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さようなら、長春色の追憶  作者: 視葭よみ
File01 出会いの季節
12/32

消えた春 2

 がんばると決めたからといってがんばれるとは限らない。

 二階の階段の陰で立ち往生しながら痛感する。一度、話し始めてしまえばすべてがどうにかなるとは思う。だからといって緊張しないわけでも気負わないわけでもない。


「どうかしたの?」


「ふぁいりゃのぃっ!?」


 振り向きざまに、やはり、そんな奇声を上げてしまった。

 ネクタイをいじっていたらしい先輩は、驚いた拍子に誤ってネクタイを引っ張り自分で首を絞めてしまい焦っていらっしゃる。慌ててノットに手をかけた拍子にブレザーの胸ポケットにつけられた 田村兼国 が傾いた。


「すみません、朝から」


「あ、いや。なんか、ごめん。何してんのかなって、それだけなんだけど」


「それは……話したい人が、いらっしゃいまして、それで」


「話したい人って?」


「か、神谷先輩です」


 消え入りそうな声で主張すると、田村先輩は「神谷くん、この時間いるかな」とつぶやきつつ三年生の教室を確認してくださった。


「まだ来てないっぽい。三ツ谷さんと前橋さんならいたけど。呼ぶ?」


「あ、いえ。神谷先輩がいないなら、大丈夫です」


「そっか、昨日、言ってたね」


「あ、はい。あの、また、来ます。ありがたくございますでございました」


 下げた頭を上げると、田村先輩は遠慮がちに片手を上げていた。彼の視線を追って振り向いてみると、階段下に目当ての先輩がいらっしゃった。かなり不服そうな表情である。

 そのまま横を通り過ぎようとされたので、決死の覚悟の上、その進行方向をふさいだ。


「何?」


「聞きたいことがあります」


「俺にはない。田村はどうした?」


「部活の先輩に仕事押し付けに来ただけっす」


「そっか。じゃ」


 来た道を戻る先輩の後を追う。


「あ、あの! 待ってください」


「断る」


 追いかけるが、呼び止めようとしても無駄だった。

 一階まで下り終えると、別の階段のほうへと歩みを進める。昨日の生徒会の先輩方のように協力的ではないことは予想していたが、ここまでとは思わなかった。

 先輩が教室へ到着する前に話をする体制をとってもらう必要がある。こういう際、手っ取り早いのは


「先輩、嘘をついてませんか?」


 そう、カマをかけること。

 怖い先輩相手にはやりたくなかった。案の定、


「あ?」


 足を止めて振り向いていただいた。今度は僕が振り向いて走り出したい番である。

 鋭い視線を浴びながら、変な発言が出てこないように気を付けつつ説明をする。


「昨日、いろいろな方からお話を聞かせていただきました。しかし、いずれも神谷先輩の以前の発言とかみ合わないことがありまして……。ただ、確認を取りたいだけです」


「何のためにそんなことするんだ?」


「岩本先輩の死が自殺とは、思っていませんよね?」


「俺らがどう思ってたってどうしようもねえだろ。警察に任せておけばいずれすべてわかるんだから」


「おっしゃるとおりです。しかし、若宮先輩が動くためにも情報が欲しいんです」


「はっ……あの人に今更、何を期待しろってんだよ」


「先日、目の前で拝見された先輩にならムダかどうか判断できるかと」


 しばらく沈黙が流れる。

 立ち去りたい気持ちを抑えて姿勢を正す。


「ちょっと、来い」


 方向を変えず歩き出したかと思えば、先輩は呟いた。






 到着したのは、面談室だった。入室するなり、先輩は通学カバンからPCを起動する。


「ばれたらめんどいから、扉閉めて」


「あ、はい」


「で。なんで俺はうそつきになってんだ?」


 表情は柔らかだが、声が明らかに怒こってらっしゃる。

 とりあえず……あれだ。沈黙防止のためまくしたてるように言葉を量産する作戦、決行。


「先輩の話は、ほかの方々と食い違いがあるんです。岩本先輩が探していたのは、男の子ではありません。ハルノアイカという女の子なんです。

 他の先輩の話では、岩本先輩の探しているのは女の子だということだったんですけど、先日の神谷先輩の話では、小柄な男子だったかと記憶しています。

 先輩方の言う ハルノ さんが、"アイカの件"の当事者だとしたら柊空佐先輩の認識においても岩本先輩が探していたのは女の子だったはずですし、他の先輩もそうおっしゃっていましたし。それなら、神谷先輩は探しているのが男子だと勘違いしたんだろう、と。アイカって、普通に女の子の名前じゃないですか、偏見ですけど。あ、でも、男子の名前として聞いたことあります? 無いと思うんですけど、まあ、偏見と視野の狭さがバレる発言ですね。はい、すみません。別に、先輩が嘘をついているとは思っていません。わざわざあんな手間のかかること、意味もなくするような方ではなさそうだなーって思いますし」


 話している間、神谷先輩はしばらく沈黙していた。やがて、一言こうつぶやいた。


「こっち来い」


「ち、違うんです! 興味本位ではないんです! あ、いえ、ほんの少しだけそうかもしれませんけど、本当に事件が解決してほしいと思っていて」


「長い。カマかけたってことだろ?」


「あ、はい。おっしゃる通りです」


「別に怒ってないから。そういうの、めんどい。そっからじゃ見えないだろ」


 そう言って神谷先輩は僕にPCの画面を見せつけた。一人の女の子の、制服姿の写真が映し出されている。大きな瞳が印象的で、長い茶髪を二つに結び、正面に向かって優しく微笑んでいる。先日、中庭で見せてもらった写真の少女と、同一人物だろう。


