衝動と冬 1
若宮先輩に連れていかれたのは、警察署だった。あわただしい大人たちを視線で見送り、署内へ進む。その際、先輩は見知った顔に声をかけた。
「本田さん」
足を止めてくださった本田さんのそばまで歩いていく先輩の後についていく。
「ご無沙汰しておりました。連絡を入れたとおりです。あわただしいようですが、何か動きでも」
「ああ、いや、うん。ちょっと、バディの上司が消えたから探しているところでね」
「どなたをお探しなんです?」
若宮先輩からふいと視線をそらした本田さんと目が合う。苦笑を禁じ得ない。本当にご迷惑かけているとは思わなかった。
「些細なことで麗しさを失いかねない残念な人ですよね」
「知り合いらしいが、君の説明もなかなか残念だ」
「かなり的確ですけどね」
「それは、本当にすみません」
遠くを眺める本田さんの姿に自然と謝罪の言葉が出るが、「あ、いや。ごめんね」と返されてしまった。
「ところで、なにがあったんですか?」
「それは……」
本田さんの視線が再度、僕を捉えた。若宮先輩は僕の頭に手をのせる。
「彼のことはお気になさらず。ただの中学生ではありませんから」
「というと?」
「記録係、レコーダー少年といったところです」
はい、期待した僕がバカでした。
非難の視線を向けると「おや、希代の賭博師のほうが正確かい?」と嘯かれた。
「それで、あわただしい理由は?」
「数分前に工事現場で学生の遺体が発見されたんだ」
「……身元は?」
「その様子だと、予想はついてるね?」
「違うことを願いますが。言いにくそうにしているのでしたら、当たっていますよね」
「現場には?」
「私が今行ったら迷惑でしょう。先に、第一の事件、第二の事件について考えます」
「君が平気ならかまわないけど」
「上司探しに明け暮れる本田さんよりは余程良いですよ」
「相変わらず言うじゃないか。こっちだ」
早歩きする刑事の案内によって広い会議室のような場所にたどり着く。扉の隣に「私立高校連続殺人事件」と縦長の紙が貼られているのが見えた。室内にはたくさんの机といすが整頓されている。ドラマでよく見る空間だが、どこか現実性がない。
「あの、若宮先輩」
「ナオで構わないよ」
「え? あ、っと……?」
「ワカミヤセンパイ、八文字だろう? ナオなら二文字だ。時間が省けると思わないかい? ……それに、先輩と敬ってもらえる程、私は完成されている人間ではないからね」
あまりもの詭弁と自嘲する笑みに何も言えないでいると、先輩はそう続けた。どこか遠くを眺めているような雰囲気で、おかしな表現だが、一種の洗練された空間を作り上げていた。
彼に何か問いかけようとするも、何も思いつかなかった。そのうち刑事が事件について話し始める。
「まずは第一の事件、岩本夏樹くんの転落死について。発見は四月十九日金曜日午前九時過ぎ、通報は九時八分。これが中庭の見取り図だが、被害者が倒れていたのは、中庭の噴水奥あたりだった。この噴水というのは――君らのほうが詳しいか。説明は省略しよう。
被害者は屋上から転落した可能性が高く、ほぼ即死。屋上の鍵はこじ開けられた跡があり、落下したと思われる付近のフェンスが工具で壊されていた。その近くから使用されたであろう工具や被害者の通学カバンも見つかった。カバンの中身について、遺族に確認してもらったが、消えたものはおそらく無いだろうとのことだった。まあ、あの年くらいにもなるとお小遣いでもためて勝手に必要なものを買ったりもしているだろうから正確にはわからなくとも仕方ないだろうね。
しかし、不自然な点が五つ。
一つ目。死亡時刻は十七時前後一時間にもかかわらず、誰も目撃者や落下した時の音に気が付いた人間がいない。校内には教員、生徒に限らず庶務をこなす事務員が巡回していたにもかかわらず。
二つ目。彼の眼球からガラス片が見つかった。しかし、校内には割れたガラスは何一つなかった。自宅も確認したが、同様だったよ。今は、どこのガラスか、どのような性質を持つか、鑑定中だ。
三つ目。転落死にしては出血量が少なく、損傷部位がいくつか転落の際のものとは矛盾する。この辺りの話は後で専門家に聞いたほうが良いだろうから、今は省かせてもらう。
ってことで、四つ目。彼の手に握られていた紙に残された指紋について。日野くんには見せたことあるが、若宮君は初見だよね」
本田さんは、一枚の写真を先輩に差し出す。僕も写真を斜め下から確認する。
「れ……日野少年。秋吉教諭事件の直前に被害者から渡された紙にも」
「はい。句読点や改行も含め、全く同じ文言です。ですから、先輩のもとへ持って行ったんです」
「何の話かな?」
