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何物にもなれないまま筆をおこうとする私の述懐。

作者: 八山たかを



「何か物語を書きたい」

 そう思い始めたのがいつだったのか、明確には思い出せない。

 このサイトに残っている記録を見れば、私はどうも三回ほど「よし、小説を書こう」と思ったようである。

 そして今、同じ回数だけ、小説を書くことを投げ出そうとしている。


 この述懐は、恐らく何の意味も無いものだろう。

 しかし成功者ばかりがスポットライトを当てられ、彼らの思考や行動に注目が集まる中で、私のような失敗者が何かを語ることはそう多くない。

 いや、そもそも失敗者といえるほど何かに挑んだのかと言われると、正直なところ赤面するばかりである。

 とはいえ、これが誰かを、あるいは私を少しでも変化させうる物であるならば、この文章を記した意味は十分にあるのだと思う。



 そもそも一番最初に小説を書き始めた時は、小説の書き方も、どんなツールを使って書けば良いかも分からず、1万字ほど書いて筆を置いてしまっている。

 なぜ書き始めようと思ったのかは、もう覚えていない。

 その時期、すなわち2015年の夏に何か大きなイベントや転換点があったわけではないから、恐らく「夏休みだし、ヒマだから何か書いてみようかな」とでも考えたのだろう。

 しかし結局、書き始めた物語が作品として形を成すことの無いまま、最初の物語は投げ出されてしまった。

 おそらく、安定して執筆する環境が整えられなかったのが最も大きな要因だと思う。



 では、二回目に小説を書き始めた理由はなんだったのか、これははっきりと覚えている。

 時期は前回からおよそ一年後、2016年初夏のことだった。

 この直前、私は学業において酷い挫折を経験した。

 もともと私は、学業にはかなりの自信を持っていたのだが、様々な要因が重なり、結局自分の不勉強が響いてしまったのだと思う。

 この挫折の傷は相当に深く、当時の私を見た友人からは「死んだようだった」と言われる始末だ。

 現在では、この挫折による傷はかなり塞がってきたものの、しかし完全に治ったわけでは無いように感じる。


 それはさておき、ではなぜ小説を書き始めることが挫折と関連するのか、というと、それは恐らく「小説を学業の代替にしようとしたため」なのだと思う。

 これは一般的な人間の心理であるらしいのだが、人は何か不得意なことがあった場合、それとは別のことに時間を費やすことで、無意識に自分を守ろうとする。

 おそらく多くの人にも経験があると思うが、例えば「勉強が出来ないから部活を頑張る」や、「彼女に振られたから仕事をバリバリこなす」などということだ。

 これが私の場合、「学業で挫折したから小説を書く」だった。


 このパターンで小説を書き始める人がどれくらい存在するのかは分からないが、この動機はある種ネガティブなものだと思う。

 よければ、他の方の小説を書き始めた動機も聞いてみたいものだ。

 誰かから褒められたからだろうか。

 それとも私のように、何かの代替だろうか。

 あるいは、何か素晴らしい作品に触発されたからだろうか。



 話を本題に戻そう。

 先ほど私は、本命であった学業で挫折したために小説を書き始めたと書いた。

 実際、この時期の私の作品は自分と重ねた主人公の精神面の描写が凄まじくネガティブで、この描写に関しては今でも自信を持っている。

 まあ、それが面白いかどうかはまた別の話ではあるし、おそらくかなり暗い話で、その上支離滅裂だったと思う。


 その一方で、小説を書くことが私の心の傷を癒していたことは事実だ。

 挫折直後は酷く孤独で、心の内を誰かに話すことは出来なかったが、間接的にとは言え自分の思いを小説の中に吐露することが出来たのは、精神的にはかなり良かったと思う。

「悩みを話す人に対しては、解決策を明示する必要は無く、話を聞くだけで十分だ」といわれるのと同じことだ。

 Yes, but法が有効なのも、同じメカニズムによるものだろう。


 また、楽をするために創作関連の様々な書籍を読んだ。

 面白いとは何か、物語とは何か、あるいは「なろうテンプレ」とは何か、などだ。

 この経験は今振り返っても非常に有意義なもので、特に「うしおととら」などで知られる漫画家の藤田和日郎先生の漫画創作論は、先生の作品そのものに興味を持っていたこともあり、かなりためになったと思っている。


