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魔王サマ Lv2

 私めがけて一直線に駆け寄ってくる勇者に一瞬硬直したけれど、一応私、魔王だから、それなりに運動神経は良いわけで。


「アイリーン……!」


 私の名前を呼びながら猪突猛進してくる勇者を、ひらり、と素晴らしい身のこなしでかわす。すると相手は勢い余って、私の寝台に頭から飛び込む形になった。

 この奇襲攻撃は何とかかわすことができたが。


(すごく危険な香りがする)


 本能的にそう感じた私は、念のため、この青年の動きを封じるべく、魔法を行使しようと試みる。

 が。


「……~~~っ!?」


 私は再び、声にならない叫び声を上げた。

 というのも、いつもなら手を掲げるだけで集まってきたマナが、集まってこない。つまり、魔法が使えない、ということだ。


 まずい。


 魔法が使えない魔王なんて、ただの王ではないか。

 しかも、私、王ってガラじゃないし。


(どちらかというと引きこもり気味だし……)


 いやいや、そんなことより、今考えるべき、もっと重要なことがある。つまり、このままの状態では、勇者に太刀打ちできないということだ。

 寝台ダイブのダメージから回復した勇者がゆらり、とゾンビみたいな動きで起き上がる。その様子がとにかく不気味で、私はじりっと後ずさる。


 逃げなきゃ、って思っているから、体は自然に扉の方に移動し始めている。でも、その時私は、あまりの勇者の気持ち悪さに、すっかり失念していたのだ。

 扉を開けて入ってきたのは「二人」の青年だったことを。


 じわっと動き始めた私の体を、けれど横から押さえる手があった。はっと振り仰げば、温厚そうな青年が、にこりと笑いかけてきて、そして告げた。


「アイリーン様。外は怖いから、駄目ですよ」


 柔らかな雰囲気に、私の警戒心が少しだけ薄れる。すると、その期を逃さず、青年は私の体をひょいと持ち上げた。

 突然のことにびっくりしてしまった私が我に返って暴れ出す前に、青年は先手を打つ。私と同じ目の高さで、ふっと柔らかく微笑んでみせたのだ。


 その、ふんわりした笑みを見ると、何だか毒気が抜かれて、私は思わず、にこりと微笑みを返してしまう。


 そんな遣り取りを端から眺めていたらしい勇者が、突如として近付いてきて、その手のひらで私と青年の視線の間を遮った。


「ウォレス! お前、抜け駆けだぞ」


 少し苛立ったような口調で、穏やかそうな青年……ウォレスというらしいが……を牽制する。その後、すぐさまこちらに目を向けた。


「ほら、アイリーン。そいつより俺の方が抱っこが上手だから、こっちにおいで」


 勇者が、うさんくさい笑顔を浮かべながら両手を大きく広げる。

 だいたい「抱っこが上手」って何だ? しかも、誘うように手のひらを「おいでおいで」するみたいに動かしてきて。


 ……うわ、何か気持ち悪い。


 この上もなく正直な感想は、以上である。


 私は少しでも勇者から距離を取るべく、身を逸らす。そして嫌々するように首を横に振った。

 極めつけに、しっかりと拒絶の言葉をぶつけようとしたのだが。


「ゆうしゃ……こわ……」


 私の唇から零れ出たのは、そんな、どこかたどたどしい単語だけだった。


(んん?)


 思考はとてもクリアで、紛れもなく成人のものなのに、言葉を出そうとすると、何かあざといいくらいに舌足らずになってしまう。


(……)


 嫌だ、嫌すぎる。

 私、齢二百歳だよ?

 いかにも幼女な台詞とか話し方とか、すごく恥ずかしいんだけど!


 しかも。


「~~~!!」


 勇者が、私の舌足らずな喋り方を聞いた途端、目をキラッキラさせたのが、凄く……怖い。


 危機感を覚えた私は、とっさに自分を抱き上げている青年にぎゅっとしがみつく。すると、青年は安心させるように私の背中を軽く撫でてくれた。それと同時に、勇者に向けて言い放った。


「そんな、まるで射殺すような目で見るの、やめてください」

「いや、本気でお前のこと、殺したい」


 そう言った勇者の声が、恐ろしいほどに真剣で、私はぶるっと身震いをした。







 さて。


(ドウシテ、コウナッタ)


 私は今の自分の状況を理解できないでいる。

 いや、全てが理解不可能、というわけではなく、ちゃんと把握していることもある。


 例えば、勇者とそのお供がここにいる理由だ。

 つまり彼らは、力を封じられた魔王の監視のために、ここに来たらしい。魔力を失っても魔王は魔王。人に危害を加えることがないよう、見張っておく必要があるという人の王の命によるものらしい。


(私が今まで、人に危害を加えたこと、あった?)


とも思うが、種族が違えば、そういった懸念を抱くこともあるのかもしれない。……私には理解できないことだけど。

 ただ、人の王の命に背くことができない彼らの立場は、よく分かるつもりだ。


 けれど。

 これは、やっぱりワケが分からない。


(どうして添い寝までする必要があるの?)


 そう、今、私の体は、私のベッドの上に横たわってすーすーと規則正しい寝息を立てている勇者の腕の中にある。

 この状況に至るまで紆余曲折あったのだが、要するに日が落ちて「寝床をどうするか」という問題にぶち当たった際、勇者が「俺はアイリーンと寝る! ……じゃなくて監視する!」と言い出して、お供の青年ウォレスに頭をぶん殴られたんだけど、それにもめげず彼は私との同衾を諦めようとせず、最後には面倒くさくなったらしきウォレスが「じゃあ、私の条件を飲めば」ということで、この形に落ち着いた。


(私の意見は……?)


 まあ、敗北した魔王に意見する権利なんて、ないんですけどね。


 なお、天井には、勇者が不埒な行為を働くそぶりを見せたら落ちるような魔法がかけられた巨大な刃が吊るされている。たとえば、勇者が私にキスしようとしたりすると、落下する仕組みらしい。これが、ウォレスの言うの「私の条件」だ。


 ……この刃、落ちてきたら、勇者どころか私まで真っ二つなんですが。


 だけど、お供の青年ウォレスが言うには、


「だから安心なんですよ」


とのことだ。ウォレスは、勇者よりは常識人だとは思うが、やっぱり言っていることは、よく分からない。

 けれど、この装置のおかげで、勇者は私を抱っこすること以外はできないわけなので、ありがたいことには変わりないけれど。


 ここは妥協すべきなのだろうか。


 気持ちが、そういう方向にに傾きかけた、その時。


「アイリーンたん……」


 むにゃむにゃと寝言で私の名を妙な呼び方で呼ぶ勇者の声を聞いて、私は決意した。


(やっぱり逃げよう)


 この人物は、危険すぎる。

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