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6 迷子の正体を暴く

 

 リオウ・シャルマーの人類離れした強さには秘密があった。

 簡単に言えば、外科手術による肉体改造とドーピングである。


 十歳のときに秘密裏だが政府公認という怪しい人体実験の被験者になり、激しい痛みと長いリハビリの末に怪力と俊敏さを手に入れた。


 強くなりたかった。

 強くなれないなら死んだ方がマシだった。


 異世界の領土から広がった有害なモンスター、共存を受け入れず異能力で罪を犯す隣空人、そして自分を害す全ての悪意に屈しないために、どうしても力が必要だったのだ。


 たゆまぬ努力と固い意志が実を結び、リオウは強く賢く育った。十二歳という若さで騎士団養成所に入り、異例の早さで正隊員に昇格することもできた。


 しかし肉体が成長するにつれ、任務の度に体調不良に見舞われるようになった。人体実験の副作用がぶり返したのだ。

 多少の倦怠感や眩暈は我慢できた。しかし無理に体を動かし続けた末、筋組織がボロボロになり、夜ごと軋む体が心を削っていった。


 十五歳のとき断腸の思いで騎士団の職を辞し、リオウはユニゾランドを訪れた。

 ここはあらゆる学問が集結し、あらゆる可能性を掴める場所。


 専攻科目としてリオウは薬学を選んだ。自分の体と向き合い、管理し、もっと強くなる薬を開発するため、そしてまだ見ぬ人を救うために。

 以来、試行錯誤を続け、薬漬けの日々である。周囲からクレイジーだと揶揄されていることは知っているが、他人の評価などどうでもいいリオウだった。


「無茶をしすぎたか……」


 自分で点滴を打ちながら、リオウは後悔の滲んだ息を吐く。

 大量の主蟲を目の前にして興奮を抑えられなかった。そのツケとして急激な血圧の低下とひどい頭痛を招いている。


 リオウは自宅兼研究室に戻ってきていた。小さいながらも設備の充実した自慢の城である。積み上がった未整理のデータとサンプルを避け、作業台に腰掛ける。


「ミュータさん、どうぞ」


「これは……紅茶か?」


「はい。大丈夫ですよ。これは普通の市販の茶葉なのでちゃんと美味しいです」


 部屋の隅に申し訳程度に作った応接セットから、ミュータとシアンがちらりとリオウを見た。


「なんだ、文句があるなら言ってみろ。あぁ?」


「ないです」

「滅相もございません」


 二人は揃って目を逸らした。


「ふん」


 それにしても、おかしな少年を拾ってしまった。


 異世界から迷い込んだと叫び、恥ずかしげもなく号泣したミュータ。

 燃えるような赤髪は目を引くが、人の良さそうな目元やひょろっとした体つきに特別なものは何も感じない。良くも悪くも凡人という言葉がお似合いである。


 ――新種の異世界人、なのか? いや、やはり……。


 この世界には異世界というものに前例がある。かつて六つの世界と融合し、今は隣空人と呼ばれる存在が町をにこやかに歩いているくらいだ。だからミュータが異世界からやってきたという言葉を根っから否定するつもりはない。この世界ではそういうことが起こりうるのだ。


「ん、美味い。俺の知ってる紅茶と同じ味だ」


「ふふ、おかわりありますよ。あ、クッキー食べますか?」


 シアンはすっかりミュータのことを気に入ったようだった。好奇心旺盛な賢民の性質上、謎めいたミュータの存在が気になるのだろうか。それとも身を挺して主蟲から守られたことで、惚れてしまったのか。


 ――どうでもいいことだ。


 病院や警察、はたまた騎士団に連れて行く前に、彼の正体をはっきりさせておくべきだろう。

 ミュータの話には疑わしいところがある。それを暴いてシアンが早々に興味を失おうが、失恋しようが知ったことではない。


「ミュータ。壱角銃を寄越せ」


 作業台に腰掛けたまま手招きすると、ミュータは首を傾げながらも銃を持ってきた。


「何をするんだ?」


「銃を調べてお前の正体を暴いてやる」


 リオウは壱角銃のグリップの下にある接続口にコードを差し込み、パソコンに接続した。画面とキーボードが三次元展開すると、ミュータが小さく感嘆の声を上げる。


「壱角銃はユニヲン政府から支給される人類専用の護身銃だ」


 リオウは簡単に説明した。

 壱角銃を持つには難しい資格試験に合格しなければならない。それに加え、銃にはそれぞれ持ち主を識別するために生体データが登録されていて、本人以外にはロックが解除できない。