「ハルノ、アイカさん……」


 神谷先輩は、そのまま話し出した。


「これは中二のときにとった生徒手帳の写真。失踪したのは俺が生徒会入って間もなくだったから、二年前の秋の終わりだな」


「失踪したとき、手がかりはなかったんですか?」


「そんなもん、ほとんどなかった。だから、あの人にすぐに頼ったんだ!」


「若宮先輩、ですか?」


 大きな声を出してしまったことに対して「すまん」とわびてから神谷先輩はこう続けた。


「学園内では、有名だった。調査技術研究会の名探偵、若宮ってな。

 岩本先輩はハルノ先輩が休んですぐに彼女の両親に聞かれたんだ。昨夜から娘が帰ってきていない、何か知らないかって。それで、若宮先輩に調査を依頼しに行ったんだ。だけど」


「断られてしまった?」


「まあ、そういうこと。その後に知ったことだけど、あの人、夏休みに何かあったみたいで……。それから、依頼は受けなくなっていたみたいなんだ」


「夏休み、ですか……。あ、そうだ。あの、先日の生徒手帳の件のとき」


「それは本当に悪かった。だけど、ハルノ先輩も岩本先輩も、自分からは弱さを見せない人だったから。こっちから行かないと、力になれないと思って」


「いえ、そういうことではなくて……そのとき、二か月前に見かけた、細身で、背は高くなくて、中学生のネクタイが似合いそうな男子を岩本先輩は探していたとおっしゃっていたではありませんか。その情報は、一体、何だったのでしょう?」


「ああ、それか。岩本先輩が生徒会室に同級生を連れてきてて、そのとき、俺もその場にいて聞いちまったんだよ。先輩に詳しく聞いてみたら、そう言われたんだ」


「なるほど。岩本先輩の連れてきたその方の名前、わかりますか?」


「先輩はヨシキって呼んでたと思うけど」


 きっと、昨日の朝に接触してきた先輩のことだろう。そして、九条先輩。さすがです。

 神谷先輩は髪をくしゃくしゃとしながらため息をついた。


「普通に考えて今年のこと言ってるわけないよな……。あのときは頭に血が上ってて、すぐにでもあの人の目を覚まさせたくてさ。本当、悪かった」


「いえ、ありがとうございます。あ、それと、白瀬先輩とは以前からお知り合いだったんですか?」


「何?」


「以前、生徒会室で、れい、と呼んでいたので前から親しいのかと思って。神谷先輩は何か知っているのか気になりまして」


 神谷先輩はしまった、という表情をした後、僕に尋ねた。


「どう思った?」


「はい?」


「写真だよ」


「白瀬先輩に、似ているかもしれない……かな、と」


 すると、神谷先輩はぼんやりと話しだした。


「ハルノ先輩には妹がいたんだ。二つ下の。先輩が消えて一年後には両親が離婚して、そいつは母親に引き取られ母方の旧姓を名乗ってる。ハルノ先輩、両親が共働きだったらしいから、たまに小学生の妹を一人にならないようにって生徒会室に連れてきてたんだよ」


 昨日の生徒会役員の方々の話と神谷先輩の話の流れから考慮すると、その母方の旧姓が白瀬であり、白瀬先輩は消えたハルノアイカさんの妹であることは確定していい情報だろう。


「そう、だったんですか」


「こんなとこまで連れてきて悪かった。れいのやつ、朝に教室に来ることあるから。だけど、こんな話は聞かせたくなかった。姉が消えて一番苦しんでいるのはあいつなんだから」


「そう……ですね」


「もういいか? もうすぐ」


「あっ、あの、最後にこれだけ! 神谷先輩、最近、ずっとああやって生徒会本部にいるんですか?」


「ああ、まあ。仕事、全然終わってないし、新しく生徒会入ってきたやつらに教えなきゃいけないこと多いから、さっさとデータ整理くらい終わらせなきゃなんねえし。書記ってのもあるけど、俺は定例会ある月曜日と基本誰もいない木曜日は終礼終わってすぐ向かって、休憩もはさみながら最終下校までやってる。まあ、昨日は別の用事あったから一七時半に帰ったけど」


「なるほど。お話、ありがとうございました」


 始業まであと数分だった。

 後ろを歩かないでほしい、と思いながら僕は神谷先輩とそれぞれ教室に向かった。その途中、神谷先輩はこう言った。


「もうチャイムが鳴るから、さっさと教室戻れよ」


「はい」


 神谷先輩は来た道を駆け足で戻り、曲がった。その先には、自販機がある。僕は、緊張で消えていた渇きを思い出し、お茶でも買おうと自販機に向かって引き返した。しかし、曲がる直前で神谷先輩のこんな言葉が聞こえてきた。


「お前じゃ……無い、よな?」


 思わず、身を潜めてしまった。


「えっと、何が?」


 訝しげにそう聞き返す声は、白瀬先輩のものだった。


「いや、何でもねえ。悪かった、忘れろ」


「そっか……ねえ、日野くんに何を話していたの?」


 今朝、教室前で目撃されたのだろうか。先輩たちの会話を後にして、自分のクラスに向かって走った。

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