表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/39

33 風は破滅を呼ぶ

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 ミュータは自室の布団の中にもぐり、息を殺して泣いていた。

 涙も鼻水も出尽くし、喉の奥が痛い。体中が熱く、頭が浮遊しているようにふわふわしている。

 体を起こすと、部屋の隅で膝を抱えていたシアンが顔を上げた。


「ミュータさん、大丈夫、ですか?」


「…………」


「熱が出てます。お薬飲みますか? あ、それよりまずお水飲んでください」


 なみなみと水の入ったコップを差し出された。

 それを受け取り、ミュータはゆっくり自らの頭の上でひっくり返した。


「わぁっ、何してるんですか!?」


 頭が熱い。もしも自分がアンドロイドだったら、オーバーヒートしているだろう。

 シアンがタオルで頭を鷲掴みにして拭いている。されるに任せ、ミュータはポツリと問いかけた。


「嬉しい?」


「はい?」


「……俺、帰れなくなっただろ。シアンは嬉しい?」


 マリッタは残るか帰るか選べと言ったが、絶対に帰す気はないだろう。当然だ。ミュータがタイムマシンを使えば、この時代も自分たちも消滅する。

 ミュータが少しでも帰る素振りを見せれば命の保証はない。


 死ぬのは別に構わなかった。元々一度死んだ体だ。だが、自分の自暴自棄にこの世界の人々を道連れにしたくはない。そんな度胸はないのだ。王家の言いなりになって、タイムマシンを破壊する以外の選択肢はない。

 分かっている。もう帰れない。シエルに会うことはできない。自分の手で家への帰り道を閉ざすのだ。


「今、どう思ってる? 本当のこと言ってくれ。俺のこと、可哀想だと思うか? そんな俺を見て嬉しいって思ってるのか? なぁ、シアン――」


「怒っています」


 シアンがタオル越しにぎゅっとミュータの頭を抱きしめた。手つきは乱暴で声も怒気を含んでいる。


「すっごくすっごく、腹が立ちました。王女様のお話はめちゃくちゃです。ミュータさんの気持ちとか人権とか、何もかも無視してます。そういうやり方は嫌いです! 許せません!」


 首を絞める勢いでシアンは腕の力を強める。


「それにそれに、ミュータさんもです! 自分をいじめるのはやめてください! 見ているだけで不愉快です! 胸がむかむかします!」


「ぐっ、い、息が――」


「あ」


 開放され、息も絶え絶えにミュータはシアンを見つめる。

 青い瞳の奥が揺れ、頬はぷんと膨れ、唇が真一文字に結ばれていた。


「シアン……ごめん。でも、俺、もうだめだ……」


 明るく前向きに、辛いときでも誰かのために笑えるくらい強くなりたかった。

 でももう無理だ。とても笑えない。立ち向かえない。

 また目頭が熱くなってくる。シアンは小さな子どもを甘やかすように再びミュータの首に腕を回した。そのぬくもりと柔らかさに甘えてしまう。


「シエルは、どんな気持ちだっただろう。想像するだけで辛いんだ……。俺のこと恨んだんじゃないか、自分を責めたんじゃないか、時空を超えて帰ってくるのを待ってるんじゃないかって、そう思うと、どうしても帰らなきゃって思っちまう……この世界全部よりも、自分の気持ちを優先したくなる……この気持ちを捨てられない……っ」


 シアンが優しく頭を撫でてくれている。桃に似た甘い香りに安心して、ミュータは心の中を洗いざらい打ち明けた。


「でも、そんな勝手なことは許されない。ただでさえタイムマシンのせいで、十億人が犠牲になってるのに……」


「それはミュータさんのせいではありません。何の責任もないですよ」


「……そうかな。俺はそうは思えねぇ」


 罪を償えと言われても途方に暮れる他ないが、誰に責められても仕方がないと思っている。


「こんなの、一人で抱えきれることじゃないです。責任を放棄したっていいのに……ミュータさんは頭で割り切ることができないんですね」


「馬鹿だと思うか?」


「はい、お馬鹿さんです。でもわたしはミュータさんのそういうところがとても、とても――」


 そのときベッドサイドに放り出していた携帯端末がけたたましく音を立てた。


「わわ、警報です。こんなの初めて見ました……」


「おい!」


 扉が勢いよく開き、リオウが部屋の中に飛び込んできた。


「り、リオウさんっ。どうしたんですか?」


 密着していたシアンの体が離れる。


「窓の外を見ろ!」


 カーテンを開けると、ミュータとシアンは目を見開いた。

 空がおかしい。いや、空はいつでも捻じれていておかしいが、いつもの比ではなかった。

 青が完全に掻き消え、紫色と黒が視認できるスピードで蠢いている。先日時空風が吹いたとき以上の異常気象だ。


「時空風が吹いている。主蟲が大量発生しているらしい。今すぐ避難しろ」


「どうしてそんな急に――」


「知るか!」


 リオウに余裕は全くなかった。


「〈維新電神〉の機能停止は本当に間近なんですね。時空風の予測さえできなくなって……」


「いや、こんなに時空風が頻発して吹くとなると……とにかくだ。シアン、ミュータを連れて避難シェルターに入ってろ。絶対に目を離すなよ」


 分かりましたと頷くシアン。


「リオウ、俺は……」


「黙って指示に従え。つまらない死に方だけはするな」


「…………」


「お前たち、エピカがどこに行ったか知らないか?」


 ミュータとシアンが顔を見合わせて首を横に振ると、リオウは舌打ちした。


「エピカ、部屋にいないのか?」


「ああ。もう授業も終わっている時間なんだが」


 なんだろう。嫌な予感がする。


「知らないならいい。とっとと行くぞ」


「リオウさんも避難するんですか?」


「いや。途中までだ。主蟲が町に入り込んでいるなら、駆除しに行く」


 リオウは白衣を羽織っていた。そのポケットには様々な薬品が入っているはずだ。主蟲を引き寄せる薬も、殺虫剤も、自分の体を無理矢理動かす毒に近いものも。






 三人は揃ってアパートを出た。

 時空風特有の気持ち悪い冷温の風になぶられ、ミュータ達はシェルターを目指した。通りにはシェルターに急ぐ人でごった返していた。警察隊が誘導しているが、混乱は人が増えるのに比例して大きくなっていく。