 しかし結局、プロットを書かずに執筆を始めたせいで暗礁に乗り上げてしまい、収拾がつかなくなったため、いつしか自然消滅的に書かなくなってしまった。

 この経験が活かされるのは、次に述べる三回目のことだ。

 このときの文字数は10万字程度だった。



 さて、三回目に小説を書き始めたのは2017年1月のことである。

 二回目の断筆が昨年9月のことだったので、4ヶ月ほどの間を置いてのことだ。

 この間何をしていたのか、というと、特に何かしていた記憶は無い。

 ただ、炎上案件と化してしまった小説に手を付けることが出来なかっただけなのだと思う。


 前回書ききれなかった経験を活かし、今回はまずプロット制作に取り掛かった。

 結果、かなり穴はあるものの、それなりにしっかりした骨組を建てた上で本文の作業に取り掛かることが出来たと思う。

 これが1月の中旬のことだ。


 それ以降、同年6月まで細々と執筆を続けることができた。

 この要因としては、幸いなことに何度かジャンル別ランキングに載せていただいたことで、大きくモチベーションに繋がったのが大きいと思う。

 しかし結果としては、こうして投げ出そうとしているのだから、期待してくれた方々には本当に申し訳ないと感じている。


 では、そんな恵まれた環境にありながら、どうして私は筆を置こうとしているのか。

 そのきっかけは単純で、実生活が忙しくなってきたからだった。

 実は6月下旬には「こんなトリックの見せ方はダメだ!」と猛烈に感じるようになり、延々と改稿をしていた。

 それが前回のような炎上プロジェクトの始まりで、それがモチベーションの低下に繋がったという側面は否定できない。


 ただ、今回と前回とで違う点もある。

 それは、かつて挫折したはずの学業で復調の兆しが見えたということだ。

 これを聞いた人は、「それがどうした」と感じるかもしれない。

 しかし、一度見放されたと感じた世界からの誘惑は、なんとも抗いがたい魅力がある。

 例えるならば、ずっと好きだった相手に振られるが、しばらくたって向こうからアプローチがあったような心地だ。

 仮にその間に(半ば妥協して)付き合った相手がいたとしても、心が揺さぶられることは必定だろう。

 そして今回の場合、倫理的に咎めるものは何も無い。


 結局何が言いたいのかというと、学業での誘惑が一気に強くなった影響で、小説を書き続ける気力が萎えてしまったのだ。

 とは言え、言い訳がましいのは承知の上で、私は言いたい。

 まだ書きたいという気持ちは存在している。

 ただ、モチベーションというものは無意識下で制御されるものであるから、私の意志によってどうこう出来るものではないのだ。

 実際、時間を作り、ゲームなどを遠ざけても、執筆への意気込みが復活することはほとんど無かった。

 つまり、他のものと比較して相対的にモチベーションが下がっているのではなく、創作意欲自体が減退しているのだ。

 この事実に気づいた時、私は愕然とした。


 ここ数日、私は何とか抗おうとしたものの、だめだった。

 モチベーションは確実に下がっており、突入してしまった改稿は膨大だ。

 終わりが見えない。



 ……が、しかし。

 ここまで書いて一つ気付いたことがある。


「全て投げ出してしまえば良いのでは?」


 そうなのだ、そもそも改稿のきっかけは「ここが気に入らない!」と考えてしまったことだ。

 しかし、書いていく上で気に入らないことは無限に出てくる。

 仮に今進めている改稿が終わったとして、そこに気に入らない要素を見出さない確証は全く無い。

 むしろ、絶対に目に付く場所があるはずだ。

 なにせ、私は物書きとしてはただの駆け出しなのだから。


 であれば、いつ終わるか分からない、まるでサグラダ・ファミリアのような作品に挑み続けるか、ここで「一本長編を完結させた」という実績を作っておくのか、どちらがいいか。

 前者の態度は職人然としていて大変好ましいが、それは他人がやるからいいのであって、私としては自身に課したい代物ではない。

 となれば、答えは一つである。


 思えば、私が三度目に筆をとった時に決めたことは「どんなに気に入らないことがあっても、絶対に完結させること」だった。

 それがなまじ多くの方に期待していただけたために、自分の中のハードルが高くなってしまったように思う。


 さて、前言撤回である。

 筆を置くのはいったんやめて、どんな形であれ完結させてしまおう。

 幸い、手元には詳細なプロットがある。


 筆を置くと言った傍からまた書こうとするのは朝令暮改もいいところだが、この決定は少なくとも私にとって好都合だ。

 これを恥じる繊細な心も、幸運なことに持ち合わせていない。

 作者のみに許される傲慢を振るうことにする。


 願わくは、この決意が揺るがぬことを。

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