大人は。あはは。

 まあ、それは置いといて。みーちゃんは?」


「寝てる」


「寝てるかぁ」


「メモは置いとく。食事も冷蔵庫にあってレンジで温めるだけ。いざとなったら円禾ちゃんに連絡取れる」


「あ、医者の許可がいるからすぐじゃないよ。一七時くらいかな。そのつもりでいてね」


「わかった準備しておく」


「あ。でも、もうすぐそっちに」


「まさ?」


「待って、あやが起きた。誰かがこっちに来てくれるのは了解した。じゃあね」


 通話を切って妹に向き合った。


「おはよう。お腹はすいてる?」


「おはよう。すいてない」


「そっか。喉は」


「お水」


 目を軽くこすりながらキッチンへ向かった。水が流れる音がして、止まる。リビングにグラスとともに戻ってきた、ちょうどそのとき、チャイムが来客を告げた。すぐ側にいた妹がインターホンに「はーい、おはよーございまーす」と出た。

 画面には、見覚えのある先輩の姿。妹から応答を交代した。


「おはようございます、先輩。二三階です」


 幸い、部屋は片付けられている。コーヒーの用意でもしようとキッチンへ籠った。湯が沸きそうなころで玄関先のチャイムが鳴らされた。慌ててローファーにつま先を引っかけ扉を開けると制服姿の先輩が立っていた。


「やあ」


「おはようございます。コーヒー、あの……リビングで少し待っていてください」


「ああ。ありがとう。つきあたりの部屋かい?」


 首肯して促すと、リビングへ進んでいった。キッチンへ戻ると湯はすっかり沸いていた。ドリッパーで淹れていく。

 耳を澄ませると、声が聞こえてきた。


「ねえ」


「なんだい?」


「あのね、やっぱり気になるの。隠しごと、秘密のままなの?」


「秘密は共有していなければやりとりできないんだよ」


「鍵配送問題?」


「悪いが、知見がない」


 先輩が苦笑し、ぬいぐるみを抱えている妹が首をかしげているところでコーヒーを届けた。


「気にしないでくれ。おそらく合っているよ。ところで、砂糖菓子はいるかい?」


「サトーガシ?」


「甘くて美味しい」


「いいの?」


「片手を出してごらん」


 ポケットから小ケースを取り出すと、小さな掌に二つの金平糖を転がした。

 興味深そうに観察し終えると、恐る恐る一つを口に含む。次の瞬間、勢いよく先輩を見上げる。


「どうかな?」


「あまくて、おいしい!」


「それは良かった」


「飴、いる?」


「いりますか」


「いりますか」


「いや、気にすることはない」


 来客用のコーヒーカップを渡すと礼とともに受け取ってくれた。妹は先輩を気にするように見上げている。それに気がついた彼が提案した。


「では、こうしよう。君と少し話がしたい」


「どんなお話、ですか?」


「まだ決めてない」


 先輩の視線がこちらに向いたので「お二人でどうぞ」と答えた。すると、膝を曲げて妹の目線を合わせた。僕は自分の部屋に戻って外出の準備を進めておくことにした。


「私に何かアドバイスをもらえないかな?」


「アドバイス?」


「君のお兄さんから話を聞いた限り、君は分析が得意らしいから」


「……あのね、分析は好きじゃないの。だから、わからない。ごめんなさい」


「そうだったか、悪かったね。聞き方を変えよう。私は犯罪者を相手にするのは久しくてね。金輪際、関わるつもりなど無いから、思い出す必要も無いとつい最近までたかをくくっていた。だが、まあ、それは彼に覆されてしまってね」


 さすがに止めに入ろうと妹を背に庇ったが、先輩は構わず続ける。


「さて。君なら、この度の犯人に対しどのように話を進めるだろうか?」


「……あまり強い言葉を使わない。被害者が悪かったんだって、そういう風にお話すれば、どうやって殺したのか自分から話してくれる」


 はっきりと答えると、抱きしめたうさぎのぬいぐるみに顔をうずめた。


「ありがとう、助かるよ」


「プロファイリングは魔法じゃない。心理学的、統計学的な手法から犯人の特徴を導けるけど、決定的証拠にはならない」


「肝に銘じておくよ」


 先輩は微笑んでごまかした。

 その後しばらく、一連の事件について話し合っていた。もちろん、妹は自室にこもっていた。

 まとめ終えていない情報をノートに記していると、すぐに十七時はやってきた。制服に着替えて荷物の準備は終えていたので妹に外出を告げた。

 連絡を受けて駐車場へ向かうと「君くらいだよ、公務員を呼び出す高校生は」そう不満を漏らす本田刑事がいらっしゃった。先輩は「私ではなく警部殿ですよ」と嘯いて車に乗り込んだので、その後に続いた。

