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パンダシティ  作者: ミノ
第02章 掃除屋
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07 サークル・テン

 ”円十字”。


 パンダシティの中で最大の複合企業グループである。


 歯ブラシ一本から発電施設まで、円十字の関わらない産業は存在しないとまで言われている。


 そのシンボルは、呼び名の通り円と十字。十字を囲んだ円のマークは日の光を示すとも、標的を定めた照星であるとも……。


「”プラス・エレクトロニクス”もそのグループのひとつってわけ」


 携帯端末で円十字グループのことを調べていたニコに、ネオンが横から口をはさんだ。


 ニコは端末に表示されたプラス・エレクトロニクスの企業ロゴを見て、「これも円と十字……」とつぶやいた。円十字のシンボルをプラスに見立てたアレンジが加わっている。電気のプラスマイナス、ないしネジの頭をイメージしているのだろう。精密電子機器を取り扱う会社にはふさわしいもののようにニコは感じた。


「本当に知らない? 円十字のこと」


「えっ?」


「だって、円十字だよ? パンダシティの経済を牛耳ってるていっても過言じゃない」ネオンは恒星の周りを疑問の惑星が巡る天体図のようなサインをエモート・インジケーターに表示してみせた。「あの道路工事にも、あそこの信号にも、向こうのマンションの土地と建物にも円十字は関わってる。ボクの身体の何割かも円十字の関連企業が作ったものだ。つまり」


「つまり?」


「この都市で円十字を知らない人なんていないはずなんだ」


 ネオンの物言いは純粋に好奇心の発露であるようだった。ネオンは金庫型ロボットだが、視覚器やフレキシブルアームの身振り手振り、そしてその時の感情を図像で示すエモート・インジケーターによって感情表現豊かだと言ってもいい。


「……『何か少しでも思い出せないか』って?」


 ニコがそう言うと、バンの荷室で揺られるネオンは無言でニコのことを見つめた。


 小さく息を吐きながらまぶたを閉じ、ニコは己に問いかけた。


 虚ろな記憶の海からは何の答えも返ってこない。


 ただ、心象風景の中にぼんやりと赤い円と十字のシンボルが、焼き印のごとく刻まれているようだった。それは果たして何かの思い出なのか、強い印象が上から焼き付いただけなのか。判別はできなかった。


「ごめんなさい、やっぱり何も」


 ニコは首を左右に振った。襟足のところで断ち切られた髪がさらりと揺れる。


「うう~、せめて何かひとつでも思い出せればなあ」ネオンは金属製のボディでじたばた・・・・とし、もどかしげに言った。「このままじゃパスポートのデータが覗けても、それが本当のことかどうかわからないじゃん」


 ネオンの言うことはもっともだった――パスポートにニコの身上が記録されていたとしても、記憶が蘇らないのでは真偽の程を確かめることもできない。だがそれをはっきりと言われると、肩身の狭い思いを感じずにはいられなかった。


