俺の悲しき二重生活 前世の俺は小野篁
ー世の中ってスッゴい理不尽だって生まれた時から知っていたー
「でも、これはないだろ。これは!!」
周囲を埋め尽くす亡者を前に小野篁行は叫ぶ。“ウォー、ウォー”と上がるのは胃の底から重くなる声。
「なんで、俺が二重生活なんてしないとなんないだよ!!」
符を構えて叫んでも何も変わらない事は知っている。中学生に上がった頃から、昼間はしがない中学生。夜は冥界の番人の二重生活。悲しい事に自分は彼の小野篁の子孫で前世“小野篁”だった。
「俺だって囲まれるならピッチピッチの美女がいい!」
叫びながらも自分がちょっと生まれ変わってる間に溜まった冥界の門から三途の川までの道を掃除する。符を翳して、亡者を三途の川へと追いたてる。15歳。
「オラオラ!退きやがれ!」
誰もがひれ伏す霊力と符を翳して今日もひたすら前世“小野篁”今世“小野篁行”は三途の川までの道をひたすらに走るのだった。
「大丈夫?行」
今日も今日とてなんとかやってくる眠気と闘いながら学校の机にたどり着いた俺を慈悲の塊の双子の兄が労ってくれる。
「なんとか………」
その言葉に癒されながらも俺は現実逃避する。“昔は元気だったな………俺”そう独白する俺の前で微笑むのは俺の半身。双子の和魂“小野篁宗”。ニコニコといつも優しい笑顔を崩さない彼は俺の唯一の半身。でも彼には俺のように“篁”だった時の記憶はない。
「それにしても昔は暦というズル休みの手段があったからよかったけどさ。今はなんで“方角”が悪いじゃ休ませてくれないのか」
「あはは………でた行の陰陽師マニア」
「マニアじゃないけどな」
実際に昨夜も普通の人なら死んだ後にしかお世話にならない三途の川までの道を2往復はした。今、猛烈に眠たいのはそのせい。
「このままじゃ俺が亡者になるわ」
近いうちにそうなるんじゃないかと深いため息を吐いた篁行は現代社会の二重生活は難しいと痛感した。
「なので、仕事を軽減してほしい」
どれだけ眠たくても黒のコートにデニムという動きやすい格好で訪れたのはざっと2000年ほど前からの上司。
「ははは、冗談が上手いね。篁」
「冗談じゃない!」
なんでそんなに麗しいんだ!と思いながらも漆黒の闇夜を思わせる黒髪と黒曜石のような瞳を見せる相手はただ今、最後の審判の真っ最中。
「いいか!お前のせいで、お前の前にいる過労死した亡者と同じ道を辿りそうな労働者をお前は労うべきだ!」
2000年も付き合っていれば相手がいかに偉くても闘える精神も養われる。
「ふむ………それは困ったね………だが考えようによっては早く亡者になった方が君のためじゃないかい?」
まるでいい案だと言わんばかりの中華風イケメンを篁行は睨みつける。
「やかましい!まだ現世も謳歌してないのに死後の話すんな」
死んだって俺の職場は変わらない。何千年たっても職場はここ。
「だいたい、俺は今。分離中!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
ハァハァと荒い息をはいて叫んでいると最後の審判の真っ最中の亡者から“貴方も大変ですね”みたいな生暖かい視線を受けるのが辛い。最期の最後まで波乱万丈な審判で申し訳ない。
「とにかく、労働者の権利を行使する。昨日までの俺とは違う!俺は労働者合を立ち上げる」
「ほう?」
15歳の血気盛んな前世“小野篁”今世“小野篁行”は今日習った現世知識を披露するのだった。
「まずは労働者組合員を探さないと………」
そう考えて足を向けたのは奪衣婆のところ………
「奪衣婆の皆さん!俺と一緒に労働組合を立ち上げませんか!」
ーだが………ー
逃げ惑う亡者を追いかけるのに忙しい奪衣婆の方々は誰一人。俺の話を聞いてくれなかった。
「牛頭さん、牝頭さん!俺と一緒に労働環境変えませんか!」
地獄と呼ばれる場所と極楽を隔てる場所の守護を1日中務める彼と彼女は………
『常に一緒に居たいから大丈夫よ。私達』
あまりに長い時間を過ごしたせいか彼らには愛が芽生えていた。
「くっそ………俺に味方はいないのか!」
豪奢な中華風の宮殿の片隅で小野篁行は自身の境遇に思いを馳せる。前世では………同僚に嫌がらせをされて島流しにあい………ちょっと色々知り合いは出来たが………。あれから2000年。今度こそ、和魂との分離を成す予定だ。
「人間として何度も生きてほしい………」
自分の半身を離すために二重生活を強いられることなはなったが後悔はない。
「くそう!」
きっと俺の恥体をほそく笑んでみているであろう上司を思うと腸が煮えくり返りそうになる。
が………
「仕事の時間だ!」
涙を飲んで、“小野篁”改めて今日も二重生活を強いられる哀れな俺は生まれ持った能力を活かしてひた走る。
「オラオラ!さっさと三途の川渡れ!!」
ー冥界の門から三途の川までー
ちょっと弾けてみました………
弾けたのかな………
“とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います“の息抜き作品でした
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。いつもお読み頂きましてありがとうございます!