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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File01 出会いの季節
13/32

消えた春 3

 九条先輩から初LINKsが、今朝届いた。たった一言「がんばってね」と、台本と題がつけられた大量の文章ファイルだ。

 半分ほど夢の中にいる妹のお粗末な生活能力をサポートしつつ、その文章に目を通しながら登校した。赤嶺さんに妹を引き渡して自分の教室へ向かうと、朝から元気に扉付近で三ツ谷先輩と談笑している社交力オバケ。今日も元気そうで何よりだ。


「真記、おはよ!」


「あ、うん。おはよう。

 あの、おはようございます」


「おはようございます。こちら、どうぞ」


 差し出されたのは、直方体のUSBメモリだった。


「あの、これは」


「勧誘用に一回、年三回の校内公演、大会が二回。春野先輩が出演した全部で九回の公演映像です。それから、いくつか練習風景も」


「も」


「ハルノ先輩って?」


 相変わらず、みごとなタイミングである。受け取ろうと伸ばした手が宙で静止した。

 事情を知らず首をかしげた彼に、黙殺する代わりに、その手をグッドサインにして背後を指定した。


「内容は企業秘密だから。智博、ハウス」


 話がわかるオバケは何も言わずに去っていった。どのような表情だったのかまではわからないが。

 それから先輩に向き直り、USBメモリを受け取った。


「あの、三ツ谷先輩。これは、もしかして九条先輩が何かおっしゃっていたからでしょうか?」


「あれ、聞いてなかった?」


「あ、はい、えっと、いえ。あはは」


 今朝の「がんばってね」はこれに対するものか、と納得した。


「九つといいますと、ハルノアイカさんが一年生のときの『めざせ、風雲児』『悪魔のメモ帳』『星と月』『あの日見た散りゆく桜は』、二年生のときの『演劇部に入ろう!』『幸運の花』『はちみつとあめ』『オールオーバー』『曇りのち雪』で合ってますか?」


 呆けた表情をしつつも、先輩は一度うなずいた。


「えっと、それで、わざわざ来てくださった理由は何ですか?」


「あ、ああ。ええ、いえ。あの、今日の部活は中学二年二組の教室なんですけど、場所はわかりますか?」


「五階の、曲がり角当たりの教室ですよね?」


「ええ、そうです。そ、れでは、あの、また放課後」


「あ、はい。ありがとうございます」


 駆け足で去っていく先輩を見送り、席につこうとしたが、オバケに占領されていた。


「お前のハウス、ここじゃない」


「今から家に帰ったら欠席扱いになるじゃん。やだよ」


 そういうことでは無い。


「で。ハルノ先輩って、誰?」


「この前、一緒に調査技術研究会の部室いっただろ? それ関連」


「え、まだ事件に首突っ込んでたの?」


「やめたほうが良いことはわかってるけど、残念ながら、自分の好奇心には勝てないんだよ」


「へー、早死にしそうな性格してるね」


「本当、それね。じゃ、そういうことだから。チャイム鳴るから、どいてくださーい」


 これでは妹にあれこれ文句言えないなと、自分の発言を自嘲した。






 演劇部の先輩方に話を聞く前には、今朝の文章ファイルには一通り確認した。

 短い話が六つ、長い話が三つ。台本からわかったのは、男子部員がほとんどいないということくらいだった。


「なにしてるの、日野くん。中、入らないの?」


「あ、いえ。はい。入らせていただきます」


 三ツ谷さんに促しに従った。

 高校生が阿部さん、金村さん、南雲さん、松北さん、和田さんの五名、中学生が赤城さん、佐藤さん、三ツ谷さんの三名だった。このうち、男子は松北さんと赤城さんの二名だった。

 一通りの自己紹介を終えて、話に入った。


「さっそくですが、ハルノアイカさんをご存じですか?」


「ハルノさんと今回の事件、関係があるの?」


「いえ、わかりません。若宮先輩に聞けば何かわかるかもしれませんが、今はまだタイミングではないみたいです。とりあえず、多くの情報が必要で、これはそのうちの一つです」


 南雲さんの問いに準備していた答えを返すと、彼女は軽くうつむいた。


「舞台映えのする声で、素直な演技だった」


 硬い口調のあと、顔を上げて話し方を戻した。


「二年前の初夏の大会の指定演目で主役に抜擢されて、批評の場で有名な演出家にそう表現されたの。大きな舞台で演技するのは初めてだったのに、怖がることなくセリフも完璧だった。経験者じゃなかったから、ハルノさんは技術を吸収する速度が並外れていたんだと思う。機械の操作はどうしても苦手だったみたいだけどね」


「機械、使うんですか?」


「うん。体育館や大きな舞台での発表では、演出を機械に頼ることもあって。中学生だと舞台に上がっていない二、三年生が主に操作するの。といっても、あまり使わないし、先輩に頼んだら教えてくれたり代わりにやってくれたりするし……。あった」