通学カバンを確認すると先輩は器用にも、ハンカチ越しに秋吉先生が受け取った脅迫状を刑事に提出した。本田さんも手袋を装着してから受け取った。どうしよう、秋吉先生から受け取ったとき、僕、素手だった。
「これは証拠品として預からせてもらえるかな」
「はい」
「それで、第一の事件における、この文面と一致する紙面のおかしな点というのは?」
「ああ、それは、死の間際まで被害者が握りしめていたにしては、被害者の指紋がかすれてしまっていることだ。で、それは五つ目の違和感で理由が付けられる」
写真が掲げられ「検視の際に見つけられた、彼の手に残された痣だ」と補足された。
写真の手のひらには、四ヶ所の突起物が刺さったような痣がある。わずかに人差し指と薬指の先にも同様の痣がみられる。
「この手に握られていたものは第三者に奪われ、その代わり死後に手紙が握らされた、という考えですか」
「監察医の報告では、ね」
「そうですか。では、痣の原因はわかったんですか?」
「何かを強く握ったためだ。似ているものはいくつかあげられるが一致するものはまだ見つかっていない」
「日野少年。君には何に見える?」
痣の位置関係から、およそ縦横高さが四cm、二cm、一cmの直方体の何かが握られていたことは想像に難くない。
全く同じものを僕は見たことがある気がする。
「消しゴム?」
「本気で言っているのか?」
「ちょっと今は消しゴムしか思いつきません」
「君の素晴らしい記憶力はどうした?」
「そんなに便利なものではないんです。一度消しゴムに見えてしまったらもう消しゴムにしか見えないんですよ」
「犯人は被害者の消しゴムを奪うために殺人を犯したというのか?」
「違うとは思ってますよ。でも、今は、もう、どう“検索”しようと消しゴムとしか一致してくれないんです。感覚的にはどこかで見たことあるとは思うんですけど、もう仕方ないじゃないですか」
「時間がたてば他の答えが出るのか?」
「そうだと信じてます」
「では、この話はもうやめよう」
二人そろって刑事に視線を向けなおすと、話を再開してくださった。
「まあ、そういうわけで第一の事件は自殺説の方が弱い。容疑者については、交友関係を洗ったりトラブルに巻き込まれたりしていないか調べているが、話してくれない生徒が多いため特定はできていない。引き続き、捜査している。
では、第二の事件の秋吉保の殺害未遂について。現在治療中の被害者の意識が戻り次第、話を聞くことになっている」
「秋吉先生、助かりますか?」
「微妙だとは聞いている。一連の犯行が同一人物によるものだとしたら、罪状や刑罰が変わる境目だね」
「同一犯ではない可能性もあるんですか?」
「むしろ、上はそう見ている。一つの学校の関係者が狙われているためにこうして捜査本部が建てられたわけだが、撲殺、刺殺未遂、絞殺と殺害方法は異なる。一つの目的を持ったグループによる犯行の可能性が高いとして捜査は進められている。
まあ、あの人は納得してないからいつも通りのスタンドプレーだけどね。あ、そうだ。場所を変えようか。ついてきてくれるかな」
刑事は言葉を言い終える前に廊下を進む。
「日野少年、置いていくぞ」
「え、あ……す、すみません」
あまりにもさらっと本田刑事が言うものだから、思考が止まってしまった。
撲殺は岩本先輩、刺殺未遂は秋吉先生だろう。だったら、絞殺は? もう三人目の被害者が出たのか。あわただしい原因が、その被害者を発見したからなのだろうか。気になることばかりなのに、若宮先輩も言及する様子がない。それもそうか、刑事とあいさつを交わすついでのようにしていた会話の内容が思い出される。
――「それで、あわただしい理由は?」
「数分前に工事現場で学生の遺体が発見されたんだ」
「……身元は?」
「その様子だと、予想はついてるね?」
「違うことを願いますが。言いにくそうにしているのでしたら、当たっていますよね」――
先輩の知り合いだという予想が当たっているなら、どうしてこの人は詳しいことを聞かないんだろう。聞くのが怖いといった風にも見えない。動揺しているようでもない。いや、抑えているだけだろうか。
「本田さんはどのように考えているんですか?」
「さあ、どうだろうね。上の言い分も日野さん、あ、警部のことね。どちらの進みたい方向はわかる。ただ、警部は過程を話してくれないから全面的に信じることはできない。本人はそれでかまわないと言っているから好きにしろと思っているし、俺は先入観あまり持ちたくないし。
あ。若宮くん、君の推理はいつでも信頼しているよ。よろしくね」
「都合の良いお言葉ですね。ですが、私のことは、あてにしないでください」
謙虚な言葉とは不釣り合いに、表情は余裕を雄弁に語っている。
信じていればいいのか? 本当に?
