11.逆襲
第11話、ティナが人生の階段を登ります。
俺は心にちょっとしたダメージを負いつつも、お父さんにお礼を言った。
ついでに2日後に、近くの街に連れて行ってもらう約束も取付けた。ちょっと買い物がしたいのと、街の冒険者ギルドに登録するためだ。
俺はお父さんの部屋を後にすると、ティナと入れ替わる。
『どうする? 日が沈むまでまだ少し時間あるけど』
『魔法、練習する』
『魔力がまだ完全には回復してないから程々にな』
『うん』
ティナは裏庭に出ると、〝シャドウシールド〟の練習を始めた。
『まだムラがある。どこも均一になるように広げて』
『良くなった。だが、形がまだ歪だ。力が上手く分散しないぞ』
『お、良いな、詠唱時間は長いが、こんなもんだろう。魔力も程よく残ってるし、帰ろうか』
『うん、ありがとう』
ティナの魔法の至らぬ点を俺が指摘し、ティナがそれを直すと言う構図がしばらく続くと、ティナの魔法もだいぶ、様になってきた。
とはいえ、よく失敗するし、成功したとしても詠唱に時間がかかりすぎるので実用性は如何なものであるが、初日でこれだけ出来れば御の字だろう。
ティナは額に浮かんだ汗を拭うと、裏庭を出た。この裏庭は家と直接繋がっていないので、一旦道に出て、回り込む必要があるのだ。
道に出て、しばらく歩くと、ティナの足が突然止まった。
『ん? どうした』
「あ……あぁ……」
ティナの身体は小刻みに震え、手は固く握り締められ、手汗が滲んでいる。
ティナの視線は夕日を背に近づいてくる3つの人影に固定されていた。
『はぁ、なるほど。今来たか』
ティナは魔法の練習をしたばかりで魔力があまり無いと言うのに、なんて間の悪い。
近付いてきたのは、俺が目を覚ました時にティナをなぶっていたあの三人だ。顔は見ていなかったが、彼らから感じる魔力で分かる。
見事に大中小のサイズが揃った三人が順番に口を開く。
「なんだ能無し魔族、まだいたのか!」
「懲りないやつだよ」
「なんとか言えよー!」
「………」
ティナは固まったまま動かない。喋らない。俺の声にも応えない。
「はっ、怖くて何も言えねーか。ちょっと俺らも本気出してかないと、動かねぇみてーだな。なぁお前達?」
「そうだよそうだよ」
「そう思うぜー!」
大の声に中と小が答える。
直後、三人の顔が醜く歪んだと思うと、彼らの手に魔力が集まり始めた! 火属性、風属性、土属性……結構強い!
『ティナ、ティナ! 避けてくれ、当たるとまずい!』
『………』
ティナは応えない。相変わらず微動だにせず、彼らの魔力が集まるのをただ虚ろな目で見つめるだけ。
「ふっははっ、こんな強い魔法見た事ねーだろ! 俺に勝てるのは一人しかいねぇ」
大がなんとも微妙な自慢をする。
一発くらいなら大したダメージにはならないが、三属性同時に来られると、今のティナでは意識を失うだけじゃ済まないかもしれない。
無抵抗の幼女に魔法をぶち込むなんて、人間の風上にも置けん奴だ。むち殺して牢獄に一生閉じ込め、地獄の苦しみを味わわせてやりたいところだが、俺がやっては意味が無いのだ。
「「「くらえっ」」」
「〝ファイアボール〟」
「〝ウィンドボール〟」
「〝ストーンボール〟」
『ティナーーーー!!!』
続けざまに次々と魔法が放たれ、ティナに迫る。
ティナは自分を呑み込まんとする魔法を見て、恐怖に一層目を見開き、声にならない叫びを上げ……
―――無属性魔法〝バリア〟!!
