7.父親
視点変更。父親からみた。本日サンコメ。
クリスマスに書いた分は消化しました。
クリスマスに何してんのかって? 言わないでください。
娘が、帰ってこない。
そう妻から聞いた時も、別段思うことは無かった。
娘、ティナは、明るい子だった。少し素直でないところもあるが、笑顔が可愛く、場の空気を良くする魔法でも持っているかのように、彼女がいるだけで、皆が笑顔になれていたのだ。
私は昔、冒険者であった。多少は名の知れた剣士で、冒険者ランクの上から2つめ、Aランクに属し、数々の依頼を日夜こなし、東奔西走していた。今の妻もその時に出会った。彼女はギルドの受付嬢だった。まだ新人だった彼女を助けている内に惹かれてしまい、籍を入れることになった。
しかし、ある日、ブラックドラゴンの依頼を受け、とある山に入った時、土砂崩れに巻き込まれ、片脚を複雑骨折。治癒魔法は掛けてもらったが、もう二度と冒険者稼業は続けられない身体となってしまった。
その頃、私がいた国では戦争が勃発。私のように前線を退いた者達が集まる村があると知り、そこで農家となって過ごす事にした。
だが、冒険者ばかりやっていた私に農作業など満足に出来るはずがなかった。それは他の村人も同じこと。村は段々貧しくなっていった。
私は、私と妻の間にできた子に期待をかけることにした。私の分を取り戻すために。
長男は幸い水属性魔法に適性があった。剣を習おうとしなかったのは残念だったが。
しかし、娘はどうだ。
8歳になり、街の協会に連れていき、神父に告げられた適性は、〝闇属性〟。私は、目の前が暗くなる錯覚を覚えた。〝闇属性〟、それはすなわち無能を意味する言葉。私のかけた期待はこの時、水泡と化したのである。
とはいえ、産まれてしまったのだから仕方がない。最低限の衣食住だけは与え、兄と比べて冷遇を続けた。
半年後、明るかった娘の面影はもはや無かった。白かった服も次第に薄汚れ、家ではほとんど声を発そうとしない。私も積極的に話しかけようともしなかった。
この世で無能とは、それほど、期待外れで、絶望的で、罪深く、救いようのない代物なのだ。
いや、そう思っていたからこそ、尚更、娘の捜索に出ていた村人から、娘が森の中で倒れていて、傍にはウォーウルフの死体が、首から上がない状態で見つかったと報告を受けた時は、目の前の村人が錯乱したのかと、それともついに私の頭もガタが来てしまったのかと、そう思わずには居られなかった。
茫然自失とした私は、村人に連れられ、村の診療所に行った。
そこには、確かに、首から上がないウォーウルフの死体と、泥が少々付いた以外は真っ白になっているワンピースを着て、ベッドに横たわる娘の姿があった。
「軽い魔力切れですな。外傷は見られんし、頭を打ったということもない」
診療所をやっている元軍医だった爺さん、カルメルさんが言った。
私は我が耳を疑った。……魔力切れ? 娘は魔法が使えないのに、魔力が切れるはずが無い。
「それは本当ですか、カルメルさん。娘は魔法が使えないはずですよ」
「それはあーしも知っとるんですが、これはどうみても、魔力切れの症状ですな。暫く寝ときゃ治りますんで、家に連れて帰ってやってくだせぇ」
白くなったワンピース、ウォーウルフ死体、カルメルさんの証言。ここまで状況証拠が揃っていてもなお、私の頭は真実を受け入れようとしなかった。
あれ以来、無能だと、碌な扱いをしてこなかった。何一つ、父親らしいことしてやらなかった。あの笑顔を、娘から消してしまった。その罪悪感に押し潰されそうになっていたのだ。
私は娘を連れ帰り、彼女の部屋のベッドに横たえた。泣き止まぬ妻に手伝ってもらい、服を着替え、身体を拭いてやった。身体は軽かった。顔はやせ細り、血色も良いとは言えなかったが、不思議と心地良さげに、満足そうな表情をしていた。
「う、うーん……」
「っ!? ティナ! 大丈夫か!」
「うん……あれ? お、父さ……ん?」
「そうだ、父さんだ、何があった。教えてくれ」
「えと、お……じゃない、ティナは、魔法の練習をしてたの」
起き上がったティナは、にへらっと力ない笑みを浮かべ、首を少し傾けながら、何でもないようにティナは言った。
「お前、魔法が使えないはずじゃなかったのか」
「えと、何でか使えて……」
「あのウォーウルフもお前が倒したのか?」
ティナは少し思案顔になると、首を振りつつ
「いつの間にか……よくわかんない」
「そうか、ゆっくり休め。ただ、これだけははっきり答えてくれ。お前は魔法が、使えるんだな」
「うん」
「ふぅ……そうか。今まで……悪かったな、ティナ。私は、お前を……」
ティナは目を伏せ、一拍置くと、私の目を見据えてこう言った。
「大丈夫だよ、お父さん。ティナはね、何よりも不思議で、大切な出会いがあったの。魔法も使えるなら、何も無くたっていい」
さっきまでとは違って生き生きと話すティナ。
そうか、魔法との出会いが、お前を変えたんだな。
「そうか、ティナ、お前が娘で本当に良かったと、今以上に思ったことはない。おやすみ、我が娘よ」
「うん、おやすみ。お父さん」
灯りを消してそっと出る。娘の前で、私の弱さを見せるわけにはいかない。
視界が揺らぐ。喉から嗚咽が漏れる。自室に戻ると、布団を被り、私は、声の続く限り
泣いた。
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