「逃げろ! 主蟲が来たぞっ!」


 悲鳴が通りにこだまする。

 見上げるまでもなく、主蟲達の不快な羽ばたき音が近づいてくるのが分かった。

 黒い影が地上に落ちる。

 両手の指では足りないほどの主蟲が横切って行く。一度だけではない、途切れることなく大中小様々の主蟲が空を覆う。そのうちの何体かが通りに近づいてくる。人々は我先にと逃げ惑い、通りは狂ったような声で溢れた。


「様子が変だな」


 主蟲の動きに精彩さがない。できそこないのロボットのようにぎこちなく、人に食いつこうとする度に動きを一度止める。そのおかげで警察隊や壱角銃を持っている一般人が何とか応戦できている。しかしこのペースで増え続けたらいずれ手は回らなくなるだろう。


「シアン、魔法でどうにかできないのか?」


「……うう、どうにかしたいんですけど」


「キリがないだろうな。大体、こんな状態じゃ主蟲よりも人に当たる」


「そっか。ごめん、余計なこと言った」


 迂闊に通りを進めなくなり、三人は路地で足踏みしていた。


「……この主蟲たち、やっぱりおかしいです。もしかして」


「どうした?」


「時空風の向きと主蟲の飛んでくる方向が噛みあっていません」


 シアンの言葉に何か察したらしいリオウがあらぬ方向へ走り出した。ミュータ達も後を追う。

 東地区の湖の沿岸に辿り着き、ミュータにもようやく状況が分かった。

 主蟲たちは本校舎島から東西南北に広がるように飛んできている。


「本校舎が発生源ですね……この主蟲は時空風に煽られたものではないようです」


「つまり、どういうことだ?」


 シアンは躊躇いがちに告げた。


「蟲客の契約主蟲が暴走しているんです。それも、時空を歪ませて時空風を発生させるほど大きな力を持った蟲客です」


「……エピカだな」


 リオウは忌々しげに断言した。


「この膨大な主蟲の数……あいつ、どうして――」


 言うや否や、リオウは走り出す。スクドラ乗り場に向かって。


「リオウ! 俺も――」


「ダメです。ついて行っても邪魔になるだけです。わたしたちは大人しく避難しましょう」


 シアンに手を引っ張られ、泣く泣くリオウを見送った。


「どうなってるんだ? エピカに何が起こったんだろう」


 分かりませんとシアンは首を振る。主蟲が次々と飛んできて、町のいたるところから悲鳴が聞こえてくる。

 シアンの手は冷え切り、震えていた。彼女もきっと心細くてたまらないのだ。ミュータはその手を握り直す。


「あれ? きみたち二人だけ? なんだ、つまらない」


 走り出そうとするミュータ達の前に、のんびりとした足取りで近づいてくる人物がいた。

 ルド・ジェイミーがにこやかに手を上げる。その後ろには護衛らしき男が二人ついており、接近してきたクワガタの主蟲を壱角銃で仕留めた。


「でもまぁ、きみたちでもいいや。エピカが今大変なことになってるよ。止めなくていいの?」


「な!?」


 ルドは爽やかな笑みを崩さず、本校舎を指出す。


「さすが蟲客の姫宮はすごいね。ちょっと突くだけでこの有様だよ。正真正銘の化け物、いや、生物兵器だね」


「……まさか、お前、エピカに何かしたのか!?」


「手荒なことは何も。僕は真実を教えてあげただけだよ。ねぇ、ご先祖様?」


「!」


 ルドは意味深に笑う。

 やはりルドは知っているのだろう。ミュータの正体と、ユニヲン王家の秘密を。もしかしたらリオウの過去の全ても。

 そしてエピカにもそのことを告げた。何の配慮もなく悪意に満ちた言葉を添えて。


「シアン、ごめん」


 ミュータは繋いでいた手を離す。


「俺、行くよ。エピカを助けに行く」


「何を言ってるんですか!?」


「だって俺、エピカと友達になったんだ。でもまだ、自分の口で本当のことを話せてない」


 エピカが苦しんでいる。悲しんでいる。その理由の一端が自分にあるのだとしたら、放っておくことはできない。


「スクドラ乗り場は大混乱だよ。すぐそこに僕の家の船が停泊してる。使うといいよ」


 ルドは湖に浮かぶ小型船を指差した。


「ありがたく借りるぜ」


「待ってください!」


「シアンは避難しててくれ。絶対エピカとリオウを連れて戻ってくるから」


 不安で泣き出しそうなシアンにミュータは精一杯の虚勢を張って微笑んだ。


「ミュータさん、行かないで……」


「ごめん」


 何度目かも分からない謝罪を最後に、ミュータは振り返らずに走り出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