ドゴォォーン
「やったか!!」
「「あ、」」
三人の魔法と、俺の魔法がぶつかり、衝撃で地面が震え、土煙がもうもうと舞う。
視界が晴れるとそこに残ったのは、消えゆく透明の板と、無傷のまま立つ、ティナの姿だった。
「なっ、」
「「えっ!」」
『……っ!』
俺は今度こそ、ティナに優しく語りかける。
『ティナ、何も恐れることは無い。少し前に比べ、ティナは格段に強くなっている。あいつらに勝つなんて訳ないはずだ』
『で、でも……!』
「おい!」
『今見たろ? ティナは俺が必ず守る。かすり傷ひとつ負わせやしない』
『でも、お兄ちゃんの方が……強いし……』
「おーい!」
『確かに、そうだろう。でもな、これはティナが自分で解決しないといけないんだ。俺はティナを助けはするけど、依存させるつもりは無いんだ』
『…なん…で…?』
『ティナに強くなってほしいからさ。強くなって、ティナを馬鹿にしたやつを見返すんだ。俺は強い、でもだからこそ、ティナにも強くなってほしい、わかるか?』
『でも……それじゃお兄ちゃんに迷惑が……』
「無視すんじゃねぇ!」
『迷惑だなんて思わない。俺はティナに降霊されたんだよ。感謝こそすれ、迷惑だなんて。……ならこうしよう。俺にも望みがある。色んな種族が、一緒に暮らせる場所を作ることだ。ティナは強くなって俺を手伝ってくれないか?』
『助け合う……ってこと……?』
『そうだ。だから、これはティナのためだけじゃない。俺のためにもなるんだ。ティナは俺が必ず守る。ティナも安心して魔法を使ってくれ』
『ん……うん。わかった。ティナ、強くなる。お兄ちゃん、ありがとう……大好き』
『あぁ、俺もだ』
『うん』
「聞いてんなら反応しろやぁ!!!」
なんかいつの間にか激昂してやがった。俺たちの甘い時間をっ!
「なに」
心なしか、ティナの声も少し不機嫌。
「ふん、やっと声が出るようになったか能無し。答えろ、さっきのはなんだ」
「魔法」
「……は? お前、魔法が使えるってのは本当だったのかよ!!」
「あ、おい!」
「それだめー!」
「あ、わぷっ」
大が口を滑らしたようだ。中と小の焦る声を聞き、慌てて口を押さえる。
が、もう遅い。
ティナが魔法を使えるのを知っているのは、うちの家族だけ。あとは魔力切れになったと知るものが数人居るのみと聞いた。
つまり、だ。一見、大が仕切っているように見えるこの3人を、束ねているやつが存在する。
ジルだ。
この事をティナもなんとなく悟ったのだろう。さっきまでとは打って変わって、険しい表情になる。
『さ、ティナ。今まで教えた通りに。魔王直々の弟子に勝てるやつなんてそう居ないぞ』
『うん!』
ティナが魔力を練り始める。ズズズ……と黒い魔力がティナの手に集まり、バスケットボール大になった。
「なっ、なななな、なんだその魔法は!!!」
「見たことないんだよ!」
「ひぇー!」
「あなた達は、お兄ちゃんのために、倒される」
「お兄ちゃ……は、お、親分のため? な、何言ってんだ」
「あなたには関係ない。〝シャドウボール〟」
「あわ、あわあわわわ」
三人は慌てふためき、なんとか避けようとするも腰が抜けて動けない。
冷ややかな言葉と一瞥と共に、ティナの手から発射された漆黒の珠玉は、三人の強ばった顔に吸い込まれるように直撃する、と思いきや。
ゴパァッドォーーーーン
「「「うぎゃぁぁぁあ!!!!!」」」
爆発した。
三人は当然のごとく、気を失い、地に横たわっている。
俺も呆気に取られて、暫く何が起きたか把握出来なかったが、すぐにわかった。
『魔力操作、したんだな』
『うん』
『今のは闇属性魔法〝シャドウバースト〟だ。よく出来たな、中等魔法だよ……』
『お兄ちゃんがいたから……』
ちょっと照れ気味に言ったティナ。
もし本当に俺がいるから魔法が強くなっているのだとしたらそれは……、いや、やめておこう。
『そうかも……知れないな』
『これで、終わり?』
『あぁ、ひとまず、な。よくやったな、ティナ』
俺に身体があれば、きっと俺は空を見上げて言っただろう。目からエリクサーが零れないように。
これで、ティナの枷となるものは無くなったはず。自分の魔法が確かに、使えるのだと、無能なんかではないのだと。
俺に言われるだけじゃなく、真に、実感出来たはずだ。
まだちょっとやることは残ってるけどね。
『お兄ちゃん、ティナ、強くなるからね』
『あぁ、楽しみにしている。俺も付き合うよ』
『うん』
さっきの爆発に気づいて、何人かこちらに向かって来ているのが見える。
ティナは家に向かって再び歩き始めた。胸を張って、しっかりと一歩ずつ、地面を踏みしめて。
晴れやかな表情を浮かべるティナの頭上には雲ひとつない、茜色に染まる空が広がっていた。
やっとストーリー進んだ感。




