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21 ルド・ジェイミーについて

 夜、リオウの研究室にミュータが一人で尋ねてきた。


「悪い。ちょっと相談したいことがあって……あ、薬草茶はいらないから。すぐ帰るから!」


 新作の試飲をさせようと思って招き入れたリオウは軽く舌打ちをし、小さなソファにミュータと向かい合って座った。


「実は今日、図書館で――」


 ミュータの語った内容にリオウは苦虫を噛み潰したような気分になった。


「ルドってどういう奴なんだ? なんかこう、見た目爽やかなのに腹の中では何考えてるか分からない人だったけど」


「それだけ分かっていれば十分だ」


「いやいやいや、もっと他に情報あるだろ」


 ルドのことなど語りたくもないが、リオウは渋々口を開いた。


「あの男は次期国王に最も近い男、らしい」


 ルドはユニゾン学園に多額の寄付をしている貴族の御曹司である。この時代における貴族とは、歴代のユニヲン国王を輩出した家柄に贈られる称号だ。

 しかしルドは先祖の七光りで有名になったのではない。専攻している数学ではトップの成績を収め、同輩からの人望も厚い。その上十二歳でチェスの学生チャンピオンになった天才児だ。

 家柄、血筋、そして本人の資質。

 ルドを次期国王にと期待する声は大きく、〈維新電神〉も民衆の願いを反映して指名するかもしれない。


「ユニヲン王家の王族は、次期王に指名された人間と婚姻して子どもをなす決まりがある。もしルドが王に選ばれれば、一番年の近いマリッタ殿下と結婚するだろう。だからか知らんが、ルドと殿下は交際しているという噂がある。実際親しいらしい。お前の事情を知っていて近づいてきたのかもな」


「マジ?」


 リオウは吐き捨てるように言った。


「オレがこの世で最も警戒して軽蔑して毛嫌いしている男だ。忌々しいことに勉強だけではなく悪巧みできる頭脳を持っている。心清らかに過ごしたいなら、あいつの言葉に耳を貸すな」


 ミュータは神妙な表情で頷いた。


「……なぁ、今日シアンとも話したんだけどさ、俺が森羅王本人、もしくはその関係者になる可能性ってあると思うか?」


「本人であるというの可能性はきわめて低いだろうな。今の時点のお前はどこにでも転がっている普通の男だ。才気の欠片も感じない」


「もうちょっとオブラートに包めよ。傷つくだろ」


「そんなもの知るか。だが、森羅王の関係者であるという話はあり得る。身近に思い当たる人物がいるのか?」


 こめかみを押さえながらミュータは答える。


「いるような、いないような……」


「何だそれは」


「ものすごい天才なら知ってるんだ。俺の親父と妹。でも二人とも王になるような素振りはなかったぜ。てか、王になるようなタイプじゃない」


「じゃあ違うんじゃないか」


 リオウが適当に答えると、ミュータは小さく唸った。


「でもさ、だったらなんで俺がこの時代に連れて来られたのかって話だよ。で、ルドの話を聞いて思ったんだ。もしかしたら俺が森羅王の関係者で、宝の間の鍵について聞くために連れてきたんじゃないかって」


「鍵について何か身に覚えがあるのか?」


「いや、全く」


 リオウは盛大なため息を吐く。


「話にならん。ルド・ジェイミーの言葉に惑わされるな」


「それは分かってる。ルドのこと信じてるわけじゃねぇけど、可能性としてはあり得るだろ」


「それを言い出したらどんな可能性だってあり得る。現状の情報量ではどんなものでも推測の域を出ない。考えるだけカロリーの無駄だ」


 ミュータは不服そうな顔をしていたが、諦めたように頷いた。


「話、聞いてくれてありがとな。……あのさ、考えたんだけど、俺、どうせ元の時代に帰るからさ、リオウも何かあったら話してもいいんだぜ」


「は?」


 ミュータは苦笑する。


「何かきついことがあったら、相談してみろってこと。役に立たないだろうけど、一人でストレス溜めこむよりマシだろ? 俺も話を聞くだけで首を突っ込んだりしない。俺、そんなことくらいでしか恩返しできないからさ」


「は、馬鹿を言え。お前を頼るほどオレは軟弱じゃない」


 そうか、とミュータは弱々しく笑い、自分の部屋へ帰って行った。


「……誰かが余計なことを吹き込んだらしいな」


 一人になってからリオウは忌々しい少年の顔を思い浮かべる。


 二年前、リオウがユニゾン学園に入学したとき、ルドと必修科目で同じクラスになった。

 ルドはすぐにクラスの中心人物になり、学園の話題をさらった。一方リオウは周りのことなど目もくれず、黙々と勉強に励んでいた。そんなリオウを捕まえてルドはある日耳元で囁いた。


『可哀想に。努力することでしか罪を償えないんだね。せっかく凡人に生まれたのに、過酷な運命に巻き込まれるなんて不運でしかないよ』


 全身の血が凍りつくような思いだった。

 どんな情報網を持っているかは知らないが、ルドは全てを知っていた。そしてあらゆる言葉の中から最も残酷なものを投げつけてきたのだ。

 これほど堪えた言葉はない。しかし言われっぱなしで黙っているリオウではなかった。


『オレのことが羨ましいのか? お前は自分の力で欲しいものを手に入れたことがないんだろう。つまらない人生だな』


 ただの苦し紛れの負け惜しみ。それでもルドの自尊心を傷つけるには十分だったらしい。

 以来、水面下で冷たいやり取りをする仲になった。

 ルドが何を目的にし、どんなことを企んでいるかはまだ具体的には分からない。ただ、彼の性根の悪さからやり口は大体想像がつく。


「確かに、お互いに目障りな存在だ……」


 リオウは薄く笑い、知らず握りしめていた拳を解いた。



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