 差し出された携帯には、画像が表示されていた。この教室に集まってくださった以外の方々も写っている。制服か衣装を着ているところを見ると、公演後にでも撮影した集合写真だろうか。


「あの。この写真の春野愛花さんの隣にいる方って」


「さーちゃんのこと?」


「さー……柊空佐さんですよね?」


「うん。アイカ、なかなか機械音痴で……。みかねた金村先輩がヘルプを頼んでくれて」


「そうね。機械得意だったし、人助けって感じの部活してたし。空佐もアイカも、それで仲良くなったみたい」


 人助けって感じの部活=調査技術研究会 と認識していいのだろうか。


「だから、空佐は、一人でアイカの行方をずっと調べてくれてるんだと思う。本命は名探偵だったけど、夏休みに何かあったとかで依頼できなくてね。今では立派な"二年前の名探偵"やってるみたいだけれど、当時は、まあ……色々あってね」

 

 当時を知る方々は苦笑したり顔を見合わせたりしている。なかなかアグレッシブな事態だったらしい。

 ただ、コミュ障はわざわざ無粋なことは聞かない。苦笑を返しておくに留める。


「あの、一つ気になることがありまして。その、全国大会の指定演目だった『あの日見た散りゆく桜は』なんですけど、あれですよね。稲垣文乃さんの」


「うん、処女作の『桜の舞う頃に』を中学生演目用に脚本化された話だよ。よくわかったね」


「読んだことがありまして。台本を読んだとき、これかなって、思ったんです」


 あれ? あと何話せばいいんだ?

 話題がなければコミュ障としては黙る以外の選択肢が……


「……えっと、他には?」


「それ、は……あの、なんでしょう。えっと」


 言葉に困っていると、扉が開けられた。白衣の男性が廊下から顔を覗かせる。


「もうそろそろ、帰る時間……なんだけど、あの、まだかかる?」


 おどおどした声色で気を付けていないと何を言っているかわからないほど聞き取りにくい声だった。

 もわもわと集まった視線を避けて男性に「もう大体は大丈夫です」と告げてから集まってくださった先輩方に礼を言って頭を下げた。


「じゃーね、おはぎちゃん」


「気をつけて」


「この前の大福おいしかった?」


「あ、うん。ありがとう」


 気になって試しに赤城さんに「あの」と話しかけてみた。「ん?」と反応してくださった。


「先輩方、あの先生と仲がいいんですか?」


「まあ、そこそこね。なんで?」


「ニックネーム、あるみたいだったので」


「あー、おはぎちゃんね。他クラスのやつがそう呼んでてさ。甘い物好きみたいだし、ぴったりだから。ねっ、まっちゃん先輩?」


「え? あ、うん。大福、おいしいよね。俺も好き」


「何の話ですか」


「わかんない。適当に言った。何の話?」


「まっちゃん先輩、おはぎちゃんと仲良しだねって話です。じゃ、俺、塾あるんで。グッバイ」


「あ、うん。グッバイ」


「ありがとうございました」


 赤城先輩は、颯爽と教室を後にした。


「あー、えっと、まあ他の部員や教員と比べたら仲は良いかも。演劇部の男子部員、俺より上にいなくてさ。それで、中一のころは先生とよく話していたんだ。当時から、進路的にも先生と一緒だったから」


「学校の先生を目指しているんですか?」


「あ、違うよ。臨床医、医者だよ。先生は、金銭的な面であきらめざるを得なかったらしいけど、大学で医学を学んでいたって聞いたんだ。だからか、俺には自信がないとか学力がたりないとか、そんな理由であきらめないでくれって言ってくれてさ」


「そうなんですか」

 