「生体データっていうのは、具体的に何なんだ?」


「指紋と声紋、あとは鼓動を伴う静脈認証……王国が誇る最高レベルのセキュリティだ」


「それは鉄壁だな。なんで俺に撃てたんだってことだろ? 誤作動じゃないなら……」


 考え込むミュータの横からシアンがお盆を抱え、ひょっこり顔を出す。


「撃てたってことは、この銃にミュータさんのデータが登録されているってことですよね?」


 リオウは頷き、壱角銃の管理データベースにアクセスし、騎士団時代のIDを入力した。

 騎士団を去ったリオウだが、騎士の資格は剥奪されていない。今もこうして一般人が手に入れられない情報を得ることができる。

 銃の照会を開始すると、結果はすぐに出た。出てきたデータはたった一行だけだ。


「名前だけか。ミウタ・アカネザワ。……お前のフルネームはこれであっているか?」


「あ、うん。ちゃんと登録されているんだな。謎すぎる……」


 ミュータにはこの世界の言葉が読めない。画面を見てもピンとこないようだ。


「しかし、これは……厄介だな」


 リオウは点滴のスピードを調整しながら、首を傾げるミュータに説明する。


「本来このデータベースからは、名前だけではなく生年月日や本籍、顔写真、簡単な経歴なんかも閲覧できるんだが、肝心の情報が閲覧不可にされている。もしお前の詳しい情報が記載されていれば、異世界から迷い込んだという話も嘘か妄想で片付けられたのに」


「信じてなかったのか、俺の話……」


「当たり前だろう。まずは詐欺か精神疾患を疑っていた」


 ミュータはショックを受けているが、リオウはそれ以上の衝撃を感じていた。


「壱角銃にデータが登録してあり、そのデータが閲覧不可になっている理由を考えると……ミュータは政府にとってたいそう重要な存在らしい」


「決まっていますよ。ミュータさんは本当に異世界からの迷子だから、詳しいデータを登録しようにもできなかっただけでしょう」


 シアンがますます目を輝かせ、対照的にミュータは肩を落としている。


「でもそれっておかしくないか? 俺にこの銃を持たせて森に放置したのは、政府の人ってことだよな? 何の説明もなしに放り出すなんて、すげーぞんざいな扱いだと思うけど」


「それは……むぅ、確かにそうですね。狙いがまるで分かりません」


 ミュータとシアンは首を捻っているが、リオウは早々に思考を諦めた。


「判断材料が少ない中で推測しても答えなんか出ないだろう。それより情報を増やすべきだ。……ミュータ、生年月日と年齢、本籍を述べろ」


「え? 何で?」


「つべこべ言うな」


 リオウには確信があった。この質問でミュータの正体が分かる。


「言っても分かんねぇと思うけど……西暦二〇一一年四月二十一日生まれ。十六歳。本籍は日本国東京都××区――」


「え!?」


 シアンは持っていたお盆を落とした。


「い、今、西暦って言いましたよね?」


「言ったけど?」


「それ、人類世界の旧暦ですよ!」


 ミュータはきょとんとしている。


「だから、西暦は現在使われているユニヲン暦の前に、世界的に普及していた暦です。この世界では……いえ、この時代ではそういう位置づけです」


 ようやく理解が追いついたのか、ミュータは目を見開いてよろめいた。


「シアンが日本を知らなかったのは意外だな。本ばかり読んでいるくせに、人類の歴史はまだまだ勉強不足か」


 リオウはミュータが「日本の高校生」と口走ったときから、この可能性に気づいていた。気づいていただけで、馬鹿馬鹿しくて口に出せなかった。リオウは内心驚きつつ、口を開く。


「日本と言えば、大昔の経済大国だろう。サムライとヤマトナデシコの生息地にして、オタク文化の繁栄の地。日本人は穏やかでクソ真面目な性格だが、ハラキリやドゲザという苛烈な文化も持ち合わせていたという――」


「その知識は微妙に間違ってる! でもおおむね正しい……っ!」


 ミュータは頭を抱え、シアンは口を尖らせた。


「リオウさんの知識もあやふやじゃないですか」


 咳払いし、リオウは頭の中で年数を計算した。


「ミュータ。十六歳なら、人類最終戦争……第三次世界大戦について記憶はあるか」


 一瞬の躊躇の末、ミュータは震える声で答えた。


「知らない。俺には、二〇二七年の春頃までの記憶しかない。……まだ開戦前だった」


「かなり際どいな。第三次世界大戦の開戦は西暦二〇二七年七月、終結は翌年の四月だ。ユニヲン王国初代国王〈森羅万象王〉が〈維新電神〉を用いて、各国軍部のメインコンピュータを鎮圧。四十七億人の命と六十三の国を犠牲にしてようやく終結した。人類史上最悪の戦争だ」


 リオウは務めて淡々とした口調で告げる。


「二〇三〇年にユニヲン王国が建国され、生き残った五十億の人類は神のごときコンピュータが守る統一国家に帰属した。その年から現在のユニヲン暦が使用されるようになる。つまり今は、西暦に換算すると二五二七年になる。ぴったり五百年だ。分かりやすくていいな」


 ミュータは膝から崩れ落ちた。

 また泣き出すかもしれない。リオウは面倒に思ったが、予想に反してミュータは笑い出した。


「は……はは、五百年後の未来? なんだ。俺、異世界に来たわけじゃないんだな。未来がこんなに変わってたんじゃ気づけねぇよ」


 研究室に絶望に満ちた声が響く。


「じゃあ俺はタイムスリップしたってことか? 一体、どうして……」


 その問いに答えられる者はいなかった。


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