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パンダシティ  作者: ミノ
第01章 記憶のない女
5/21

05 クレーム

 錆びた鉄くずを無理やり溶接して出来上がった看板には”ジャンク屋”の文字が植え込まれていた。


 わざわざそのように主張されずともその店はひと目見るだけでジャンク屋以外の呼び名は付けられない――という程度にジャンク屋であった。


 古びた家電製品、映像音響機器、電子機器、おもちゃ。カー用品、楽器、家電製品の一部、電子基板、精密機器、見たことのない形のネジ。情報端末、携帯端末、コード、プラグ、ジャック、ボタン、フィラメント。人造血液パック、生体演算ユニット、外部補脳、ARグラス、換装用眼球、融着補聴器、強化腎臓。


 ありとあらゆるわけのわからない品物が軒先のカゴに、台に並べられ、あるいは吊るされ、網に引っ掛けられ、どこからが売り物でどこからがゴミなのか、素人には全く見分けがつかない。


 おそるおそる店内を覗いてみたニコは、半ば悲鳴のようなため息をついた。


 店の広さは標準的なコンビニエンスストアの半分くらいだろうか。


 中の様子に比べれば、軒先の混沌ぶりなど優等生のノートのように整然としている。


 ただでさえ記憶のないニコの語彙ではそれが何なのか指し示す言葉が出てこないような古今東西の工業製品の中身と外見とぶつ切りとがぶちまけられ、かき混ぜられ、床といい壁といい柱といい天井といい空中といい、ありとあらゆる場所に商品として存在していた。


「”ジャンク屋”だ」


 エースが言った。まさしく言わずもがなのことであった。


「じいさん、生きてるか」


 のれん・・・のように垂れ下がる奇怪なパーツ群をかき分けて、エースはずかずかとジャンク屋店内に入った。


 ニコは気が気ではなかった――足元で無造作に売り物が踏み潰されている。エースはどうもガサツというか大雑把というか、あまり細かいことを気にしない性格らしい。


「その声、聞き覚えがあるぞ」しわびて、乾いて、カサついた声が店の奥から聞こえた。「スプレイグの小僧だな? いや、奴ぁはもうくたばったか……そうだブロック、ブロックの小倅こせがれだろう? いや……違うか……オーガスト兄弟の連中だったか……?」


「ひとつも当たってねえぞ、じいさん」


 エースはそう言って、声のしたあたりで立ち止まった。


 ニコは足元に気をやりながらエースの後に続き店に入った。古びた埃のすえた匂いが充満している。


 と、あることに気づいてビクリと肩を震わせた。


 何かいる。


 うず高く積み上げられた商品の只中に埋もれるようにして、何かがニコのことを見ていた。


「あんた、どこかで見た顔だね。お嬢ちゃん」


 口。口が開いた。埋もれていた何かは生きた老人だった。


 ニコはひっと息を呑んで2、3歩後ずさり、ザルに盛られたミニカーを踏み潰してしまった。


「あっ、わっ、す、すみません!」


 慌てて頭を下げると、老人は皺だらけの首を傾けてケタケタとわらった。ほとんど肉がついていない身体には店に並んでいるモノと同じくらい古い何がなんだかよくわからないアクセサリがじゃらりと巻ついていて、まるでミイラの置物である。


 値札がついていれば売り物でも通用しそうなこの老人が、”ジャンク屋”の店主であるコプトであった。


「あー、確かどこかで……どこだったかいな……お嬢ちゃん、名前は」


「……ニコ、です」


 ニコはおずおずと答えた。コプト老人の目には独特の飛び出したデザインの強化眼球が埋め込まれ、耳や喉もそれぞれ機械的サポートがなされている。喋る言葉もしっかりしているのはかなりのサイボーグ化率で生体機能が強化されているせいだろう。