信じられない理由は無い。僕と先輩では頭の作りが違う。だからこそ彼に二回も依頼したわけだし、協力すると勝手に決めたのだ。
生徒会役員である徽章が存在するように、この部活にもシンボルが存在している。それは、一種の身分証の役割もこなしているからこそ、今回、本田刑事から自然と信頼の言葉が出てきたのだろう。
刑事からも信頼を得ている若宮先輩の考えていることが、自分には到底たどり着ける内容ではないとわかっているが、無性に理解したかった。
本田さんの運転で到着したのは、我らが翔衛学園の敷地内の駐車場だった。先輩が荷物を置いて行くらしかったので、それに倣った。
降車すると刑事は慣れた足どりで校内を進んでいく。
その足は屋上へと向かう。
屋上の鍵は開いていた。なるほど、鍵で解錠されたなら差込口周辺にこんなに傷はつかないだろう。
屋上の敷地に足を踏み入れる。一周をフェンスで覆われているが、一部、乱雑にフェンスが破壊されている。校舎内から破損が見えないようにビニールシートで隠されている、そのすぐ側だった。フェンスの向こう側に一人の男性が佇んでいた。
「そんなところにいたら、突き落とされても文句は言えないよ」
「なーんで、さーくんはこんなところにいるのかな?」
「実力」
「小説じゃ物足りなくなったの?」
呆れた声でそう言うが、フェンスのあちら側から戻ってくる様子はない。彼は何がしたいのか。
「高い所、苦手じゃなかったっけ?」
「すごいね、正解。ちょっと放心していたら戻り方がわからなくなってて困ってる」
「まだ落ちていなくて何よりです」
本田さんがあきれ果てつつ、こう兄をフェンスのこちら側へと回収した。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
「で、なんでさーくんはここにいるの?」
「で、こう兄は何がしたかったの?」
質問が重なった。
「お仕事」
「がんばった」
答えも重なった。
すると、こう兄は質問の標的を変えた。
「珍しいですね、本田さん」
「警部の陰謀じゃないですか」
「はい?」
「自宅訪問させたのはどなたです?」
「あ、いえ。あれは、子どもたちだけでカフェまで来させるのが不安だっただけです」
「はい?」
沈黙する刑事たち。若宮先輩と視線を交わし、首を傾げた。
「お二人の意思疎通の失敗の答え合わせは後回しにしていただけますか?」
刑事らの停止した時間が再開され、先輩は質問を重ねた。
「ところで。調子はいかがですか、日野刑事?」
「悪くはありません。ところで、一般市民さんは何か御用ですか?」
「ご想像通りです」
「それは、はい。とても反応に困ります」
「すみませんね。ところで、なぜフェンスの外へ?」
「興味本位です」
「……なるほど?」
僕を一瞥してからの様々な意味が含まれた一言には、誠に遺憾である。しかし、抗議の視線は華麗に黙殺されてしまった。
「現場はここだと思いますか?」
「おあつらえ向きの舞台ではありますよね。屋上の鍵はこじ開けられ、工具でフェンスは壊されているんですから。被害者の手に握られていた紙が遺書ならば、自殺である可能性もあるでしょう。まあ、事実とは異なるでしょうけれど」
「一つ、心当たりがあるのですが」
「それはおもしろい。案内していただけますか?」
「光栄です」
背を向け歩き出した先輩に三人でついて行った。職員室で事情の説明をして鍵を借りてからたどり着いたのは、本館の四階、駅側の階段を上がって二つ目の部屋。中学生徒会本部だった。
説明を求め、先輩の制服の裾を軽く引いた。
「あの。僕、事件の後にもこの部屋に入りましたが、血の跡なんて」
「犯人が証拠を隠滅したのでは?」
「そうなんですか?」
「知らん」
先輩は、鍵を開けて扉を開け放った。午前授業のため、校内には他に生徒はいない。それは、生徒会役員も例外ではない。
「だから、ここが犯行現場だという確証が欲しい」
「自殺では無いとしても、屋上から突き落とされた可能性だってあるじゃないですか。ここである必要は」
「ある」
「根拠は何です?」
「君、人の話は聞いていたかな?」
「そのつもりですけど」
「だったら、思い出せ。本田刑事が挙げた五つの違和感の中の一つが理由そのものだ」
