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4 世界は弾けて混ざり合ったらしい

 二人に導かれるまま進み、やがて森を抜けた。緩やかな坂の下の光景にミュータは目を見開く。


 きらきら光る湖が七つの島を抱いていた。

 真ん中の島にそびえるのは西洋風の美しい古城。その周りを取り囲む島々はそれぞれ独特な建造物を乗せていたが、全体を見ると不思議と調和していた。


 湖の沿岸には東西南北に四つの町が栄えている。一見してかなり大きな町だ。各町と湖の島々はレールで結ばれ、カラフルなゴンドラが無数にぶら下がり、絶えず人を運ぶ。

 その光景はさながらテーマパーク、あるいは万国博覧会のようだった。


「なんなんだ、ここ……」


「ユニゾランド……国立ユニゾン学園を中心に造られた学芸の聖地です。世界中から集まった人々が一緒にお勉強してるんですよ。三百年の歴史を持つ、すっごくすっごく有名な都市です」


 教育機関とは思えない華やかさにミュータは圧倒されてしまった。

 シアンからいろいろなことを教えてもらった。

 あのカラフルなゴンドラはスクールレールゴンドラ――スクドラと言い、人口の湖に放たれた発電性ナノマシンによって動かされているらしい。ユニゾランドは湖の発電所から膨大な電力を供給され、快適な生活を約束された科学都市だという。

 壱角銃を撃ったときから思っていたが、この世界の文明レベルはミュータのいた世界よりもはるかに高い。


「さすが異世界……コンピュータの神様が治めてるってのも納得だな……」


 ミュータは数分前の会話を思い出した。






「今日はユニヲン暦四九八年、四月一日。ここは人類唯一の統一国家・ユニヲン王国です」


 泣いて多少すっきりしたミュータに、シアンが申し訳なさそうにこの世界の基本情報を告げた。


「ミュータさんのいた国はニホンでしたっけ。ううーん」


「ないんだろ? 人類唯一の統一国家ってことは、この世界に国は一つなのか……」


 じゃあ戦争もないんだな、とミュータは投げやりに呟いた。自分のいた世界はいつも暗いニュースに席巻されていた。

 新聞では世界中の紛争の死者数を伝え続け、テレビでは新型兵器の解説をし、家では避難方法を記した回覧板を頻繁に見かけた。

 学校でも射撃や救護の実習が行われるようになり、徴兵制こそまだ検討の段階だったが、若者は志願して兵になるべきだという風潮が作られつつあった。ミュータもいよいよ日本が世界大戦に巻き込まれるとなれば、雰囲気に流されて戦場に行ったはずだ。


 人間同士で争わなくて済むのならこちらの世界はさぞ平和なのだろう、というミュータの羨望は、主蟲の死骸が視界に入った途端に砕け散った。この世界にも危険はいっぱいだ。


「いえいえ、ユニヲン王国に比べれば砂粒みたいな規模ですが、賢民にも国はありますよ。他の隣空人りんくうじんは、町村や一族というごくごく少数の規模で生活しているようですが」


「……賢民? 他の隣空人? ごめん、全然分かんねぇ」


「ああ、そうでした。これは最初から説明しなくては」


 シアンは指示を仰ぐようにちらりとリオウを見た。


「五分で済ませろ。オレはせっかくだから主蟲のサンプルを集める……」


 リオウは疲れたのか気怠そうに黒焦げの死骸の検分を始めた。グロテスクな光景から意識を逸らそうと、ミュータはシアンの説明に集中する。


「――昔々ではありません。今から二十年前まで、この世界は人類のみが暮らしていました。人類は優れた科学技術を持つ種族で、ご先祖様が造ったコンピュータの神様を頼り、五百年近い平和な王国を築いていました。それがユニヲン王国です」


「ちょっと待った! コンピュータの神様? この世界にはそんなものがいるのか?」


「信じられない気持ち、分かります」


 シアンはしみじみと頷いた。


「神様の名前は〈維新電神いしんでんしん〉。ユニヲン王国の歴代の王は全て〈維新電神〉が選んでいます。世界中にネットワークの目を持ち、ありとあらゆる情報を数値化、そして膨大な演算の末、その時代に最も適した王様を選定するんです。王様に拒否権はありません。〈維新電神〉は王の選定後は手となり耳となり、政治のお手伝いをしてくれます。必要な情報を揃えれば、未来予知すら可能だとか」


 五百年間稼働し続ける不死身の体。

 どんな質問にも瞬時に答える全知全能。

 そして、未来を予言し、王に神託を与える人知を超越した存在。

 確かに圧倒的なスペックである。神と呼ばれる資格はあるのかもしれない。


「まぁ、この世界の科学と俺の知ってる科学が同じものとは限らないよな。ごめん、続けてくれ」


 ここからが本題です、とシアンの声に力が入った。


「二十年前のある日、そんなコンピュータの神様にも予期せぬことが起こりました。一昼夜の間、世界は謎の霧に包まれたのです。そして気付いたときには六つの異世界と融合を果たしていました。

 それが時空融合コズミックス――人類と六種の隣空人との数奇な出会いなのです!」


 ミュータの諦観の面持ちに対し、シアンは慌てて考え込む。


「えっとえっと……もう少し分かりやすく説明しますね! 何か地図を思い浮かべてください。ミュータさんにとって身近な場所でいいですよ。その地図は百ピースのジグソーパズルでできているとします。あ、ジグソーパズルは分かります?」