 車内では、昨日とは反対に、先輩ではなく僕が不機嫌だった。


「どうしてあんなこと聞いたんですか?」


「あんなこと、とは?」


「はっきり言ったはずです。妹を事件の立役者にするつもりは無いって」


 妹の能力は測定不能。やろうと思えば、純粋な運動以外ならなんでもできる。事件捜査については、大人に混ざって本物の事件解決に貢献していたほどだから。しかし、もう、どうしても向けられた純粋な信頼を壊したくない。


「それについては同意さ。ただ、興味深い子だと思ってね」


「本当に、それだけですか?」


「あの情報を必要とするのは私ではなく逮捕した犯人を尋問する警察さ。疑いたいなら疑うと良い」


「おっしゃる通り、役立ちますね」


「なぜそう断言できる?」


「妹が分析したので。大丈夫です、捜査機関仕込みなので信憑性は高いです」


 先輩は「そうか」と興味なさそうにつぶやくだけだった。






 病院へ到着してすぐにエレベーターで五階に向かった。

 先生は個室を与えられていて、ベッドに横になっていた。訪問者に気がつくと、彼は体を起こそうとした。しかし、


「うっ……」


「無理なさらないでください。そのままで結構です」


「すみません……」


「秋吉さん。力及ばず、申し訳ありませんでした」


 先輩はそう言って頭を下げた。


「わ、若宮くん! いいんだ、君のせいじゃ 痛っ、いたたた……」


 先輩は咄嗟に先生の腕を掴んだ。


「あっ、すみません」


「え? あ、ああ。ありがとう……」


 先輩は、秋吉先生が楽な姿勢になれるように手を貸した。落ち着くと、先生は本田刑事に尋ねる。


「あの、ところでどちら様ですか?」


「おっと、申し遅れました。こういうものです。話を伺いたいのですが」


 本田刑事が背広から取り出した警察手帳をみて、表情をこわばらせながら先生はうなずいた。


「それでは早速ですが……あの日のことを話してください。話せるところからで構いません」


 本田刑事は手帳を開きペンを持った。先生はそれを確認したからか、話を始めた。


「わ、わかりました。あの日は、授業準備を大方終わらせて、部活の様子を見に行きました。来月に公演があるので、どんな様子か気になったので……。そのあとは……あの手紙の通りに体育倉庫に……」


「あの手紙?」


 本田刑事がそう聞き返すと、先生は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


「ズボンのポケットに入れてたやつです」


「内容は?」


「……それは、ええっと……十七時に体育倉庫でお待ちしています。と、それだけ」


「なぜ向かったんです? 彼の話では、あなたは」


「書かれていたんです。差出人が……」


「それで、差出人というのはどちらさまだったんです?」


「……いか……」


「はい?」


「は、春野愛花だ! 嘘なんてつきませんよ! 二年前に姿を消した子が、いきなり……そんなの、行くしかないじゃないですか。それで、倉庫に着いたらいきなり顔に布を当てられて、気がついたら……! うぐっ!」


 叫ぶように訴えたために刺されたあたりであろう場所を押さえてうずくまった。


「わかりました。今日はこれで失礼します。他に何か思い出したことがありましたら、こちらまでお願いします」


 本田刑事がベッドの近くの棚に名刺を置いて、僕らは先生の病室を出た。


「本田さん」


「若宮くん」


 二人の声が重なり、互いに発言権を譲り合う。やがて先輩と目が合った。


「日野少年、のどが渇いてしまった。コーヒーを買ってきてくれないか?」


「それなら、自分も彼と同じものを。この辺にいるからさ。好きなものを買って構わない」


 本田さんからの千円札を眺め、先輩を見上げた。


「パシリじゃないんですけど」


「だから、お金は刑事さん持ちじゃないか。パシリじゃなくて、代行購入さ。その面倒に対する代金だって、君が好きなものを買えばカバーできていることにならないかい?」


 本当に口の回る方である。本田さんからお札を受け取り、その場を離れた。

 自販機前に到着してすぐに炭酸飲料のボタンを押した。順番を間違えたことに気がついてからお札を入れてもう一度同じボタンを押した。小銭がじゃらじゃら落ちてくるのと同時に、ペットボトルも音を立てて出てくる。