 良い先生ではあるらしい。性格にはシンパシーを感じる。軽く頭を下げると、下げ返してくださった。

 間違いない。間違いなく彼もコミュ障だ。


「じゃあ、あの、もう帰らないと」


「あ、はい。ありがとうございました」


 男性に向き直って一礼とともに去ろうとしたが、


「あの……少し、時間、平気……デスカ?」


「あの、すみません、お名前の方は?」


「あ、ああ。すみません……。秋吉と言います。生物を教えています」


「そうですか。それで、ご用件のほうは?」


「あの、君が、ほら、名探偵の弟子って、そういうの聞いて、それで」


「あ、はい。えっと、それで?」


「た、助けてほしいんだ」


 突然の依頼に僕らの思考はついて行かなかった。言葉が出てこなかった代わりに首を傾げた。


「こ、こんなものが、いつの間にか、カバンの中に入っていて……」


 秋吉先生は震える手で一通の封筒を白衣のポケットから取り出し、差し出してきた。それを受け取ると、先生は言葉を荒げた。


「次、殺されるのは僕かもしれない……! いいや、絶対に僕だ! 間違いない、頼むよ。一刻も早く」


「あの、これは」


「た、頼むよ。本当に」


「えっと、はい。でも」


「じゃあ、よろしく」


 呼び止めようとしたが、そのまま去ってしまった。

 強く握られていたらしい、くしゃくしゃの封筒。校門に足を向かせながら、封筒の中を確認する。白い紙で、触れてみるとスケッチブックの紙のような素材だとわかった。

 それには、教科書の字体と同じ文字でこう記されていた。




 春は、拍動。生を享受する

 夏は、衝動。罪に気がつかない

 秋は、消失。やり直すには遅い

 冬は、幻影。そこには何もない




 この詩。

 岩本先輩の事件についての聴取で、こう兄が見せてきたものと同じだった。違うのは、女子の書いたらしい文字か、印刷機がインクを紙にくっつけたかくらいだろう。


「春、夏、秋、冬……。春夏秋冬」


 季節の巡り、四季。

 内容はともかく、少なくとも、この詩と事件には関連がある可能性がある。

 と、いうことは断言できる。

 が、ミステリー好きの素人にはここまでが限界だ。

 さすがに僕の手には負えない。この詩は秋吉先生の話とともに、なるべく早く若宮先輩に渡しておこうと決心した。

 

 




「日の光が見えなくても、寒さに負けそうでも……それでも、わたしは、いつかまた虹が見えると信じたい。そのためなら、種をまいて、水をやるの。美しい明日を夢見て、色褪せない答えを探すの!」


 話は、名もなき少女がそう宣言することから始められた。

 二年前の夏の大会自由演目『曇りのち雪』は、激動の時代を舞台にハッピーエンドともバッドエンドともつかない淡いストーリーが優しく広げられる作品だった。

 素人ながらもハイレベルだろうと伺える。事実、その年の最優秀賞、特別賞をもらった演目だというから、認識は間違っていないはずだ。


 その主演を務めるのは、大会から数か月後に姿を消した少女。

 この映像のおかげで彼女を、ハルノアイカさんを春野愛花さんと認識できるようになった。


「だけれど、もし……もしも、明日を望むことが許されないなら、わたしは誰かの未来を望む」


 全ての公演において、セリフは一つも間違えていない。舞台の上で奏でられる言葉は、彼女の本心(アドリブ)のようにも聞こえてくる。

 ため息とともに閉じたPCを腹部に抱えた。


「まさ、人生に悩んでるの?」


 何言ってるんだ、この子は。

 ソファーの背から顔を覗かせた妹の髪の毛は、お風呂上りには珍しく、ちゃんと明るい茶色をしていた。


「悩んでないけど」


「……あれれ?」


「あれれ」


「それじゃあ、どうしたの?」


「むしろ、どうしたの?」


「冷蔵庫にまだマフィンあるのに今日はクッキー作ったから、変なこと考えてるのかなって思ったの。まさ、考え終わるまでたくさんお菓子作るから」


 とりあえず、人生に悩むことを変なこと考える呼ばわりしていることに気がつこうか。


「学校の事件のこと?」


「まあ、うん」


「まだ関わってたの?」

 

 お前もか、ブルータス。

 言葉にしても妹相手には無駄なことは知っているから、この場では飲み込んだ。

 代わりに問いを返す。


「春野愛花さんが消えたのは、どうしてだと思う?」


 予想通り、首を傾げた。

 ある時期を境に、妹は事件や捜査には一切関わらなくなった。そして、僕は理由を知っている。そのくせ、どうして理由を聞いてくるのか――言外に表していた。


「教えてくれないの?」


「情報は持ってない」


「幸運だね。僕は持ってる」


「……問いに答えるだけなら」


 にっこり微笑んでそう言った。「ありがとう」の後に、事件概要から春野愛花さんについて話した。すると、数秒間だけ目を閉じた。


「まさのお話だと、基本的にローリスクな行方不明者だよね。だから、まずは配偶者、家族、知り合いについて考える必要があるよ」


 これでいい? と言わんばかりに見つめてきた。うなづいてから賄賂をキッチンへ取りに行った。

 春野愛花さんが消えたときは中学二年生の秋。だから、冬の大会には参加していない。当時のクラスメイト、友人、家族からなるべく多くの情報を得るべきということだろう。あと誰に聞けばいいか判断はできない。だが、この件に関して話を聞きたい人があと一人はいる。

 粗熱を取り終えたアイスボックスクッキーに歯を立てると、隙間から心の声が漏れた。


「あとは、名探偵か」


「めーたんてー?」


 皿に乗せたクッキーを差し出すと一つつまんで口に運んだ。「どう?」と尋ねるとコクリとうなずいてくれた。


「名探偵さんはいるよ。でも、お話してくれないんだよね。どうすればいいと思う?」


「お友達になればいいんだよ」


「へえ、お友達。なりたいね」


「ならないの?」


 皆まで言わせるな、の意を込めた視線を向けたが、彼女には無意味だった。

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