 ミュータは日本地図のパズルを想像して頷く。


「百ピースのうち、任意に三十ピースを外してください。地図が虫食い状態になったと思います。その穴に、全く別のパズルのピースを無理矢理はめ込んでみて下さい。それがこの世界の現状です。今まで地図の外にあった世界がお引越ししてきた感じです」


 ミュータは想像力を極限まで働かせてみた。

 富士山がなくなった代わりに、ピラミッドが現れる。北海道の草原に摩天楼のビル街がそびえ、東京にエアーズロックが鎮座し、九州が絶対凍土にすり替わる。


「一気に無秩序な世界になったな……でも何となく分かった。その別のパズルのピースが、六つの異世界なんだな。この世界の三割は異世界の土地になったってことか?」


「そうです。ミュータさんって物わかりが早いですね!」


 ミュータは頭を抱える。思っていた以上に複雑な世界に迷い込んでしまったようだ。


「……聞くのが怖ぇんだけど、最初にはまっていた三十ピースはどこに行ったんだ?」


「分かりません。消滅したのか、時空の狭間に消えたのか。時空融合の影響で、人類は十億人ほど行方不明になってしまいました」


「十億……大参事じゃんか。異世界の方は?」


「それが不思議なことに異世界側は欠けることなく、丸ごとお引越しできました。人類の世界と比べて規模が小さかったようです。行方不明者も数えられるほどでした」


 それは良かった。が、一方のみ被害が甚大というのは後々火種になるだろう。ミュータはシアンに話の続きを促した。


「人類も異世界人たちも大いに混乱しました。時空融合の原因は全く分からず、お互いに言葉も通じませんでしたから。誰もが未知の生命体に恐怖し、一発触発の空気で世界が破裂しそうだったと言います。……そのとき、一人の女神様が降臨しました」


 ミュータはもう苦笑するしかなかった。

 シアンは言う。

 時空融合の直後、人々の頭の中で女神様の声が響いた。


『わらわの名は神霊体エーラのアイデビウ。神霊体は争いを嫌うもの。新たな隣人たちよ、まずは対話を』


 その瞬間、言語の壁が崩れ去り、異種族間での会話が可能になったという。

 神霊体という異世界人は、物に憑依して操ることができた。アイデビウは現在でも全てのヒト型生命体の言語中枢に憑依し、飛び交う言葉を翻訳してくれているらしい。


「何でもアリだな、この世界は……」


「他人事じゃありません。わたしとミュータさんが会話できるのもアイデビウ様のおかげです」


 異世界で日本語が通じる謎が氷解し、少しだけ気が楽になった。確かに他人事ではなく、ミュータはアイデビウという女神に心の底から感謝した。


「言葉が通じるという効果は大きく、どの種族も慎重に行動することを選びました。七竦みの状態ですからね。下手に交戦に出て狙い撃ちされたら堪りません」


「確かに。未知の生命体相手に六対一になるのはアホだ」


「やがて人類の王様はアイデビウ様とともに異世界人の代表者を集めました。最初に答えたのは魔法使いの『賢民』です。好奇心旺盛で基本的な知能は一番高いと言われています」


 シアンはえっへんと胸を張る。


「次に『超命族グリーティア』、『獣尾人ヴィステル』、『楽徒ピカレスト』が現れ、最後に『蟲客パラジーク』がやってきて、七種のヒト型生命体が集結しました。長い年月をかけて何度も会談を重ねた末、ようやく正式な友好条約が結ばれました。それが八年前のことです。現在、人類と元異世界人たちは健やかな共存を目指し、絶賛交流中です」


 聞き覚えのない単語の羅列を覚えることは放棄し、ミュータは唸る。

 条約締結に十二年もかかったということは、やはり何らかの軋轢があるのだろう。あえて十二年の過程を省略したのはシアンの気遣いかもしれない。


「人類の王様は同じ世界で暮らしていく異世界人たちを、隣の時空からやってきた人々――『隣空人』と呼び、友好の証としました」


 それがこの世界です、とシアンは話を締めくくった。

 ミュータはこっそりため息を吐いた。常識を三回り以上はみ出している。


「質問、いいか? これ……主蟲って言ってたよな。これは何?」


 周囲に散らばる無残な死骸を見ないように指差す。


「主蟲は蟲客の領土から広がった生物です。ちなみに野生の主蟲は人を襲って食べるので有害生物に指定されています」


「うわ……そんなのがうろちょろしてるのかよ。マジでRPGみたいだな。危ねぇ」


「いいえ。野生の主蟲は見つけ次第駆除されてきましたし、この辺りではもう見かけません。というか、普通はこんな大群で人を襲ったりしないんです。あれは野生ではありませんね。きっときっと蟲客の仕業です」


 ミュータよりもシアンの顔色の方が暗かった。


「蟲客は主蟲と契約し、その力を借りて生きています。自由に召喚することもできるんですよ。さっきの主蟲は蟲客に操られていたんだと思います」


「つまりさっき俺たちは蟲客に襲撃されたってことか? なんで? 絶賛交流中なんだろ?」


 ショックだった。知らない世界でいきなり殺されかけるなんて冗談ではない。

 シアンは作業中のリオウを盗み見てから、にっこりと笑った。


「さぁ? 追いはぎでしょうか。何年か前まで蟲客の強盗が多発してましたし、その残党かも。後でリオウさんが警察に被害届けを出すと思いますよ。だから大丈夫です」


 そんな簡単に済ませていいのかと思ったが、ミュータにはもう尋ねる元気もなかった。




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