 本田刑事も先輩も、何か話したいことがあるようだった。それなら少しでも戻りを遅らせようと思い、しばらく自販機前でだらだらすることにした。


「名探偵の助手……?」


 話しかけられた方に視線を向けると、メガネをかけた背の高い少年が近くに立っていた。財布を持っているから、飲み物を買いに来たらしい。私服でも彼の顔と名前はすぐに一致した。


「松北先輩?」


「すごい記憶力だね。一言一句って、方言じゃないのかな」


「おはようございます。あ、すみません! どうぞ買ってください!」


「ありがとう」


 僕が飛びのくと、彼は自販機に小銭を入れた。そして、たくさんのボタンを光らせたまま、小さく声を漏らした。


「おつり、とらないの?」


「あ……!」


 急いでお釣りの回収をしていると、二回ガコンという音の後に先輩もしゃがみこむ。すると、突然、聞かれた。


「今回の、またあの殺人鬼の仕業なのか?」


「はい?」


「秋吉先生、あと少し発見が遅かったら手遅れだったって」


 そうだ。秋吉先生、生物の先生だ。授業を受け持っているなら仲の良い生徒だっているはず。彼もその一人ということか。いや、そもそもこの先輩は演劇部所属だ。


 ――「あー、えっと、まあ他の部員や教員と比べたら仲は良いかも。

    演劇部の男子部員、俺より上にいなくてさ。

    それで、中一のころは先生とよく話していたんだ。

    当時から、進路的にも先生と一緒だったから」

   「学校の先生を目指しているんですか?」

   「あ、違うよ。臨床医、医者だよ。

    先生は、金銭的な面であきらめざるを得なかったらしいけど、

    大学で医学を学んでいたって聞いたんだ。

    だからか、俺には自信がないとか学力がたりないとか、

    そんな理由であきらめないでくれって言ってくれてさ」――


 なるほど。彼は秋吉先生と親しいから、見舞いに来たのか。


「先生、意識が戻ってますよ」


「ああ、うん。そう聞いてる」


「どなたに?」


「私だ」


 驚いて振り向くと片手を軽く上げた若宮先輩がいた。とりあえず手に握った小銭をすべて渡した。松北先輩に向き直り、もう一度軽く右手を上げた。


「やあ、おはよう。私は若宮という。君は」


「あ……松北です。松北緯吹」


 軽く握手しながら「聞いてもいいかな」と尋ねた。首肯する松北先輩に質問を重ねた。


「最近、秋吉教諭がいつもと違う行動を取っていただろうか?」


「最近って、事件が起こり始めてからという意味ですか?」


「いや。ここ数カ月の話だ。深く考える必要はない」


「先生が授業前に遅れてくるのは持ちネタというか、いつものことでしたし、なんか受動的というか何か怖がってる感じのは最近のことでは無いですし……あ、そうだ。昨日は少しおかしかったと言えるかもしれません」


「どのような点かな?」


「部活中、基本的に何も言わないんですけどずっと台本を読んだりノートの採点をしたりしてるんですけど、少し外すと言って部室を出たきりで……それまで時間を気にしていたようにも見えました」


「時間は覚えているかい?」


「一六時半くらいだったかと思います」


 先生が口頭で話していた内容には一七時にお待ちしています、と受け取った手紙に記されていた。現物がないのは、犯人が持ち去ったからだろう。持ち去った理由は何か。手紙が印刷か直筆か確認しておけばよかった。でも、持ち去るなら手紙の文字で正体がバレてしまうから? 先生が動揺しておびき出されるなら、直筆の可能性も高い。いや、直筆だから春野さんからの手紙だと確信して体育倉庫へ向かっ


「日野少年」


「はいっ!」


「場所を移したいのだが?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 いつの間にか購入していた飲料水を片手に歩き出した先輩について行った。


「件のメガネは、犯人によって持ち去られたと考えていいだろう。これだけ探されていて見つからなかったことに加え、第三の現場でその痕跡が残されていたのだからね」


「あ、はい。そのまま現場に残しておくわけにはいかないと考えたから犯人は眼鏡を持ち去ったんだと思いますけど、第三の現場で眼鏡の痕跡が残されていたのは、どうしてでしょう?」