「おい、ネオン」それまで黙ってバンを運転していたエースが、少し強い調子で言った。「何も思い出せない本人相手に、言い方ってモンがあんだろ」


「でも……」


「うるせえ」


「でも!」


「でもじゃねえ。本人を差し置いてはしゃぐな、っつってんだ」


 エースはピシャリと言い放ち、ネオンを黙らせた。


 車内は急に静まり返り、ウィンカーのクリック音だけになった。


 ニコは大きな目をしばたかせ、ハンドルを握るエースの横顔を見た。190センチ近い大柄の男がむっすりしていると、少々近寄りがたい雰囲気になる。


「あー、腹、減らないか?」


 それが自分に対しての言葉だと気づくのにニコは数秒を要した。


 時計を見ると、12時半を少し過ぎていた。朝食はコンビニエンスストアのパンとサンドイッチだけ。改めて言われると空腹感が湧いてきた。


「先にメシ食っていこう。なんか食いたいもの、あるか?」


「どんな店があるのかわからないから、ふたりに任せる」


 ニコがそう言うと、ネオンが運転席と助手席の間に文字通り割って入っていたずらっぽく、「ラーメンとか牛丼ギュードンとか、そういうのやめてよエース」


「あ? なんでだ」


「ばかだなあエースは。女の子といっしょなんだから、ちょっとは気をつけなよ」


「あー……」エースは少し難しい顔をして、戸惑いがちにニコのことを見た。「ダメか? そういうの」


「ダメってこともないけど……でも、もうちょっとあっさりしたものがいいかな」


「そうか……」


 大げさなほどエースは悩み始め、それを見たネオンは面白がって吹き出した。ニコもまた、そのようなふたりのやり取りが愉快で、思わず笑みがこぼれた。何がそんなに面白いのかわからないが、車内はとにかく和気藹々とした空気に包まれた。


 まだ何も思い出せない身なれど、エースとネオンのふたりに出会ったことはきっと良いことに違いないと、ニコは思った。


     *


「で、結局ダイナーか」


 ネオンは言いながら、車輪の付いた足を器用に翻して合成革のソファに座った。


「なんか文句あんのか」


 エースは憮然としつつテーブルにつき、ウェイトレスの運んできた水を一気に飲み干した。


「別に文句はないけど。充電し放題だし」


 ダイナー”サークル・テン”――これも円十字グループの関連企業だ――ではテーブルの足にコンセントが備え付けてあって、全席携帯端末の充電が無料となっている。食事を必要としない金庫型ロボットのネオンにとっては、ドリンクバー無料に匹敵するサービスとも言える。


 エースはミックスグリルプレートLサイズ、ニコはレディースエビフライプレートを頼んだ。


「あーなんでLサイズなんて頼んだんだよ、もったいない」


「こんな時くらい好きなもん食わせろ」


「いいけど、給料から天引ね」


「どんだけケチ臭いんだお前は」


「臭いんじゃない、ボクはケチなんだ――あれ?」


「どうした?」


 ネオンの視覚器は駐車場に停まった黒塗りの車3台を注視し、そこから降りてきた男たちの動きを追っていた。


 彼らはそのままダイナーの扉を開き、店内に入ってきた。


 空気が変わるのをニコは感じた。


 男たちは全員揃いのスーツにサングラスをかけた姿で、表情はいかめしく、そして全員の視線が――ニコに注がれた。


「食事中申し訳ないが」つかつかとニコたちの座るテーブルまで歩み寄ってきた男たちのひとりが口を開いた。「”密輸品”の件で話がある。同行願いたい」


     *


 ――密輸品?


 ニコの心臓は跳ね上がった。密輸品。パンダシティの”外”から何らかの原因で持ち込まれた品物。この場合は蒼いクリスタルプレート――すなわちパスポートとみなされているもののことだろう。


 店内は静まり返り、エースも、ネオンも、口を閉ざした。


「お待たせしました、ミックスグリルプレートLサイズのお客さ……ま……?」


 タイミング悪く料理を運んできたウェイターは、スーツにサングラスの男たちに気圧され、それ以上言葉を続けられなかった。熱い鉄板にあおられた脂の匂いが鼻孔をくすぐる。


「見ての通りだ」エースは凄まじい目つきになってテーブルに肘をつき、男たちを睨みつけた。「これから楽しいランチの時間なんだ、後にしてもらえませんかね」


「駄目だ。すぐにこの店から出てもらう」

 

 じゅう~、と鉄板が鳴る。ウェイターは完全に板挟みになって、おろおろとうろたえた。


「さ、立つんだ。騒ぎを起こしたくはないだろう?」


 男たちは、まるで稽古を積んだように同じタイミングでスーツの懐へ手をやった。そこに何らかの危険なもの――おそらくは拳銃が収められているのであろうことはニコにも予測がついた。


