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30 凍った真実をあなたに

 

 水分を蓄えた雲が空を覆う。今にも雨が降り出しそうだ。

 禍々しい色彩のうねりが見えないと、ここが異世界と融合した未来だということを忘れそうになる。


 ユニゾランドで唯一スクドラが通っていない神殿島へ向かい、ミュータとリオウ、そしてシアンは専用の船に揺られていた。それぞれ陰鬱な表情を浮かべ、口数は極端に少ない。

 

 事情を知る者の随行を許すと言われていたので、ミュータは迷った末に二人に来てくれるか尋ねた。

 もちろん早く元の時代に戻って家族に会いたいが、ここで出会った人たちとの別れだって辛いものがある。帰らないという選択肢はない。だからこそ、ちゃんと義理を立てたかった。

 

 二人とも真実を知っておきたいと言い、ついてきてくれた。

 許されるならエピカにも全てを話しておきたかったが、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。そのこともミュータの心中に影を差した。



 豪華な屋敷の応接室に通され、メイドから紅茶が振る舞われた。


 ――ついにこのときが来た。


 ミュータは拳を握りしめた。

 今にも泣きだしそうなシアン、憮然とした様子で窓の外を見るリオウ。重い静寂が室内に横たわり、三人を押しつぶそうとしていた。


 ほどなくして、扉が開く。

 ユニゾン学園の制服に身を包んだマリッタ王女が、レキアスを伴って入室した。ミュータ達は立ち上がる。


「お待たせして申し訳ございません。この度は、皆様揃って足をお運びいただき、心より感謝を申し上げます」


 アイドルの姿とは打って変わり、気品あふれた凛とした立ち姿にミュータは言おうと思っていた文句を全て忘れてしまった。マリッタ王女はミュータ達に着席を促し、自らも向かいのソファに腰を下ろした。その後ろにレキアスが控える。


「改めまして。わたくしはマリッタ・フランルージュ。現王、〈比翼連理王〉の第一子ですわ。ミュータ様、お会いできて光栄です」


「はぁ……こ、こちらこそ」


 王族への礼節など知る由もない。ミュータは恐る恐る言葉を返すが、マリッタは「わたくしに敬語を使う必要はございません」と微笑した。


「リオウくん、シアンさん。あなた方もどうか楽になさってください」


 三人とも頷いたものの、表情は硬いままだった。


「さて。これからわたくしのお話に付き合って下さいませ。とても長くなってしまいますが、全ての真相をお話しすると約束します。人類の神、〈維新電神〉に誓って」


 マリッタは落ち着いた口調で語り出した。


「まずミュータ様がどうしてこの時代にいらっしゃるのかをお話しなくてはなりません。あなたは五百年前の西暦を生きた人間。本来ならこの場に存在することはあり得ません」


 意外な切り口だった。


「えっと……タイムマシンで連れてきたんじゃ……」


「実は違うのです。タイムマシンが完成したのはつい最近のことですわ。あなたはもっと原始的な方法でこの時代にやってきました。リオウくんやSF小説を好まれる方なら、お分かりになるかと思いますが」


 マリッタに水を向けられ、リオウは即答した。


冷凍睡眠コールドスリープ、ですか」


 その答えにマリッタは頷く。


「さすがですわ。そのご様子ですと、可能性として考えていらっしゃったのですね。冷凍睡眠……人体を超低温状態に保ち、腐食や老化を防いで保存する方法ですわ。現在でも部分的な臓器の保存は行われています。しかしミュータ様は五百年前、心肺停止の状態で全身にその措置を行われ、ずっと王城の地下で眠っていらっしゃいました。それを解凍……大げさに言ってしまえば、死者蘇生によって現代に甦えらせたのです」


 いきなりの衝撃的な告白にミュータは面食らった。思わず自分の手や体を確認する。確かに森で目を覚ましたとき、あまりの倦怠感にしばらく動けなかった。五百年間体を動かしていなかったのなら納得だ。むしろこうして問題なく生きていることがあり得ない。


 リオウが難しい顔でマリッタに問う。


「オレには信じられません。いくら医療が発達しているとはいえ、人間一人を五百年後に蘇生させるなんて……肉体はともかく、脳や精神がまともな状態で復元できるとは思えません」


「ええ。実際この五百年の間、何度も蘇生を試みては失敗しています。その度に肉体がもろくなってしまい、保存しておいた細胞から培養して何度も造り直しました」


 あっさりとした非人道的発言にミュータの背筋は凍りついた。


「人の体をなんだと思っているんだよ……」


 マリッタは苦笑する。


「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。……ユニヲン王国の科学の粋を結集しても、ミュータ様の蘇生は叶いませんでした。しかし、二十年前に転機が訪れます。時空融合で異世界から新たな可能性がもたらされたのです」


 二十年前という単語で全員が悟った。


「そう、隣空人の異能ですわ。ミュータ様の肉体の一部には超命族、獣尾人の細胞が取り込まれています。それであらゆる実験に耐えうる強度を確保しました。そして次は精神と魂の再構築です。そちらは神霊体と賢民の力をお借りしました。神霊体が憑依して呼び起こした魂を、賢民の魔法が肉体に繋ぎとめています」


 今度はシアンが声を上げる。


「そんな……そんなの無茶ですっ。上手くいくとは思えません!」


「実際に、上手くいきましたわ。何百、何千の失敗の果てに、こうしてミュータ様は過去の記憶と感情を

持ったまま目覚めたのです。

 さて、ではなぜミュータ様が五百年の間冷凍保存され、蘇生されたのでしょうか。答えは単純明快ですわ。それを望まれた方がいたのです。五百年前の、初代ユニヲン国王〈森羅万象王〉」


 マリッタは五百年間王家が守り続けてきただろう秘密を、躊躇いなく口にした。


「わたくしの祖先、〈森羅万象王〉の真名はシエル・アカネザワ。ミュータ様の妹君なのです」




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