「じいちゃん、適当な当てずっぽうならやめてよ」


 邪魔くさいガラクタの列を器用にすり抜け、金庫型ロボットのネオンも店の中に入った。3人と1体が入るともう狭苦しい。


「おお、キセノンG型じゃないか。懐かしい」と、嬉しそうに――おそらく嬉しそうに――コプトがネオンのことを指差した。


「だから違うって」ネオンのエモート・インジケーターが煩わしげに波線を描いた。「んもー、大丈夫かなこのじいちゃんに頼んで……」


「そうだ、円十字の会長!」


 コプトが突然大声を上げ、やせ細った太ももを叩いた。しなびた音がした。


「どこかで見たと思ったら、そこのお嬢ちゃん!」


「円十字、って円十字グループか?」エースは小首をかしげ、ネオンの方を見た。「円十字の会長っていったら……」


「クロウ・ローゼンクロイツCEOのことかな」とネオン。


「どういうこと? その人が私に似ているとか……?」


 ニコの問いに、ネオンは全身のパーツのテンションをぷしゅーっと下げて「まさか。ローゼンクロイツは60代のおっさんだよ。ニコとは似ても似つかない。血縁関係もないよ」


「そこまで断言できるのか?」とエース。


「データを照合した。骨相がぜんぜん別人種だ。戸籍上も該当する人物もいない」


 高性能人工知能であるネオンにはオンラインで情報を調査することなどまばたきする程度の作業である。


「そんなことより仕事を頼みたいんだけど、じいちゃん」


「うん? あー……仕事か……まあいい。何だ、言ってみろ」


 ネオンは視覚器でニコに目配せした。


 ニコはうなずいて、セカンドバッグから蒼いクリスタルプレートを取り出した。


「これ……何かわかりますか」


「ふむ」コプト老人の埋込み式強化眼球がギョロギョロと活性化した。「こりゃあ……うーむ、見覚えがあるような……ないような……」


「おい、真面目に頼むぜ。わからないのなら他を当たる」とエース。


「ええい、うるさい。ちょっと待っとれ」


 老人は筋張った首の後に手を回し、外科手術的に増設されたソケットに大きなプラグを挿し込んだ。店内のどこかから、大型の電子機器が起動し始めた独特の気配がした。外部の記憶装置と頭脳を接合したのだ。


「……ううむ、これはなんとも」


 皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして、コプトは頭をカクカクと揺らした。記憶装置の膨大な情報に沈潜する時のくせのようなものなのだが、ミイラの呪われた踊りにしか見えない。


 やがて頭の揺れも治まると、コプトは完全にミイラの置物同然に固まってしまった。


「……じいさん? おーい、じいさん」


「死んじゃった?」


「生きとるわい」コプトは憤慨したようにそう言って、クリスタルプレートをうやうやしく両手で持ち直した。「こいつぁ、どうもいいもんを見させてもらったようだ」


「いいもの?」


「”パスポート”。100年近く生きとるが、直に触れるのはこれが初めてだ」


 ニコ、エース、ネオンはそれぞれに顔を見合わせた。パスポート。ニコが直感した通りの名前が出てきた。


「で、なんなんだその”ぱすぽーと”ってのは」エースは一度店の外を振り返り、目を細めながら言った。「何の役に立つものなんだ?」


「何の役に……と言われると難しいのだがのう。旅券パスポートは、旅行者の身分を保証するものだ……とされておる」


「旅行者だって?」


「いかにも。つまり……」コプトは強化眼球でニコの姿を上から下まで眺め、「お嬢ちゃん、あんたパンダシティの人間じゃないのかね」


 ジャンク屋の中が、一瞬静まり返った。


「……わかりません」ニコはそう言って顔を伏せた。「そうかもしれない。どうしても思い出せないんです」


「記憶喪失なんだ、この娘。だから何かの手がかりを、と思ったんだけど……」遠慮気味にネオンが言った。「何か読み取れた?」


「いんや」


「じいちゃんでもダメなの?」


「プロテクトが特別製での、ここの設備だけじゃどうにもならんわい。下手に開けようとするとデータが飛びよる」


「データが入っているのは確かなんだな?」エースはまた店の外を気にしながら言った。「……だったら、どうすれば中身を覗ける」


「それは……」


 と、コプトが言いかけた時。


 ジャンク屋の外でけたたましいブレーキ音が鳴り響いた。


     *


「オラオラオラ、動くんじゃねえ!」


 デタラメに強引な停め方をしたマゼンタのステーションワゴンから、車体に負けず劣らずの派手な格好をした若い男たちが勢い良く降りてきた。手にはそれぞれ鉄パイプやバールを持っていて、見るからにただ事ではない。


「うぉーらあッ! このクソジジイが!!」


 金髪にマゼンタのメッシュを入れ、顔の下半分を布で覆った男が、ジャンク屋の軒先の棚に金属バットを思い切り振り下ろした。山盛りに積まれていた電子部品が飛び散り、いくつかは火花を散らせて焦げた煙を立ち上らせた。