「さあな」


 そこまではっきり言われると、区切りがつけられるな……。


「先生の話だと、体育倉庫についてすぐに襲われて拘束されたみたいでしたね」


「そうだな。一七時に体育倉庫に行って、三〇分後に発見されたということなら犯行は」


「お、落ち着いてください。心配ありませんから!」


「うるせぇ!」


 入院着の中年男性に突き飛ばされた看護師さんを先輩が受け止めた。


「どうかされましたか?」


「……」


「俺を殺そうってのか!?」


 しばらく先輩から視線を外せなかった看護師さんは中年男性の怒鳴り声にはっとして対応を再開する。


「落ち着い」


「これが落ち着いていられる状況か! ふざけんな!」


 見かねたらしい先輩が看護師さんに「主治医を呼んできてください」といってから、指をパチンと鳴らした。


「深呼吸」


 男性は納得いってない様子だが数度深呼吸する。続いて「六歩、下がって」と有無を言わせず指示する。彼は大人しくベッドに座り込む。


「落ち着きましたら、ゆっくり話してください。何があったんです?」


「聞いてくれよ、あのガセ看護師のやつ」


「看護師が?」


「このまま点滴しようとしやがったんだ。見ろ、空気が含まれてる」


 中年男性のおっしゃる通り、点滴の液体に透明な間隔がある。


「何か問題なんですか?」


「あ?」


「あっ、はい。いえ、あの、僕、生きてるので。別に死なないのでは?」


「は?」


「要点を簡潔に話してくれるか?」先輩に促され、左手でこめかみに触れた。


「小学生のころ、色々あって入院したんです。そのときも点滴にこういう風に空気が含まれてましたが、この通り、何の異常もありませんから」


「その子の言う通りですよ、竹下さん」


 いつのまにかやってきていた医師が説明を続けた。


「静脈への点滴ですから、多少空気が含まれていても問題はありません。分解できるので。もちろん、動脈じゃ絶対にいけませんよ。ですが、心配でしたら私が静脈へ針を刺しますが、いかがなさいますか?」


 医師に暇を告げて目的地へ急いだ。その道中、先輩はどこかへ電話をかけようと携帯電話を取り出してた。


「うっせえわ、黙ってろ」


 この病院の患者さん、気性の荒い方々が多いのかもしれない。元気なら退院すればいいのに。


「あ? 調子乗ってんじゃねえ」


 すみません。

 あ、僕じゃなかった。

 こっちの女声ではなく男声のほうに聞き覚えがあったので、言い争いが聞こえてくる病室をそっと覗いてみた。

 缶ジュースのプルトップを引き上げながら「乗ってねえよ」と言ったのは、何を隠そう、神谷先輩である。


「病人は大人しくクソマズい飯でも食ってやがれ。せめてケーキなんて上等なもん、退院してからにしろや」


「食べたいもの食べたいときに食べなくてどうすんの、少しくらい頭使ったら? はっずかしー、中学三年生なのにーぃ。あー、精神年齢は小学三年生か。それは仕方ないっすねー」


「あ? 泣かすぞクソビッチ」


「ビッチじゃねえわクソガキ。つーか泣かせるもんなら泣かせてみやがれ」


「電話中でなくとも、ここは病院だ。そういうことだから、静かにさせてくれ、日野少年」


「はい?」


 振り向こうとしたときには背中を押されて病室に足を踏み入れてしまっていた。

 もうやだ、この先輩。人遣い酷過ぎる。労基に訴えてやりたい。


「すみません」


 御姉弟そろっての猫のような視線にさらされながらも、なんとか謝罪には成功した。


「奏太、後輩?」


「ああ、ん。まあ」


「ね、君」


「ひゃいっ!」


「ケーキ、食べる?」


 というわけで、促されるまま病室のいすに座りショートケーキとプラスチックのフォークを受け取っていた。


「学校でこいつにいじめられてない? 大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です。良い先輩です」


「言わされている感すごいんだけど」


「うっせぇ、言わせてねえわ」


「あ、てかさ。今日って学校なの? 奏太、サボり?」


「違いますよ、事情がありまして制服を着ているだけです」


 どんなタイミングの良さだろう、この先輩は。それとも、病室の外から様子をうかがっていたのだろうか。「やあ」と人に好かれる見本的な笑顔を浮かべる若宮先輩を睨んだ。これくらい、許されると信じている。


