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12.入街


 ティナが大中小の三人に軽く仕返しをしたその日。


 ティナより少し遅れて帰ってきたジルの顔は青ざめ、ティナを見るや、ひと目睨むだけですぐ去ってしまった。


 食事の席でも悪いものでも食ったかのように黙りこくり、お父さんとお母さんが心配をしていたが、俺からしたらざまぁみろだ。


 ジルは実にうまくやった。自分では手を下さず、手下にやらせ、自分は日に日に弱る妹を眺めて楽しむ。

 性根は腐っているが悪知恵は働くらしい。


 ティナとしても、特に告発するつもりは無いらしいので、俺も大人しくしておく。



 ティナが三人を吹き飛ばしたことについては、二人ともノーコメントだった。教育者としては、よそ様の子供を吹き飛ばすなんて、一言叱って然るべきなんだろうが、事情を察していたために、何も言わないことにしたのだろう。




 二日後、街に行く約束の日。


 この日、お父さんは村の税を街に納めに行かなければならないらしく、そのついでにティナを連れていってくれるみたいだ。



 今朝聞いた話だが、俺が伝授したちょっとした工夫のおかげで、畑の作物の成育はかなり良いらしい。昨日はほかの村人の分の腐葉土を森に集めに行っていたそうだ。



 この分だと直に美味しい料理が食べられるようになるな。楽しみだ。



 街までは馬車で行く。あっちで一泊するので、その宿泊の用意と金、移動中の飲食物、お父さんの剣など、最低限の荷物だけ載せて出発した。


 特にやることもなかったので、景色を眺めたり、取り留めもないことを話したりした。


 道中には魔物も出たが、ウォーウルフ程の強さではなかったので、お父さんが一撃で屠るか、ティナが魔法で消し飛ばした。



「ほぅ、これはティナが私より強くなるのは時間の問題かも知れないな」



 街道脇から飛び出してきたハイウルフの群れを、ティナが〝シャドウバースト〟で吹き飛ばした時のお父さんのセリフである。



 まだまだ完成度が高いとは言えないが、魔法操作にもだいぶ慣れてきた。お父さんを待つ間もティナは根気よく練習していたのだ。



「これから行く街は、シルタリスというところだ。

 比較的治安が良くて、街のみんなも優しいから、私が税を役所に納めに行っている間、一人で冒険者ギルドに行って登録を済ましてきてくれ。

 ギルドの連中は荒っぽいし、闇属性に関して色々言われるだろうが、この紹介状があればそれもマシになるだろう」



 そう言ってお父さんは、お父さんとお母さんの名前が書かれた茶封筒を渡してきた。


 そう言えば、お父さんは元冒険者で、お母さんは元ギルド受付嬢だったな。


 ギルドでは、軽く戦えるかテストされるだけ、とお父さんはいっていたが、やはり少し不安だ。


「あ、あと、さっき倒した魔物達の素材と魔石も集めておいたから、登録したらついでに売っておいてくれ」


 そう。倒したついでに剥ぎ取っていたのだが、さすがは元冒険者というべきか、剥ぎ取りの手際は並大抵のものでは無かった。


 それにしても魔石、か。


 魔石は魔物から取れる素材で、人間の心臓にあたる。


 魔物は大気中の魔素が一定濃度を超えると自然発生すると言われていて、魔法が大く使われる戦場などでは、戦後に魔物が大量発生したりする。


 魔石は、中に魔力を貯めることが出来るので、魔道具の部品として、広く使われている。


 村ではあまり魔道具の姿を見なかったが、恐らく購入出来るだけの資金的余裕が無かったのだろう。

 技術力が要されるので、値段が少々高いのが魔道具というものなのだ。



 馬車の衝撃が尻に伝わって痛かったらしく、ティナは道中ちょくちょく立っては尻をさすっていた。

 馬車は要改良だろう……。


 そうこうしている間に、街の門の前に着いた。門番にお父さんが話しかける。

 何かの紋章が入った鎧を着た、三十代後半と言ったところのおじさんだ。


「税を納めに来た。入れてくれ」


「おぉ、ディートさん。よくお越しで。この間でっかいウォーウルフが運ばれて来ましたけど、あれもディートさんが倒したんで? 衰えておりませんなぁ!」


「いや、あれを倒したのは私ではなく、この子だ」



 そう訂正して、お父さんはティナを抱き上げると自分の膝の上に乗せた。

 ティナはぺこっと門番のおじさんに会釈をする。



「えぇ、この子が! まだちっこいのによくやるなぁお嬢ちゃん。しかしディートさん、確か息子しかいないと聞いておりましたが…」


「あぁ、この子はそいつの妹だ。8歳になる。言っていなかったか」


「ははぁ、なるほど、将来が楽しみですな! どうぞ通ってくりゃんせ」


「ありがとう」



 門を無事通過。

 ティナは後ろのお父さんを見上げて、


「お父さんって、有名なんだ」


「まぁ、これでも昔はそれなりに名を馳せた剣士だったのでね」



 そんなことを言いつつ、街の中へ。


 街には人と活気が溢れ、道もきちんと舗装されているし、あちこちに開かれた店からは、元気な客引きの声が聞こえる。


 ティナは街の景色が珍しいらしく、さっきからきょろきょろと辺りを見回している。


 そういえば。


『ちょっとティナ、魔石を貰っていいか聞いてみてくれ』


『魔石? 何に使うの?』


『それはあとのお楽しみ』


『ん……うん』


「お父さん、この中の魔石貰ってもいいの?」


 ティナは持っていた素材の袋を持ち上げて聞く。



「あぁ、もちろん構わない。ティナが大方の魔物を倒していたからな。……お、着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ」



 場所は街の中心部。噴水がある広場の一角にそれはあった。



「おー」



 ティナが声をもらすのもわかる。


 街の他の建物に比べてもかなり立派な石造りの三階建てで、〝シルタリス冒険者ギルド支部にようこそ〟と書かれた看板がぶら下がっている。



 なるほど、武装した人々がたくさん出入りしている。

 大きな剣を背負った厳つい男もいれば、露出の多い服を着た若い女の子もいる。



 色んな人が、様々な目的のために、共に戦い、時に争い、金を稼ぐべく、魔物退治からドブさらいまで、幅広い仕事を担うのが冒険者ギルドという場所だ。



 ティナが、そんな建物や人通りをぼーっと眺めていると、お父さんから声をかけられた。


「ではティナ、私は税を納めに入ってくるので、私が帰ってくるまで、中で待っていてくれ」


「わかった」


 ティナは力強く頷く。今まで村から出たことがなかったティナからすると街はまさに、新たな世界でどこを見ても新鮮で楽しいのだろう。



『街ってすごいんだね、お兄ちゃん』


『あぁ、あの村とは比べ物にならないな。後でお父さんと見て回ろう。さぁ、行こうか』


『うん』



 ティナは冒険者ギルドの門を潜った。

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