10.世界
注)ステルはお父さんの事情は知りません。
時の流れが遅いです。
「世界について、か。これまたどうして……まぁいいだろう、先に帰ってお父さんの部屋で待ってなさい。まだ少しやる事があるから」
「うん」
お父さんは少し訝しげに俺の顔を見たが、なんとか了承して貰えた。
娘が急に世界について知りたいなんて言い出したらそりゃぁ、何かあったかと勘ぐるよな。迂闊だったかもしれない。
でもこればかりは非常に重要な事なんだ。このままだと俺は井の中の蛙。
魔王やってた時ならまだしも、眠っていた間の、人間の世の情勢など、知る由もなかったのだから。
俺の、ティナを強くする計画を達成し、そして、多種族共存という最終的な目標に近づくためにも、まず第一歩として、最低限の常識を頭に入れておきたいのだ。
俺は言われた通り、一足先に家に戻り、お父さんの部屋に入って待つ。
村長の部屋といっても、この村の例に漏れず質素なものだ。
あるのは木製のデスクと小さな本棚。あとは剣や冒険者の勲章らしきものが飾ってあるくらい。
ここは所謂、執務室で、奥にお父さんとお母さんの寝室がある。ベッドはダブルだ。……だから何だって話だけど。
俺が、〝レッドドラゴン討伐の証〟を見ていたら、お父さんが入って来た。
「ティナ、待たせたね。さっき、街に行った村人からこれを預かってきた。お前の倒したウォーウルフを売った金、金貨五枚だ」
金貨五枚か。今の貨幣価値はよくわからないな。分からないなら訊くっきゃない。
「わぁー。金貨五枚ってどのくらいなの?」
「そうだな。それから説明するか。まず、この国、ハルロリア王国には五つの貨幣があるんだ。 価値の低い順から、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、王金貨。金貨五枚なら、住む所さえあれば、半月は遊んで暮らせるんじゃないか」
「へぇ」
なかなかのものだな。魔物を倒すというのは割のいい仕事である。危険も多いが。
「お金の価値なんて使ってたらわかってくる。ティナも大人になったらわかる。さて、世界だったね。地図を出そうか……たしかこの辺りに……お、あったあった」
お父さんはデスク横の本棚をごそごそしたと思うと、比較的新しい一枚の地図を取り出してきた。
地図そのものは何回も見ている。
左に長方形型の大陸、右に逆L字型の大陸。そして、その二大陸に挟まれた海に浮かぶ島。現在確認されている主な陸地はこの3つだ。
聞きたいのは俺が殺されたあとの歴史だ。
「ハルロリア王国は、大陸タータニアのこの辺り。そして、私達の村がここ。 現在実質、大陸ただ一つの人間の国だ」
お父さんは、左の長方形型の大陸の中央付近に指で円を描き、その中心から少し左に行ったところをぺしぺしと叩く。
ふむ、俺がいるのはハルロリア王国というのか。魔族の国と隣接しているな。といっても間には、標高のアホみたいに高い山が連なってそびえていて、そう簡単に行き来は出来ない。
「この大陸タータニアでは二百年ほど前に魔王との戦争が、つい十年ほど前にも人間の戦争が起きている。 二百年前のあの魔王はさほど好戦的ではなかったようでな。勇者が派遣されて比較的早めに決着がついたんだが……」
まぁ、そのくそ雑魚へたれ魔王、俺だからな。それにしても二百年か……。随分と時が流れたようだ。続きを聴こう。
「十年ほど前の戦争は、まことしやかに囁かれた魔王復活に備えて、戦力を拡張しようとした国々が大規模な戦争を行ってな。 このハルロリア王国はその時に成長した国だ。一方、大陸の北部は一部を除いて、今も勢力争いで分裂状態が続いている」
地図を指さしながら説明してくれるお父さん。
魔王ねぇ。俺は復活……なのだろうか?