「死亡推定時刻頃に誰も犯行に気が付かなかったこと、眼球からガラス片が見つかったこと、法医学的な違和感、かすれた指紋、被害者の掌の痣。どれもこの部屋が犯行場所であるとは断定できないと思いますが」
「君の脳は物事を記憶するためだけにあるのかい?」
反論する前に「簡単なことだ」と若宮先輩は言葉を続けた。
「眼球は繊細だ。ガラス片が入ったらどうする?」
「とても困ります」
「そうだな。それで?」
「急いで病院へ行って取り出してもらいます」
「なぜ岩本少年はそうしなかった?」
「それは……行けなかったから。犯行時に、目に入ったから」
「では、どこからきたガラスだろう? 犯行時、目に近い位置に存在し得るガラスは限られているだろう?」
――加藤先輩は一歩下がった。しかし、岩本先輩は構わずメタリックな薄いフレームの眼鏡を掛ける。
「会議の後、柊先輩に話あるって言われてるからごめん。今なら間に合うから気にしないで」――
「眼鏡!」
「その通り。しかし、彼の眼鏡は現場からは発見されていない。そうですよね、本田
さん?」
「眼鏡だという意見は出ている。しかし、断定はされていない」
「そうですよね。見つかったのなら、眼球内から検出されたガラス片と現物について成分が一致するかどうか分かれば良い。調べることに苦労する必要は無い。では、なぜ現場に眼鏡は無かったのか。日野少年?」
「犯人が持ち去ったから」
「なぜだろうか」
「証拠になり得るから。普段、教室では掛けてなかったようですし、犯行時の状況が絞り込めます」
「ほう。先ほどはそこまで話が辿り着かなかったが、思ったより情報を集めているようだね。
では、君に思い出してほしい。事件の前後で、あの部屋からなくなったもの、増えたもの、変わったものはあるかい? 教えてくれ」
生徒手帳を探すとき、見つかった後、神谷先輩に質問しに行ったとき、計三回部屋の中を見ている。つまり、事件前後それぞれ少なくとも一度ずつは見ているのだ。
先輩に軽く背中を押され、入り口の正面に立つ。
そっと左手をこめかみに触れさせた。
結論はすぐに出た。
「棚に置かれていた、カエルかウサギか、なんか、えっと、そういう……とりあえず変な置物です! 若宮先輩と行ったときと一人で神谷先輩に会いに行った前後で消えています!」
「他には?」
「他? 他は……あの棚と、机の位置がほんの少しずれています」
「そうか。ああ、それから、岩本夏樹が眼鏡を掛ける状況というのは?」
「PCを使うときだけと、白瀬先輩から聞いています」
「白瀬……? ああ、なるほど」
その大きな手で目元を隠した。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ、心配いらない。本田さん、日野さん。そういうことですから、この部屋を調べることは無駄ではないかと」
「そのようだね。もう少ししたら人が来る。その人に頼むとするよ」
「そんな方、いらっしゃるんですか?」
「うん、もう呼んである。じゃあ、次の場所に移ろうか」
こう兄はそう言って歩き出した。本田刑事の「マジであの人……だったら謝罪に付き合え」という恨み言は聞こえていないらしい。
上の方から「日野少年」と呼びかけられ、先輩を見上げた。
「被害者の接点は、今のところ、失踪した春野愛花の知り合いだったということだったね。それでは、黒幕を謎の人物と置いたとき、その人物の動機とは何だろうか?」
「ええっと、動機ですか?」
「動機もないのに事件を起こすのかい?」
苦笑すると、こう兄たちの後を追うために歩き出した。先輩の歩幅に合わせながら、謎の人物の動機について考察した。
「そ、その謎の人物が、春野さんの失踪について触れられたくなかったから!」
「そのように仮定しよう。
事件発生前。岩本少年は自力だけでなく、アサにも協力を仰いでいたんだったね。秋吉教諭も確認はしていないが、君の言う通りの動機だとしたら調べていたのだろう。自分が顧問を務める部で生徒が失踪した。……責任を感じていた可能性はあるだろうな」
若宮先輩は数秒だけどこか遠い目をした。
何かを考えているのか、黙って階段を下りていく。
「それで?」
「ひゃい?」
突然話を振られ、不覚にも驚いてしまった。
「ひゃい、じゃなくて。続きだよ。この謎の人物はどんな人物なのかな?」
「どんな……ですか?」
「ヒントをあげよう。岩本少年、および、秋吉先生の事件現場はいずれも」