「いったいどこの人たち? 警察じゃないよね」


 ネオンが試すように言った。


 ニコは、昨日目覚めてすぐに捕らえられそうになった”ウロボロス”のことを思い出さずにはいられなかった。あの時もスーツ姿の男がいた……。


 だが今回は互いの尾を食むヘビのシンボルマークを身に着けてはいない。代わりにそこにあったのは、円と十字のエンブレムであった。


「円十字セキュリティサービス……」ネオンも目ざとく円十字を見つけていた。「警備会社、という体裁を取った悪名高い円十字の私兵集団だ」


 ニコはこくんとつばを飲み込んだ。巨大企業の私兵集団。ただごとではない響きである。


「それがわかっているなら我々に逆らうことの意味もわかるはずだ。従ってくれるなら手荒なマネはしない……と約束しよう」


 店内に屈強なスーツ姿が4人。テーブルは囲まれている。ニコはちらりと窓越しに駐車場を見た。同じ車種の黒塗りが3台。スーツ姿も数人いて、エース清掃のバンを見張っていた。


 ニコはこんな状況に対応できるどんな種類の記憶も持ち合わせていないが、それでも今の状況が危機的だということは理解できた。正面の入口まで移動するには店内の男たちを排除しなければならないだろう。人数的にはキッチンの裏口も固められていてもおかしくない。あるいは窓を破って駐車場に逃れたとしてもバンを押さえられている。これでは八方塞がりだ。


「……ふぅーっ」エースは横目でミックスグリルプレートLサイズを見ながら、深い溜め息をついた。「しょうがねえ。従おう」


「ご理解いただけて助かる」


 スーツの男はニヤリと笑い、他の男たちも懐から手を抜いた。


 エースはニコを護るように円十字セキュリティとの間にぬっと立ちふさがり、凄んだ。


 そのときである。


 コンコン、と駐車場に面した窓を誰かがノックした。


 その場にいた全員の意識がそちらに向けられた。


 男たちも、エースもネオンも、もちろんニコも、全く予想していなかった事態が起こった。

 

 窓をノックした誰かがショットガンを発砲し、ガラスを粉々に砕いて中に乗り込んできたのだ。


     *


 悲鳴。食器が投げ出される音。飛び散ったガラスが擦れ合う耳障りな音。


「エース君、エースくぅん! ぶち殺しに来たよー!」


 そしてショットガンで破られた窓を乗り越えてダイナーに乗り込んできた、蛍光グリーンの奇矯な男の叫び声。


「な」

「なんだお前は!」

「構わん、撃て」


 円十字セキュリティサービスたちは懐から銃を抜き、容赦なく引き金を引いた。


 しかし標的はカエルのようにバネを溜めて飛び上がり、ダイナーの天井に張り付いて銃弾をかわした。


「ヘイッ! ヘイヘイッ!」


 グリーンの男は気味が悪いほど長い手足で天井のファンにぶら下がり、ショットガンを直下に放った。


 セキュリティのひとりが頭を粉砕され、肉片混じりの血がダイナーのあちこちに飛び散る。


「……アマガエルフロッグマンか」散弾からニコを護るように床に押し倒したエースが、ギリッと歯噛みした。「よりによってこんな時に!」


「……フロッグマン?」


「フリーの殺し屋だ。オレに恨みを抱いてる。あと10年は牢屋にブチ込まれてるはずなんだがな!」


 ニコの問いに、エースは忌々しげに吐き捨てた。


「うふふっ脱獄ちゃった」


 フロッグマンはべろりと長い舌で舌なめずりをして、さらにショットガンを連射した。円十字セキュリティとの銃撃戦が始まった。


「クソッ、客がまだいるんだぞ! ネオン!」


 エースが呼ぶ。


 ネオンは素早く胴体部の金庫を開き、フレキシブルアームを突っ込んで中から銃を取り出した。


「てめえら、全員まとめて掃除してやらあ!」


 銃を受け取ったエースは、容赦なく照準を定め、撃った。


 

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