それとも俺が死んだ後に、誰かが魔王の座に据えられたのか? まぁそんなこと人間が知るはずもないので訊かない。
「こういったところの治安は、冒険者が一役を買っていることが多い。むしろ、魔物が跋扈するこの地域は、腕に自信のある奴からしたら、格好の狩場になるんだ」
お父さんは冒険者の話になると途端に表情が明るくなる。でも、その笑顔の中にも陰が見える気がして。
部屋に勲章やらを飾るくらいだから、よほど冒険者としての誇りがあったのだろう。
「その冒険者ってどうやったらなれるの?」
「基本誰でもなれる。最低限戦えるか診断されるが、それだけだ。ティナは冒険者をやってみたいのか?」
「うーん……」
こればかりは本人にきかないと……
『ティナー、起きてるかー?』
『ん……うん、お兄ちゃん……何やってるの?』
『起きたか、丁度よかった。ちょっとお父さんとお話をね。それで冒険者やってみたいかって訊かれたんだが、ティナはどうだ? 俺は学校行くためのお金を稼げるから良いかな、と思ってるんだが、危険もあるから無理に、とは言えない』
『うん、お兄ちゃんもいるし、やってみたい』
『ふむ、驕る訳じゃないけど、俺がいればある程度安全だな、よし』
ちょっと考えるふりをしてその間に、ティナの意見を聞く。色よい返事を貰えたので、お父さんの質問に答える。
「えっと、学校とかも行ってみたいし、お金稼げたらいいかなぁって」
「そうか、学校に行きたいのか。確かに学校に通いながら冒険者をやっている人は多い。学校といったら、王都にある王立学園しかない。行ってみるといいだろう」
「なら……!」
「だ、が。お前はまだ、8歳。まだ経験も知識も足りない。それに学校に通えるのは10歳からだから、あと2年近くある。その間に魔法を練習して、冒険者になってお金を稼ぐ。どうだ?」
『ティナはいいよ』
ふむ、現実的な計画だ。ティナも賛同するなら悪くない。あとは、そうだな。
「うん、わかった。あと、お父さん。剣を教えて」
「『え、剣?』」
脳内の声と現実の声が綺麗にハモった。
魔法だけ使えたところで、魔法には大きな欠点がある。それを補い余りある魔法の素質ならまだしも、ティナの魔法力は常人を少し上回った程度(あくまで俺の認識だが)。
魔法しか使えない脳ミソ馬鹿は早死する。
これは俺の経験則だ。剣をやってて損は無い。だからこそ教えを乞うたのだが。反応は思いもよらぬものだった。
「あのな、ティナ。お前に剣はまだ、無理だと思うんだ」
「え、なんで?」
『お兄ちゃん……』
何故だ? 剣なんてやれば多少は身につくものだろ? ティナにまで呆れられているし。
「前にも言ったが、今のお前には筋力ステータスが圧倒的に足りない! F-なら魔法で上げてもせいぜいEだ。そんな筋力で剣など振れるか。振りたいならまず鍛えることだな」
「は、はわ、はわわわ……」
忘れてた、俺、幼女に降霊したんだったぁぁぁぁあ!!!!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐすん……」
「まぁそうしょげるな。剣がなくても魔法があれだけ強いんだ。心配する必要はない」
『お兄ちゃんそんなに剣がやりたかったの……』
二人して慰めてくれる。
違うんだ……。決して、近接戦闘で勇者に負けたから意地でやろうとしている訳では無くてだな……。
いやちょっと、ほんのちょっと、あるのは認めるが、それ以上に。魔法の欠点。
それは詠唱の長さだ。
対人戦などでは詠唱なんて待つ暇があったら、さっさと斬り捨てた方が早い時もある。そして、逆にそれをやられた時に反撃できるようにしたい。
とはいえ、マジで剣士やる訳じゃないから、わざわざティナに鍛えさせてまで振りたいかと言われると、ちょっとな。
槍……も身長がなぁ。自慢じゃないが、前世も魔王だった時も俺は背が高かった。槍も結構お気に入りの武器だったのだが。
……どうしよう。
軽くて。威力も高くて。近接されても使えて。敵の意表を突くのにぴったりな武器。
自分で作るとしたら……?
さっき貰った金の袋をちらっと見る。
アレしかない……!!
とある決心をしたところで、頭の中にティナの囁く声が(心に)響いた。
『お兄ちゃんって、幼女のまね、上手いんだね……』
『言うな……』
アレって何でしょう?