「あ、校内です!」
「その通り。つまり?」
「え? ええっと……が、学校関係者?」
「その可能性が高い。ここ、セキュリティはしっかりしているからなかなか外部から侵入できないだろうね。それでは、第一の事件である岩本夏樹殺害。犯行はいつ行われただろうか」
「授業が終わる十六時から発見された翌朝九時、くらいですか?」
「もっと時間は絞れる」
「でしたら、十六時から十八時五五分ですか?」
「……ほう。なぜそう思う?」
「眼球からみつかったガラス片。それが岩本先輩がPCを使うときにはかけていた眼鏡のレンズ片だというのは、まだ鑑識結果が出ていないとしても、確定して考えていいんだと思います。それから、先輩の荷物は、教室でも生徒会本部でもなく屋上から見つかっています。開門直後でも、登校している生徒は少なくありません。特に、一階にはカフェレストランで自習している方が多く、ちょうど中庭に面しています。屋上から人が落ちて、その音に気がつかないなんて考えられません。先ほど、先輩がおっしゃったように外部からこの学園に侵入するのは困難だとすると、犯行が朝に行われたとは思えません。
そうすると、遺体発見の前日に凶行があったのではないかと。生徒会本部は四階にあって、生徒は十九時までに門を出なければならない。遅くても、岩本先輩は一八時五五分くらいには学校を出る準備をするため、PCの操作を止めてメガネを外している状態です。つまり、襲われてもガラスは目の中に入りません。あの日、岩本先輩は出席していましたから終礼が終わる一六時くらいまでは生きていたと断言できます。なので、犯行は一六時から一八時五五分の間にあったのではないでしょうか」
「なるほど、よく考えているね。それでは、岩本少年の、その日における一六時以降の目撃証言はないのか?」
「すみません、聞いてませんでした。それに、白瀬先輩と神谷先輩は……あ!」
「そうだよ。あの日、我々はあの部屋に言っているんだよ。時間は覚えているかな?」
「3Dプリンターの使用者の表を見せてもらったときは、画面上方に 16:38 とあったのは見ました」
「正確なのだろうから、その時間を参考にしよう。
話を戻すと、君の襲撃により私が部室を出たのは一六時四〇分ころだった。部室から生徒会本部まで、おそらく一〇分もかからないだろう。つまり一六時五〇分には到着した。しかし、この時点では室内は無人だった。直後、神谷少年がやってくるまでは。ほぼ同時に室内を確認したが、神谷少年がおかしな行動をとったようには見えなかったように思う。ああ、そうだ、この時点ですでに趣味の悪い置物は無くなっていたんだね?」
「あっ、はい。そうです。棚と机の位置も、ずれてました」
「すでに犯行が行われた後だったか、凶器として一旦犯人が持ち出しておいたか。まあ、この議論は置いておこう。岩本少年の行動が正確には追えないからね」
「警察は掴んでいるのでは?」
「それもそうか。では、後ほど確認するとしよう。これを確認すれば、犯行時間が分かるだろうからね」
「終礼を終えて一六時に教室を出た岩本先輩が、高校一年生の教室から生徒会本部までおそらく五分程度の道のりですよね。あ、鍵を職員室に取りに行くなら」
「生徒会本部の鍵は基本的に開いたままだ。その日初めて使用されるときと使用を終えたときの他に、鍵の出番は無い」
「詳しいですね」
「我らが九条先輩のおかげだと言えば十分だろう?」
ああ、そういえば……
――「二本とも、去年の春休みよ。正確には、三月二二日」
「どうしてそんな正確に」
「中学の生徒会での最後の仕事だったから」――
そんなんことも仰っていた。
いや、待て。
「なぜ九条先輩が中学生時代に生徒会長を務めていたこと、僕が知ってると思ったんです?」
「心外だな、私は君の話を聞いていただけだというのに。君の話を聞く限り、質問が桜の木が植えられた月日に発展した際、資料を確認せず正確に答えられそうな人物はいないと思った。他方、君をたきつけたのはどうせルリだからな。中学の生徒会役員に話を聞いたときにあいつも同席し、そのときに聞いたのだろう? 少々乱暴な推測だが、そこは付き合いの長さでカバーしたことにしておいてくれ」
「あの、先輩方は」
「その質問には後ほど答えよう。今は、こちらが優先だ」
いつの間にか到着していたのは、体育館前だった。