「久しいね、神谷少年。聞きたいことがあるのだが、構わないかな?」


「手短にお願いします」


「奏太、あんたまた何かやらかしたの?」


「ちげ……姉貴には関係ないだろ」


 一瞬だけ目が合った気がするが逸らしてショートケーキに助けを求めた。うん、おいしい。お姉さんとも目が合ったので、一応、笑っておいた。


「話って何ですか?」


「いやなに、他愛もない世間話さ」


「……」


「そうか、君は効率を求めるんだったね。わかった、用件だけで済ませるとしよう」


「君はだいぶ第一の被害者である岩本夏樹くんに心酔、これは言い過ぎだろうか、敬意を抱いていたらしいね。そのきっかけとはなんだろう?」


「元々、俺を生徒会に誘ってくださったのが、岩本先輩だったんです。ご存知の通り、こんな性格でクラスでも浮いていたし、その……小学校が私立だったんですけど、あまり人と関わるのが得意ではなくて。進学実績などを鑑みてほしいと両親をなんとか説得して進学する際にこの学校へ来たんです。で、懲りずにこじらせて馴染めずにいたところ、色々頼らせてくださったんです」


「そうだったんだね。でも、だからと言って動機が無いとは言えないね」


「はい?」


 何を言っているんだ、この人は……。正気か?

 眉を顰める神谷先輩とどこか余裕そうな若宮先輩、交互に見た。


「声に出ているよ、日野くん。安心してくれ。私は正気さ」


「ここ、病院ですよ」


「都合がいい思い付きのように言わないでくれ。理由があるんだよ。

 申し訳なかったね、神谷少年。君の反応が見たかったんだよ。それだけだ。君が犯人では無いと、君には犯行は不可能だと、わかっている」


「え?」


「だって、先輩、以前」


「確かに可能性として考えられるとは言ったね。だが、そこを通りかかった医師と看護師に確認したところ、第一の事件があった日、前日に急性アルコール中毒で運ばれたお姉さんは一八時前お見舞いへ訪れた弟と元気にケンカしていたそうだ。証人は多いだろうし、ちょうど医師が様子を確認しに来て病室でご姉弟を見たというから間違いないだろう。つまり、学校からこの病院までの交通を考慮すると神谷少年の一七時半頃に学校を出たというのは事実だろう。それに加えて、彼は真面目だからね。授業に欠席することも遅刻することも無い。第一の事件では殺害も遺体遺棄も不可能だろう。第二の事件でもお見舞いにフルーツを買ってきたのにお姉さんにケーキを買って来いと言われて仲良くケンカしているところも目撃されている。第三の事件については、彼には動機がない。春野愛花を探すのを手伝っているアサを殺すメリットがない。ちなみに、アサが優秀であることは私が保証する。彼女による偽装などはあり得ない。

 さ、日野少年。ケーキが食べ終わったならばお暇しないかい?」


「あ、はい。あの、ごちそうさまでした」


 呆気にとられてしまっている御姉弟に暇を告げて、今度こそ目的地へ向かった。

 到着したのは病院の屋上だった。携帯で時間を確認すると、一八時半の、五分ほど前だった。

 もうすぐ日が沈む。


「やあ。……ああ、そうだね。……いや、心配はいらない。予想はついている。……どうもありがとう」


 先輩は、かかってきた通話に対して簡単に答え、すぐに切ってしまった。「日野少年」と、今日何度か呼びかけられているが、その中で最も静かで凪いだ声色だった。


「君の記憶力というのは、特殊なものらしいね」


「あ、はい。心理学の検索練習と呼ばれるものです。意識的に情報を思い出すだけなので、そんな大層なものじゃないです。まあ、当初は全くできなかったのも、今では懐かしいですけど」


「一瞬だけでも見たならば、どんなに細かいことも思い出せるんだね。正確に」


「ええ、まあ。場所を指定してくださればたいして時間をかけずに探せます」


 答えてしばらく沈黙が流れた。

 やがて「あの詩を朗読してくれ」先輩が変わらない声色でそう言った。


「え? あ……は、はい。


“春は、拍動。生を享受する

 夏は、衝動。罪に気がつかない

 秋は、消失。やり直すには遅い

 冬は、幻影。そこには何もない”」


「なぜ、春夏秋冬なのか」


 先輩はうつむいた。


「あの、先輩?」


 彼は、僕の声なんか聞こえていないようにつぶやく。


「そうさ。春の次は夏なんだ……それが四季なんだ。だから、秋の次は冬なんだ」


「あの……?」


「後悔している暇はないか。調査報告、と行こうか」


 そう宣言した。

 屋上から眺める降霄に快い敗北感を覚えずにはいられなかった。

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