「なんじゃい、騒がしいのう」コプトは伸び放題の白い眉をひそめた。「強盗ならもっと金になるところに行かんか」


「うるせえ! テメエんトコのARコンタクトレンズうりもののせいでこんなことになっちまったんだよ!」


 マゼンタメッシュの男は左目を剥いてみせた。目の周りが赤く腫れて、眼球は安物の機能性義眼に差し替わっている。


「どぉーしてくれるんだ? ええ? ジジイ、テメエ治療費弁償しやがれ!」


 店の中に大股で乗り込み、男はさらにバットを振り回した。このジャンク屋においては比較的効果な値の付いた年代物の壁掛け時計が砕け散る。


「あーあ、ひどいな」見かねてネオンのエモート・インジケーターに”ため息”を意味するマークが灯る。「ジャンク屋ここで買い物する時のルールも知らないのか。『ノークレーム・ノーリターン、その気がないなら初めから買わないこと』」


 金庫型ロボットの皮肉げな物言いに、男はバットの一撃で返答した。金属同士がかち合う音。


 金庫なだけあって、軽金属のバット程度では破壊できないネオンではあったが、衝撃は伝わってくる。


「きゅう」と鳴いて、エモート・インジケーターの表示にノイズが走った。


「ネオン!?」


「おいおい、なんだこの上玉ぁ?」驚いてネオンに駆け寄ろうとしたニコのことを、男は下卑た笑みを浮かべながら捕まえた。「へへ、これも何かの縁だよなぁ? ねえちゃん、俺のオンナになれよ。いいだろ、俺ァ”キングドラゴン”だぜ?」


 キングドラゴンはパンダシティの暗黒面をうごめく組織のひとつであり、ウロボロスとは利害関係で敵対している。


 派手で騒がしく衝動的。ウロボロスが正統派のギャング集団とすれば、キングドラゴンは無軌道なカラーギャングといったところである。


 パンダシティ住民であれば誰もが恐れる名前だ。が、自分が何者であるのかもわからない記憶喪失のニコはそのようなことを知る由もない。


「やめて……離して!」


「へへ、暴れるんじゃねえよ……悪いようにはしねえって。な?」


 調子に乗ったキングドラゴンのチンピラは、すらりとしたニコの身体をまさぐり始めた。ノースリーブのニットから伸びるむき出しの真っ白な二の腕に、野卑な指が食い込む。


「おい」


 男はいきなり肩を叩かれ、阿呆のような顔で振り返った。


 待っていたのは鉄拳だった。


「ぐべ」


 鼻っ柱にエースのごついパンチを食らい、男はもんどり打って店外に転がり出た。鼻血がぼとぼとと路上にこぼれ落ちる。


「てめえ!」

「何しやがる!」


 同じように派手なマゼンタのカラーリングが施されたキングドラゴンのチンピラたちは、リーダー格の哀れな様子に気色ばんだ。それぞれが手にした武器を構え、のっそりと姿を見せたエースに向かって襲いかかる。


 エースは店先の商品を掴み、塩でも撒くようにして先頭のバールを持った男に浴びせかけた。うっと顔をかばって目をつむったところに前蹴りを顔面に食らわせて即時にダウンを奪うと、二番目の鉄パイプを持ったピアスだらけの男の攻撃を横っ飛びにかわした。


「死ねオラ!」


 三番目の男はナイフを持っていた。いささか引けた腰ではあるが、切っ先をエースの腹に向けて刺しに来る。


 エースはピアス男の首根っこを掴むとナイフの前に盾にして、突き出した。ナイフはピアス男に軽い裂傷を負わせ、衝突の勢いで取り落とされて宙を舞った。


「こ……この野郎!」


 最初に鼻血を吹き出したリーダー格は、ズボンの後ろに差していた拳銃を取り出した。焦った手つきで安全装置を外し、エースの背中に狙いをつける……。


「エース!」


 ニコが叫んだ。


 引き金が引かれる。


 銃声――がする前に、空中にあったナイフをキャッチしたエースが振り向きざまにそれを投げつけ、リーダー格の前腕を串刺しにした。


「ぎゃあああ!!」


 悲鳴を上げてのたうち回る男。


 回りには、のされた・・・・ギャングたちが転がっていた。


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